第61話 闇夜の来訪者


 そして十五分後。

 俺達は芸を終えたドラガン達の楽屋を訪れた。

 ドラガンはキャーキャー騒ぐエリス達を適当にあしらいながら、


「拙者とアイラはまだ道具の片付けなどがあるから、

 お前等はこいつを連れて、先に拠点ホームに帰っててくれ!」


 そう言って小竜族ミニマム・ドラゴンのブルーを俺に手渡した。

 俺は両手でブルーを抱きかかえるが、コイツ、結構重いな。


「くれぐれもブルーが喋る所を他人に見られるなよ!」


「あ~、そうですね。 了解ッス!」


 そういやコイツは知性の実グノシア・フル―ツを食べていたんだ。

 ブルーは人見知りな性格だから、人前では殆ど喋らないが、腹が空くと「ゴハンクレ!」と飯の催促をするから、気をつけないとな。


 この事が明るみになると、色々面倒になりそうだ。

 だがあのマルクスが最後の頼みとして、兄貴にコイツを託したからな。

 奴に関しては、良い思いではないが、約束は約束だ。


「それじゃ団長、お先に失礼します!」


「うむ、気をつけて帰れよ!」と、右手を上げるドラガン。



「ねえ、ねえ、ラサミス。 私にもブルーを抱かせてよ!」


「ん? ああ、いいよ」


 俺はエリスの願いを聞き、彼女にブルーを手渡した。

 すると「ちょっと重いわね」と、エリスが重そうにブルーを抱く。

 そして冒険者区を越えて、拠点ホームのある居住区に入る。


 五分程歩いたところで妙な違和感を感じた。

 なんか妙に周囲が薄暗いな。 少し嫌な予感がする。


 俺はすぐ隣の兄貴の表情を見て、自分の勘が正しいと悟った。

 兄貴はその双眸を僅かに鋭くし、静かに息を殺している。

 俺は注意深く辺りを見回した。


 物静かな通りは薄闇に包まれており、周囲には明かりが全くない。

 よく見ると周囲の魔石灯や吊るされたランプが、ものの見事に破砕していた。

 するとエリスに抱きかかえられたブルーが急に低い声で唸りだした。


「気ヲツケロッ! 近クニ誰カガ居ルゾッ!」


 と、小声で喋るブルー。

 俺達はその言葉に従い、その場に立ち止まった。

 兄貴は茶色の腰帯に帯剣する長剣をいつでも抜剣できる体勢に入っている。 


 俺も身構え、ブルーと兄貴の視線が射抜く前方へと目を向ける。

 すると、建物と建物の細い間隙から、何者かがゆっくりと歩み出てきた。


 暗がりで顔はよく見えないが、背丈の高い二人組が、闇に馴染むフーデッドローブを纏い、その手には斧槍ハルバードが握られていた。


「……俺達に何の用だ?」


「貴様ら、『暁の大地』の団員だな?」


 声から察するに、若い女のようだ。

 身長は175前後か。 後ろの奴は190以上ありそうだ。

 こいつ等、素人じゃないな。 それなりの手練てだれと見た。


「そうだが、それがどうかしたか?」


「……ならばマルクス・ハルダーの居場所を教えろ! そしたらお前等には手出しはせん!」


「な、何っ!! マルクスだとっ!? お前等何者だ?」


 予想外の名前が出て、兄貴が珍しく少し動揺を見せた。

 誰なんだよ、こいつ等。 よりにもよってマルクスの名前を出すなんて!


「余計な事は口にするな! 素直に奴の居場所を吐くんだ!」


「居場所といってもなあ。 なあ、お前等はマルクスとどういう関係なのだ?」


 だが兄貴の問いに眼前の二人組みは応じない。

 逆に威嚇するように、手にした斧槍ハルバードの斧頭を前方に突き立てた。


「やはり仲間は裏切れないという事か。 ならばその身体に聞くまでだ!」


「ちょっと待て! 少しは俺の言葉に耳を貸せよ。 奴は既に――」


「問答無用っ! 奴を、マルクスを庇い立てする者も同罪。 我等、竜人族りゅうじんぞくの積年の恨みをこの場にて晴らしてくれよう!」

 

 そう言うなり、眼前のフーデッドローブの謎の女はトンッと地を蹴った。

 謎の女は身を低くしながら、一瞬で間合いを詰める。 

 とてつもない速度スピードだ。

 というか竜人族りゅうじんぞくって、こいつ等は竜人なのかっ!?


