第36話 闘気(オーラ)の応用


 翌日。

 ニャンドランドへ向うのは明日。

 なので俺達は旅の準備をするべく奔走していた。


 ニャンドランドに向うのは、ドラガン、兄貴、アイラ。

 それに俺とエリス、メイリンといったいつもの顔ぶれだ。


 俺達はリアーナの冒険者ギルドの中で下準備をしていた。 基本的に『暁の大地』における戦闘員はこの六人になる。 そして今回俺は拳士フィスターとして、パーティに参加する。俺としては、マルクスとの戦いでレベルが大幅に上がったレンジャーで参加したかったが、ドラガンと兄貴の指示だったので素直に従った。 ちなみにレンジャーのレベルは28。 拳士フィスターは21だ。


「火力は兄貴とドラガンにメイリンが居るから、足りてるんじゃないの?」

「ああ、確かにそうだ。 だが俺が見たところ、お前には拳士フィスター

 としての素質がある。 だから今回はレベル上げを兼ねて、お前に闘気オーラ

 の効果的な使い方や戦闘法を教えるつもりだ」


「本当に俺に素質があるの?」


 俺は兄貴の言葉に首を傾げる。

 なにせ俺は兄貴達と出会うまでは、底辺の冒険者だった。

 何をしても中途半端で、まさに生きた器用貧乏の見本のような男だった。


 正直今でもあまり自分に自信がない。

 だがいつまでも過去に縛られていては、いつまで経っても

 成長しない。 だから今回はあえて兄貴の言葉を信じてみる。


「ああ、俺を信じろ。 俺達の母さんも現役時代は拳士フィスターだった。 確かにお前には剣術の才能はないが、単純な殴り合いは得意だろ?」


「ん? まあそうだね。 ガキの頃から殴り合いの喧嘩は無駄に強かったからな。 エリスを虐めていた悪がきをよくぶっ飛ばしていたよ」


「うん、うん。 ラサミスにはよく助けてもらったわ」


 と、何処か懐かしむように笑うエリス。


「後は闘気オーラの使い方をマスターすれば、

 必ずお前は拳士フィスターとして頭角をあらわす筈だ」


「まあ何とか頑張ってみるよ」


 とりあえず俺は拳士フィスターに転職。

 そして装備を揃えるべく、銀行から金を下ろして、防具屋へと向った。

 とりあえず今は、前から持っていた綿製の武道着の上から革製の胸当てを

 装備して、両手に金属製の篭手、更に金属製の膝あてを装備している。 

 

 とりあえず俺達は、大通りの広場へ向った。 

 午後の正午過ぎという時間帯もあり、広場は人で賑わっていた。

 天気は快晴。 心地よい風も吹いていた。


 まず、適当にぶらつき、露天商や防具屋を見て回る。

 俺は奮発して、五十万グランの軍資金を用意していた。


 ニャルララ迷宮の戦いの報奨金で三百万グランの大金が入ったが、

 俺はほとんど手につけてなかったので、これを機に散財するつもりだ。


 やはり冒険者なら、装備にこそ大金をつぎ込むべきだ。

 

