第55話 制限解除(リミッターカット)


 咽るような煙の臭いで、俺の意識が覚醒した。

 だが思いの他、身体は痛くない。 だが妙に身体が重い。

 そして俺はすぐその理由を理解した。


 兄貴が覆いかぶさるように俺の身体の上に乗っていたからだ。

 兄貴は俺の視線に気付くと――


「ら、ラサミス。 だ、大丈夫か?」


 と力のない声で問う。

 俺は思わずハッとして、兄貴の身体を押しのけて、その背中を見据えた。


 すると兄貴の赤い軽鎧ライト・アーマーの背中の部分が破損しており、その下に着込んだ黒いインナーも破れて、兄貴の白い背中がむき出しになっている。 痛々しい火傷の痕が俺の胸をぎゅっと引き締めた。


「だ、誰かっ!? 兄貴に回復ヒールをかけてくれ! 誰でもいい。 とにかく早くしてくれっ!!」


「ラサミス、ライル兄様は大丈夫なのっ!?」


「エリス、大丈夫じゃないから叫んでいるんだよ。 とにかく今すぐ回復ヒールしてくれ!」


「わ、わかったわ!  我は汝、汝は我。 我が名はエリス。 レディスの加護のもとに……『ハイ・ヒール』!!」 


 エリスは両手を兄貴の背中に直接触れながら、中級回復魔法を詠唱する。

 するとエリスの両手から眩い光が放たれて、地面にうつ伏せた兄貴の背中を暖かく包み込む。


「うっ……傷口が痒い。 だが悪くない感触だ」


「ライル兄様、しばらくそのままで居てください」


「……わかった」


 そのまま患部に手を当てるエリス。

 そして五秒程経つと兄貴はゆっくりと起き上がり、右肩をぐるりと回した。 更に首を左右に振り、コキコキと鳴らす。


「流石エリスだ。 もう痛くないぞ」


「ライル兄様、本当ですか? あっ、本当だわ。 火傷が綺麗に治ってるわ」


 エリスの言葉に釣られて、俺も兄貴の背中に視線を向ける。

 すると先程までの火傷は消え失せ、元通りの綺麗な背中に戻っていた。


「さあ二人ともすぐに戦闘態勢に戻るんだ。 ラサミスは先程のように前衛に。 エリスは後衛に下がるんだ」


「おう!」「はいですわ!」



 兄貴の指示に従い、俺は再び前衛に。 エリスは後衛に下がる。

 よくみると先程の漆黒の巨人の火炎攻撃で周囲に猫騎士達が倒れこんでいた。 何匹は黒コゲの即死状態。 だがレビン団長は流石というべきか、ほぼ無傷だ。


「ライル殿、ラサミス殿。 もう大丈夫か?」


「「大丈夫です」」


「そうか、ならばあの漆黒の巨人を食い止めるぞ」


「はい、ですがレビン団長。 奴の動きが妙です」


「妙? どれどれ……んっ!?」


 俺も兄貴の言葉に釣られて、視線を漆黒の巨人に向けた。

 すると漆黒の巨人は、ぷるぷると小刻みに身体を震わせていた。


 他の巨人と同様にその首元には、漆黒の首輪が嵌められているが、両手を首輪に手にかけて、それを外そうとする漆黒の巨人。 確かに妙な行動だ。 よくみると双眸を吊り上げ、目も充血している。



「……苦しんでいるようだな」と、レビン団長。


「はい、恐らく使役者マスターの女が制限解除リミッターカットをしたのでしょう。 恐らく奴の魔力は暴走状態になってるでしょう。 だがそれで凶暴化しております。 このまま放置しておけば、自ずと自滅すると思いますが、どうします?」


「それだとこの金鉱町が破壊されかねん。 だからここはあえて実力を持って彼奴きゃつの動きを封じる! ライル殿、魔力が暴走状態になると、彼奴も先程のような対魔結界を張る事は不可能と見ていいのか?」


