第十二章 復讐の竜騎士(ドラグーン)

第57話 陰気な女竜人


 竜人りゅうじん領の北端にある港町エスカレード。

 その港町エスカレードとヒューマン領の港町バイルを行き交う定期船。

 

 その木造りの帆船の客室の隅に漆黒のフーデッドローブを纏った竜人が陰気な空気を醸し出して、床に座っていた。


 この定期船には、エスカレードから多くの竜人が乗船している。

 彼ら彼女らの多くは傭兵か、冒険者になるであろう。

 

 主だった主要産業を持たない竜人達の資源は、竜人そのものである。

 四種族の中でも、極めて優れた肉体と身体能力を有する竜人。

 特に竜騎士ドラグーンとなった竜人の待遇は破格である。


 龍の使役から、調教テイムまでと彼等の力を必要とする者は多い。 竜人領の都ドラグマでは、竜騎士ドラグーンが二足歩行の龍に騎乗して、速さを競い合う競技ドラゴンレースが行われており、高い人気を誇っている。


 ドラゴンレースを愛好する者は竜人だけでなく、他種族にも多い。

 特に各種族の王侯貴族の間では、ドラゴンレースで走る競争龍きょうそうりゅうを所有する事が、彼等の間で一つのステータスとなっている。


 だがそういう競争龍を調教テイムするのは、簡単な事ではない。

 故にドラゴンレースの騎手以外にも調教師テイマーの需要も多い。


 ドラゴンレースは賭けの対象でもあり、騎手や調教師テイマー以外にも大きな富をもたらせるウェルガリアにおける一つのビッグチャンスだ。


 最上位の騎手は年に億以上稼ぎ、調教師テイマーの実入りも下手な冒険者より上だ。 また競争龍の龍主りゅうぬしにも、レース賞金の二十%が還元される。


 優秀な競争龍は種龍たねりゅうとしても、重宝されて、競争龍を保有する牧場ファームにも多大な利益をもたらせるから、夢のある話である。


 だがそうなると、当然、騎手希望者は増えるが、競技の質と技術を保つ為、何回にも及ぶ厳しい審査が行われるので、騎手になれる者は極一握りだ。


 よって大半の竜人は傭兵か、冒険者になる道を選ぶ。

 この定期船にも多くの竜人がそれらの職に就くべく、異国の地を目指していた。


 そういうわけで、この船の客室には必然的に血気盛んな若者が集結していた。 そんな中で漆黒のフーデッドローブを纏った若き竜人は、背中に白銀の斧槍ハルバードを背負いながら、静かな殺気を放っていた。


 だが長い渡航時間の間、暇をもてあますのも事実。

 そして乗船客の多くは血気盛んな若者。 

 故に殴り合いによる喧嘩沙汰も発生する。


 争いの原因は些細な理由であった。

 あるいは理由は問題ではないのかもしれない。

 強いて理由を上げるなら、暇だから喧嘩を始めたのかもしれない。


 いつの間にか、殴り合いの喧嘩をする二人の若者の竜人をギャラリーが取り囲んでおり、好き勝手にはやしたてる。


「オラオラッ! もっとやれっ!!」


「俺は左の兄ちゃんに賭けるぜ! がんばれよ!」


「なら俺は右の兄ちゃんだ! 右の兄ちゃんに二千グランだ!」


 仕舞いには賭けの対象にしだす周囲のギャラリー。

 だが当の本人達はまるで人気者になったかのように、気を良くして、更に激しい殴り合いを展開する。


「かかって来いよ、木偶の坊!」


「舐めた口を聞いてんじゃねえよ! もやし野郎ッ!」


 片方の男は身長180前後に対して、もう一人は195セレチ(約195センチ)以上の巨漢。 特別な戦闘技術を有してない限り、その体格差を埋める事は容易ではない。


 そして大方の予想とおり体格が勝る巨漢の竜人が相手を圧倒し始めた。

 その太い右腕を弓のように後ろに引き、巨漢の竜人は渾身の右ストレートで相手を殴打。


「ぐ、ぐほあっ……!?」


 強烈な一撃が決まり、喧嘩相手の竜人は客室の隅まで吹っ飛んで行く。 その先には陰気な若い竜人が座っていたが、即座に立ち上がり、飛んで来る竜人を華麗なサイドステップで避けて、周囲のギャラリーが少し沸いた。