「――喰らえ!」


「チッ、少しは人の話を聞けよっ!!」


 眼前の謎の女が手にした斧槍ハルバードを前方に突き出すと同時に、高速で振り抜かれた兄貴の長剣が、眼前の斧槍ハルバードを弾き飛ばした。 咄嗟に構えられた謎の女の斧槍ハルバードを捉え、激しい火花が周囲に飛散する。 激しい斬撃の衝撃でやや離れた位置に着地する謎の女。


「……お前等、竜人か?」


 低い声でそう問う兄貴。

 すると謎の女は再び斧槍ハルバードを構え、自ら名乗り上げた。


「我が名は竜騎士ドラグーンのミネルバ・ドラグバイン! 貴様らの仲間のマルクスに五年前に祖父と父親、そして兄を殺された。 それだけではない。 奴は我等竜人族の神聖な儀式を汚し、族長の祖父を初めとした上層部の人間を虐殺した。 言わば奴は竜人族の恥部ちぶ。 その積年の恨みを晴らすべく、私が復讐者リベンジャーとして選ばれたというわけだっ!!」


 唐突な告白に俺だけでなく、兄貴達も言葉を失い、数瞬程、硬直する。

 なんてこった。 マルクスの奴、本国でそんな真似をしていたのかよ?

 だがハッキリ言おう。 それはマルクスの問題だ。 俺達には関係ない。


「なる程、奴は本国でそんな真似をしていたのか。 だが俺達には関係ない話だ。 何故ならマルクスはもう――」


「奴を庇うなら、貴様らも同罪っ! 喰らえっ! ダブル・スラストッ!」


 兄貴の言葉を遮り、ミネルバという名の女竜人は鋭い突きを連打。

 しかし兄貴もサイドステップを駆使して、鋭い突きを回避。


 流石は兄貴。 

 というかこのミネルバとかいう女、まるで人の話を聞きゃしねえ。


 お前の探しているマルクスはもうこの世に居ないんだよ!?

 そりゃアンタの境遇には同情するが、俺達に当たるのは筋違いじゃねえかよ。


「……お前、少しは人の話を聞けよ?」


「何だ? 奴の居場所を吐く気になったか?」


 と、バックステップして間合いを取るミネルバ。

 そして兄貴がややウンザリした表情で――


「アンタの境遇には同情するが、残念ながらマルクスはもうこの世に居ない」


「……ハア?」


「わからん奴だな。 マルクスは数ヶ月前に死んだのさ。 むしろ俺達は奴の被害者だ。 とにかく俺達と奴はもう無関係だ」


 ミネルバは兄貴の言葉に言葉を失いながら、身を震わせた。


「う、嘘だあっ! 我々はちゃんと情報を掴んだんだっ。 奴が神の遺産ディバイン・レガシーをエルフ族に売りつけたという話を。 そして我々は奴がこのリアーナに潜んでいると知ったのだ!!」


「その情報は間違ってないが、正確ではない。 そのお宝を巡って、奴は俺達を裏切った。 エルフ族にそのお宝を売りつけたのは、奴の独断だ。 俺達は関与していない。 そして俺達はそのお宝を奪還すべく、マルクスと戦い、奴は死んだ。 これが真実だっ!」