「どうする? 俺の行きつけの店に行くか?」


「そうだね。 そうするよ」


 兄貴の提案に乗り、俺達は兄貴の後を追う。

 十分ほど歩くと、それらしき店の前に辿り着いた。


 中々立派な店構えだ。

 そして店に入ると、棚に様々な品物が並んでいた。


 高そうな鉄製の軽鎧ライトアーマーや手甲。 

 通気性の良さそうなローブが色とりどり飾られている。 

 運動に適したブーツや鉄靴ソールレットなども並んでいる。


「誰かと思えば、ライルじゃないか?」


 店に入るなり、人の良さそうな中年の防具屋の主人が声をかけてきた。


「ああ、久しぶりです。 今日はうちの新人ルーキー達の防具を揃えにきたんですよ。 ですので値引きしてくださいよ?」


「ほう、『暁の大地』に新人ルーキーが入ったか!? こりゃ新しいお得意様が増えたな。 まあとにかく好きに見てくれや」


「どうも新人ルーキーのラサミスです。 一応ライルの弟ッス」


 とりあえず挨拶する俺。

 すると防具屋の主人は両手を広げて、笑顔を浮かべた。


「本当にライルの弟か? こいつはたまげた。

 俺はこの防具屋の主人のガイラだ。 今後ともよろしくな!」


「はい、よろしくお願いします」


「こんにちは! 同じく新人ルーキー女僧侶プリーステスのエリスです」


「アタシは魔法使いのメイリンです。 よろしくね、おじさん」


 エリスとメイリンもそれぞれ挨拶を済ませる。

 

「ほう、こいつは可愛らしい新人ルーキーだな! アイラに加えて、こんな可愛い子達が入団するなんてライル、お前は恵まれてるぞ!」


「ははは、そうですね」


 などと談笑する兄貴と防具屋の主人。

 なかなか気さくな主人だな。 これなら贔屓にしてもいいかな?


 などと思いながら、俺は自分の装備を探す。

 とりあえず金はある。 だから奮発していい装備を揃えるぞ。


「で、今日は何が欲しいんだい?」


「そうですね。 拳士フィスター用の防具一式ですね。 武道着に、胸当て、篭手や手甲。 それと脛当てと靴とかですね」


 俺はとりあえず欲しい物を全部口にした。


「それじゃ俺が見繕ってやるよ!」


「はい、お願いします!」



 二十分後。

 俺は防具屋の主人が用意してくれた装備一式を身につけていた。


 まず武道着はドラゴンの皮で作られており、通気性も良い。

 青を基調とした色合いで、背中には龍の金刺繍が施されている。

 ズボンの部分は、黒で青との色彩バランスも悪くない。

 

 そして胸部には、白金プラチナ製の胸当て。

 両手には漆黒の手袋グローブ。 こちらもドラゴンの皮で作られた一品だ。 肌触りの良く、強度もあり、拳の保護も万全だ。

 

 脛当ても白金プラチナ製。 

 ブーツは手袋グローブと合わせて黒。

 素材は子羊と子牛を組み合わせた物。 

 踏ん張りが利いて、重量も軽い。

 そして頭部には、防具屋の主人がサービスしてくれた鉢巻きのような鋼の鉢金はちがね

 

 しめて合計四十五万五千グラン。

 本当は五十万グランを越えていたが、値切りに値切った。

 まあ正直防具屋の主人がふっかけていた可能性もあるから、これくらいが適正価格かもしれない。 向こうも商売だしね。


「へえ、こうして着飾ってみると悪くないわね。

 なんだっけ? 馬子にも衣装ってやつ?」


「メイリン、それ褒め言葉としては微妙よ。

 でも私は似合ってると思うわよ。 カッコいいわよ、ラサミス!」


 下げるメイリン。 上げるエリス。 相変わらずのやり取りだ。


「ほう、なかなか様になってるじゃないか。 

 君もニャルララ迷宮の戦いで一皮剥けたようだな」


「うむ、悪くないな」


「やはり格好は大事だな。 見違えたぞ、ラサミス」


 とアイラ、ドラガン、兄貴も褒めてくれた。

 この三人に褒められると、少し自信が沸いてくる。


 お古の装備は予め用意していた皮袋の中に詰め込んだ。

 まあ予備の装備はあるに越したことない。 

 冒険者ギルドの預かり屋にまた預けよう。


 その後、メイリンも新しい杖が欲しいと言い出して、

 俺達はまた兄貴のお得意の武器屋へと向った。

 散々吟味して、メイリンは一つの杖を購入。


 樫の木で作られた木製の両手杖。

 先端に宝石のように赤く輝いた魔石がついていた。

 基本的に魔法で使う杖は、木材と宝石、魔石でランク付けされる。


 特に重要なのは宝石と魔石だ。

 魔石は云うまでも無く、魔力の伝達力が高くて、杖だけでなく様々な武器や防具にも用いられるが、宝石も魔法との相性が良い。 魔石も宝石も透明度が高く、大きい物ほど魔力の伝達力も良く魔法の威力が跳ね上がる。 故にこの辺に拘りだしたら、キリがない。


