第26話 ライル対マルクス


「――来い、ライル!」


「――行くぞ、マルクス!」


 そして次の瞬間、兄貴の銀の長剣が、

 目の覚める勢いでマルクスに叩き込まれた。 

 だが、マルクスも素早く漆黒の長剣を翻して、銀の刃を受け止める。 


 硬質な金属音が響き渡る。 

 二人は息のつく間もなく、一合二合と切り結んだ。


 剣戟による飛び散る火花が、迷宮の最深部に鮮烈ないろどりを添える。

 マルクスの斬撃を兄貴が受け止める。 兄貴の一撃をマルクスが躱す。


「――やるな、流石はライルだ!」


「ふん、貴様こそ魔剣士の名に恥じない剣だ。 ――だが勝つのは俺だ!」


「ふっ、ブレードマスターの実力を見せてもらおう!」


 再び二人の剣が交錯する。 


「ウオオオオオオッ――――――」


 剣を切り結びながら、二人は距離を取り、更にもう一度距離を詰め合う。 

 兄貴から切り込んで、お互い互角の剣線が交差する。 


 上下に激しい剣線が駆け巡り、硬質な金属音と火花が飛び交う。 

 剣の勢いでは兄貴が若干マルクスを上回っているようだ。


 マルクスが後退しながら兄貴の剣を完全に受け流す。 

 無駄な力のない流れるような動作。 

 だが間髪入れず、兄貴の剣線が繰り出される。 


 兄貴の攻撃、マルクスの防御。

 刃鳴りが重なり、旋風が巻き起こる。 

 その中を閃光のような刃が幾度も交錯する。


「――スゲえ……これが上級職の実力なのか!?」


 俺は目を大きく見開いて、思わずそう呟いた。

 鋭い剣線、両者の気迫と剣技。 何もかもが常人離れしている。 

 圧倒的な力だ。


「わ、私も驚いている。 正直ライルの力がこれ程だとは思わなかった」


 と、アイラも驚いている。


「拙者もだ。 二人の実力は知ってるつもりだったが、これ程とはな……」


 ドラガンも感心したようにそう言った。


「流石ライルさん! そのまま倒しちゃえ!」


 と、メイリンもエリスを護りながら声援を送る。


「ハアアアアアアアアアッ――――――――」


 兄貴が獣のような咆哮をあげた。 

 兄貴は猛然と地を蹴り、全身全霊の力を持って、鬼神の如く剣を振るう。 


 だが相変わらずマルクスも冷静に剣を捌く。 

 強引な攻めに歯軋りしながらも、兄貴の繰り出す剣を

 必死に払い、受け流し、受け止めて弾き返す。


 斬撃による金属音と火花を散らしながら両者は剣を斬り結ぶ。

 兄貴が攻めて、マルクスが守るという流れに変化はない。

 だが先ほどまでに比べて、兄貴の放つ剣は更に鋭さを増している気がする。


「クッ……なんて鋭い剣だ。 ――このままではらちが明かない」


 マルクスは必死に剣で捌きながら、体勢を立て直すために一端距離を取った。

 それと同時に兄貴がすかさず、頭を低くして突貫する。

 マルクスは「クッ」と顔を歪めながら、すぐさま漆黒の長剣を構える。


「うおおおおおおおおっ――――――」


 二人は獣のような雄叫びをあげて、再び斬り合う。

 剣と剣が、耳障りな硬質音を立てて、

 切り結び、火花を散らして、また離れる。


 幾度目かに切り結んだ時、兄貴とマルクスは、

 剣を押し合いながら間近で睨み合う。 

 マルクスは、ふいに双眸を細めて、「ふっ」と笑って囁いた。


「――やるな、俺の想像していた以上だ。 ――単純な剣技では互角といったところか。 だがお互いスキルと魔法をまだ使っていない。 本当の戦いはこれからさ、ふふふ」


「……そうだな。 そろそろ本気で行くとするか」


「ふっ……望むところさ」


 周囲でこの戦いを見守る俺とドラガン、アイラも息を呑んで静観する。

 だが目の前のダニエルがコキコキと首を鳴らして、一歩前へ踏み出す。


「これ以上観戦していても仕方ないだろう。

 こっちはこっちで始めようじゃないか」


「それもそうだな。 三対一だが悪く思うなよ」


 と、ドラガンが刺突剣に手をかけた。


「ふふふ、ちょうどいいハンデさ。 遠慮せずかかって来るがいい」


 余裕の表情でダニエルは鍵爪状の刃を構える。

 前列にドラガンとアイラ、その後ろに俺が待機して、

 ジリジリと間合いを詰める。


「――行くぞ!! 我は汝、汝は我。 我が名はドラガン。 

 猫神ニャレスよ、我らに力を与えたまえ! 

