第54話 逃亡の企て


 打撃による痛みで腹部を押さえるエリーザ。

 あの銀髪のヒューマンめ、女を本気で殴るなんて許せないわ。

 と戦場において、ややお門違いな怒りを募らせるエリーザ。

 するとマライアとレンジャーのギランがこちらにやってきた。


「エリーザ、大丈夫?」


「だ、だ、大丈夫……じゃないわ……」


「そう、ならばそろそろ潮時ね。 エリーザ、ここから逃げるわよ」


「な、何を言ってるのよ!?」


 マライアの言葉に戸惑うエリーザ。

 だがマライアは落ち着いた表情で淡々と語った。


「だってもう巨人はたったの三体しか居ないのよ? こちらの仲間も私達三人まで減らされた。あそこで高みの見物をしている錬金術師アルケミスト達はもう当てに出来ないでしょう」


 そう言われてマライアが指差す方向に視線を向けた。

 すると協力関係にあった四人の錬金術師アルケミストの姿が視界に入る。

 彼らはエリーザの視線に気付くと両肩を竦めた。


 まるで「悪いな、こういう時も考えて保険は打たせてもらった」

 と云わんばかりの表情だ。 所詮は打算で結ばれた関係。

 故に腹立たしくは思っても、エリーザに彼らを責めるつもりはない。


「ね? 彼等の協力はもう期待できないわ。 いえ仮に彼等の協力があったとしても、ここから戦況を覆す事は無理だわ。 だからこの場はブラックに任せて、私達はその隙に逃げるわよ」


「で、でもそれじゃ任務は!?」


「馬鹿ね、任務より自分の命の方が大切でしょ? 死んでしまえば、全てが終わりよ? でも手ぶらというわけじゃないわ」


「……それどういう意味かしら?」


 マライアにそう問うエリーザ。

 すると彼女は両肩を竦めて、小さく舌を出した。



「いやこういう時の事も考えて、昨夜のうちに金塊の一部を外に運び込んでいたのよ。 悪く思わないでね」


「なっ……あ、貴方ねえっ!!」


 思わず声を荒げるエリーザ。

 信じられない。 

 と思いつつもこういう事態も想定してなかったわけではない。


 またマライア達からすれば、万一の保険が欲しいという気持ちもわかる。 それにこの状況においては、彼女の判断は功を制したといえる。 だから自分の感情を押し殺して、エリーザは彼女の次の言葉に耳を傾けた。


「まあ貴方が怒る気持ちはわかるけど、元々私達は任務で金塊強奪を行ったのよ? 生真面目な貴方は全部本国へ送るつもりだったでしょうが、不真面目な私としては、多少の美味しい思いもしたいからね。 でもいいじゃない? この場においてはその保険で助かったわけだしね」


 マライアは悪びれる事もなく堂々とそう言い放った。

 呆れる反面こうも堂々と言われると、ある意味感心する。

 エリーザは小さく嘆息しながらも、会話を続ける。



「そうね、この場合は貴方の英断を褒めるべきかしら? でもブラックを捨て置き、金塊だけ本国へ送っても、多分国王陛下や上層部は許さないでしょうね」


「へ? エリーザ、貴方何言ってるの? 金塊を本国へ送るつもりはないわよ。 私達で独占するのよ?」


「ハア? あ、貴方こそ何言ってるかわかってるのっ!?」


 流石にこの言葉を聞き流す事は出来なかった。

 だが次にマライアが口にした言葉で現実に引き戻されるエリーザ。


「エリーザ、馬鹿ね。 こんな状況になったら、多少の金塊があっても上層部の人間が私達を許すわけないじゃない? 良くて辺境へ左遷、悪ければその場で処刑もあり得るわよ。 だから私達はこの金塊を元に他国なり中立都市リアーナにでも逃亡するしかないのよ?」



 逃亡。

 嫌な言葉だ。 だが彼女の言う事を否定できなかった。

 確かに多少の金塊を持って、本国へ戻ったところで国王や上層部はエリーザ達を許さないであろう。


 ならばここは彼女の言うとおりにすべきか?

