第53話 諦めの悪さ

 

 アイラと交戦しているマライアという女も苦戦気味。

 敵のレンジャーらしき男エルフも猫騎士達相手に互角以上に渡り合ってるが、いかんせん数が違いすぎる。


 どんな凄腕でもいずれ体力や魔力は限界に達する。

 あの男レンジャーは、猫騎士達に任せて問題ないだろう。

 奴等に従っていた囚人共もほぼ降伏していた。


 残るは漆黒の巨人とその使役者マスター

 だが本当に厳しい戦いになるのは、これからだ。


「ライル殿、ラサミス殿。 拙者が奴を――漆黒の巨人を引きつけるから、卿らはあの女――敵の使役者マスターを狙ってくれ!」


「「了解です」」


 レビン団長の言葉に俺と兄貴は小さく頷いた。


「よし、後衛部隊。 我等、山猫騎士団オセロット・ナイツには、クイックを、彼ら二人にはプロテクトを、そして付与魔法エンチャントは電撃属性で頼む。 では一斉に詠唱せよ!」


「――ライル、ラサミス。 お前等に任せた! 我は汝、汝は我。 我が名はドラガン。 猫神ニャレスよ、我らに力を与えたまえ! 『サンダー・フォース』ッッ!!」


「ラサミス、ライル兄様、負けないで! 我は汝、汝は我。 我が名はエリス。 レディスの加護を我が友に与えたまえ、『――プロテクト』!!」


 ドラガンや猫騎士達の中衛が電撃属性の付与魔法エンチャントを。

 敏捷性の高い猫族ニャーマンは先程と同じようにクイックを。

 俺と兄貴も同様にプロテクトをそれぞれかけてもらった。


「漆黒の巨人とその主たる者よ。 我等、猫族ニャーマンを本気にさせた事を後悔するがいい。 ――では行くぞ!!」


 そう叫ぶと、レビン団長は疾風の如く疾走する。

 レビン団長は漆黒の巨人の死角、真横から突撃し、

 黒刃の大剣を振り上げた。


「――喰らえ!! レイジング・バスター!!」


 渾身の一撃が漆黒の巨人の左膝が命中。

 耳朶を打つ快音が響き渡り、軸足を強打された漆黒の巨人はわずかに身体をよろめかせた。


 レビン団長に続くように、防御役タンクの猫騎士達もそれぞれ手にした片手剣、戦槌、槍などで標的を狙い打つ。 だが漆黒の巨人もぐるりと腰を捻り、その右腕を大薙ぎに振るう。


「ぐ、ぐ、ぐぎゃああああああっ!?」


 巻きこむように放たれた右腕の攻撃。

 漆黒の巨人の周囲を半回転した拳の旋風に、レビン団長以外の猫騎士達が吹っ飛ばされた。


 そして待ちかねたように、回復する回復役ヒーラー

 だが漆黒の巨人も馬鹿ではない。

 雑魚は捨て置き、狙いをレビン団長に定める。


「オオオオオ……オオオオオオッ!!」


 漆黒の巨人は大気を貫くような突きを放つ。

 それを左右に小刻みに動き、避けながら前進するレビン団長。

 そして巨人の背後に回りこむと――


「せいっっ!! ――スクリュー・スライダー!!」


 腕を錐揉みさせて放った痛撃が巨人の背中に命中。

 会心の一撃が、漆黒の巨人の巨体を揺るがした。

 その巨体が九の字に曲がり、左肩に乗る女エルフも身体を揺らす。


「――今だ、ラサミス。 この間隙を突いてあの女エルフを狙い打つぞ! まずはお前が先に行け。 なんでもいいからあの女の注意を引くんだ。 その隙に俺が全力の一撃を放つ。 わかったか?」


「お、おう!」


 正直あの漆黒の巨人に接近するのは怖い。

 だがこのような機会チャンスはそうあるものではない。

 俺はなけなしの勇気を振り絞り、全力で地を蹴った。


「う、うおおおおおお……おおおおおおっっ!!」


 俺は身を低くしながら、地を駆ける。

 そして漆黒の巨人に接近してから、その左膝に飛び乗り、

 踏み台にするように大きく垂直にジャンプする。


 視界に入る使役者マスターと思われる女エルフ。

 フードで頭部を隠しているが、その素顔はかなりの美人だ。

 だがこの女が全ての元凶。 故に俺も容赦はしない。


「俺は貴様らエルフに知性の実グノシア・フルーツを売りつけたマルクスの知己ちきだ。 奴はもう死んだが、この禁断の実がもたらす騒動はまだ終わってない。 だから俺は貴様らを倒して、この一連の騒動に決着をつける! ――喰らえっ!!」