『フレイム・フォース』ッッ!!」


 そう呪文を詠唱すると、火炎属性のフォースが

 ドラガンの刺突剣の切っ先を覆う。 

 そして俺の銀の戦斧、アイラの片手剣、兄貴の長剣にも炎のフォースが宿る。

 火炎属性の力が宿った事を悟ると、アイラが果敢に前へ出た。


「ハアアアッ……『鉄壁アイアンウォール』ッ!!」


 アイラが颯爽とスキル名を叫びながら、

 剣と盾を構えながらダニエルに肉薄する。

 『鉄壁アイアンウォール』は自身の攻撃力を下げる代わりに、

 防御力を飛躍的に向上させる職業能力ジョブ・アビリティだ。 


 ただですら堅い聖騎士パラディンを不動の防御役タンク

 押し上げる職業ジョブを象徴する戦闘スキルである。


 至近距離でダニエルと斬り合うアイラ。 

 だがダニエルも冷静さを失わない。

 攻撃力が低下しているアイラの一撃、一撃を丁寧に受け止め、冷静に対処する。


 三対一なのに物怖じしないところは敵ながら賞賛に値する。 

 次第に押し込まれるアイラに加勢するようにドラガンも戦列に加わった。


 ドラガンは軽快なステップを踏み、踊り子のように華麗に舞い始めた。 

 ダニエルの鍵爪状の刃を上下左右に動きながら、軽快に躱すドラガン。

 そして地を疾走する山猫のように駆け抜けて、雷光のような剣戟を繰り出す。


「――『ダンシング・ドライバー』ッ!!」


 ドラガンの必殺技が鋭い回転を伴い、ダニエル目掛けて繰り出される。

 カキン、カキン、カキン。 ダニエルは鍵爪状の刃でドラガンの突きを弾き、払うが、全てを防ぐには到らず、火炎属性を伴った回転突きで右脇腹を抉られた。


 思わず「ぐっ」と苦悶の表情を浮かべるダニエル。

 先ほどの戦いで兄貴の剣戟のダメージも残っているだろう。


 ――ここは攻めるべき!

 だがダニエルは口角を吊り上げて、余裕たっぷりに嗤った。


「ふっ、猫族ニャーマンにしてはなかなかの使い手だな。 

 だが所詮猫は猫。 俺達エルフの敵ではない。 

 猫は大人しく家に帰り、魔タタビでも嗅いでな」


「云うじゃないか。 ならば猫族ニャーマンの底力を見せてくれよう!」


 身長六十セレチ(約六十センチ)のドラガンに対して、

 ダニエルは175前後。 三倍近く差がある。

 その体格差はヒューマンの子供と大人以上の差だ。 

 力では勝負にならない。


 ならば瞬発力とスピードで上回るしかない。 

 それを悟ったのか、ドラガンは首にかけた小瓶の蓋を

 空けて、クンクンと嗅ぎだした。 

 すると酩酊したようにドラガンがフラフラと千鳥足になる。 

 確かあの中に魔タタビの香りが詰まってるんだよな。 


 だがしばらくするとドラガンの発する魔力が飛躍的に跳ね上がった。


「リクエスト通り魔タタビを嗅いだニャ。 

 ニャヘヘ、漲ってきたああああああっ!!」


 するとドラガンがトランスしたように恍惚な表情を浮かべてた。

 そして、獣のように大きく口を開けて「シャアアアアアアッ」と威嚇する。

 ドラガンの魔力が凄い勢いで上がっていく。 

 ドラガンの周囲の大気が震える。


「ラサミス、私と二人でドラガンをサポートするぞ! 

