第58話 迷宮探索


 漆黒の巨人との死闘から三ヵ月が経った。

 無事に任務を達成した俺達『暁の大地』は、また猫族ニャーマンの王室から、一千万グラン(約一千万円)の報奨金を受け取り、それを綺麗に六等分した。


 一人頭、大体百六十万グランくらいの稼ぎ。

 だが正直報奨金より、あの死線を乗り越えた事の方が嬉しかった。


 俺は漆黒の巨人に止めを刺した為に、拳士フィスターのレベルが一気に上がり、レベル28に到達にして、レンジャーのレベルに並んだ。


 もっともレベルアップはあくまで副産物に過ぎない。 長らく底辺冒険者に喘いでいた俺は、なかなか自分に自信が持てなかった。 だがどういう形であれ、あの化け物――漆黒の巨人に勝利した。


 勿論、俺一人の力で勝ったわけではない。

 しかしあの死闘を乗り越えて、俺はようやく本物の自信を手に入れた。


 あの後、エリスやメイリンは学校が始まった為、ハイネガルへ帰還。 俺だけがリアーナに残り、基本はドラガンの旅芸人一座の仕事を手伝いながら、頃合を見ては、ドラガン、兄貴、アイラ達と冒険者ギルドの討伐依頼を達成させて、気がつけば俺の冒険者ランクもBクラスになった。


 そして瞬く間に三ヵ月が過ぎて、今は十二月の半ば。

 季節は秋から冬となり、このリアーナにも寒波かんぱが押し寄せていた。

 真冬になると、多くのモンスターが冬眠する為、冒険者にとっても辛い季節だ。


 討伐対象のモンスターが居なければ、当然、討伐依頼も発生しない。

 故にこの時期に突入するまでに、ある程度の貯蓄を溜め込むのは、

 冒険者の間では、一つの生活の知恵だ。 だが幸い俺達の懐事情は悪くない。


 漆黒の巨人討伐の成功報酬に加えて、俺のレベル上げも兼ねた討伐依頼を地道に達成したからである。

 

 そういう経緯もあり、俺達『暁の大地』もこの時期は、旅芸人一座の仕事に専念しがちだ。


 だが今かなりやる気になっている俺としては、このまま無為に過ごしたくない。

 そして今回やや無理を言って、兄貴達に迷宮探索に付き合ってもらった。


 至るところに茶色の岩石が転がっており、周囲を囲む壁や床も、天井も岩盤で形成されており、やや湿った冷気が漂っていた。


 ここはリアーナの北東にあるダルタニア迷宮。

 比較的初心者向けの迷宮であるが、意外に階層が深く、最深部に到達した者は少ないとの話。 だが一階から六階の上層エリアならば、そう危険は大きくない。

 

 しかし七階以降の中層エリアとなると、危険度は一気に増す。

 今回は俺の戦士ファイターのレベルあげが主目的である為、行動範囲は上層エリアに限定している。


 まあ正直言って俺の戦士ファイターのレベルあげは、俺の我侭わがままだ。

 というか少しでも兄貴達に追いつきたいなら、一つの職業ジョブに絞る方が賢明だ。


 だが俺は未だに剣技への憧れが捨てられず、あの漆黒の巨人との戦い以降もこうして兄貴やドラガン達に手伝ってもらって戦士ファイターのレベルを上げた。


 おかげで最初はレベル15だったが、今ではレベル23まで上がった。

 スキルポイントの殆どを剣術スキルに振ったので、前よりかは剣術の技術と腕前も向上した。


 覚えた剣術スキルは兄貴がよく使う『ファルコン・スラッシュ』に加え、火炎属性の効果も持つ『フレイム・セイバー』の二つ。


 本当はもっとたくさんの剣術スキルを覚えたかったが、現実と折り合いをつけて、この二つに絞った。


 剣術スキルに限らず、魔法などには熟練度なる項目が存在する。

 簡単に言えば使えば使う程、技や魔法の威力や精度が上がるのだ。


 そして俺は兎相手に延々と地味な狩りを続けた実績?がある。

 要するにこの手の単純作業がそれ程苦にならない性格だ。

 よって剣術スキルを絞って、ひたすら熟練度を磨けばいずれは……。


 などという思考が俺が器用貧乏たる最大の原因だろう。

 だがあくまで戦士ファイターのレベル上げは、俺の個人的趣味だ。 『暁の大地』には、防御役タンク聖騎士パラディンアイラが、攻撃役アタッカーとしては、ブレードマスターの兄貴が居る。


