第43話 金鉱町レバル


 金鉱町レバル。

 その名が示すように、この町の近くには、ドバネルク金鉱山がある。

 一獲千金を夢見た労働者や鉱夫が、各地からこのレバルに押し寄せて来る。

 

 妻子を引き連れて来る者も少なくない。

 そして労働者の妻達は、この金鉱町の宿屋や酒場、食堂で働く。


 町の至る所に労働者向けの宿屋、酒場、食堂があり、テントやバラック建ての小屋が、所狭しと建ち並んでいる。

 

 労働者の大半が鉱夫という事で、町の雰囲気はやや粗野な感じだが、鉱夫達は言動こそ粗暴だが、単純で人情味溢れる性格をしており、予想に反して、町の治安は悪くない。


 勿論、猫族ニャーマン達で編成された警備隊が常に目を光らせて、治安維持を保っていたが、労働者達も自ら組合を立ち上げ、この町で生きて行く為の規則ルールを自らの手で定めていた。


 そういうわけでこの金鉱町レバルは長年上手くやってきた。

 だが昨日急遽現れた謎の集団の襲撃により、それらの事情も一変した。


 体長十メーレル(約十メートル)を越える漆黒の巨人を筆頭に八体の巨人を従わせたエルフらしき謎の集団。


 金鉱町という事でレバルの防衛意識はそれなりに高かった。

 基本は猫族ニャーマンで構成された警備隊が主戦力だが、町の労働者で結成された自警団もそれなりの戦力を誇っていた。


 だがこのように何者かにこの町が襲撃されたのは、ほぼ初めてといっていい経験だった。


 何せ四種族は種族間で和平条約と不可侵条約を結んでいる。

 各種族の国境付近では、多少のいざこざはあったが、他国領度へ侵攻したという事例は、条約締結後なかった。 故にレバルでもここ数十年は争いらしい争いなど起きてなかった。


 あったとしても、精々労働者の賃金を上げるように労働者や鉱夫が起こしたストライキくらいなものだ。


 故に猫族ニャーマンで結成された警備隊は、この謎の集団の来訪に戸惑いながらも、自身の役割を果たした。


「貴様ら、何者だ? ここは猫族ニャーマン領の金鉱町レバルだ。 悪い事は云わん。 今すぐ引き返せ。 さもなくば血を見る事になるぞ」


 レバルの警備隊の隊長であるラパーマのクルスは、声高らかにそう警告した。 出来るものなら、戦闘は避けたい。 だがクルスのその淡い思いは、物の見事に打ち砕かれた。


 敵の首領と思われるエルフらしき女が右手を上げると、それが戦闘の開始合図であったのように、巨人達が一斉に襲い掛かって来た。


「チッ、仕方あるまい! 防御力の高い防御役タンクを前列に押し寄せろ! 中衛は回復役ヒーラーと支援に専念せよ! 魔法部隊は全員後衛から全力で魔法攻撃だ!」


 クルスの取った戦術は、極ありふれた戦術だ。

 だが基本的には、この戦術で大抵の敵と戦える。

 戦士ファイターをはじめてとした壁役が前線に躍り出た。


 だが次の瞬間、眼前の漆黒の巨人が耳をつんざくような咆哮をあげた。

 

「ウオオオオオオ……オオオオオオッ!!」


 恐怖を引き起こす威嚇だけではなく、魔力を込めた衝撃波として放出される巨人タイタンの遠距離攻撃。


 その咆哮ハウルによって、前衛の防御役タンク達が一斉に耳を両手で押さえながら、衝撃波で後方に吹っ飛んだ。


「な、なんだ!? この威力……通常の巨人タイタンのものじゃないぞ!」


「み、耳があああ……鼓膜がやられたかもしれないニャ」


「何だニャ、コイツ。 巨人タイタンの亜種か!?」


 だがそれでも何とか体勢を整えようとするが、第二陣となる通常の巨人タイタン咆哮ハウルが容赦なく繰り出された。


 こちらは通常の咆哮ハウルであったが、第一陣の漆黒の巨人の一撃で、彼らの耳は大きな損傷を負っていた為、通常の咆哮ハウルでも肉体的にも、精神的にも堪えた。


 敵の攻撃方法は至って単純であった。

 全部で八体の巨人タイタンによる咆哮ハウルでの攻撃。


 咆哮ハウルした後は、しばらく蓄積時間チャージタイムがある為に連発はできないが、最前列、第二列、第三列、最後列にそれぞれ巨人タイタンを二体づつ配置して、前列の咆哮ハウルが終わると、後ろの列が前に出て時間差をおいての咆哮ハウル


