第27話 狂気の魔剣士


「――ハアッ! 我は汝、汝は我。 我が名はメイリン。 ウェルガリアに集う炎の精霊よ、我に力を与えたまえ! ――行けえええぇっ! ……『フレア・ブラスター!!』」


 メイリンが柳眉を限界まで吊り上げ、呪文を詠唱する。

 次の瞬間、緋色の光が迸り、標的目掛けて放たれた。

 だがその前に漆黒の甲冑を纏ったマルクスは指で十字を切り、

 素早く呪文を唱えた。


「――フン、しゃらくさいっ! 我は汝、汝は我。 我が名はマルクス。 竜神ガルガチェアよ、我に力を与えたまえ! ……『シャドウ・ウォール』ッ!!」


 するとマルクスの前方に長方形型の漆黒の壁が生み出される。

 ごおおおん、という轟音を立てながら放たれた緋色の炎が漆黒の壁を呑み込んだ。 

 一瞬、球形に膨れ上がった炎が、たちまち激しい爆発を引き起こす。

 だが漆黒の壁を打ち破るまでには至らず、爆音だけが周囲に空しく鳴り響く。


「ハアハアハアッ……、アイツ! 魔剣士の癖に魔法も一級品よ!」


 呼吸を乱しながら、忌々しそうに呟くメイリン。

 先ほどから放った彼女の魔法は全てあの漆黒の壁に防がれていた。


 既にメイリンの魔力は底を突きかけているが、

 マルクスの魔力は底を見せない。

 五対一という状況だが、正直こちらが劣勢だ。


 兄貴はまだ余力を残しているが、アイラとメイリンは肩で息している。

 魔封が解けたエリスも積極的に回復や支援魔法をかけるが、

 戦局を変えるまでには至らない。


 エリスを護る為に俺は後衛からブーメランやハンドボウガンで

 攻撃するが、まるで当らない。 

 対するマルクスはまだまだ余裕の表情で冷笑を浮かべていた。


「ライル、良い仲間に恵まれたじゃないか。そこの魔法使いの小娘の魔法は

 一級品だよ。俺が禁断の実を食べてなかったら、

 正直俺の魔法では防げなかったかもな」


「!?」


 マルクスの言葉に思わず耳を疑った。

 コイツ、今禁断の実を食べたとぬかしたよな?


 マジかよ、コイツ。 普通自分で食うかよ。 

――まともじゃねえぞ、コイツ。


「……まさかとは思ったが、やはりそうだったか。 だが人の身で禁断の実を食する事は太古から禁忌とされている。 過去に禁断の実を食したヒューマンの王が不老長寿を得た代わりに膨大に生み出される魔力に心身を蝕まれたという逸話もある。 マルクス、お前も同じ徹を踏むぞ」


「……それがどうした?」


 兄貴の言葉に動じるどころか、マルクスは他人事のように答えた。


「……貴様、正気か!? マルクス、お前は狂っている。 お前のやっている事は無差別の破壊行動だ。 他人だけでなく自分も破壊している。 何故だ!何故そうまでして他人を、自分自身を憎むんだ! 理解不能だ。俺には理解できない……」


「ライル。俺は日陰で生まれ、汚水に塗れて生きてきた。 実の親に裏切られ、竜騎士ドラグーンという最後の希望さえもこの手から離れていった。 親に手をかけ、多くの同胞を殺した。 俺の手は血に塗れている。でもお前やドラガン達と過ごした日々は悪くなかった。 だが俺にとってお前は眩しすぎた。 お前が光なら俺は影。 お前と居ると自分が否定されたような気分に陥った。だから俺はお前等を裏切った。そしてお前と戦う事が俺にとって至福の時間なのさ。 俺は……俺はそうする事でしか生きられない男なのさ!」


