第40話 作戦会議


 ニャンドランド城の作戦会議室は城の二階にあった。

 部屋の中央に黒檀の長机が置かれており、それ以外の

 調度品は最低限しか置いてない。


 そして部屋の前方にある黒板には大きな世界地図が貼られていた。 とりあえず左側の席にドラガン、兄貴、アイラ、俺、エリス、メイリンの順に座り、右側の席に大臣、騎士団長レビン、副団長ケビン、その他の山猫騎士団オセロット・ナイツの騎士達が座った。


「全員、席についたな? では早速作戦会議を始める!」


 どうやら大臣が進行役を務めてくれるようだ。

 自然とこの場に居る者達の視線が大臣に向いた。

 すると大臣は大きな声で語り出した。


「我々、猫族ニャーマンと国境を境にする種族はエルフ族のみ。 今回の件に関しては、ヒューマンと竜人は関与してないであろう。 恐らく今回の一連の騒動は、エルフ主導のものであろう。 故に我等は基本的にエルフ領に面した猫族ニャーマン領の防衛に専念する」


 まあ大臣の言うとおり、

 今回の件はエルフ以外の種族は関係ないだろう。

 となればヒューマンや竜人は無視していい。


「まず『暁の大地』の構成員メンバーと騎士団長と副団長の部隊には、ガルフ砦へ向ってもらう。 エルフ側の増援の可能性もあるから、その時は実力を持って、ガルフ砦を奪還せよ!」


「「はっ!」」


 大臣の言葉にドラガン、レビン、ケインが声を揃えて答える。


「基本的に我々はガルフ砦近辺に主力を配置する。 敵の主力と思われる『漆黒の巨人』は確かに強敵だが、ガルフ砦から届けられた文書から、敵の数は巨人を含めて、二十余り。 恐らく敵は少数精鋭による奇襲及びゲリラ戦を仕掛けてくるつもりであろう」


「大臣、少しよろしいですか?」


「なんだ、シュトライザー団長。 申してみよ?」


 すると団長レビンは小さく深呼吸してから、意見を述べた。


「ガルフ砦周辺に主力を配置する事には賛成ですが、我々団長と副団長を同時に配属すると、他の国境警備が手薄になりませんかね? もし敵がそちらの方面から侵攻してきたら、少々厄介な事態になると思われますが」


 レビン団長の指摘はもっともだ。

 現時点では敵の出方が読めない。


 もしかしたらガルフ砦に攻め込んだ部隊が陽動で、

 敵の主力が別方面から攻め込んでくる可能性は充分あり得る。

 だが大臣もレビン団長の指摘に対して、こう述べた。


「団長の指摘はもっともだ。 故に他の国境付近にも山猫騎士団オセロット・ナイツだけでなく、周辺から警備部隊を集結させて、各国境付近に配置する予定だ」


「まあそれは当然でしょう。 ですが敵の思惑を図りかねます。 ガルフ砦の攻撃が一時的なものか、あるいは陽動の可能性も考えたら、戦力を一局に集中するのは少々危険かと思われます」


「うむ、団長の指摘は理に適ったものだ。 だがワシとしてそれくらいの事は考える。 そしてワシが達した結論は、あくまで敵は少数精鋭による奇襲及びゲリラ攻撃に徹すると思われる」


「……その根拠は?」と、レビン団長。


「考えてもみよ? いくら何でもエルフがいきなりに我等、猫族ニャーマンに無為無策で戦争を仕掛けてくるわけがない。 我々はガルフ砦が陥落された事により、少なからず動揺しているが、それで戦力を分散させたら、それこそ奴等の思う壺であろう。 そもそも事の原因は、エルフ共が知性の実グノシア・フルーツを手にした事。 だが所詮その数は限られている。 

