第七章 蠢(うごめ)く陰謀

第35話 漆黒の巨人


 エルフ族の居城であるエルドリア城。

 その地下室の大部屋に国王グリニオン一世とその従者達が集まっていた。


 そして部屋の中央に大きな魔法陣が描かれており、

 その中に巨人が佇んでいる。

 いや正確に言えば巨人ではない。


 巨人タイタンをベースにした魔法生物だ。

 体長十メーレル(約十メートル)に及ぶ巨体に黒光りする肉体。

 その重圧感に圧倒されながら、エルフの王が口を開く。


「うむ、巨人タイタンをベースにした魔法生物とは考えたな。 知能が低すぎず、高すぎず、それでいて強靭な肉体を持つ生物。 だが調教テイムの方は問題ないのだな?」


 そう口にして、エルフの方は視線を目の前の女エルフに向ける。

 緑色のフード付きローブを身につけた女エルフは小さく頷いた。


「はい。 元々、調教師テイマー調教テイムした巨人タイタンの頭脳をコアとしていますが、それ以外は全て魔力で生成した肉体でありますので、使役者マスターである私の命令に逆らう事は、絶対ありません。 こうする事によって高い知性と魔力を持ちながも、魔力が暴走する事無く、高い耐魔たいま力を要しております。  またコアである頭脳さえ破壊されなければ、魔力がある限り、肉体も自動修復します」


 長い台詞を流暢に語る女エルフ。

 フードを深く被っている為、細部は分からないが、

 その顔はエルフらしく十分整っており、紛れもない美形である。

 フードから覗かせるその金色こんじきの髪も艶やかだ。


「うむ、よく考えついたものだ。 我等が有する知性の実グノシア・フルーツは全部で三つ。 故に無駄使いは出来なかったが、これならが充分元が取れる。 ふふふ、この漆黒の巨人を持ってすれば、猫族ニャーマン領を制圧する事など容易いな。 褒めて遣わすぞ。 えーと貴公の名は?」


「エリーザです。 エリーザ・バロンワイズでございます、陛下!」


 と、深々と頭を下げるエリーザと名乗る女エルフ。

 

「エリーザか。 良い名だ。 この件に関しては貴公に一任する。 だがけっして口外するなよ? この一件は我等エルフの命運を変えかねない偉業となるかもしれん。 その事をくれぐれも忘れるでないぞ?」


「ははっ!」


「うむ、良い返事だ。 で貴公には何か望みはあるか?」


「実は私の母が重い病に伏せており、陛下のお力添えにより、静かに療養できる場所を御提供していただければ幸いです」


 肉体の負傷や怪我は回復魔法で治癒できるが、老衰とやまいはその対象ではない。 故にどの種族もいずれは老衰する運命だ。 だが回復魔法や治療魔法の発達により、この地上――ウェルガリアにおける医学の進歩は停滞気味だ。 故に大病を患うと、ほぼ助からない。


「そうか。 そんな願いなら容易い。 余の力を持って貴公の母を最高の環境で療養させる事をここに約束しよう!」


「ありがとうございます、陛下!」


 これで肩の荷が一つ下りた。

 母一人子一人として、生きてきたエリーザにとって母親は唯一の肉親。 

 片親故に排他的なエルフの社会では、様々な差別を受けていたが、彼女は不屈の精神でこの歪なエルフ社会でのし上ってきた。


 幸いにもエリーザは母から受け継いだ美貌だけでなく、高い魔力を有していた。 その高い魔力を生かして、彼女は十三歳で冒険者となり、魔法使いや女僧侶プリーステスを経て、上級職である精霊使いエレメント・マスターとなった。


 そして冒険者として、名を馳せて、魔術ギルドの推薦状により、十五歳の時にエルドリア王立魔法大学に入学。 飛び級を重ねて十八歳で大学を卒業すると、王立魔導師部隊の一員となり、メキメキと頭角を現した。


 そして一九才となった今、王から壮大なる計画を任された。

 最初話を聞いた時は耳を疑った。


 事もあろうにあの知性の実グノシア・フルーツを使用して、制御可能な生物兵器を作れとの命令を王から下された。 まず王が知性の実グノシア・フルーツを手に入れた事に驚き、更にそれを使用する事で二度驚いた。