「……馬鹿げている。だがそれが事実ならせめてもの情けだ。 俺の剣でお前の狂った暴走を止めてやる。 これがお前に送る俺の最後の友情だ」


「ふふふ、ありがとうよ。 感謝するぜ、ライル。 さあ俺を殺してみろ!!」


 マルクスは歪んだ笑みを浮かべて、両手を大きく横に広げた。

 次の瞬間、アイラが猛ダッシュで間合いを詰めて、

 マルクスの前に立ちはだかった。


「貴様のような破滅願望のある男にこれ以上振り回されてたまるか! そんなに死にたければ独りで勝手に死ね! ――ハアアアッ! 『ダブル・ストライク』!」


 怒りに満ちた眼でアイラが得意の二連撃を繰り出した。


「――遅い、アイラ。 お前じゃ俺に勝てん!」


「!?」


 直後、神速で抜刀された漆黒の長剣が、

 迫り来る二連撃を弾き、盛大な火花を散らす。

 剣を抜いたマルクスは無表情で一歩踏み出す。 

 次には両者互いに疾駆し、激突した。


 アイラの繰り出す剣戟も凄い速さだが、マルクスの剣速はそれを余裕で上回る。

 剣の軌道が、剣線とおぼしき無数の斜線が凄まじい速さで刻まれていく。

 黒い影と蒼い影が幾度となく交差して、凄まじい剣戟の音が周囲に響き渡る。


「き、貴様さえいなければ、こんな事態にならなかった。 

 貴様だけは許さん!」


「ほぅ。 想像していたよりやるじゃないか。 だが所詮は女の剣。 俺やライルには遠く及ばん。 いいだろう、貴様に本当の剣技というものを見せてやる。 ハアアアアッ! ――喰らえっ! 『ヴェノムスティンガー』ッ!!」


 技名コールと共にマルクスは両手で握った剣を一直線に振り下ろした。

 すかさず剣で受け止めるアイラだが、「バキン」という音が響き、剣が真っ二つに折れた。 それでも勢いが弱まらないマルクスの剣術スキルが容赦なく繰り出された。


「……うおおおッ!!」


 至近距離でマルクスの一撃を喰らったアイラは蒼い甲冑の胸部を打ち砕かれて、激しく吹き飛んだ。 その勢いのまま地面に叩きつけられ、激しくバウンドして、十五メーレル(約十五メートル)近くも後ろに転がった。 身体を震わせるが、数秒後には動かなくなったアイラ。


 し、信じられん。 

 堅さに定評のある聖騎士パラディンを一撃で戦闘不能にさせるなんてこいつは規格外だ。 この技はもしかして魔剣士の固有技ユニークスキルか? 

 俺は思わず生唾を飲んで、目をしばたたかせた。


「だから云っただろう? お前じゃ物足りないのさ。 大人しくそのまま寝てろ」


 マルクスはヒュンと漆黒の長剣を鳴らす。

 思わず後ずさりする俺とエリスとメイリン。 


 重圧感で胸が爆発しそうだ。

 だが兄貴だけはいささかの動揺も見せず、威風堂々と前に歩み出た。


「……アイラを一撃で倒すとは大したものだ。 だが果たしていつまでその力を保てるかな? 強靭な肉体を持つ竜人といえど禁断の実の毒素にいつまで耐えれるかな? 案外、もう既に禁断症状が出てるんじゃないのか、マルクス」