 レビン団長の問いに兄貴がしばし考え込む。

 そして数秒程、間を置いてこう答えた。


「そう思っていいでしょう。 なる程、後衛の魔法攻撃で奴を無力化するつもりなのですね?」


「ああ、それが一番安全だからな」


「わかりました。 我々もその作戦に従います。

 アイラ、お前も前衛に加われ!」


「あ、ああ! ライル、わかったわ」と、アイラ。


 アイラも加わり前衛は俺、兄貴、アイラ。

 それにレビン団長が率いる防御役タンクの猫騎士達という顔ぶれになる。


「よし、後衛の魔法部隊は今すぐ自身の最大級の魔法を詠唱せよ! 蓄積チャージしたら、あの黒いデカブツ目掛けてぶっ放せっ!!」


「はいっ!!」


 大勢の猫族ニャーマンにメイリンも加わり、魔法の詠唱を開始する。

 そしてその足元に多種多様の魔法陣が描かれる。


 魔法陣はその上に乗って呪文を詠唱すると、魔法の威力や効果範囲を

 増加させる効果があり、魔法職には欠かせない代物だ。


 長文詠唱を素早く紡ぐ魔法陣上の魔法部隊。

 すると彼ら彼女らの手にする両手杖の先端に強い魔力が宿る。


「――――ラアァッ!!」


 防衛本能からそれに気付いた漆黒の巨人が『咆哮ハウル』を放つが、アイラを始めとした防御役タンクの猫騎士が手にした盾を前に押し出し、その衝撃波を受け止めた。


 何匹かはその衝撃で吹っ飛んだが、アイラは両足を踏ん張り耐えた。

 そして吹っ飛んだ猫騎士をすぐ回復ヒールする回復役ヒーラー


「魔法部隊、まだかっ!?」


「――もう行けます!」


「よしっ、ならば盛大にぶち込んでやれっ!!」


 レビン団長の号令が飛ぶと同時、俺や兄貴、アイラ、猫騎士達もただちに漆黒の巨人から離れた。 それと同時に杖を振り上げる魔法部隊。 魔法陣の輝きが弾け、次の瞬間、容赦のない一斉射撃が火蓋を切る。


「――――ウ、ウオオオッッ……オオオオオオオオオッ!?」


 呻き声を上げる漆黒の巨人に容赦なく魔法攻撃が繰り出された。

 連続で見舞われる様々な属性の攻撃魔法。 火炎弾が着弾すれば、雷針らいしんが突き刺さり、氷の雨と風の刃が炸裂する。


 次々と攻撃魔法が命中して、漆黒の巨躯が放火の光に塗り潰される。

 やがて魔法部隊の一斉射撃が止むと、聴覚を刺激する爆音が途切れ、

 立ち込めた爆煙が薄れると共に、漆黒の巨人が両膝を地につけた。


 顔面部分を始めとした漆黒の体皮は損傷し、抉れ、赤い血肉を晒していた。

 口からは湯気のような呼気を吐き出し、見るからに消耗している。

 その姿を見るなり、俺達は思わず歓声を上げた。


「よしっ、効いているぞ。 敵の弱点は頭部だ。 頭部さえ破壊すれば、自ずと勝利はこちらのものだぁ!! 奴に止めをさした者には褒章を与えるぞおぉっ!!」


「おおおおおおっっ!!」


 レビン団長の掛け声と共に前衛が一斉に前へ出る。

 この漆黒の巨人の止めを刺そうと四方八方から包囲する。

 敏捷性を生かして、真っ先に地べたに倒れる巨人に迫る数名の猫騎士。


 クソ、猫騎士達め。 美味しいところを持っていくつもりかよ!

 だが次の瞬間、俺だけでなく周囲の者達が凍りついた。

 傷ついて沈黙していた漆黒の巨人が、その顔を上げた。


 するとその顔面がしゅうしゅうと音を立てて、修復されていく。

 損傷した体皮からも似たような音を立てて、白い光の粒子が発散している。

 こんな状態でも自動再生するのかっ!!


 そう思った時には、漆黒の巨人は勢い良く立ち上がった。

 そしてその巨大な両腕を頭上に振り上げて、握り締めた拳を足元の地面目掛けて、振り下ろした。


 その瞬間、大地が、世界が揺れた。


 凄まじい衝撃と共に、地割れと、衝撃波が発生。

 放射状に広がるその衝撃波に猪突していた前衛の猫騎士が吞み込まれる。


「ぎゃ、ぎゃあああああああああぁっっ!!」


 この世の終わりのような悲鳴を上げる猫騎士達。 その衝撃波と地割れによって飛び散った土塊や石片が容赦なく周囲に降り注ぎ、前衛だけでなく、中衛、更に後衛のもとにまで及んだ。


「まずい、ライル、ラサミス。 私の背中に隠れろ! ハアアアアアアッ!! 『鉄壁アイアンウォール』!!」


「よせ、アイラ。 お前も逃げるんだ!」


「ライル、貴方は私が護るわ。 だからお願いよ」


「……すまん、アイラ。 ラサミス、アイラの背中に隠れ、闘気オーラを全快にして、全身を覆えっ!!」


「わ、わかったぜっ!! う、う、うおおおおおおおおおっ!!」


 言われるがまま、全身に闘気オーラを纏う。

 そして次の瞬間、激しい衝撃に見舞われた。


「う、うおおおおおおっ……うおわああああああっ!?」


「あ、アイラッ!! 無理するなっ!!」


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