 故に余程の事がない限り、俺が戦士ファイターになるメリットも意味もない。 だがこの数ヶ月余りの間に、俺のレンジャーと拳士フィスターのレベルは結講上がり、状況に応じて、俺のこの器用貧乏さが必要とされる事も増えてきた。


 俺自身それに対する不満はない。

 器用貧乏と言えば、一通り何でも出来るが、これといって特化してない事を指す。


 そして俺がパーティを組む面子もそれぞれの専門家スペシャリストだ。

 エリスは回復役ヒーラー、メイリンも火力になる魔法使いだ。


 でも時として、俺の器用貧乏さが重宝される事もある。

 エリスとメイリンはあの戦い以降、それぞれ学校に通う為、リアーナを離れた。

 そしてそうなると必然的にパーティ内の回復ヒール能力は低下する。


 その穴を埋めるべく、俺が回復魔法も使えるレンジャーになれば、メイン回復役ヒーラーには及ばないが、とりあえず急場は凌げる。


 実際、兄貴、ドラガン、アイラの四人で冒険する時は、レンジャーを任された俺は想像以上に役に立った。 


 なので最近では自分の器用貧乏さも嫌ではない。

 だが俺もやはり時には自分の思うように冒険がしたい。

 そういう所も含めて、俺の戦士ファイターのレベル上げはガス抜きも兼ねている。


「そろそろ中層エリアが近づいてきたな。 この辺りに出現するフレイム・フォックスは結構強敵だから、注意しろ!」


 と、普段は首にかけた眼装ゴーグルを両眼に装着するドラガン。

 ドラガンの眼装ゴーグルは、ただの装飾品でなく、魔力反応などを感知できる通称ニャーグルという魔道具の一種だ。


 ちなみに俺は使い古した銀の鎖帷子に、左手に銀の円形盾バックラー

 右手には昔ふんぱつして購入したが、長らく倉庫の肥やしになっていた少し高いロングソードを握っている。


「確かに奴は少し厄介だな。 フレイム・フォックスが出てきたら、仲間を呼ばれる前に、真っ先に叩こう!」


 いつも通り青い鎧に緑のマントという格好のアイラがそう提案する。


「そうだな。 だがここはあえてラサミスに戦いの手解きをするのも良いかもな」

 

 と、黒のインナーの上に緋色の軽鎧ライト・アーマー、頭にはデザインが、カッコいい羽根付きの臙脂色えんじいろの帽子という姿の兄貴がそう言った。


「それも悪くないが、属性攻撃を使うモンスターは意外に厄介だ。 対人戦とは間合いが違うし、戦士ファイターのラサミスだと少し厳しくないか?」


 と、あくまで慎重論を唱えるアイラ。

 アイラの言う事も一理ある。 火炎属性を使うモンスターはえてして、火炎耐性を持っている。 俺の剣術スキルの一つ『フレイム・セイバー』は火炎属性。 火炎耐性を持つモンスターとの相性は最悪だ。


 だが俺もあの漆黒の巨人との戦いで成長したつもりだ。

 闘気オーラの扱いにも随分慣れてきた。

 レジストのタイミングも単独連携も今ではかなり上手くなった、と思う。

 

「だがラサミスも最近は成長している。 あの漆黒の巨人との戦いは、言うまでもなく、それ以降の戦いでも活躍するようになったじゃないか? だからここはラサミスに任せてみるのもいいかもしれん。 なあに、心配するな。 ちゃんと俺達がフォローすれば問題ないさ」


「まあライルがそう言うなら、私は従うよ」


 と、アイラは兄貴の言葉に小さく頷いた。

 そして迷宮内の長い一本道を歩き続けて数分。

 するとドラガンが急に立ち止まり――


「……噂をすれば何とやらだ。 前方に魔力反応を二つ感知。 全員戦闘態勢に入れ! ラサミス、お前が先陣を切ってみろ!」


「了解ッス、団長!」


 俺はドラガンの言葉に返事して、長剣を手にしながら、咄嗟に身構えた。

 薄い燐光に照らされた影が二つ通路の奥から現れ、その姿があらわになる。


 毛並みの良い赤茶色の体皮。 見た感じ普通の狐とそう変わらないが、その中でも両眼は、鋭くモンスターならではの凶暴さを秘めていた。 間違いない。 四足獣、フレイム・フォックスだ。


「んじゃとりあえず先陣を切りますぜ! ――オラアァッ!!」


 俺は左手で円形盾バックラーを構えながら、全力で地を蹴った。

 それに呼応するように、フレイム・フォックス達も遠吠えを放ち、突貫してきた。 三十メーレル(約三十メートル)程あった間合いが、一瞬で消え失せる。


「ウオオオオオオンッ!」


 雄叫びを上げながら、

 こちらに向かって飛び掛る一体のフレイム・フォックス。

 俺は大きく開かれた相手の顎に、氷の闘気オーラを宿らせた円形盾バックラーを噛ませる。


 ばきばきばきっ!

