第六章 帰還

第31話 燃え尽き症候群


 ニャルララ迷宮の戦いから、約三週間が経った。

 俺達は力を合わせて、マルクス達になんとか勝つ事が出来た。

 正直今でも俺があの男――マルクスに勝った事が信じられない。

 ほんの少し前まで、一人旅ソロで兎狩りしてたのが嘘のようだ。

 

 任務を無事終えた俺達は、猫族ニャーマンの王様から二千万グランの報奨金を貰い、均等に分けて俺やエリス、メイリンも三百万以上の大金を手にした。 俺達はしばらくの間は、リアーナに留まり、勝利の美酒に酔いしれた。


 お宝を手にして、仲間と団結して、強敵に打ち勝つ!


 それは俺がずっと思い描いていた夢であった。

 だが時が経つにつれて、あれが本当の出来事だったかと思うようになり、次第に俺は満たされた感情で埋め尽くされた。 そしてハイネガルへ帰還して、一週間が経った。


 俺は所謂一つの燃え尽き症候群に陥っていた。


「こら、ラサミス。 店の掃除をサボるんじゃないよ!」


 お袋にどやされて、現実に引き戻される俺。

 俺は手にした白い布巾で、店の中を無造作に拭いた。


「もっと丁寧に拭きなさいよ。 そら、手際よくやりなさい!」


「うい、うい。 わかってますよ」


「返事は一回。 それにういじゃなく、はいでしょ!」


「はい。 分かりました、お母様!」


「アンタねえ、前も酷かったけど、今のアンタはもっと酷いわよ? なんというか目が死んだ魚みたいよ。 もっとシャキっとなさい!」


 このように俺は実家に戻り、店の手伝いしながら、お袋に毎日怒られている。

 正直このままでは、駄目だと自分でも分かっている。

 だがどうにも気力が沸かない。 というか何もする気になれない。


 完全に燃え尽き症候群だ。

 だが俺にとって、兄貴達との冒険は壮大であり、夢にまで見た光景だった。

 最初の数日は、まるで天にでも昇るような気分だった。


 しかし一週間、二週間も経つと、夢から覚めたような気分になり、

 次第にあれが現実だったかと疑うようになり、そして満足してしまった。


 なんというか僅か一週間の間で、俺は一生分の冒険をしたのであろう。

 おまけに大金も貰い、生活の心配もない。 すると急にやる気が失せた。

 勿論このままではいけない事は、分かっている。


 だがどうにもやる気が沸かないんだ。

 というわけで今の俺は実家『龍之亭りゅうのてい』で手伝いしながら、

 毎日お袋にどやされながら、無気力な日々を送っている。 


 カラン、カラン。

 その時、店の出入り口の扉が開かれた。


 ふと近くの時計に目をやると、時刻はまだ午前十一時だった。

 なんだよ、まだ営業時間じゃねえよ。 


「すみません、まだ準備中です。 営業時間は……」


 と言いながら、お袋が途中で言葉を詰まらせた。

 ん? 誰だよ、と思いながら俺は視線を入り口に向けた。


 するとそこには、肩口までかかる見事な白銀の長髪の男が立っていた。

 整った精悍な顔つき。 体格は細身だが、がっしりしており、黒いシャツと

 青いズボンという格好で、首に真っ赤なネッカチーフを巻いている。

 

「ラ、ライル!? ライルなのっ!?」


 お袋が目を見開いて、そう叫んだ。

 すると白銀の長髪の男――兄貴はニッコリと笑った。


「ただいま、母さん」


 約三年ぶりの兄貴の帰郷であった。

 お袋と親父は兄貴の帰郷を心の底から、喜んだ。

 お袋なんか――


「今日はお店、休みにしようかしら?」


 なんてまで言い出した。


「それはいけないよ、母さん。 それに俺はすぐリアーナへ戻るから。

 ただ少しハイネガルに用事があったから、少し実家に寄っただけだよ」


「でも今日一日くらいは過ごせるでしょ?

 貴方の部屋は、そのままにしてるから自由にお使い」


「そうだな、一日くらいならいいかな」


「そうしなさい、そうしなさい。 

 今夜は母さんが腕を振るって、ご馳走を作るわ」


「それは楽しみだな」


 と、感動の再会をするカーマイン家の親子。

 ちなみに一応俺もカーマイン家の一員です。 一応ね。

 というか何? この態度の違い? 全然違うんですけど?


 などと拗ねる程、俺は子供じゃない。 多分ね。

 まあいいよ。 俺は元々いらない子。 気にせず掃除続けます。

 と空気を読んで、店の風景に溶け込もうとしたが――


「ラサミス、少しいいか?」


 と、不意に兄貴に呼び止められた。


「な、何だよ、兄貴」


「実はハイネガルに寄ったのは、訳有りでな。

 これからある場所へ向うから、お前もついてきてくれ」


「え? 何処へ向うんだよ?」


「……ここじゃ少しな。 じゃあ母さん、夜には戻るから」


「え、ええ。 ライル、ちゃんと帰ってきてね」


「ああ、必ず戻るさ。 じゃあ行くぞ、ラサミス」


「お、おう! わかったよ」


 俺は行き先を告げず、店の外に出る兄貴の後を追った。


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