「ライル、言葉で相手を威嚇するなどお前らしくもない。それとも臆したのか?」


「まさか。例えこの身が朽ち果てようとも貴様を食い止めてみせる。

 だが確かに今のお前は強い。だから俺の全身全霊の力で迎え撃つとしよう。 

 ――ハッ!!」


 兄貴は大きく息を吸い込むと、ジリジリと間合いを詰めて剣を上段に構える。 

 マルクスも双眸に力を込めながら、黒光りする長剣の柄を強く握り締めた。


 彼我の距離は五メーレル程。 

 兄貴の全身から研摩されたような闘気オーラが漲る。

 恐らく今までにない必殺の剣術スキルを繰り出すつもりなんだろう。


 だが竜人という戦闘種族に加え、今のマルクスは禁断の実で

 肉体も魔力も強化されている。 

 もし兄貴の繰り出す必殺の一撃にマルクスが耐えたら、

 必ずその直後に、自身も十八番おはこの剣術スキルで反撃するだろう。 


 聖騎士パラディンのアイラを一撃で仕留めたマルクスの剣技は、

 いくら兄貴といえど、まともに喰らえば危険だろう。


 だが目の前の兄貴は僅かに口の端を持ち上げていた。

 対するマルクスもまるで戦いを愉しむように微笑を浮かべている。


 二人はこの状況下で戦いを愉しんでいる。 正気の沙汰じゃない。 

 だが冒険者として、剣士としての本能が二人の闘争心を

 強く刺激するのであろう。


「――行くぞ、マルクス」


「来い、ライル!」


 二人は互いの名を呼び合い、疾風のように地を蹴った。

 そして兄貴が手にした銀の長剣を大きく前方に突き出して――


「我が最大の剣技を見せてやろう! ――『ロザリオインパルス』ッ!!」


 そう技名をコールすると同時に無数の剣戟が繰り出された。

 瞳を開く俺の前で、兄貴の銀の刃が疾風怒濤の勢いでフルスイングされる。


 銀の刃が大気を唸らせ、十字を描くような軌道で剣線を空に刻み込む。

 だが相対するマルクスも漆黒の長剣を縦横に振るい、

 迫り来る剣戟を受け止める。


 銀の刃で十字の描きながら、

 連撃を繰り出す兄貴と漆黒の長剣で相対するマルクス。 

 お互いに一歩も引かず、凄まじいばかりの剣戟の応酬を繰り広げていた。


 苛烈な剣舞の音が迷宮の最深部に鳴り響く。

 あらゆる物を打ち砕くような力強さと、

 如何なる物でも切り裂く速度の清音。


 銀の刃と漆黒の刃が激突し、円弧を描き、

 金属音と火花を激しく宙に撒き散らす。 

 銀の刃が十字を描いたと思えば、

 漆黒の刃がその十字の剣線を弾き飛ばす。


 兄貴とマルクスの両者が無数の剣を描き、激しい攻防戦を展開する。

 兄貴の十八番おはこの剣技は恐らく数十回を

 軽く越える強力な連続攻撃であろう。


 一撃必殺の強撃も怖いが、無限に繰り出される連続攻撃はもっと怖い。

 一撃一撃の威力も速さもまさに一級品だ。 

 更に技を繰り返すことによって更に威力と速さも増しているように見える。 


 俺なら一撃目で簡単に仕留められているだろう。

 だがその恐ろしいまでの連続攻撃にマルクスは反応して、防いでいる。


「――ハアアアアアアッ!!」


「うおおおおおお……おおおおおおっ――――!!」


 両者の雄叫びが走る。

 二人の剣士が真っ向から衝突して、力と速度の戦いを継続させる。


 兄貴とマルクスは幾度となく互いの位置を入れ替えた。

 二人の両足が草原を踏みつけ、駆け巡り、蹴り抜き、何度も何度も交錯する。


 絡み合う二つの影は止まらない。

 雷光のような剣戟を躱し、躱せない軌道は漆黒の長剣で叩き落す。


 だが延々と続く連撃に流石のマルクスも疲労の色を見せ始めた。

 次第に兄貴の銀の刃がマルクスの漆黒の甲冑を鋭利に切り刻んでいく。

 だが兄貴の攻撃は止まるどころか、更に更に鋭くなり、力も速度も上がる。


「ば、馬鹿なっ!! この俺が押されてるだと!?」


「フン、この技は相手の息の根を止めるまで終わらない。

 お前が死ぬか、俺が死ぬかの二者一択だ。マルクス、

 これがお前の望んでいた限界を超えた死闘だ。だが俺は止まらない。 

 お前を倒すまで止まらない。それが俺に与えられた役割だ!」


 猛禽類のような鋭い双眸でマルクスを睨みつける兄貴。

 その瞳に射止められて、マルクスが焦りと恐怖の色を浮かべ始めた。


 次第にマルクスの反応が鈍くなる。 

 だが兄貴の剣速は休まる事無く鋭さを増していく。


 漆黒の甲冑を切りつけ、蜂蜜色の髪が空中に散る中、

 兄貴は後退するマルクスを追い詰めるように