 ふっ飛ばされた若い竜人は木の壁に背中からぶつかり、「うっ!」と軽い呻き声を上げると、力なくずるすると客室の床に前のめりに倒れ込んだ。


「やるじゃねえか! スゲえ右だったぜ!」


「ほら、俺の勝ちだろ? 早く二千グラン払えよ!」


「チッ……ほらよっ!」


「毎度ありっ!」


 勝者と敗者が決定して、周囲のギャラリーも沸き立つ。

 勝者となった巨漢の竜人は、まるで英雄気取りの会心のドヤ顔を決める。


 だがそんな場の空気に水を差すように、陰気な竜人が――


「……五月蝿い。 ガキみたいに騒ぐな!」


 と低いが鋭利な声で言った。

 すると巨漢の竜人は眉根を寄せて、陰気な竜人に歩み寄る。


「あ? もしかしてお前、俺に喧嘩売ってるのか?」


「……別に」


「ん? お前、その声……もしかして女か?」


 すると再び周囲のギャラリーが騒がしくなった。

 陰気な竜人は軽く嘆息すると、頭部に被っていたフードを右手で後ろに払う。


 隠されていた頭部が明らかになり、その白銀に輝くセミショートの髪、そして竜人が竜人たる証である頭部に生えた二本の短い漆黒の角が露わになる。


 巨漢の竜人も息を止めて、眼前の陰気な女竜人の顔を凝視する。

 褐色の肌に、均整の取れた美しい顔立ち。 

 だがその緋色の両眼は冷気を帯びた殺気に満ちていた。


「……なんだよ、女かよ! 俺は女とは喧嘩をしない主義なんだよ」


 と、眼前の陰気な美人に背を向ける巨漢の竜人。

 すると陰気な美人の竜人は、口の端を持ち上げて――


「勝てる相手にしか戦わないなんて、情けない男」


 この言葉により、数瞬程、周囲の空気が凍りついた。

 巨漢の竜人は振り返り、肩をいからせて陰気な女竜人に近づく。


「おい、姉ちゃんよ。 少しばかり顔が良いからってあんまりっ……なっ!?」


 すると陰気な女竜人は背中から、斧槍ハルバードを抜き去り、両手に取った。 そして槍の穂先についた斧頭で、巨漢の竜人を威嚇する。


「……私に近づくな。 お前の息は臭いんだよ!」


「このアマッ!! もう許さないぜっ! お仕置きしてやるぜ!」


 巨漢の竜人は斧槍ハルバードを右手で強引に払いのけて、素早く前に踏み込みながら、右腕を後ろに引きながら突進する。


 195前後に対して、女竜人は精々175セレチ(約175センチ)くらい。 しかし戦いの場においては、必ずしも単純な体格差で勝敗が決まるとは限らない。


 女竜人は飛び込んで来た巨漢の竜人を素早くサイドステップで回避。 そして相手の背後を取ると、素早く両足に風の闘気オーラを纏い、蹴り足で床を蹴りながら、左膝で強烈な跳び膝蹴りを無防備な背中に喰らわせた。


「ごわあっ……あああっ!?」


 低い呻き声を上げながら、巨漢の竜人は前方に吹っ飛び、客室の木の壁に顔から衝突。 そして木壁に接吻しながら、ずるずると下がりながら床に転倒。


「す、スゲえっ……とても女の蹴りとは思えねぇ!」


「あの体格差で一撃で相手をすなんて……」


「も、もしかして……女の竜騎士ドラグーンかっ!?」


 周囲のギャラリーが畏怖と好奇の視線で女竜人を凝視する。

 だが当の本人はそれらの視線も気にせず、涼しい顔をしていた。


「ミネルバ、ここに居たのか!?」


 突如、この客室に入ってきた薄茶色のフーデッドローブを纏った竜人が、女竜人に近寄りながら、そう声をかけた。


「……アーガス!」


「ん? 何だ? もしかしてそこに倒れている竜人はお前がやったのか?」


「ええ、そうよ。 五月蝿い蝿だから、少々キツいお仕置きをしてやったわ!」


 するとアーガスと呼ばれた茶色のフーデッドローブの男の竜人は両肩を竦めた。


「……やれやれ。 竜騎士ドラグーンが素人に大人気おとなげないぜ?」


「でもこれでしばらくは静かになるわ。 私、こういう所で良い気になる奴って

 大嫌いなのよ。 少しは周りの迷惑も考えて欲しいわ!」


 そう言って、周囲のギャラリーを一瞥するミネルバと呼ばれた女竜人。

 するとギャラリー達はややばつの悪そうな表情をしながら、散らばった。


 それを確認するとミネルバはまた目深にフードを被り、客室の隅で腰を降ろした。 するとアーガスもミネルバの右隣に腰掛けて、彼女の耳元で囁いた。


「まあお前が気が立つのも仕方ないか。 ようやく探しに探した男の消息がわかったんだからな」


「……長かったわ。 あの男が竜神の谷で惨劇を起こして数年余り。 族長の孫娘であった私はあの日を境に、良くも悪くも人生が変わったわ!」


「そうだな、お前の無念はわかるつもりだ。 だから俺もこうして付き添った」


「……でも貴方は私の監視役も兼ねているんでしょ?」


 と、横目でアーガスを見るミネルバ。

 それに対してアーガスは肯定も否定もしなかった。


「別にいいわよ。 私は敵討ちさえ、出来れば後の事はどうでもいいわ」


「……奴が潜伏する自由都市リアーナまではまだ道のりは長い。 あまり気を張りすぎるなよ? とりあえず港町バイルに着くまで一眠りしようぜ」


「……そうね、そうしましょう!」


 そう言葉を交わすと二人は無言になり、両眼を瞑った。

 だが気持ちが高ぶったミネルバはなかなか眠りにつけなかった。


 それも無理はなかった。

 ようやく祖父と父、そして兄を殺した相手の行方がわかったのだ。


 あの竜神の谷の悲劇から数年後。

 ミネルバは復讐の為に女を捨て、ひたすら自己鍛錬を重ねた。

 そして女の身でありながら、一七歳で竜騎士ドラグーンとなった。


 それも全てはあの男――マルクス・ハルダーに復讐する為。


 ――マルクス。 お前を殺す事を夢見て、私は女を捨てた。

 ――私は長年この日を待っていた。 我が一族の無念を必ず晴らす!


 そう心の中で呟きながら、ミネルバは両手を強く握り締めた。

 だが幸か、不幸か、復讐の対象であるマルクスは既にこの世を去っていた。


 そんな事は露知らず、ミネルバは一人気持ちを高ぶらせて、

 復讐の瞬間を夢見ながら、浅い眠りにつくのであった。



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