第37話 猫族(ニャーマン)領へ侵攻開始
エルフ領と
ガルフ砦の外観は、石造りの中規模の砦である。
各国の国境付近では、基本的にこのような砦や要塞が設置されている。 ウェルガリア暦1600年の現在では、表向きは四種族間での争いなく友好を保っているとされているが、それはあくまで表向きの話だ。
実情は各砦や要塞に各種族の警備隊がひしめき合っており、わずかな国境を越える事も許さないように、日々目を光らせている。 このガルフ砦にも五十匹近い
だがこの数十年争いらしい争いは起きてない。
故に上の士官は別として、下の兵士や警備兵達の間には、やや弛緩した空気が流れていた。
なにせ毎日がルーティンのように区切られた生活。
双眼鏡で周囲の監視、当番制の歩哨と哨戒活動。
元々飽き性の
結果、兵士達の士気は低下して、各任務もおざなりになる一方。
「さあコールかニャ? ドロップかニャ?」
「コールだニャ!」
「ならば喰らえフルハウス!」
「にゃ、にゃー! スリーカードだニャ、負けたニャ」
「ニャハハハ! このルドラ様に勝とうなんて十年早いニャ!」
などという様に見張り塔でトランプする体たらくである。 だがトランプならまだ可愛い方だ。 中には
気の弱いロメオは、先輩達に逆らう事も出来ず、一人損な役割を背負う。 平和主義、楽天主義の
その時、ロメオが双眼鏡で見据える先に大きな人影が映った。
その右隣にヒューマンか、エルフくらいの大きさの人影が見えた。
「せ、先輩! 前方に不審な人影を発見しました!」
「ニャ? ロメオ、今いい所だニャ。 空気読めニャ!」
「あっ! 人影が増えます! 大きな人影は
「ニャー? 面倒くさいニャ。 敵襲なんかあるわけないニャ? まあでも一応観てやるニャ」
と、ロメオを押しのけ望遠鏡を覗き込むベンガルのルドラ。
だが次の瞬間、怠け者のルドラの表情も強張る!
「ニャ! 本当ニャ!
「マジかニャ! なんでエルフが攻めてきてるんだニャ!?」
「そんなの知らないニャ! おい、ロメオ! 上官に知らせて来い!」
「は、はい!」
三十分後。
ガルフ砦は激しい戦場と化していた。
敵襲を知った砦の防御指揮官であるラグドールのバラン将軍は、まず投石部隊による投石攻撃を開始。 だが敵は
そして次の瞬間には
長い間に兵士の間で充満していた倦怠感。
そこに予想外の敵襲。 当然現場の兵士達は混乱に陥った。
だがそれだけでなく、敵の魔術師の魔法攻撃は苛烈を極めていた。
火炎魔法に始まり、水魔法による水攻め、風魔法による暴風。
軽くみても中級以上の上級魔法の魔法攻撃だ。
あるいは上級より上の
更には合成魔法や連携魔法で容赦なく砦を攻め立てた。
バラン将軍は、緊急に魔法部隊を結成。
即席部隊ではあるが、
砦の前のアスラ平原で激しい爆音と轟音が鳴り響いた。
一時的には戦局を巻き返した
度重なる魔法攻撃でなんとか敵の巨人を二体倒したが、漆黒の巨人が前方に出ると、為す術がなくなった。 他の
まず異様に耐魔力が高い。
従来の
「貴様ら、慌てるな! 数の上ではこちらが有利だ! 魔法部隊による魔法攻撃を続けよ!」
と、防御指揮官であるバラン将軍は、数の力で応戦する。
初級、中級、上級、そして英雄級の魔術を駆使する
だが漆黒の巨人は数々の魔法攻撃を受けても、進撃を止めない。
逆に『
「ニャー! 『
「み、耳があああ……耳があああ……ニャァァァッ――――」
「あ、あいつ!? よく見ると自動再生しているニャ!!」
「ニャんだと!?