 という嫌な音を立てて、鋭い牙が円形盾バックラーに食い込む。


 顎の力が凄いぜ。 この力で腕を噛まれたら、洒落にならんな。

 だがこれくらいなら耐えれる。 

 俺はすかさず右手に握った長剣を振り上げて――


「――ファルコン・スラッシュッ!!」


 と叫びながら、標的の首を一刀両断。

 すると胴体から切り離されたフレイム・フォックスの頭部が、地面にころころと力なく転がった。 まずはこれで一体ッ!


「――ラサミス、油断するな! もう一体が放射態勢に入ってるぞ!」


 俺は兄貴の言葉に釣られて、もう一体のフレイム・フォックスを探す。

 するともう一体のフレイム・フォックスが地に低く伏せていた。

 口内が赤熱しており、鋭利な牙の隙間から白い煙が漏れている。


 ここは円形盾バックラーを中心に氷の闘気オーラを纏うべきか?

 いやそれじゃ後手に回る。 ならばここは護りながら攻めるっ!


 するとフレイム・フォックスは頭を振り上げて、赤くなった口腔こうこうを開き、砲弾のように炎の塊を放射。


 だが俺は慌てることなく、右手の長剣を黒い腰帯の鞘に収めてから、右手を前方に突き出して、集中力を高めながら、右手の平から迫り来る炎の塊目掛けて、氷塊を直線状に放射。


 ばしゅううっっ……。

 炎の塊と氷塊がぶつかり合い、湯気を立てながら周囲に四散する。


 ……レジストは上手く行ったな。 

 眼前のフレイム・フォックスは目を見開き瞠目している。


 所詮てめえはモンスター。 

 てめえのおつむじゃこの現象は理解出来んだろうさ。

 そして戦場において隙を見せるなんて、大甘もいいところだぜ!


