第59話 竜魔


 翌日。

 俺と兄貴はリアーナの瞬間移動場テレポートじょうからハイネルガルへ飛び立った。

 そして朝の十時にハイネガルに到着。


 俺はやや値の張ったシルク製の純白のシャツの上に、茶色の毛皮のコートを羽織り、黒皮のズボンに茶色の手袋グローブという格好だ。


 兄貴は頭にカッコいい羽根付きの臙脂色の帽子を被り、首元にはいつもように真っ赤なネッカチーフ。 長袖の黒いシャツに、下は革製の青いズボンという格好。


 まあ二人とも冒険者だし、格好はとりあえずこんなものでいいだろう。

 あの女貴族に会う為だけに、わざわざ礼服を買ったり、借りる気も起きないからな。


 そして俺達は真っ先にハイネガルの居住区へと向かう。

 平民の住宅街を抜けて、貴族達が住む高級住宅街に入った。


 相変わらず凄い豪邸ばかりだ。

 でもこれって俺達、平民の血税で立てられているんだよな?

 そう思うと少々面白くないな。 まっ、ここで文句をいっても仕方ない。


 そして歩く事、十五分。

 俺達二人は、ヴァンフレア伯爵夫人の邸宅に到着。

 兄貴が門番に冒険者の証と夫人からの手紙を見せる。


「伯爵夫人がお待ちかねです。 どうぞお入りください」


 門番がそう告げて、屋敷の門を開いた。

 そして広い庭を抜けて、玄関口に辿り着いた。

 すると玄関の扉が開き、大勢の執事とメイドに迎えられた。


「伯爵夫人が応接間でお待ちです。 

 ご案内しますので、私について来てください」


 と、黒い執事服を着た初老の執事に応接間へ案内される。

 すると応接間には、金の刺繍が施された胸元が大きく開いた赤いドレス姿のヴァンフレア伯爵夫人が優雅な仕草で立っていた。


「お久しぶりね。 ライル・カーマイン。 それとラサミス君」


「「どうも」」


「立ち話もなんだし、とりあえずそこのソファに座っていいわよ」


 俺達二人は言われるがままに、黒い皮のソファに腰掛けた。

 そして伯爵夫人も俺達の対面にあるやや豪奢な赤いソファに座った。


「何かお飲みになるかしら?」


「いえ結講です」「俺も遠慮します」


「そう、ならば早速本題に入るわ。 実はね。 ここ最近、世界各地で高い知性を有したモンスターが次々と発見されているのよ。 もちろん普通のモンスターもそれなりの知能は持っているわ。 でも問題となるモンスターは、通常のモンスターと比較にならない程、知能が高いのよ」


 伯爵夫人の言葉に俺も兄貴も思わず言葉を詰まらせた。

 正直これだけ聞いても、嫌な予感がする。 そして俺のこういう勘は当たる。


「……伯爵夫人、単刀直入に聞きます。 それらに知性の実グノシア・フルーツが関与しているのでしょうか?」

 

 兄貴の問いに伯爵夫人は首を左右に振った。


「正直わからないわ。 でもこれらの件に関しては、王族や貴族が緘口令かんこうれいを敷いてるのだけど、最近このようなモンスターの目撃談が増えているらしいのよ」


「……例えば?」と、兄貴。


「そうねえ、特に目撃談が多いのが竜人領らしいわ。 その中でも特に問題視されているのは、竜魔りゅうまらしき存在が確認されてるのよ」


「……竜魔りゅうまですか!?」


 と、兄貴が表情を強張らせる。

 竜魔? 何だよ、それ? 聞いた事ないぞ?

 俺の表情を察したのか、伯爵夫人が竜魔について説明を始めた。



「竜魔というのは、竜人と魔族の間に生まれた混血児の事よ。 表向きは六百年前のウェルガリア第一次大戦で魔族は全て『暗黒大陸あんこくたいりく』に封印された事になってるけど、実際は違うわ。 封印から逃れた魔族は少なからず存在したのよ。 それらの魔族の大半は、辺境に逃げ失せ大人しく暮したけど、一部の魔族の中には自身が頂点に立とうとした者も居たわ」


 おいおい、マジかよ。 その話!?

 そんな話は初めて聞いたぜ? そいつは結構ヤバい話じゃねえかっ!