 なんでも中には魔法の武具専用の魔石や宝石の職人がいるらしい。

 まあ上級冒険者となれば、金もあるからな。 

 つぎ込む額も半端ないだろう。

 

 メイリンも予め大金を用意していたようで、散々店中の

 杖を見比べた後にようやく購入を決めた。


 その時間およそ三十分以上。

 女の身支度は時間がかかるというが、装備品の購入も例外ではないようだ。

 更に値切りに値切りを重ねて、二十五万グランで購入。


「おい、ライル。 この新人ルーキー並みの神経じゃねえな?

 こいつはきっと大物になるぜ」


 と、半ば呆れ気味だった武器屋の主人。

 結局買い物だけで、一時間以上かかった。

 ちなみに俺とメイリン以外は特に何も買わなかった。


 ニャルララ迷宮の戦いで、武器や防具を失った兄貴、アイラ、ドラガンは同様の予備の装備を持ち合わせており、エリスも基本的に回復役ヒーラーなので、今回は購入を見合わせた。


 そして買い物を終えた俺達は拠点ホームへと戻って来た。

 楽しい息抜きの時間は終わり、今度は俺個人の特訓の時間だ。


 兄貴直々に闘気オーラ拳士フィスターならではの戦闘法を伝授してくれるとの事だ。 これはいやがおうにもテンションが上がる。


 とりあえず俺は新しい防具に身を包んで、拠点ホームの庭に立った。

 芝生の手入れが行き届いており、芝を踏むブーツの感触が心地よい。


 そしてその近くの木製のベンチに女性陣三人が腰掛けている。

 ドラガンは俺達の近くに陣取っており、「拙者が審判をしてやろう」

 と何処か張り切っている。 兄貴は黒いシャツに青いズボンという格好だ。


「とりあえず基本的な事から始めるぞ!」


「了解!」


「ラサミス、まずは炎の闘気オーラを纏ってみろ!」


「わかったぜ!」


 確か炎の闘気オーラは激しい闘争心によって、生み出されるんだよな。

 俺は腹に力を入れて集中力を高めた。

 すると俺の右拳に緋色の炎のような闘気オーラが宿った。


 おお、久しぶりだが上手くいったな!

 

「うむ、基本的な事は出来るようだな。 ならば応用編へ行く。 いいか、闘気オーラは全身に纏えば、防御力は跳ね上がるが、攻撃の場合は一点に集中させた方が効果が高い、まずは例を見せてやろう。 ハアアアアアアァ――――――!」


 兄貴が腹から声を出して、集中力を高める。

 すると兄貴の右拳に炎の闘気オーラが宿る。

 ここまでは俺と同じだ。 だがそれから先が違った。


 兄貴が眉間に力を込めると、右拳に宿った炎の闘気オーラが兄貴の右手の指先に集まりだした。


「このように一点に集中させた方が闘気オーラの威力は上がる。 水鉄砲の穴が小さい程、よく飛ぶ原理と同じだ。 言葉ではわからんだろうから、見本を見せてやろう!」


 そう言いながら、兄貴は傍にあった木の近くに歩み寄った。

 そして指先に一点集中させた右手の四本の指で木の表面を突いた。

 次の瞬間、木の表面に四つの穴が空き、その穴からプスプスと煙が生じた。


 なる程、どんなに怪力の持ち主でも通常ならば、手刀で木の表面にこんな傷をつける事は不可能だ。 これが闘気オーラの有効的な使い方か。


「これだけではない。 こういう使い方もあるぞ!」


 そう言って木から距離を取る兄貴。

 彼我の距離は約五メーレル(約五メートル)。

 再び集中力を高めて、炎の闘気オーラを纏う兄貴。


 今度は右手の平に炎の闘気オーラを集中させた。

 そして右腕をやや後ろに引き、腰の回転を加えて右手の平を前へ突き出す。


 すると兄貴の右手の平から、初級火炎魔法『フレイムボルト』のような火の玉が発射されて、木の表面に着弾。 どおん、という音と共に木の表面に穴が空き、穴から焦げ臭い臭いと共に煙が生じた。


