第56話 勝利の凱歌
兄貴の悲痛な叫びが周囲に響く。
それと同時に凄い勢いでアイラがこちらに吹っ飛んできた。
その勢いのまま俺と兄貴は、背中から地面に倒れた。
だが体に痛みはない。
どうやらアイラのおかげで俺達二人はほぼ無傷のようだ。
だが当のアイラは無事では済まなかった。
即座に起き上がり、アイラを両腕で抱える兄貴。
「あ、アイラッ! 大丈夫かっ!?」
「ら、ライル……」
「お、おい! しっかりしろ、アイラッ!!」
掠れるような声で答えるアイラ。
俺も横から覘くが、酷い有様だ。
その綺麗な金色の髪は乱れ、端正な顔にも傷がついている。 額から血を流し、身につけた青い金属製の鎧も一部損傷しており、背中の緑のマントもボロボロに擦り切れている。
「わ、私なら大丈夫だ。 そ、それより奴が自動再生する前に完全に奴の頭部を破壊するんだ。 ライル、ラサミス。 この機を逃せば勝機を失う!」
ボロボロの状態でそう告げるアイラ。
周囲を見渡しても、殆どの猫騎士が戦闘不能状態だ。
辛うじてレビン団長とケビン副団長は、手にした武器を地に刺し、立っていた。
見た感じ彼らも限界が近いようだ。
となると当てになる戦力は俺と兄貴、それにエリスとメイリンか。
「メイリン、俺が特攻して奴に風属性の剣術スキルを食らわせるから、君はその後に火炎属性の魔法で攻撃してくれ!」
「了解ッス、ライルさん!」
「そしてラサミス。 メイリンが魔法打った後、敵は熱風状態になるから、最後にお前が光属性の攻撃をしろ! そうすれば
「お、おう! わかったよ、任せてくれ!」
俺の言葉に兄貴は小さく頷いた。
「ではメイリン、ラサミス。 お前等の健闘を祈る!」
「ライルさんも無理しないでね!」「た、頼んだぜ、兄貴!」
兄貴は俺達の言葉に「ああ」と頷いて、手にした白刃の長剣を一振りする。
もう俺達以外は当てにならない。
だから絶対にこの連携攻撃を成功させねばならん。
こいつは
「――では行くぞっ!」
そう言いながら、兄貴は両足に風の
あの状態では漆黒の巨人は、口から火の玉を発射する事は不可能だろう。
ならば敵が選択する攻撃方法は直接殴打するか、先程のように地面を叩くかの二択だ。
そして奴が選んだ選択肢は後者であった。
再び右腕を頭上に振り上げる漆黒の巨人。 だがダメージのためか、その動きは鈍い。 その間隙を突くように、兄貴は猛スピードで間合いを詰める。
「――遅いっ! 受けてみよ。 『ソニック・セイバー』ッ!!」
そう叫びながら、兄貴は閃光のような速さで風属性の剣技スキルを放った。
すると眼前の巨人の修復中の顔面に強烈な一撃が決まり、その顔面から赤い鮮血が飛び散り、その傷口を剣技スキルによって生じた風が乱暴にシェイクする。
「――今だ、メイリンッ!」
「はいッス、ライルさん! 我は汝、汝は我。 我が名はメイリン。 ウェルガリアに集う炎の精霊よ、我に力を与えたまえ! ――行けえええっ! ……『スーパーノヴァ!!』」
次の瞬間、メイリンの杖の先から激しく燃え盛る紅蓮の炎が生み出された。
紅蓮の炎が激しくうねりながら、漆黒の巨人に目掛けて放射される。
「ヴ……ヴ……ヴオオ……オ―――ッッ!?」
紅蓮の炎が激しく燃え盛り、巨人の顔面に着弾。
すると炎と風と交わり、熱風の魔力反応が発生。
それと同時に漆黒の巨人は左手で顔を押さながら、絶叫。
効いてる、効いてる。 だがこれで終わりじゃないぜっ!
