第九章 忍び寄る魔の手
第41話 金鉱町へ
「ちょっと話が違うじゃない!」
「俺に怒鳴られても困るぜ。 こっちは上の指示に従っているだけだからな。 文句は上に言ってくれや」
「でもこちらとしても最低限の戦力を保有できない限り、作戦を遂行するわけにはいかないわ!」
「だから要望通り新たに三体の
「私は五体要求したわ! 二体足りないじゃない!?」
「でもそれはアンタがいきなり五体も失ったからだろ? たかが猫相手に
「なっ!」
救援部隊の青年エルフの言葉にエリーザは言葉を失う。
冗談じゃない。 そもそもたった十体の
それを自分の
だがこの救援部隊の男に怒鳴っても、意味が無いのは事実。
エリーザは右手の拳を震わせながら、気持ちを落ち着かせた。
「猫といっても相手は魔法を得意とする猫よ。 そんな化け猫を五十匹以上相手すれば、こちらも無傷というわけにはいかないわ。 むしろ被害は最小限に抑えたわ」
「俺もそう思うよ。 たかが二十余りの戦力で敵の砦一つを落としたんだ、本来なら大殊勲さ。 でも上はそう考えないんだよな。 それに加えて、今回の任務は超極秘任務なわけだろ? そういう時に限って、上は無茶な要求をするもんさ。 まあお互い宮仕えの辛いところだよな」
やや同情的な声でそう告げる救援部隊の青年エルフ。
男の言うとおりだ。 最初に交わした約束すら反故した上に、
無理難題を押し付ける。 それが上のやり方だ。
特に今回の任務は国王の意思が絡んでいる。
ある意味こうなるのは、必然的だったのかもしれない。
そう考えるとエリーザの頭の中がクリアになった。
「そうね、こうして救援してくれた貴方を責めても仕方ないわ。 いいでしょ、人員の補充は諦めるわ。 後は自力で何とかしてみる」
「悪いな、本当はこうして俺が救援にかけつけるのも、難しいんだ。 何せ超極秘任務だろ? 何処から情報が漏れるかわからないだろ?」
「そうね、でも私達はこうして砦一つ落としたわ。 私としては、このまま鉱物資源が眠る鉱脈を押さえようと思うんだけど、本国からの増援部隊は来るのかしら?」
エリーザの問いに青年エルフは首を左右に振った。
「いや俺はあくまで救援部隊だから、それ以外の事はわからないよ。 今回の件も急遽上から命令された次第でね」
「なら部隊に戻った後に貴方が伝えてよ。 できれば偉いさんに頼むわ。 そうでないと任務の続行は難しいわ」
「……アンタも大変だな。 まあとりあえず上に伝えておくが、あまり期待しないでいてくれ。 じゃあな、俺はもう行くよ」
そう言って救援部隊の男はガルフ砦から去って行った。
残されたのはエリーザを含めて、七名の仲間と八体の巨人。
その
レンジャーが一人。 魔法使い二人、
基本的に使役する
漆黒の巨人を除いた通常の
完全に
エリーザがブラックと名付けた漆黒の巨人だけは、
彼女は制御下に置いている。
だがこの戦力では心もとない。
砦を陥落させた時点で、即座に本国へ伝書鳩を飛ばしたが
上から返された返事は――
「そのまま敵の領土へ侵攻せよ。 新たな戦果を挙ならば、その都度文書を送るように。 貴君の健闘を心から祈る。 尚、この文書は内容を確認したら、貴君の手で破棄せよ!」
とだけ記されていた。
要するに援軍はないが、そのまま独力で戦果を挙げろ。
という事だろう。 正直話にならないレベルだ。
確かに漆黒の巨人――ブラックはエルフの叡智を結晶させた生物兵器である。 その戦闘能力は百人の兵士に相当するだろう。 だからといって何の支援や援軍もなく、戦果ばかり求められても、現場としては非常に困る。
恐らく上としては、いざって時の為にリスクを回避したいのであろう。
いざガルフ砦にエルフ軍を派遣したら、
口では
――いかにもエルフらしい姑息な手段だ。
エリーザは心の中で、そう同族を批判した。
だが今更任務を放棄する事もできない。
ならばこちらもリスクを回避して、戦果を挙げるしかない。
「エリーザさんよー。 これからどうするつもりなんだ?」