 俺は早口でそう告げると、右腕を前に突き出して、掌から電撃を放電する。 だが女エルフは動じるどころかすぐさま――


「なる程、遠路遥々ご苦労様。 でも私達も遊びでやっているわけじゃないわ。 故に私は負けるわけにはいかないのよ! 『――アクア・スプラッシュ』」


 女エルフはそのつり目気味のまなじりを吊り上げて、即座に中級水魔法を詠唱する。 そして俺が放った電撃と衝突。


 びり、びり、びり、びりっ!!


 空中で激しく帯電しながらも、レジストを成功させた。

 俺は飛び散る水を左腕で防ぎながら、巨人の右鎖骨部分に飛び乗る。

 そしてすぐさま体勢を整えて、標的である女エルフを視界に捉える。


 即座にレジストしてくる辺りは流石だ。

 恐らくあの女は俺とは比べ物にならない程の修羅場を潜っているのだろう。

 だが別に俺一人であの女と戦うわけではない。

 俺の役割はあくまであの女の注意を引きつけて、隙を生じさせる事。


 後は兄貴がその間隙を突いて、あの女を仕留めるであろう。

 俺はあくまで引き立て役。 でもそれに不満など感じない。

 何せ俺はつい最近まで兎狩りをしていた底辺冒険者。


 だからいくらでも引き立て役にも、黒子役にも徹する事が出来る。

 自尊心プライド? 何、それ美味しいの?


 俺は器用貧乏のラサミス。

 捨てる自尊心プライドはないが、諦めの悪さだけは誰にも負けない。


 そうだ、あのマルクスとの戦いでも俺は最後まで諦めなかった。

 あの戦いでの勝因をあえてあげるとしたら、その部分であろう。

 だから今回も絶対に諦めない。 自分自身に負けない。


 俺はそう胸に刻みつけて、巨人の右鎖骨部分から、標的が居る

 巨人の左肩部分まで飛び込んだ。 相手との距離が狭まる。


「ふん、がむしゃらというわけ? 馬鹿みたい。 私はアンタみたいな無謀だけが取り得な奴が一番嫌いなのよ。 暑苦しいのは大嫌い。 だからアンタには死んでもらう。 ――フレア・ブラスター!!」


 次の瞬間、緋色の光が迸り、こちらに目掛けて放たれた。

 俺は顔の前で両腕を交差させながら、全身に氷の闘気オーラを纏った。

 だが完全にレジストするまでは至らず、周囲に激しい爆音が鳴り響いた。


 正直一瞬ヤバいと思った。

 だが相手は俺を舐めてか、呪文の詠唱を最低限に留めた。

 故にその威力は即死級ではなかった。


 加えてドラゴンの皮で作られたこの胴着には全属性の耐性がある。

 故に俺は胴着の上半身が完全に破れて、腰から上が裸体になったが、なんとか耐える事が出来た。 やれやれ、奮発して買った胴着がもう駄目になったぜ。 だからその分の支払いはしてもらうぜ!


「なっ! まさか耐えるなんてっ!!」


 眦を吊り上げて驚愕する女エルフ。

 そしてその次の瞬間には、俺の右拳が女の腹部を捉えた。

 一応相手は女だ。 だから顔面を殴打する事は止めておいた。


「ごふっ!?」


 その端正な顔を歪めて、口から胃液を逆流させる女エルフ。

 いくら精霊使いエレメント・マスターが上級職といえど、基本は魔法職。 

 故にその装甲は紙のように脆い……筈だ。


 だが女もその形の良い口から、胃液を流しながらもその両足で必死に身体を支えて、巨人の左肩から落ちないように踏ん張る。


 自分でしておいて何だが、あまり見たくない光景だな。

 だが情けはかけない。 少なくともこいつ等のせいでガルフ砦や金鉱町の多くの猫族ニャーマンの戦士達が戦死した。


「お前等がどういうつもりで、知性の実グノシア・フルーツを悪用したかは知らんが、そのせいで多くの者が多大な迷惑をこうむった。 その罪は重い。 だから俺は女といえど容赦はしない!」