「……嘘でしょ? 奴が……マルクスが死んだなんてっ……」


「お前さんには気の毒だが真実だ」と、低い声で兄貴。


 すると動揺するミネルバを押しのけて、巨漢の男が前に出てきた。


「……俺は竜人族の現族長の息子のアーガス・バルムードだ。 貴様らの話は本当なんだな? それを証明する事は可能か?」


 アーガスと名乗った巨漢の竜人が兄貴にそう問い質す。

 だが兄貴はすぐには返答しなかった。


 何せ禁断の実が絡んだ話だ。

 こいつ等もマルクスがどんなお宝をエルフ族に売りつけたかは知らないようだ。


 それもそうだろう。 

 俺達はこの件に関しては、徹底して秘密主義を通している。


 この件が周知の事実となれば、

 ウェルガリア全土に激震が走るのは間違いない。

 なので猫族ニャーマンの王室関係者から、他言無用と釘を刺されている。

 実際、三ヶ月前にも漆黒の巨人による大騒動があったばかりだ。

 故に真実を語る事はできない。


「証明と言われても困るな。 何せ神の遺産ディバイン・レガシーに関わる話だ。 後援者パトロンの手前、無関係のアンタ達に、おいそれと話すわけにもいかない。 その辺の事情は察してくれ!」


「ならばマルクスの死んだ場所を教えろ! 我々で確認する」


「それは……」


 言葉を濁す兄貴。

 これもなかなか答えにくい話だ。

 マルクスの墓標があるニャルララ迷宮の最深部には世界樹がある。


 何故あんな場所に世界樹があるか、未だにわからんが、この件に関しても極秘事項だ。 


 この件がおおやけになれば、四大種族間で世界樹を巡る戦争が起きかねない。 

 なのであの事件以降、猫族ニャーマンの国王の命令により、ニャルララ迷宮の周辺は、立ち入り禁止区域となり、多くの猫族ニャーマンの警備隊によって警備及び監視されている。 故にマルクスの墓標の場所を教える事も出来ない。


「どうした? 何故答えん? 我々も遊びではないんだ! 奴ともう無関係なら、それぐらい教えてくれてもいいだろう?」


「……悪いがそれも答える事はできん」


「おいおい、それはないだろ? あんまり俺達を舐めるなよ?」


 と、低い声でアーガス。


「アーガス、やっぱりこいつ等、マルクスを庇っているのよ!! これ以上喋っても時間の無駄だわ。 実力行使で口を割らせよう!」


 やれやれ、沸点の低い女だ。

 だがこいつ等からすれば、このまま引き下がる事も出来ないだろうさ。

 仕方ない。 あまり気が進まんが、ここはこいつ等と戦う――


「ライル達ハ嘘ヲ言ッテナイヨッ! マルクスハモウ死ンジャッタヨ!」


 と、エリスに抱きかかえられたブルーがそう言った。

 しばらくの間、世界の時間が止まったかのように、周囲は静寂に包まれた。


「……なあ、この小竜族ミニマム・ドラゴン、今喋ったよな?」


「え、ええ。 確かに私も聞いたわ」


 と、言葉を交わす竜人の男女。

 ヤバい! まさかこの局面でブルーが喋るとは思わなかった。

 俺は視線を兄貴に向ける。 冷静沈着な兄貴も少し動揺していた。


「なる程、マルクスを追って、遥々ドラゴニアから訪れた甲斐があったようだ。 どうやらマルクスと貴様らはとんでもない大事おおごとに巻き込まれたようだな。 面白い。 仮にマルクスが死んだのが事実だとしても、もっと大きな手土産ができそうだ。 いいだろう、この場は引いてやる。 行くぞ、ミネルバ!」