 そして咆哮ハウルを終えた巨人タイタンは最後列に戻りまた順番が来たら、咆哮ハウルする。 ただそれだけであった。

 

 だが巨人タイタンなどのモンスターが発する咆哮ハウルは、音波耐性のある武具や戦闘スキルがあっても、完全防御は厳しい。


 そして基本的に音波耐性の武具を装備するのは、特定のクエストや任務以外ではまずない。 音波耐性の装備は、費用が高い上に、汎用性が低いためである。 高レベルの連合ユニオンならいざしらずこのような地方都市の警備隊がそれらの対策をしている事は稀である。


 故に彼らは面白いように巨人タイタン達に翻弄された。

 だがそれでも前線の防御役タンクが肉壁となり、中列が負傷者を回復ヒールして、後衛の魔法部隊が初級、中級、上級、英雄級とひたすら魔法攻撃で反撃。 それによって何とか二体の巨人タイタンの撃破に成功。



「皆、踏ん張れ! 敵の巨人タイタンはあと六体だ! 

 効率は悪いがこのまま数の差で押し切るぞ!」


 魔法戦士のクルスは中衛で、前衛に付与魔法エンチャントをかけながら、回復役ヒール役の僧侶プリーストやレンジャーに自らの魔力を分け与える。 魔法戦士のスキル『魔力マナパサー』だ。 そして頃合を見て、魔力回復薬マジックポーションを飲み干す。


 単純だがこれはこれで有効な戦術だ。

 だが次の瞬間、クルスをはじめとした警備隊は驚愕する事となった。


 敵の最前列に立った漆黒の巨人が「ウオオオオオオッ!」と叫ぶと、その前方に薄黒い対魔結界が張られた為である。


 ドン、ドン、ドン、ドン、ドオオオン!


 乱暴にドアをノックするように、魔法部隊の魔法攻撃が容赦なく薄黒い結界を攻め立てるが、ビクともしない。


「ば、馬鹿な! 巨人タイタンが対魔結界を張るなんて話聞いた事がないぞ!? どういう事ニャ!?」


「クルス隊長! あ、あの漆黒の巨人。 魔法攻撃で受けた傷が自動修復されてますニャ! し、信じられないニャ!?」


「馬鹿なっ!! 自動修復する大型モンスターがいるわけがない!? ええい、怯むな! ひたすら魔法攻撃を続けるんだ!」


 だが幾度と魔法攻撃を放っても、対魔結界は破れなかった。

 この非常な現実に次第に戦意を喪失する警備隊の面々。


「今よ、ブラック! 一気にケリをつけなさい!」


「ゥゥ――オオオオオオオオオァアアアアアアッ!!」


 使役者マスターであるエリーザの命令に従う漆黒の巨人。

 そして漆黒の巨人は大きく口を開けると、口内から猛り狂う紅蓮の火の玉を吐き出した。 すかさず着弾。


 そして瓦解する警備隊の前衛部隊。

 漆黒の巨人は、更に地に落ちていた大きな石を拾い、大きく振りかぶってそれを前衛部隊目掛けて、投げつけた。


「ぎゃ、ぎゃああああああ……あああっ!!」


「た、隊長っ!? これ以上の戦闘は不可能ですニャ!!」


「な、何でこんな目に合うんだ!? こんな話聞いてないニャ!」


 まさに、阿鼻叫喚であった。

 レバル警備隊は既に組織として、機能せずただひらすら眼前の巨人達に蹂躙された。


 そして敗北を悟った隊長クルスは十五分後に降伏を申し出た。

 レバル警備隊全四十八名中二十六名が戦死。 残りの大半が大小問わず負傷者。 散々たる結果であった。


 だが本当の地獄はこれからであった。

 謎の襲撃者――エリーザ達は、まずクルス達警備隊の身柄を確保すると、土魔法で作った硬質な木の手錠で、両手足を拘束すると一箇所に集めて、行動の自由を奪った。


「お、お前等……何者だ?」


「うるせえぞ、にゃんころ! オラァァ!」


 額に眼装ゴーグルを装着した赤髪のエルフ――ジークは、手にした紫紺のいばらの鞭で容赦なくクルスを打ちつけた。


「にゃんころ如きが一人前面すんじゃねえよ? おい、そこに居る労働者達。 お前等もこのにゃんころ共にはムカついてただろ? なーに、俺達の言う事に従えば、お前等には手を出さねえよ? むしろこの町にあるお宝を皆で山分けしてもいいぜ? ん?」