いくら禁断の実といえど、数個程度なら用途法も限られておる。 つまり今回の敵部隊――漆黒の巨人はその実験例であろう」


 大臣はそこで一度言葉を区切り、周囲を軽く見渡す。

 大臣の予想は、あながち外れてないかもしれない。

 確かにマルクスを介して、知性の実グノシア・フルーツはエルフ族の手に渡ったが、その数は極少数だ。


 その少数で猫族ニャーマンのように、犬や兎などを新種族とする事は不可能だ。 だが一個人が知性の実グノシア・フルーツを食しても、マルクスのように魔力が暴走して、その膨大な魔力を持て余す事になるのは、明白だ。


 いざ手にしてみると、あの禁断の果実は手に余る代物なのだ。

 それはエルフ側にしても同じだろう。


 だが奴等とて、大金を投資して手に入れた物をそう易々と手放すわけがない。 その結果が今回の騒動であろう。


 漆黒の巨人は、エルフ達の叡智の結晶と思われる。

 それが何だかはわからないが、この読みはそう外れてはないであろう。


 直にマルクス達と戦った俺達にはわかる。

 だがレビン団長は少し納得がいかない表情だ。


「……確かにその可能性もありますな。 

 ですがもしその読みが外れた場合は――」


「その時はワシが全責任を取ろう」


 レビン団長の言葉を遮るように、大臣が強くそう言い放った。

 するとレビン団長とケイン団長が顔を見合わせから、頷いた。


「……大臣殿がそこまで仰るならば、我々も素直に従います」


「私も団長と同意見です」と、ケビン副団長。


「うむ、そう言ってもらえると、ワシとしても助かる。 だが他の国境付近での警備を怠るつもりはない。 エルフの狙いは、あくまでゲリラ攻撃で何らかの利点を得るつもりであろうが、我々が右往左往すれば、この機に乗じて、エルフ軍が本格的に進軍してくるかもしれぬ。 またそうなれば、ヒューマン軍、竜人軍も参戦してくる可能性は、否定できない。 ワシが最も恐れるのは、まさにそれなのじゃ!」


 なる程、この大臣思っていたより有能だな。

 あの少々ボケた国王との漫才さながらの会話で、

 少々軽く見ていたが、どうやらそれは俺の観察力不足のようだ。


 大臣の言うように、四種族で一番、あやうい立場に居るのは、

 間違いなく猫族ニャーマンであろう。


 何せ元が猫だ。

 戦闘は別として、政治的駆け引きや謀略は得意じゃない。

 そもそも争い事を好まない平和的かつ楽天主義者の集まりだ。


 実際に過去に猫族ニャーマンは、ヒューマンに都合よく利用された歴史がある。 竜人の事はよく知らないが、ヒューマンとエルフは狡猾で隙あらば、少しでも自勢力を増す事を考えている。


 故にもし今回の件で、猫族ニャーマンが必要以上に動揺して、混乱すれば、その間隙を必ず突いてくるであろう。


 そう思っているのは、俺だけでないようだ。

 ドラガンや兄貴達だけでなく、団長と副団長も渋い表情で唸っている。


「確かにそれこそ最も恐れるべき事態ですな。 必要以上に敵の影を脅えて、現場が混乱すれば

 それこそ敵の思う壺……かもしれませぬ」


「ですな、ここは冷静になって、事を運ぶ必要がありますな」


 レビン団長とケイン副団長の言葉に大臣が頷く。


「うむ、わかってくれたか。 ならばよい。 まずは現状を確認する事。 そしてそれから相手の出方を見て、我々はそれに冷静に対処する。 基本的な事じゃよ」


「わかりました。 では我々はとりあえずガルフ砦へ向います。 向こうに着き次第、伝書鳩で文書を送りますので、その後は大臣殿の指示に従い、問題の解決にあたりましょう」