そう言ってきたのは、男の
赤髪のサラサラヘアー。 比較的整った顔たち。 背丈は百八十くらい。
黒水晶が用いられた
紫紺の
そして
暗黒樹で作られた
「そうね、味方の増援が期待できない以上、
あまり深入りはできないわ。 この砦から近い鉱山はあるかしら?」
「ん? 鉱山でも占拠するつもりかい? そいつは悪くないアイデアだな。 にゃんころ共の領土では、鉱物資源や宝石、魔石の原石がよく採れるからな」
「私も賛成だわ」
と、もう一人の女の
青白い肌をビスチェのような
上半身は、胸部以外はほぼ素肌を見せている。
下半身は豹の毛皮で出来た腰巻をスカートのように腰に巻きつけている。
両手にはジーク同様に、紅の鞭が握られている。
エルフは基本的に肌の露出を好まないが、彼女は例外であった。
整った双眸、ふくよかな胸元、すらりと長い脚。
琥珀色の瞳。 青銀のストレートヘアが肩の位置まで伸びている。
だがその形の良い口には、嗜虐的な笑みが浮かんでいる。
「元々今回の任務は極秘任務でしょ? 上からの支援は期待できないわ。 でもやるからには、手柄が欲しいわ。 それは貴方も同じでしょ?」
「ええ、否定はしないわ。 でもこの人数で鉱山を落とすとなると、一苦労よ。 仮に制圧できても本国からの増援は期待できないから、色々難しいわ」
マライヤの言葉に同意しながらも、慎重論を説くエリーザ。
するとマライヤはニヤリと口角を吊り上げた。
「そうでもないわよ。
なる程、悪くない考えだ。
中には罪人として強制労働させられている者も居るらしい。
そういう連中なら、確かに状況と金次第でこちらに転ぶであろう。
「そうね、悪くないアイデアだわ。
でもあまり大きな鉱山は落とせないでしょう」
「なら鉱山の近くの町を攻め落としてみたらどうだ? そこを根城にして、荒くれ共を従えて暴れてみるのも悪くないじゃねえか? どうせ帰りは
エリーザはジークの言葉に「そうね」と頷いた。
正直山賊や盗賊と変わらない所業な気もするが、
この人数で戦果を挙げるなら、それが一番現実的であった。
「ここからだと北西の位置にレバルという金鉱町があるわ。 その近くには、金が採れるドバネルク金鉱山があるわよ。 町や鉱山の規模としては、中規模だけど、今回の任務に適してると思うわ」
「俺もマライアの意見に賛成だ。 まあ荒くれ共を束ねる役割は、俺が引き受けるよ。 こう見えてA
マライヤとジークがそれぞれそう口にした。
エリーザの本音としては、荒れくれ者を従えて暴れまわるという案には、少々抵抗感があったが、良い代案もなかったので、二人の意見に賛同した。
「そうね、とりあえず金鉱町レバルを目指しましょう!
でもあまり派手な真似はしないでね?
あくまで主目的には、鉱山の占拠よ。
それを忘れないでおいてね」
「了解ッス」「わかっているわ」
などと返事だけは良いが、恐らく二人は無茶苦茶するだろう。
恐らく二人は、エリーザの監視役も兼ねているんだろうが、
今回の任務に
だがこの二人は言葉使いや振る舞いで、
嗜虐的な精神の持ち主だとわかる。
適当なところでガス抜きはさせるが、
エルフの名誉が傷つくような真似はさせないつもりだ。
もっともエルフに名誉があるのかは、疑わしいが。
何せこれから行う行為は、略奪行為だ。
規模の違いはあれど、その本質は盗賊や山賊と変わらない。
――遠路はるばる
個人で行えば犯罪だが、国家の任務であれば無罪とされる。
その矛盾点にいささか辟易しながらも、
エリーザは勇ましい声で周囲の仲間にこう告げた。
「ではこれより金鉱町レバルへ向かい、レバルを制圧した後にドバネルク金鉱山に占拠する。 少々厳しい戦いになるであろうから、多少の事には目を瞑るが、我等エルフ族の名誉を傷つけるような真似だけはしないでくれ。 では早速レバルへ向かうぞ!」
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