「貴方が驚くのも無理はないわ。 これらに関する情報は各種族の王族、一部の有力貴族にしか知らされてない極秘情報なのよ」


「……ヤバい話だから隠蔽したというわけですか?」


 だが俺の言葉に伯爵夫人は怯むどころか、堂々とした態度で応じた。


「そういう部分もあるけど、大戦終了後、四大種族は肥大化した軍事力を持て余し気味だったわ。 そんな調子じゃまた各種族間で戦争が起きかねない。 だから地上に残された魔族は分かり易い悪として、各種族の軍隊の怒りの矛先として恰好の的だったわけよ」


 なる程、そういう政治的な意図もあったわけか。

 確かに魔族相手なら分かり易い討伐対象として、気兼ねなく叩けるよな。


 多分、各種族の王族や貴族も共通の敵を作る事によって、

 持て余し気味だった軍事力のガス抜きも兼ねた魔族討伐を行ったのであろう。


「……私もそのような事情があったと今初めて知りました」


 やや驚いた声で兄貴がそう呟いた。 兄貴も知らなかったのか。 つまりこの話はそれくらい機密事項というわけだ。 なる程、確かにこんなヤバい話を書簡を通して、伝えるわけにはいかねえよな。


「無理もないわ。 貴族でもこの事実を知っているのは、ほんの一握りよ。 でも第一次ウェルガリア大戦から六百年経った現在では、もうこの地上には魔族は、殆ど居ないと思われてたわ。

まあ六百年もあれば、地上に残った魔族を狩るには充分の時間よね? でも地上に残った魔族の中にも高い知能と統率力を持つ者が居たみたい」


「どうやら今回の件の裏には、それらの魔族が絡んでそうですな」


 兄貴が険しい表情でそう呟いた。


「その可能性は否定できないわ。 それに竜人領は管理体制がずさんでしょ? 猫族ニャーマン猫族ニャーマン以外の種族と交配は不可だけど、ヒューマンやエルフ、竜人相手なら魔族は交配する事が可能だわ。 特に魔族と竜人の間に生まれる竜魔は高い身体能力と魔力を誇る欠点のない存在なのよ。 そして竜人領のラムローダの離島にあるエルシトロン地下迷宮で、竜魔らしき存在が確認されたのよ。 ……ここまで言えばわかるでしょ?  つまり貴方達にラムローダに行ってもらい、その事実を確認して欲しいのよ」



 ラムローダって確か結構ややこしい政治背景があったよな?

 元はヒューマン領だったが、四大種族第一次戦争で竜人がヒューマンからラムローダを奪い、長らく竜人達が占拠していたらしい。


 だがラムローダは水晶クリスタル猫目石キャッツ・アイなどの鉱脈が眠っており、また鋳造技術が発展しており、世界各地から鍛冶師が集結して、鍛冶師の街としても有名だったとの話。


 だが戦闘種族である竜人に鉱脈や鋳造技術の管理ができるわけがない。

 よって竜人は占拠したラムローダを持て余していたが、政略に長けたヒューマンがそれらの技術や知識を竜人に提供する代わりに、ラムローダの分割統治を持ちかけた。


 竜人はそれを承諾。

 表向きは竜人領だが、経済面はヒューマンが支配する形となった。

 まあ簡単に言うと、ラムローダという街は色々面倒くさい事情があるのだ。


「しかしラムローダは表向きは竜人領ですよ?

 何かトラブルを起こすと、後々面倒になりませんか?」


 兄貴が言う事も一理ある。

 だが伯爵夫人は動じた様子も見せず、毅然とした態度でこう告げた。


「大丈夫よ。 現在のラムローダの政治面はヒューマンが支配しているわ。 今回の任務は、ハイネダルクの国王ジュリアン三世陛下のご意向と伝えるつもりよ。そうすればヒューマンは当然として、竜人も協力せざるえないでしょう」


「実際に国王陛下のご意向なんでしょうか?」と、兄貴が問う。


「ええ、そうよ。 つまり今回の任務は国王陛下の君命くんめいよ。 当然色んなしがらみは強いけど、その分、報酬も段違いよ。 前金として二千五百万グラン、成功したならば成功報酬として三千五百万に加え、貴方達が望むなら、騎士爵の授与なり冒険者ランクを上げる事も可能よ」


 合計六千万グランか。 

 俺、兄貴、ドラガン、アイラにエリスとメイリンを加えた六人で六等分とたとしても、一人当たり一千万グランの稼ぎかあ。

 