 俺は瞬時に両足に風の闘気オーラを纏い、物凄い勢いで地を駆けた。

 そして一気に距離を零にして、右足を振り上げて標的の腹部を蹴り上げた。


「ぎゃ、ぎゃんっ!!」


 悲鳴をあげながら、宙に泳ぐフレイム・フォックス。

 そして俺は再び黒い腰帯の鞘から長剣を抜きさり、


「――ファルコン・スラッシュッ!!」


 俺はそう技名を叫びながら、身を翻し、眼前のモンスターの顔面を叩き斬った。

 額を赤く染めながら、フレイム・フォックスは低い呻き声を上げて、崩れ落ちた。


「ざっとこんなもんッスよ!」


「……まあ合格点だな」とドラガン。


「そうだな、でも油断はするなよ?」とアイラが釘を刺す。


「これなら問題ないな、先を急ごう!」と、兄貴。


 その後も俺が先陣を切り、道中にはたくさんのモンスターが出現した。

 フレイム・フォックスだけでなく、キラービートル、ジャイアント・ビー。

 蜥蜴人間リザードマン半鳥人ハーピーなどの様々のモンスター達が、群れをなして襲い掛かって来たが、俺達は冷静に対処してモンスターを蹴散らせた。


 基本的に俺がモンスターと相対し、兄貴とアイラがフォローに回り、ドラガンは頃合を見て時々、付与魔法エンチャントをかけてくれた。


 うん、自分で言うのもアレだが、絶好調だ。

 あの漆黒の巨人に比べたら、上層エリアのモンスターなど大した事ない。

 フレイム・フォックス相手の戦いにも慣れてきた。

 レジストと闘気オーラの使い分けも問題なく出来た。


「そろそろ中層エリアに着きそうだから、今日はこれぐらいにしておくぞ」


「え? 兄貴、俺はまだまだやれるよ?」


「だがお前の長剣も随分と刃こぼれしてるぞ。 ここは無理する必要はない」


 と、兄貴。


「……それもそうだね。 わかったよ!」


 帰り道も特に何も問題が起こらなかった。

 だが兄貴が指摘したように、俺の長剣はそろそろ寿命が近そうだ。

 やれやれ、今日だけでも何十体もモンスターを倒したからな。


 戦士ファイターのレベルもいつの間にか一つ上がっていた。 

 まあ今回はこれでいいか。


 数時間後。

 俺達はリアーナに帰還して、今回の冒険の報酬品を山分けした。

 冒険者ギルドが買い取ってくれるモンスターの素材やドロップ品。

 時々モンスターが落とす魔石も結構な数が拾えた。


 そして今回受けた討伐依頼、フレイム・フォックスの毛皮十五枚の収集も達成。 こちらの討伐依頼の報酬は百万グラン。 四人で均等に割って一人頭二十五万グランの稼ぎ。


 それ以外の素材、ドロップ品、魔石もギルドで換金してもらう。

 そちらの報酬は総額六十万グラン。 もちろんそれも均等に四等分。

 一人頭十五万グラン、合計で一人あたり四十万グランの稼ぎだ。


 一日の稼ぎとしては、悪くない稼ぎだ。

 だが回復役ヒーラーのエリスが不在の為、何個か回復薬ポーションを消費。


 おまけに俺の愛剣もガタがきている。 

 買い換えるとなると、それなりの出費だ。

 それに漆黒の巨人戦で俺の拳士フィスター用の防具は半壊したからな。


 ドラゴンの皮で出来た青い武闘着と白金プラチナ製の胸当てを買い直して、それらの出費は三十五万グランもかかった。 こういう出費もあるから冒険者稼業も楽じゃないな。

 

 まあいいや。 とりあえず貯金はそこそこあるからな。

 今は少しでもレベルや熟練度を上げたいから、多少の出費には眼を瞑ろう。


 そして俺達は連合ユニオン拠点ホームに戻った。

 すると入り口付近の受付に居た緑のワンピースを着たチンチラシルバーの猫族ニャーマンシンシアが兄貴を呼び止めた。


「おかえり。 ライル、アンタに手紙が届いてるわよ?」


「俺に? 誰からだい?」


「さあね、自分で確認しなよ」


 そう言って兄貴に手紙を手渡すシンシア。

 すると手紙の差出人を確認した途端、兄貴の表情が少し曇った。


「兄貴、誰からだい?」


「……ヴァンフレア伯爵夫人からだ」


 あの巨乳夫人、じゃなく高慢な女貴族かっ!?

 実はあの漆黒の巨人の戦いの後にも、俺と兄貴はあの女に二回会った。


 まあ漆黒の巨人の討伐やそれにまつわる周辺事情に関しては、詳しく話したが、知性の実グノシア・フル―ツに関しては話をぼかした。 兄貴曰く、駆け引きの際には、手の内は隠した方が良いとの事。


 まあ俺も基本的に兄貴に賛成だ。

 正直あの女貴族に直接会うのは、なるべくなら控えたい。


 だが今回わざわざ兄貴宛てに手紙を送ったのだから、何か裏があるだろう。

 兄貴は封を破り、中の羊皮紙の手紙に目を通す。

 

「あの女貴族、何て言ってるの?」と、俺は横から手紙を覗き込んだ。


「ああ、どうやら近日中に伯爵夫人の屋敷に来て欲しいとの事だ。 話の内容は極秘事項だから、直接会ってから話すらしい」


「ふうん、極秘事項ねえ」


「まあ無視するわけにもいかん。 ラサミス、お前もついて来てくれるか?」


 俺は一瞬考えたが、特に断る理由もない。


「いいよ。 エリス達も冬休みに入ってるだろうし、久々に会いたいからね」


「そうだな。 なら早速だが明日ハイネガルへ帰るぞ。 お前もそれなりに身を整えておくようにな」


「了解。 んじゃ夕食を食べたら、今夜はすぐ寝るよ」


 俺はそう告げてから、自分の部屋に戻り、荷物を置いた。

 そして夜の十九時に食堂で皆で夕食を摂った。


 今夜のメニューは肉料理が中心だったので、すぐたいらげた。

 すると旅芸人一座の子猫の猫族ニャーマンポロンが俺にすり寄って来た。


「ラサミスゥ、遊んで欲しいニャ!」


「悪いな、ポロン。 明日朝が早いから今日はもう寝るよ」


「ラサミスはケチだニャ! いいよ、ドラガンに遊んでもらうニャ!」


 子猫の猫族ニャーマンポロンはそう言って、ドラガンの所へ甘えに行った。

 本当は一緒に遊んでやりたいが、明日にはあの女貴族と会うからな。


 恐らくそれなりに重要な話だろう。

 だから今のうちから気持ちを高めておく必要がある。

 そして俺は自室に戻り、寝巻きに着替えてベッドに潜り込んだ。


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