「ラサミス、さあアンタの出番よ!」
「おうよ! ハアアアアアアッ……アアアッ!!」
俺は両足に風の
身を低くしながら、両拳に光の
「ヴ……ヴ……ヴオオッ!?」
俺の気配を察知したのか、漆黒の巨人は左手で顔を押さえながら、右手を大きく頭上に振り上げる。 だが何度も何度も同じ手は通用しないぜ!
俺は左手から光り輝く光弾を漆黒の巨人の頭上に放った。
それと同時に俺は大きく跳躍して、巨人の右鎖骨に飛び乗り、奴を射程圏内に入れる。
数秒のスパンを置いて、光弾が弾け、眩い光で周囲を照らした。
強烈な光の前に漆黒の巨人は一瞬動きを硬直させた。
――計画通り。 後はこの右拳を奴の顔面に叩き込むだけだ。
そして俺は眩く照らす光を背にしながら、奴の顔面に目掛けて突貫。
それと同時に右拳に
「ヴ……ヴ……ヴオオアアアッ……アアアアアアアアアアアアッッ!?」
激しい光と風が巻き起こり、純白の極光が俺の視界を埋め尽くす。
恐らくこれが
俺は左手で顔を塞ぎながら、もう一度右手に光の
眼前の巨人は顔面の皮膚が削げ落ち、頭蓋骨を露わにしていた。
そして額の部分に五芒星の魔力刻印が、刻まれた
「うおおおおおおっ……これで終わりだっ!!」
俺は渾身の力で剥き出しの
ばきんっ! 鈍い音と共に
そして止めを刺すべく、俺は両腕に光の
どおおおおおおんっ!
激しい爆音と炸裂音。
俺は両手で耳を塞ぎながら、空中で回転しながら、後ろに着地。
しばらくの間、それらの音により聴覚の機能が数瞬奪われたが、その数秒後に残ったのは、決着による静寂だった。
視界が回復して俺が、ゆっくりと目を開けると、そこには、頭部を完全に失った首なしの漆黒の巨人が両膝を地につけていた。 その光景に、俺だけでなく、兄貴達やレビン団長も無言でしばし立ちつくした。
「……勝ったのか?」
レビン団長が両眼を見開きながら、そう呟くと、全ての時の流れが動き出す。
全魔力を使い果たした俺は、がくりと崩れ落ち、左膝を地につけた。
頭部と
「――うおおおおおおおおおっ……勝ったぞ! 我々の勝利だっ!?」
次の瞬間、周囲は大歓声に包まれた。
周囲の猫騎士は勝鬨を上げ、兄貴とアイラは肩を組み、エリスとメイリンは「やったあ!」と叫びながら、ハイタッチを交わす。
だが勝利の立役者である筈の俺は、緊張感から解放されたかのか、全身に疲労感が一気に押し寄せてきて、がっくりと前のめりに崩れ落ちた。
ヤベえ、身体に力が入らねえよ。 というか意識が混濁してきたぜ。
まさに精も根も尽き果てた状態。 だがこれでこの金鉱町レバルは救われた。
「「ラサミス!」」
「ラサミス殿!」
エリスとメイリンが最初に駆け出し、こちらに近づいてくる。
続いて兄貴とアイラ。
そしてレビン団長とケビン副団長、その他多くの猫騎士達。
勝利の喜びを仲間と分かち合う。
かつて底辺冒険者時代に俺が夢にまで見た光景だ。
だが今の俺はそれよりも、とりあえずゆっくり静養したい。
「……悪りい。 あ、兄貴、エリス、メイリン。 ち、ちょっとばかし眠るわ」
それだけ告げて、俺は両眼を瞑り、そのまま意識を失った。
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金鉱町レバルから約十キール(約十キロ)ばかり進んだ森林地帯。
そこの森林地帯の中心部にある大木の下に木箱に詰められた金塊が眠っていた。
「……こうして見ると圧巻よね」
と、数個の木箱にぎっしりと詰まった金塊を眺めるエリーザ。
「でしょ? 配分は三等分でいいかしら?」と、マライア。
「ええ、それで問題ないわ」と、小さく頷くエリーザ。
「……しかし本当に本国に戻るつもりなのか?」
と、レンジャーであるギランが問う。
「ええ、私は本国に母を残して来た身よ。 母を見捨てる事は出来ないわ」