 正直魅力的な報酬金額だ。 

 だが俺に決定権はない。 

 俺は様子を探るべく、横目で兄貴の横顔を窺う。


「……お引き受けしていいですが、条件が二つあります」


 と、兄貴は慇懃だがやや低い声でそう告げた。


「いいわよ、貴方の望む条件を言ってみなさい」


「では遠慮なく、まずこの任務が終わった後、我々『暁の大地』の身の保障をこの場にてお約束していただきたい」


「……大丈夫よ。 貴方達は優秀な冒険者よ。 だから口封じなんかしないわ。 それはヴァンフレア家の名誉にかけて誓うわ!」


「ありがとうございます。 もう一つの条件は任務のやり方に関しては、我々『暁の大地』にお任せいただきたい。 以上が私が出す条件です」


「それも問題ないわ。 私は基本的に貴方を、貴方達を信用しているわ」


「それはどうも。 では我々『暁の大地』は伯爵夫人の依頼をお受けします。 ところで竜魔を発見した際には、どうすればいいでしょうか? 生け捕りにしますか? あるいは問答無用で殺害しますか?」


 兄貴の問い、伯爵夫人はやや間を置いてから返答する。


「そうね、証拠隠滅も兼ねて、殺害してちょうだい。 ただし竜魔の死体から、その証拠となる物を持ち帰るようにね」


「了解しました。 それでは我々は早速に任務にかかろうと思います。 前金に関しましては、連合ユニオンの銀行口座に振り込んでください。 こちらが我が連合ユニオンの銀行の口座番号です!」


 兄貴は連合ユニオンの銀行の口座番号を書いた紙片を伯爵夫人に手渡した。

 まあ何せ金額が金額だ。 こちらとしても、銀行振り込みの方が助かるからな。


「いいでしょう。 それでは貴方達の武運を祈っているわ」


「それでは失礼します! ラサミス、帰るぞ!」


「お、おう。 伯爵夫人、それでは失礼します」



 そして俺と兄貴は伯爵夫人の邸宅を後にした。

 俺は兄貴の右隣に並びながら、兄貴に歩調を合わせる。


「しかし今回の任務は結構ヤバいんじゃねえの?

 まあそれでも合計六千万グランはかなり魅力だよな」


「ああ、俺もヤバい任務だと思う。 だがこの件に関しては、色々と知りたいのも事実だ。 何せ魔族が絡んだ話だ。 今後の為に知っておく必要があると思う」


「ん? 今後の為?」


「ああ、俺の気のせいかもしれんが、禁断の実の件といい、今回の任務といい、何かが起ころうとしている予兆かもしれん」


 俺はいつになく真剣な兄貴の声に、思わず固唾を呑んだ。

 確かに俺らの周辺だけでも、異変が続いている。

 何せ表向きは存在しないとされていた魔族がこの地上に残っていたんだ。

 それだけでも大事件だ。 だが今回の件はそれだけではなさそうだ。


「俺もなんか嫌な予感がしてきたよ……」


「ああ、だがお前の言うように、六千万グランは確かに魅力的な金額だ。 それとせっかくここまで来たんだ、ついでに実家に寄って行こう。 それからエリスとメイリンも今回の任務に誘うぞ。 彼女らは戦力になるからな」


 後者に関しては俺も賛成だ。

 だが実家には寄りたくないかも。 またお袋に小言を言われるからな。


 とはいえそんな理由で拒否するわけもいかず、

 俺と兄貴は商業区にある実家『龍之亭りゅうのてい』へと向かった。



 十五分後に『龍之亭りゅうのてい』に到着。

 するとお袋は「ライル、おかえりなさい! あ、ラサミスも居たの?」

 と、予想通りの反応をした。 相変わらず酷い扱いだ。

 などと拗ねていた俺を親父が――


「ラサミス、ちょっと見ないうちに逞しくなったな」


 と、フォローを入れてくれたので、

 「そ、そうかな?」と頭を掻いて、俺は照れ隠しする。

 

 お袋が「今日は泊まっていくんでしょ?」と言ったが、

 兄貴が右手で制して、


「悪いな、母さん。 急ぎの仕事があるから、すぐリアーナへ帰るよ。 

 それよりエリスとメイリンの居場所を知らないかい?」


 と、単刀直入に用件を切り出す。


「エリスちゃんとメイリンちゃんなら、夜にうちの店によく来るけど、昼間ならエリスちゃんは冒険者区の教会に居るんじゃないかしら? メイリンちゃんは何処に居るか、少しわからないわ」


「ありがとう、母さん。 また機会を見つけたら帰って来るよ」


「ええ、待っているわ。 それとラサミス!」


 お? またお袋の嫌味か?

 だがお袋の口にした言葉は、そうに反したものだった。


「父さんの言うように男の顔になったわね。 アンタも元気でね!」


「あ、ああ。 じゃあ母さん、俺も行くよ!」


「ええ、兄弟で力を合わせて、頑張りなさいよ」


 うーん、正直予想外の言葉だった。

 前は完全に穀潰し扱いだったのに、まあ悪い気はしないけどね!


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