 いやそれは出来ない。 エリーザは本国に母親を残してきた。

 母親を見捨てて、自分だけ逃亡するなんて事は彼女の矜持が許さない。


「無理だわ。 私は今回の任務の褒章として病気の母親を国王陛下の計らいで、療養施設に入れて頂いたわ。 もし私が逃亡すれば母はどうなるの? だから私は逃亡する事はできない」


「……じゃあ貴方はどうするつもりなの?」


 と、少し柳眉を逆立てるマライア。


「でもこれは私の問題。 貴方達には関係ないわ。 だから私は貴方達が逃亡する事を咎めるつもりはないわ。 ただ分け前として、私にもその隠した金塊の一部を分けて欲しいの。 それを元にして金策なり何なりして、国王や上層部に献上するわ。 まあ左遷は免れないでしょうが、いきなり処刑される事はないでしょう」


「エリーザ、貴方は真面目ね。 でも貴方のそういうところ嫌いじゃないわよ。 いいでしょう。 但し私達の事は他言無用で、戦死でもした事にして」


「いいわ。 私はこの任務の責任者。 自分のケジメはつけるけど、部下である貴方達までそれを強要させないわ」


「そう、なら私の案に乗ってくれるのよね?」


 マライアの言葉にエリーザは無言で頷いた。

 するとマライアはにこりと笑い、右手をエリーザの左肩に置いた。


「まあ貴方の気持ちもわかるわ。 どういう形であれ国王陛下の勅命を受けたのだから、任務を優先させるのは当然よ。 でもいざとなれば任務を放棄する勇気も大切よ。 上の人間からすれば、私達の命なんて一グランの価値もないわ。 だからそういう時は自己の利益を優先すべきよ」


「一理あるわね。 とりあえずこの場は貴方に従うわ。

 ――で? 具体的に私はどうすればいいのかしら?」


「そうね、まずはブラックの制限解除リミッター・カットをして頂戴。 そして私達が逃げる間、ブラックに敵を食い止めてもらい、最後には自爆させて頂戴。 これならば証拠も残らないわよ」


 流石に即答しかねる要求だった。 

 だが良い代案も浮かばない。 元々任務が失敗した時はブラックを破棄するようには命じられていた。 猫族ニャーマン相手とはいえど、証拠を残すのは得策ではない。


 ならばここでブラックの制限解除リミッター・カットして、敵を引きつけさせて、それから自爆させるという手は戦術としては、悪くない手だ。 これならばエリーザ達の逃亡の可能性は高まり、自爆により証拠隠滅と敵への損害も与えられる。


「仕方ないわね。 不本意だけど、この場は貴方の意見に従うわ」


「ありがとう。 じゃあ私達は残り二体の巨人の肩に乗って逃亡する事にしましょう。 ギラン、貴方もそれでいいでしょう?」


「ああ、構わないぜ」


 そしてエリーザ達は二体の巨人の肩にそれぞれ乗った。

 三人全員が無事巨人の肩に乗り終えると、

 エリーザは右手を肩の線まで上げて、こう命じた。


「じゃあブラック、後は任せたわよ。 ――制限解除リミッター・カット!」


 すると漆黒の巨人は全身から魔力を解放する。

 だがこの状態では、そう長くは持たない。

 その体内に湧き出る膨大な魔力も使役者マスターの制御がなければ、生かすどころか、身体を蝕む要因となる。


 そして最後には暴走して、自滅する。

 これは魔法生物であるブラックも例外ではない。

 その上で最後は自爆させられるのだから、哀れの一言に尽きる。


 でもエリーザ達はもう手段を選んでいる余裕はない。

 だからここはあえてブラックに捨石になってもらう。


「――さようなら、ブラック」


 エリーザはそう一言だけで別れの言葉を告げた。

 そしてエリーザ達は二体の巨人を動かし逃亡を始めた。

 それとほぼ同時に口内から緋色の火の玉を放出するブラック。


 そして着弾。 それから爆音が周囲に鳴り響く。

 だがエリーザは振り返る事無く、視線を前方に向けていた。


 ――悪いわね、ブラック。

 ――でも私はまだ死ぬわけにはいかないのよ

 ――だからあえてここは私達の為に犠牲になって頂戴。

 ――そう、私は必ず生き残る。 そして母さんを助ける。

 ――それを叶えるまでは絶対に死ねないのよ。


 そう胸に刻み込み、巨人の肩に必死に捕まりながら、

 この場は無事逃亡できる事を願うエリーザであった。


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