「ちょ、ちょっとアーガス! まだマルクスの居場所を聞いてないわ!」


「ミネルバ、もうそんな事どうでもいいんだよ。 とにかく一端退散するぞ!」


「……わ、わかったわ」


「『暁の大地』の諸君。 君達とは長い付き合いになりそうだ。 では、また会おう!」


 そう高らかに宣言すると、アーガス達はいち早くこの場から去った。

 クソッ、こいつは厄介な事態になったかもしれん。

 とりえずドラガン達が帰ってきたら、話合う必要があるな。


「……とりあえず拠点ホームに帰ろう。 そしてドラガン達が帰ってきたら、この事を報告して、皆で今後の方針を決めよう。 それでいいな?」と、兄貴。


「ああ」「そうですわね」「そうッスね」


 ああ~、一難去ってまた一難。

 俺はやや憂鬱になりながら、夜空を見上げて、小さく嘆息した。


 ドラガン達が帰って来た頃には、既に二十二時を過ぎていた。

 十分程、小休止してから、俺達は一階にある談話室に集合した。


 大きなダイニングテーブルのベランダ側の中央の席にドラガンが座り、その右隣に兄貴、左隣にアイラが座っていた。 その反対側の椅子三脚に俺、その右隣にエリス、メイリンが座っている。


 とりあえず俺達は帰り道に、竜人の男女に襲われた経緯をドラガン達に説明。

 それから伯爵夫人から受けた任務の細かい詳細も報告した。

 

「うむ。 正直困った事になったな。 まさか今頃になってマルクスに恨みのある竜人族が現れるとはな。 正直予想外だ。 だからブルーが喋ったところを聞かれた件に関しては、不問にしよう」


 と、胸の辺りで両腕を組み、渋面になるドラガン。


「でも竜人族の関係者に聞かれたのは、まずいんじゃないですか?」


「勿論、まずい。 だがブルーをつれて帰るように言ったのは拙者だ。 だから一人の責任にはせんよ。 言うならばこれは連合ユニオンの問題だ」


 俺の問いにそう言って返すドラガン。

 ドラガンの言葉に兄貴とアイラも小さく頷いた。


「本来なら今すぐにでも、猫族ニャーマンの国王陛下に会って事実を伝えたいところだが、ライルが伯爵夫人から大きな依頼を受けてきたばかりだ。 とりあえず猫族ニャーマンの国王陛下には手紙でこの件を知らせる事にする。 よって当面の間は、我々は伯爵夫人の依頼を優先する」


「すまない、ドラガン。 まさか依頼を受けて、すぐこんな厄介事に巻きこまれるとは、思わなかった。 俺の読みが甘かった、すまん」


 と、ドラガンに頭を下げる兄貴。


「起きた事を悔いても、仕方ないよ。 まずは我々が出来る事から始めよう。 早速だが明日から竜人領ラムローダへ向かうぞ。 竜人族の二人組みも気になるが、拙者としては、伯爵夫人が言った事の方が気になる」


「世界各地で高い知能を有したモンスターの目撃談が増えてるのは不気味よね。 それが本当なら何かとてつもない事が起こる予兆かもしれないわ」


 アイラが厳しい表情でそう言った。

 そうだよなあ。 こちらの問題もかなり厄介だよなあ。


「そうかしれんが、あまり想像力を広げるのも良くない。 まずは拙者達は伯爵夫人の依頼を優先して、明日からラムローダへ向かうぞ。 但し例の竜人の二人組みの尾行には気をつけろ。 何せ今回の主目的は竜魔の探索だ。 竜人族にそれを知られると、後々厄介になりそうだ。 くれぐれも用心してくれ。 それでは今夜はこれで解散としよう。 明日からが本番だ、各自よく睡眠を取っておけ!」


 というドラガンの言葉で本日の会議に終止符が打たれた。 

 その言葉に従い、俺とエリスとメイリンは足早に自分の部屋に戻った。

 俺は寝巻きに着替えて、ベッドに寝転がる。


 正直たった一日で色んな事が起きて、少し混乱している。

 伯爵夫人の依頼に加え、マルクスに恨みを持つ竜人族の出現。

 こんな状態で明日からは、ラムローダへ向かわなくてはならない。


 そう考えると少々憂鬱になるが、逃げ出す訳にいかない。

 俺ももう新米冒険者ではない。 俺なりに修羅場も潜ったつもりだ。

 だから気に食わないが伯爵夫人の依頼は必ず達成せねばならん。


 先の事ばかり気にしても仕方ない。

 まずは自分の出来る事から始めていこう。


 その為には明日に向けて早く寝るべきだ。

 そして俺は部屋の灯りを消して、両眼を閉じて、眠りについた。

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