「そいつは大した親孝行だな。 だが上は甘くないぞ? 例え大量の金塊を献上したところで、アンタが無罪になる事はあるまい」と、ギラン。
「ギラン、余計な事は言わないで! エリーザにはエリーザの考えがあるのよ。 彼女は私達の逃亡を見逃してくれるのよ。 それだけで感謝すべきだわ」
「ああ、わかっている。 だがもしどうしようにも無くなったら、俺達を頼れ! 俺とマライアはこの後、中立都市リアーナまで向かう予定だ。 あそこなら、金さえあれば身を隠すのに最適だからな」
そう言いながら、ギランは腰帯の皮袋を弄り、中から何かを取り出した。
銀色に輝く長方形の石版。 それをエリーザに手渡す。
「……これは何かの魔道具?」と、少し首を傾げるエリーザ。
「ああ、それを使えば同じ魔道具を持つ者と連絡する事が可能だ。 まあ魔道具を介した
「……お心遣い感謝するわ。 でも多分使う事はないでしょう」
「まあアンタには世話になったからな。 困った時は俺達が助けるぜ!」
「そうよ。 アンタは融通の利かない糞真面目だけど、私は嫌いじゃなかったわ」
「ありがとう、マライア。 私も貴方の事が好きよ」
「じゃあな、二体の巨人は俺達が貰っていいかい? あいにくリアーナへは行った事はなくてな。 徒歩で移動するには時間がかかり過ぎる。 だから出来れば巨人は俺達が使いたいんだが……」
一度でも足を運んだ場所は転移石や
「ええ、いいわよ」
「ありがとう。 それじゃ私達はもう行くわね」
「達者でな、エリーザ」と、ギラン。
「ええ、貴方達も元気でね!」
そう言葉を交わし、エリーザ達はこの場で別れた。
しばらくの間は、それぞれの
とりあえず自分の取り分の金塊を大きな皮袋につめた。
金塊の量からして、軽くみて二千万グランぐらいの価値はあるだろう。
ここから
とりあえず冒険者ギルドお抱えの銀行に三分の一程の金塊を預けて、残りの金塊を元手にして、何らかの金策をする必要がある。
しかし仮に億以上稼いだとしても、国王や上層部はエリーザを許さないだろう。
だがそれも仕方ない。 どういう形であれ、自分が失敗したのは事実。
とりあえず今はこの状況を受け入れて、前へ進むしかない。
「……この屈辱は忘れないわ。 でも私はここで終わる女じゃない。 必ずもう一度栄光を掴んでやるわ! だからあえてこの苦境を受け入れる!」
誰に聞かせるわけでもなく、そう呟くエリーザ。
そして彼女はしばらくの間、夕焼けに照らされた木影で立ち尽くすのであった。
---ラサミス視点---
漆黒の巨人の撃破に成功した俺達は、しばらくの間、金鉱町レバルに滞在した。
レバルの住人は町に再び平和をもたらせた俺達を歓迎し、毎晩宴会が開かれた。
もっとも俺やエリス、メイリンはあまり酒が好きでなかったので、基本的にはジュースで祝杯をあげた。 兄貴やドラガン、アイラは
まあ今回の戦いで
だがまだ戦いが完全に終わったわけではない。
エルフ族の手元には、まだいくつかの禁断の果実が残されている。
それら全てを焼却しない限り、エルフ族達の計略は続くであろう。
そう考えると手放しで喜べないな。 恐らく奴等はまた何かしらの計略を練って、
「ラサミス、どうしたの?」とエリス。
「いや何でもないよ」
「な~に暗い顔してんのよ。 アンタもこっちに来て飲みなさいよ!」
と、メイリンがジュースの入ったグラスを右手で上げた。
そうだな、とりあえず目の前の危機は去った。 今は素直にそれを喜ぼう。
またあの禁断の果実が絡んだ事件が起きたら、その都度対処すればいい。
俺はもう一人じゃない。
俺にはもうたくさんの仲間が居るのだから。
――今この瞬間、結構幸せかもしれないな。
そして俺は金鉱町レバルの中心部に掲げられた
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