 倫理観で云えば、それは許される所業ではない。

 知性の実グノシア・フルーツがあったからこそ、

 今のウェルガリアがあり、多くの血が流れた歴史がある。 

 知性の実グノシア・フルーツはまさに禁断の果実なのだ。


 それを一部の者の都合で私用で使う事に、最初は強い抵抗感を覚えた。

 だがこのエルフの社会において、王の命令は絶対だ。


 どうせ自分が従わなくても、誰かが命令を実行する。

 ならばこの格好の栄達の機会を逃すのは、愚行といえた。


 結局エリーザの中で倫理観より出世欲が強く上回った。

 だが彼女が求めるのは、母親が静かに療養できるという一点のみ。

 それ以外の事にはさして興味がない。


 地位や名誉というものは、いずれ自らの才覚によって、

 手に入れるつもりだ。 何しろ彼女は自他共に認める才女だ。


 だが彼女は自身の望みの為だけに動いてるわけではなかった。

 勿論請け負うからには、全力を尽くして計画を成功させるつもりだ。


 だがこの計画は一歩間違えれば、ウェルガリアの勢力図を

 塗り替えかねない。 


 故に犬や兎などの動物に知性の実グノシア・フルーツを与える

 という案は最初の時点で一蹴した。 

 そもそも知性の実グノシア・フルーツは全部で三つしかない。 


 それを全て使ったところで、犬や兎を完全に擬人化する事は不可能だ。

 なによりこれ以上余計な種族を増やす事など愚行の極みだ。


 となれば一個体で優れた制御可能な生物兵器を作り上げる事が一番無難な方法と思えた。 これならばいざという時は、生物兵器さえ破棄すれば、証拠は残らない。


 猫族ニャーマンはともかくヒューマンや竜人に戦争をする

 口実を与えてはいけない。 その為には秘密裏に計画を行う必要がある。



 などという様々の要因から、エリーザは巨人タイタンの頭脳をコアとした魔法生物を作り上げる事にした。 これならば制御可能な上に魔力が暴走する危険性もない。 なにせ基本となるのは、魔力で生成した肉体なので、魔力がいくらあっても困る事はない。


 恐らくこの後、この漆黒の巨人の実力を測る為に他国領へ攻め込むだろう。

 相手は猫族ニャーマンがいいだろう。 


 エルフ領からも近いし、ヒューマンや竜人よりは、猫族ニャーマンの方が御しやすい。 猫族ニャーマンは元が猫である為に、政治的な駆け引きや謀略などは、それ程得意ではない。


 ならば猫族ニャーマンが有する鉱物資源が眠る鉱脈などに攻め込み、強引に占拠すれば、この時点で計画は成功といえる。


 少々あざとい真似だが、相手は猫。 だから良心の呵責も少ない。

 多少の血は流れるであろうが、それも致し方ない。

 ある程度の成果を挙げねば、王の信頼を得ることも出来ない。

 だが必要以上に計画を上手く進めるつもりもない。


 計画が上手くいけば、必ず王やその側近は良からぬ企みを抱くのは明白だ。

 そもそもたった三つの知性の実グノシア・フルーツで、

 このウェルガリアの勢力図を塗り替えようなどという考えが甘い。


 故にエリーザとしては、適当な所で王や側近に妥協させるつもりだ。

 そうしないといずれ収拾つかなくなる。


 だからこそ自分がこの計画を牛耳る必要がある。

 先走らず、暴走せず、程々のところで矛を収める。

 その大役をあえて引き受けよう。 



「では国王陛下。 このエリーザ、必ずや陛下のご期待に応えてみましょう。 とりあえず猫族ニャーマン領へ攻め込み、この漆黒の巨人の実力を測るつもりです」


「うむ、やはりヒューマンや竜人よりかは、猫族ニャーマンの方がやりやすいであろう。 奴等が何か言っても知らぬが存ぜぬで通せ。 では期待しているぞ、エリーザよ」


「ははっ!」


 膝を折り、王にこうべを垂れるエリーザ。

 

 ――とりあえずまずは王の期待に応える事。

 ――その為には貴方に充分働いてもらうわよ


 そう思いながら、エリーザは魔法陣の中の漆黒の巨人に視線を向ける。

 戦う為だけに生み出された生物兵器。

 その手綱を握るのは自分。 だから失敗は許されない。


 ――悪いわね、猫さん達。

 ――貴方達に恨みはないけど、この計画の生け贄になってもらうわ


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