「ふ、ふっ……しょ、所詮、猫相手じゃない? 何を熱くなってるのよ?」


 女のこの一言で俺の頭の中の何かがぶちんと切れた。

 そして気が付いた時は、俺は左拳を女の腹部に叩き込んでいた。


「ご、ごばっ!?」


 再度、腹部を押さえてもがく女エルフ。

 そして止めを刺すべく、右手を手刀の形にして、女の首筋に振り下ろそうとしたが――


「ウオオオオオオオオオッ……オオオオオオッ!!」


 あるじを護ろうとしてか、漆黒の巨人が急遽吼えた。

 不意を突かれた俺は一瞬硬直した。 するとあのマライアという女が全速力でこちらに突進して来た。 だがその行く手を阻む兄貴。


「エリーザ、もう終わりだわ。 だからここは逃げるわよ! チッ!!」


「悪いがここから先は通行止めだ!」


「ならば強引に突破するまでよ! 我は汝、汝は我。 我が名はマライア。 神祖エルドリアよ、我に力を与えたまえ! ――ミラージュ・シフト!』


 素早くそう呪文を紡ぐマライア。

 するとマライアの身体が何体にも増えた。

 恐らく幻惑魔法の類だろう。 兄貴も一瞬動きが硬直する。


「小癪な真似を、だが俺には通用せん! 

 そこだっ! ――ファルコン・スラッシュ」


「き、きゃああああああ……あああっ!? な、何故!?」


 素早く剣技を繰り出し、マライアの本体を斬りつける兄貴。

 マライアだけでなく、俺も何故と思わずにはいられなかったが――


「お前は馬鹿か? 影が一つしかないじゃないか?」


「ちっ、この幻術の欠点を一瞬で見抜くとは大した男ね。 ならばこれならどうかしら!!」


 マライアは兄貴の剣技で左肩を抉られながらも、

 懐から右手で皮袋を取り出して、こちらに向けて投げつけた。


 するととんでもない異臭が周囲に漂い始めた。

 条件反射的に手で鼻を押さえる俺と兄貴。


「クソッ……やられた! 臭い袋かっ!?」


「そういう事。 ギラン、アンタもこちらに来なさい。 ここはもう引き上げるわよ! エリーザ、ブラックに敵を食い止めさせて!」


「うっ……急に臭い袋を投擲するなよ。 分かった、引き上げよう」


 と、レンジャーらしき男エルフ。

 ここまま逃がすわけにはいかない!

 だがこの異臭は鼻だけでなく、目にも染みる。


「クソッ……や、奴等を逃がすな!! うっ……眼がっ!?」


「ゴホゴホッ……あ、兄貴、一端下がろう。 今あの漆黒の巨人が来たらヤバい!」


「クッ……この臭いは猫族ニャーマンには堪える。

 ライル殿、ここはラサミス殿云う様に一端引きましょう」


 と、レビン団長。


「クッ……仕方ない!」


 俺達は咽るような臭いに耐えながら、なんとか後退する。

 この間隙を突いて、マライアともう一人の男エルフは、漆黒の巨人の左肩に乗り、あのエリーザと呼ばれた女エルフと何やら話込んでいる。 遠目から見ても口論しているのが丸分かりだ。


 だがしばらくすると女エルフは小さく頷いて、近くの通常の巨人の左肩に飛び移った。 続いてマライアと男エルフも違う巨人の左肩と右肩に乗る。


「クソッ!? 奴等、逃げるつもりだ!? 逃がさんぞ!!」


「ま、待てよ、兄貴!! 漆黒の巨人が口を開けてこちらに狙いを定めている!?」


「な、何っ!? まずい、ラサミス! 地に伏せろ!!」



 だが次の瞬間、漆黒の巨人の口内から放たれた緋色の火の玉がうねりを生じてこちらに向かって飛んで来た。 そして爆音と共に激しい衝撃が起こり、そこで俺の意識は途絶えた。

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