第34話 新人(ルーキー)の歓迎


「はいはい、押さないで、押さないで!」


「入場前に入場券を出してくださいね」


「順番通り並んでくださいね。 順番抜かしは厳禁です!」


 大きなテントの中で、俺達三人はてきぱきと動きながら、入場客を誘導する。 もぎりに始まり、あらゆる雑用をこなしていた。

 

 こんな生活が始まって早くも一週間余り。

 俺達三人と再会したドラガンとアイラは快く歓迎してくれた。

 何せ苦楽を共にした仲だ。 お互い嫌でも情が移る。


 だが俺達三人が『暁の大地』に入団したいと云うと、ドラガンの表情が変わった。 そして入団の条件として、一週間程、ドラガン達が主催する芸人一座の仕事や雑用を手伝う事となった。


 なんでもこれが『暁の大地』流の新人ルーキーの歓迎らしい。

 ドラガン曰く――


「我々は冒険者の連合ユニオンであると同時に芸人一座でもある。 故に新人ルーキーは、一座の仕事や雑用を手伝ってもらう! 厳しくビシビシ指導するから、気合を入れて仕事をしろ!」


 という事で一週間程前から、俺とエリスとメイリンは一座の仕事や雑用を毎日毎日手伝っている。 最初こそ「ドラさん達の演劇が近くで見れる!」と、エリスとメイリンは喜んでいたが、数日もすると大人しくなった。


 正直俺も芸人一座の仕事を舐めていた。

 毎日の下準備に始まり、入場客の誘導、芸の稽古の手伝いなど。

 覚える事が多くて、体力と頭も異常に疲れる。


 特にドラガンは芸に対する拘りは異常に強い。

 故に厳しい。 だから容赦なく俺達三人を叱責する。


「違うぞ、その小道具はこっちだ!」


「は、はい。 ドラさん!」


「ドラさんじゃない! 座長と呼べ!」


「はい、座長!」


「次の舞台の衣装を用意しろ! 違う、それじゃない!」


「これっスか?」


「それも違う。 後ちゃんとした敬語を喋れ!」


「はい!」


 などというように毎日コキ使われている。

 そして今夜の舞台も終わり、ヘトヘトの状態で俺達は拠点ホームに戻った。


「しんどい~、もう動けないよ~」


「汗で服がベトベトだわ。 早くシャワーを浴びたい」


 メイリンとエリスがそれぞれそう口にする。

 そういう俺も疲労で動く気力がなく、近くのソファに腰掛けた。

 しかしこれが新人ルーキーの歓迎というが、実はただ単に

 無条件で働く労働力が欲しいだけじゃねえの?