 延々と剣線で十字を描きながら、前進する。


 十字を描く剣線がマルクスの頬を、脇腹を、両肩をを

 小刻みに切り刻み、気がつけば全身が擦り傷だらけになっていく。 

 そのテンポはドンドンと早まり、早まる振り子のような動きで

 ひたすら標的を斬りつける。 終わる事のない連続攻撃。 


 そして精度も速度もドンドン正確になってくる。

 急いでターン、更にサイドステップ、バックステップするマルクス。

 だが即座に間合いをぜろにする兄貴の鋭い踏み込み。


「し、しつこいんだよ! この野郎っ! 『シャドウボルト』!!」


 遂に痺れを切らしたマルクスが左腕を前方に突き出し、呪文を詠唱した。

 漆黒の波動がマルクスの左腕から生み出されて、前方目掛けて放たれた。


 だが下級魔法に加え、呪文の詠唱を最小限にしている為か、

 兄貴が銀の刃を前にして不動の構えをすると、

 炸裂音と爆音こそしたものの、兄貴をわずかに後退させただけであった。 


 呪文耐性の高い魔法の軽鎧ライトアーマーに加え、

 高い対魔防御を誇るブレードマスターの前では、

 初級魔法ぐらい程度では掠り傷程度しか負わないようだ。


 だがマルクスは狂ったように闇雲に魔法を行使し続ける。

 撃つ。 撃つ。 狂ったように「シャドウボルト」と連呼するマルクス。


 漆黒の波動が兄貴の肉体を何度も何度も刺し貫き、爆炎を生み出す。

 そして休む事無くまた連射される。 

 流石の兄貴でもこれでは身動きが取れない。


「はぁ、はぁっ、はっ…………」


 マルクスが肩で呼吸を切らしながら、ゆっくりと後ろに後ずさる。

 だが黒い煙が消え失せると、不動の構えで立ち尽くす兄貴の姿があった。


 兄貴の紅い魔法の軽鎧ライトアーマーからプスプスと煙が生じているが、

 顔をややすすだらけにした以外はこれといってダメージを受けてないようだ。 


「――この程度では俺は止まらんよ。 無駄に魔力を浪費するだけだぞ?」


「――クソッ! ならばこれならどうだ! 我は汝、汝は我。 

 我が名はマルクス。  竜神ガルガチェアよ、我に力を与えたまえ! 

 ……『ダークネス・ストリーム』ッ!!」


 と、マルクスが叫ぶように呪文を詠唱すると、

 兄貴の周囲の大気が激しく揺れた。

 そして風が生まれ、風がうねり、竜巻状に激しく嵐のように大気を切り裂いた。


 生み出された漆黒の竜巻は兄貴を乱暴に包み込もうと、暴力的に渦巻く。

 その危険性を看破した兄貴は即座にその場から逃げ出す。 


 いくらなんでもこのクラスの魔法を喰らえば、無傷では済まない。 

 兄貴は身を低くして呪文詠唱者であるマルクス目掛けて突進する。 


 なるほどこうして傍に接近すれば、

 マルクスとしても途中で魔法の発動を解除せざるをえない。 

 この短時間でこの判断力。 流石兄貴というべきか。


 バリバリバリ、バリバリバリ!!


 激しい轟音と共に兄貴の背後から竜巻が迫って来る。

 だが疾風のような速度で地を蹴り、マルクスに迫る兄貴。


 兄貴は剣の柄を握る両腕を大きく引き絞り、マルクスに狙いを定める。

 マルクスも腰をどっしりと据えて、漆黒の長剣を大きく振り上げて――


「……俺も最強の剣技でお前を迎え撃とう。 ――行くぞ、ライル!

 我が最大の剣技を喰らうがいい! 

 ハアアアッ……『ナイトメア・ストライク』!!」


 銀と漆黒の閃光が交差する。

 十字を刻むように素早く振り下ろされた銀の刃。

 そして次の瞬間、マルクスの漆黒の甲冑の胸部に大きな十字架が刻まれた。


「ぐはあっっ!!」


 鋼を彷彿させるマルクスの胸部から鮮血が飛び散り、

 地面をまだら模様に彩る。

 だがマルクスは吐血しながらも、歯を食い縛り超人的な精神力で意識を保った。


「はあああああああああっ……この瞬間を待っていたあああぁぁぁっ!!」


 龍のような咆哮を上げて、マルクスが漆黒の長剣を両手に斬りかかった。

 そして技を放って一瞬無防備になった兄貴に目掛けて、渾身の強撃を放った。


 漆黒の長剣が縦横無尽に走り抜け、紅い魔法の軽鎧ライトアーマー

 破砕音と共に粉微塵に打ち砕かれて、

 兄貴が物凄い勢いで後方に十メーレルくらい吹っ飛んだ。

 それを待ちわびていたように、漆黒の竜巻が兄貴を呑み込んだ。



「し、しまったあああああああっっ――――――!?」


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