「スゲえ、まるで魔法みたいじゃんか!」


「ああ、闘気オーラにはこういう使い方もあるのさ。 一点に集中させて、放出する。 炎だけでなく他の属性の闘気オーラでも同じような芸当が可能だ」


「おお、これって実質初級魔法が使えるようなもんじゃん! なる程、基本拳しか使わない拳士フィスターで遠距離攻撃が可能というわけね。 これがあれば戦術の幅が広がるな!」


「そういうわけだ。 お前もやってみろ」と、兄貴。


「うむ、悪くない指導だ。 だがライル、拙者に断り無く庭の物を

 壊すのはやめてもらえないか? 庭の景観が崩れるだろう」


 と、ややムスっとした表情でドラガン。

 「あっ、すまん」と頭を掻いて謝罪する兄貴。

 あ、俺も忘れていた。 ここは連合ユニオン拠点ホームだ。

 そりゃ庭の物が壊されたら、団長としては怒るよな。 気をつけよう。


 やや水が差された感じだが、俺は一通りの事をやってみた。

 炎の闘気オーラでやると、ドラガンが怒るので、やめておいたが、氷の闘気オーラで掌から初級氷魔法『アイスバルカン』のように氷塊を飛ばし、風の闘気オーラでも同様に掌から真空波を生み出す事に成功。 おかげで的となった木が更に傷んだが。


「うむ、ライルの見立て通り筋が良いな。 木はまた傷んだけどね」

「す、すんません。 つい力が入って」


「まあいいさ。 その木は剣術や魔法の練習の的という事にしよう。 でもそれ以外の物を勝手に使うなよ? これは団長、命令だぞ?」


「は、はい、団長!」


 ドラガンの許可も出たので、とりあえず俺は闘気オーラの鍛錬を続けた。 ひとまず攻撃はこの程度で切り上げて、次は防御に移行。 といっても基本は同じだ。


 闘気オーラを纏って防御する際も、一点に集中させてた方が防御力もあがるという事だ。 例えば相手が回し蹴りを使ってきたら、両腕に闘気オーラを集中させて防御ガードすればいいとか。


 風の闘気オーラを両足に纏い、走れば走力が上がる、あるいはジャンプすればジャンプ力が上がるとかいった細かい技法テクニックを教えてもらった。


 気がつけば、二時間程の時間が経っていた。

 ベンチに座っていたメイリンは見飽きたようで、拠点ホームの中に戻っていた。 エリスも最初は「頑張れ、ラサミス」と声援エールを送っていたが、流石に終盤には飽きていたようで、軽く欠伸をしていた。


「なかなか飲み込みが早いな。 とりあえずそれぐらい出来たら上出来だ」


「うむ、これなら実戦でも使えるだろう。 今日はこれくらいにしておけ」


「うっす! 兄貴、団長」


 そう言って俺は一礼した。

 自分で云うのも何だが、わりと上手くいったと思う。

 もっとも練習と実戦は違う。 故にここは謙虚な姿勢で行こう。


「兄貴と団長の指導のおかげです!」


「うむ、その謙虚な心がけを忘れるなよ?

 明日にはニャンドランドへ向うから、今日はもう

 ゆっくり休め。 以上、解散だ」


 ドラガンの一声でこの場は解散となった。

 俺は浴場で軽いシャワーを浴びてから、食堂へと向った。

 今夜の夕食は魚料理を中心とした献立であった。


 俺達は全員集まってから、合掌して食事を取った。

 そして食事を終えて、後片付けして、自室へと戻った。

 明日にはニャンドランドへ向う。


 とりあえず旅の準備をして、明日に備えた。

 これで少しは皆の役に立てるだろう。

 もう器用貧乏なんて云わせないぜ。 見てろよ。

 そうこう思いながら、ベッドに潜り込んだが、

 やはり疲れていたのか、俺はすぐに熟睡してしまった。

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