 と思わず勘繰ってしまうぜ。

 などと考えていると、派手な衣装を着たドラガンがピンと背筋を

 伸ばしながら、こちらに歩いて来た。


「なんだ、なんだ? いい若者がだらしないぞ?」


「あ、ドラさん。 お疲れ様です!」


「ドラさんじゃない! 座長と呼べ!」


「はい、座長!」


 と、敬礼のポーズをしながら、背筋を伸ばすメイリン。

 俺達三人を観察するように、視線を向けるドラガン。

 するとドラガンは右手を懐に手にやり、三つの茶封筒を取り出した。


「よく一週間働いてくれた。 これはその謝礼だ!」


「え? 給料貰えるの?」


「ああ、働いた者には必ずそれ相応の報酬を渡す。

 それが拙者の流儀だ。 だから遠慮なく受け取れ!」


「「「やったー!」」」


 俺達三人は予想外の報酬に一斉に喜んだ。

 この間の報奨金で懐具合はいいが、やはり労働の報酬となると喜びは別だ。 やはり真面目に働いた後の報酬は格別だ。


 俺達はホクホク顔で茶封筒の中に手を入れる。

 すると中には、七万グラン相当の金貨、銀貨が入ってた。


 えーと俺達は一日十時間くらい働いていたから、時給換算すると……

 時給一千グランってところか。


 うーん、バイトとしては悪くない稼ぎだが、俺達は冒険者だ。

 これならゴブリンやコボルドを狩ってた方が効率良いよな。

 俺だけでなく、エリスやメイリンも似たような表情をしていた。


「なんだ? 不服か?」


「いえそんな事はないです。 ただこれならギルドで討伐クエスト受けた方が効率いいかな、と少し思っただけッスよ!」


 という俺の言葉にドラガンは「ほう」と目を細めた。


「なる程、思ったより重症ではないようだな」


「ん? どういう意味ッスか?」


「これは勿論、新人ルーキーの歓迎も兼ねているが、

 ラサミス、お前を試す意味合いもあった」


「……俺ッスか?」


 俺がそう答えると、ドラガンが小さく頷いた。


「うむ、この間の戦い以降、お前が燃え尽き症候群に陥っていたのは、傍から見ても丸分かりだった。 だがそれ自体は珍しい事じゃない。 激しい激戦、更に高報酬が入れば、誰とて気が抜ける。 だが場合によっては、二度と冒険や戦闘が出来なくなる」


「……そういうモンッスか?」


「そういうものだ」


 どうやら自分で思った以上に、深刻な状態だったようだ。

 でも確かに最近の俺はダラけていたよな。 少し反省しよう。


「だがやはりお前はライルの弟。 その胸の内は熱いアニマに満ちている。 だからお前の『暁の大地』の入団を正式に認めよう! だが正式な団員となったからには、拙者やライルの指示に従ってもらうぞ!」


「はい、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします!」


「うむ、いい返事だ」


 と、満足な笑みを浮かべるドラガン。


「あのう、すみません。 アタシ達は?」


 と、控え目に問うメイリン。

 するとドラガンは思い出したように――


「ああ、君達ね。 勿論合格だ。 期待してるぞ、メイリン、エリス。 但し君達の本業は学生。 基本的に学業を優先するようにな」


「「はい、よろしくお願いします、ドラさん!」」 


 と声を揃えてお辞儀するエリスとメイリン。


「ド、ドラさんって言うな!」


「んじゃ座長?」


「とりあえず冒険中は団長と呼べ!」


「わかりました、団長!」「はいです、団長!」


「うむ、いい返事だ」



 と少し満足そうな表情のドラガン。

 まあ猫族ニャーマンだけど、彼は立派な連合ユニオンの団長だ。

 こういう上下関係や言葉使いは最初が肝心だからな。

 ドラさんじゃ少し舐められている感があるから、彼の気持ちもわかるな。


「コホン、ではお前等三人を正式な団員と認めたところで、早速命令を下す。 我々『暁の大地』はあのマルクスがエルフ族に売りつけた知性の実グノシア・フルーツを何とかして奪い返すつもりだ。 相手はエルフ族。 一筋縄ではいかん相手だ。 恐らく厳しい戦いになるだろう。 お前等はそれでもついて来るか?」


「「「はい!!」」」


 こうして改めて言葉にされると実感が沸く。

 そう、知性の実グノシア・フルーツにまつわる騒動はまだ終わってない。


 今にして思えば、あの禁断の果実が全ての始まりであった。

 だからこそ俺達の手でこの一連の騒動に決着をつける必要がある。


 だが相手はあの高慢なエルフ族。

 ドラガンの云う様に簡単にはいかないだろう。



 正直どうなるか予想もつかない。 だがそれでも構わない。

 この一連の騒動に決着をつけない限り、俺も気持ちの整理がつかない。


 それは俺だけでなく、ドラガンや兄貴、アイラ達も同じだろう。

 だから今度も全員の力を合わせて、戦い抜くまでだ。

 そう決意を固める俺をドラガンが双眸を細めて見据える。


「うむ、いい面構えになったな。 それでこそライルの弟だ。 では早速旅の準備をしておけ。 お前達は一度ニャンドランドへ行っているから、今回は瞬間移動魔法テレポートでニャンドランドへ向う! 以上だ、では解散。 明後日には、出発するからそのつもりでな!」


「「「はい」」」

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