「そうですな、幸いにも我等『暁の大地』は知性の実グノシア・フルーツに関しては、

 少々知識がありますので、色々と助言できると思います」


「それは頼もしい。 期待してますぞ、ドラガン殿」


「いえいえ副団長、拙者も猫族ニャーマンの端くれですから」


 その後も三十分程、作戦会議は続いたが――

 基本的には俺達『暁の大地』と団長と副団長の率いた

 山猫騎士団オセロット・ナイツの主力部隊で、ガルフ砦に赴き、敵の出方を様子見る事。


 敵があくまで少数精鋭によるゲリラ攻撃を仕掛けるならば、俺達と山猫騎士団オセロット・ナイツが共闘して、敵のゲリラ部隊と戦い、殲滅及び撤退させる事。


 基本的には、殲滅を優先させるが、状況次第では、

 敵が猫族ニャーマン領から撤退すれば、それでも構わないとの事。


 相手は狡猾かつ高慢なエルフだ。

 今回の国境侵犯の件で、猫族ニャーマン側が正当な抗議をしても、どうせ奴等は知らぬ存ぜぬを決め込むであろう。


 だが自分達の領土が少しでも侵犯されたら、奴等は声を大にして猫族ニャーマン側を批難するだろう。 そうなれば逆に猫族ニャーマン側の立場は悪くなる。


 故に敵を追って、エルフ領へ行く事は厳禁。

 あくまで軍事行動は、猫族ニャーマン領に限定する。

 これならば猫族ニャーマン側が政治的に不利になる事はない。


 いざとなればエルフ側は、今回の奇襲部隊を切り捨てるであろう。

 もし仮にこちらが敵の奇襲部隊の身柄を確保したとしても、向こうはエルフ族は関係ないと主張するであろう。


 故に敵が諦めて、エルフ領に逃げ帰ったら、基本的に勝ちに等しい。

 そう考えると、思ったより厄介な状況は避けれそうだ。

 勿論油断はしないが、俺達は敵の殲滅に専念すればいい。

 だがやはり漆黒の巨人には、最大限の注意を払うべきだろう。


 恐らくエルフ達は様々な知恵と魔術を駆使して、制御可能な生物兵器として、漆黒の巨人を生み出したのであろう。 もし知性の実グノシア・フルーツによってもたらされる膨大な魔力を暴走させる事無く、有意義に使う事が可能ならば――


 そう考えただけで、背中に悪寒が走った。


「どうした、ラサミス? 戦う前から怖気づいたのか?」


「違うよ、アイラ。 武者震いさ」


「そいつは頼もしい。 私も君には期待しているぞ。

 あのマルクスを倒したような戦いを再現してくれたまえ」


「そいつは少々難しいが、善処してみるよ」


「拙者も新人ルーキーのお前達に期待してるぞ。

 では各自用意された馬に騎乗しろ!」

 


 俺達はドラガンの言葉に従い、大臣が用意してくれた軍馬にそれぞれ跨った。 俺達はとりあえずガルフ砦までの道中を馬で移動する。 



 ドラガンが黒毛くろげ、兄貴が青鹿毛あおかげ、アイラは栃栗毛とちくりげ

 俺が鹿毛かげ、エリスが芦毛あしげ、メイリンは栗毛くりげ


 といった毛色の馬に、各自それぞれ背中にバックパックを背負いながら、それぞれ騎乗している。 ニャンドランド城からガルフ砦まで馬を飛ばして、一日近くかかる距離らしい。 


 だが今回は山猫騎士団オセロット・ナイツも同行する。

 山猫騎士団オセロット・ナイツの騎士達は、俺達のように普通の馬に乗馬するには、少々背丈が小さい。


 それ故に彼らはポニーに騎乗しての移動となる。

 だがポニーといってもその種類は多い。

 各自乗り慣れたポニーで移動するが、その個体差も

 考慮すれば、ガルフ砦までの到着はやや時間がかかるであろう。


 それに加えて、

 今回派遣される山猫騎士団オセロット・ナイツの総数は、五十匹を越える。 

 途中の道中を考えたら、何度か野営する事になるであろう。


 こいつは結構骨が折れる旅になりそうだ。


「おい、ゆっくりしている暇はないぞ? ガルフ砦に着けば、即座に戦闘の可能性がある。 今この瞬間から任務は始まってると思え!」


 という兄貴の叱責に「はい!」と答えて、

 俺達はそれぞれ馬を走らせ始めた。


 こうして俺達は知性の実グノシア・フルーツを巡る戦いに再び巻き込まれようとしていた。

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