 だが予想に反して、ジークの言葉に従う者は少なかった。

 労働者のリーダー格と思われる体格の良い青年の竜人の男が――


「悪いが素性の分からないアンタ達に従うつもりはない。 俺達はこう見えて誇りを持って、鉱夫という仕事をしている。 だから少し風向きが悪いからといって、雇用主を裏切る真似はしたくない。 だが俺らは労働者。 仕事がある限り、俺達はこの町で働くつもりだ。 だから出来れば、俺達の仕事は通常通りやらせてもらえないか? 一日遅れるだけで、採掘量が結構下がるんだ。 俺達の願いはそれだけだ」


 という言葉にジークだけでなく、エリーザも少しばかり当惑した。

 なる程、立派な男達である。 鉱夫という人種を少し舐めていた。

 だがこの町に居る鉱夫が全て彼らのような人間ではなかった。


「俺達はアンタ等に従っていいぜ? 元々俺達は囚人として、この町で強制労働させられてただけだからな。 そこの糞真面目な鉱夫連中とは違う。 但し、ただ働きは御免だ」


 と、荒くれ共のリーダーらしき中年の体格の良いヒューマンの男。

 この言葉にジークは思わず口角を吊り上げた。


「いいぜ、いいぜ。 あんた等の要求を言ってみな?」


「まずここにあるきんの山分け。 俺達もそれなりの量を貰いたい。 だが大量の金を抱えていても、換金できなきゃ意味がねえ。 だからアンタ等から転移石てんいせきを俺達全員の人数分貰いたい。 あるいは瞬間移動テレポートの魔法で、俺達全員を安全な場所まで逃げさせてくれ、それがあんた等に従う条件だ」


 これこそジークの願っていた展開だ。

 ジークは冒険者時代、様々な経験をしていた。

 そしてそれらの経験から学んだものが一つある。


 それは人という生き物は、欲望に滅法弱いという真実。

 確かにあの竜人の一団のように、中には骨がある者も居る。

 だが基本的に何処でも楽して、旨みにありつきたいという連中は必ず存在する。 そこには四大種族という垣根はない。


 状況が一変すれば、必ず掌を返す者は出てくる。

 そして甘い言葉を囁いて、その要求に応えたらそうした連中はすぐさま従順になる。


「いいだろう、お前等の要求に応えよう!

 その代わり俺達の命令は絶対だ! いいな?」


 ジークの言葉に囚人達は顔を見合わせて、頷いた。

 そしてほぼ全員が満足したように口を揃えてこう答えた。


「わかった。 それじゃあんた等に従うよ」


 そこから先は手際よく進んだ。

 念には念を押して、あの竜人の一団も拘束して警備隊同様、空いていたバラック建ての小屋へ押し込んだ。


 警備隊を含めれば、その数はおよそ五十名を越えた。

 とりあえず警備隊は全員両手足を木の手錠で拘束。 

 労働者の一団は、両手だけ拘束して、最低限の自由は与えた。


 主に食事や入浴、睡眠などである。

 だが基本的に見張りが置かれた小屋で軟禁状態。


 見張り役には荒れくれ連中から二人。

 エリーザ側からは、レンジャーのエルフの男ギランが配置された。

 正直この手の連中は信用ならない。

 隙を見れば、エリーザ達に対しても、高圧的になるであろう。


 だからこちらの力を常に顕示する必要がある。

 また宿屋や食堂、酒場は通常通り営業させたが、子供及び女性への暴行行為は堅く禁じた。


 もちろん荒くれ連中はそれに対して、不平を漏らした。

 だがエリーザはそれを軽く一蹴して、火炎魔法で二人程見せしめに焼殺した。 ここまでやったのだ。 今更自分一人がいい子ぶるつもりはない。

 

「これに従えぬなら、貴様ら全員この手で焼殺させてやろう!」


 有無を言わせないエリーザの迫力に押し黙る荒れくれ達。

 エリーザとて女。 このような状況で女性に暴行を働く輩は許せない。 例えそういう状況をエリーザ達が作っているとしてもだ。 そこだけは譲れなかった。


 だがジークは特に何も言わなかったが、

 マライアはエリーザの言葉に同意してくれた。


「そうね、アタシもこういう状況でそういう事を目論む男は許せないわ。 まあ偽善と言われてもいいわ。 でもね、それでも同じ女としてそういう行為は容認できないのよ」


「わ、わかったよ……俺達も女に対して悪さはしねえよ。

 お、俺から周りにきつく言い聞かせるよ」


 納得したわけではないが、力関係で従う荒れくれ連中。

 とりあえず見せしめは効果あったようだ。


 それからエリーザ達は、

 再び巨人達を従えてドバネルク金鉱山を占拠した。

 

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