慌てふためく
そして的確に魔法部隊を潰していく
戦闘開始から一時間半。
ガルフ砦とアスラ平原に
一方、
エルフの魔法使い二人、
五十名近く居た
本来ならこの時点で撤退すべきであったが、バラン将軍はそれを拒んだ。
だが彼は無理に部下達を道連れにする愚行は犯さなかった。
まず伝書鳩を本国ニャンドランドへ飛ばさせた。
そして軍事機密となりそうな文書などをことごとく破棄。
敵に知られるくらいなら、自ら破棄した方がマシという苦渋の決断。
そして戦意の低い下級兵達を伝令兵として、戦場から遠ざけた。
残された兵士はバラン将軍を含めて、十三名。
最早勝敗は誰の眼に見ても、明らかだった。
「兵士諸君、よく最後まで私についてきてくれた。 最早勝敗は決した。 これ以上の抵抗は無駄だ。 だが私は白旗など掲げん。 あの漆黒の巨人は普通の巨人と違う。 恐らくエルフ共が作り出した生物兵器の類であろう。 このままあの漆黒の巨人が
「将軍、我々もお供します!」
「
兵士達の言葉にバラン将軍は無言で頷いた。
そして覚悟を決めた
魔法戦士であるバラン将軍が
中衛には、レンジャー三名を置き、
後衛に
残り五名は最後衛からの魔法攻撃に徹した。
まずはある程度、普通の
レンジャー一名と
以上五名の犠牲者が出たが、なんとか二体の
これで敵の巨人は五体。
だがエリーザも即座にバラン将軍の意図を見抜いた。
そして彼女は、漆黒の巨人に『
これにより、バラン部隊は完全瓦解した。
十五分後。
気が付けば、バラン将軍以外の兵は全て倒れていた。
バラン将軍が身につけた赤の
最早体力も魔力も底がついていた。
「ハアハァハア……き、貴様らエルフは何を企んでいる?」
バランは搾り出すような声でそう問う。
だが眼前の緑色のフード付きローブを着込んだ女エルフは答えない。
「……そうか。 我々、
「……そういう事よ。 無駄な抵抗をする猫さん」
「猫さんか……いかにもエルフらしい言い草だな」
「実際に猫じゃない。 アンタ達みたいのが国や領土を持っている事自体がおかしいのよ。 大人しく降伏しなさい」
「た、例え見た目は猫でも、わ、我等は誇り高き
「しつこいわね、もう死になさい! ブラック、止めを刺しなさい!」
緑色のローブの女エルフ――エリーザは会話を打ち切り、そう命じた。
次の瞬間、漆黒の巨人が「うおおおおおお」と雄叫びを上げた。
そしてその見事な両腕を振り上げて、バラン目掛けて振り下ろす。
「クソッたれえええ!!
それがバラン将軍の最後の言葉となった。
エリーザ達の被害は
これだけの犠牲で、砦一つを落としたのだから、大戦果といえよう。
だがエリーザの表情に笑みはなかった。
とりあえず第一段階は成功。 この砦を拠点にして、
このまま
だが予想外に犠牲が出た。
正直、
となるとこれから先は、油断しない方がいいだろう。
噂では
正直、相手の力量が計りかねない。
故にこういう時は相手の出方を見るべきだ。
とりあえず
本音を云えば、もっと戦力は欲しい。
だがあくまで自分達は秘密工作部隊。
故に目立たず、成果を上げなくてはならない。
それでいて失敗した時は、全責任を取らされる。
最悪の場合は、死を持って責任を取らされる事も有り得る。
冷静に考えれば、割に合わない仕事だ。
だが母親の為にも、エリーザはこの任務を成功させねばならない。
現時点では国王は約束通りエリーザの母を快適な療養所暮らしをさせてくれている。 母思いのエリーザとしては、これで充分だった。
だがこの任務が失敗すれば、全て水泡と帰す。
その為にも、これからも多くの
周囲に横たわる
いくら相手が猫とはいえ、見ていて気分がいいものではない。
だが彼女ももう引き返す事は出来ない。
「悪いわね、猫さん達。 私と母さんの為にこれからも貴方達には犠牲になってもらうわ。 恨むなら、王を恨んでね。 あるいは
誰に聞かせるわけでもなく、そう口にするエリーザ。
やや後味の悪さを感じながらも、彼女は次なる計画に
気持ちを切り替えていた。
――とりあえず第一段階は終了。
――最終目的は鉱物資源が眠る鉱脈を押さえる事。
――そして最後は適当なところで折り合いをつける事。
――まだだ、やる事はたくさんあるわ。
――悪いけど、まだまだ血を流してね、猫さん。
エリーザはそう心に刻みつけ、虚空を見据えた。
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