 ああなったドラガンは暴走状態に近い。 

 くれぐれも巻き込まれないように気をつけるんだ!」


「あ、ああ……わかった」


 アイラの言葉に頷きながら、俺も銀の戦斧を構える。


「ニャニャニャニャアアアッ……ニャオーンッ!!」


 ドラガンが猛り狂ったように吼えて、鬼気迫る表情でダニエルに斬りかかる。

 それは獲物を狩る肉食獣のように、野蛮で獰猛な連続攻撃だった。


 縦横無尽に火炎属性を帯びた刺突剣を強引に振るい、

 ダニエルを攻め立てる。

 最初は余裕の表情を浮かべていたダニエルだが、

 次第にその表情に焦りが浮かぶ。


「ニャニャニャニャッ! ホレ、ホレ、ホレ、ホレエエエッ!!」


 下段から中段、中段から下段、中段から上段へと

 怒涛の勢いで斬り込むドラガン。

 その目まぐるしい連続攻撃を両手の鍵爪でガードするが、

 押され始めたダニエル。


「――調子に乗るんじゃねえ、クソ猫がああああああっ!!」


「――ニャアアアアアアッ!!」


 二つの気勢が迷宮内に音高く響き、双方が攻撃を繰り出す。

 ダニエルが空を裂くように鍵爪を水平に振るうが、

 身を屈めてドラガンが避ける。


 ドラガンが懐に入った。 

 だがそれと同時にダニエルも膝を折り曲げて右足を前に突き出す。 

 渾身の膝蹴りでドラガンの顔面に照準を合わせる。


 このままカウンター気味に膝蹴りを喰らえばドラガンといえどヤバい!

 虚弱な猫族ニャーマンでは最悪死の危険性もある。 


「ド、ドラガン! よ、避けろおおおおおおっ――――!!」


 俺は思わず声を上げて、叫んだ。

 だが当のドラガンは機敏な動きで即座にバックステップ。 

 更にサイドステップ!


 流れるような動作で膝蹴りを躱すドラガン。 

 余裕ありげに「タタン」とステップを踏む。 

 そして無防備になったダニエル目掛けて――


「――『ピアシング・ドライバー』ッ!!」


 技名コールと共に抉りこむように鋭い突きを連続して繰り出す。


「ぐ、ぐぐぐ……ごべはああああああっ――――!!」


 一撃目に右大腿部を抉り、二撃目に右脇腹を打ち抜いた。

 ダニエルが身体を九の字にして悶え苦しみ、喘いだ。

 そして止めを刺すべく、ドラガンが身を低くして前進する。


「シャアアアアアアッ――――!!」


 ドラガンが再度吼えた。

 大きくジャンプして刺突剣の切っ先をダニエルの眉間に向けた。


 この至近距離でスキルを繰り出したら、いかに体格差があろうと関係ない。

 決まれば一撃で勝負がつく。 ――はずであった。


 だがダニエルは大腿部から出血しながら、上半身を後ろにそらす。

 そして左腕を大きく振り上げて――


「ハアハアッ……貴様は猫族ニャーマンにしてはよくやった。 

 だがこの俺を本気にさせた! ――死ねえええぇぇぇっ! 

 『ライガークロー』ッッ!!」


 技名をコールすると同時に閃光のような速さで、鍵爪状の刃が空を裂く。

 縦横に、水平に、疾風怒濤の勢いで繰り出される鍵爪の上級スキル。


 無防備になったドラガンはまともに直撃を受けて、

 その蒼いスーツをボロボロに引き裂かれて、

 後方に吹っ飛び背中から地面に倒れた。 

 ピクピクと痙攣するドラガン。


「ま、まずい! ラサミス。 今すぐヒールしろ。 奴は私が食い止める!」


「わ、わかった!  わ、我は汝、汝は我。 我が名はラサミス。 

 レディスの加護のもとに……『ヒール』!!」


「うおおおおおおっ――――――!!」


 アイラが雄叫びを上げて、鉄の盾を前にして突貫する。

 その間に俺はヒールをかけるが、ドラガンは相変わらず地面で痙攣している。


 俺の低い回復魔力では効果が薄いのか、癒す力が弱いようだ。

 仕方なくドラガンの許に駆け寄り、

 右手で直接ドラガンの身体に触れて再びヒールする。


 こうすれば直接癒しの光を送れ、回復効果も上がる。 

 緊急時における治療法だ。

 だが相変わらずドラガンは白目を剥いて、口から吐血している。


「ニャ……ニャニャ……我が猫生びょうせいに……悔いな……し」


「ヤ、ヤベえ! 辞世の句らしき言葉を口にしてるよ!?」


「ラ、ラサミス。 回復薬ポーションをドラさんに飲ませて!」


 慌てる俺に後ろからエリスが回復薬ポーションを投げ渡してきた。

 それを空中でキャッチすると、

 蓋を開けてドラガンの口元に運び中身を飲ませた。 

 ごく、ごく、ごくと強引に回復薬ポーションを飲ませると――


「ニャ……ニャ……気持ちいい気分だニャ……すやすやすや」


 と、呟きながら、ドラガンが寝息を立てて眠り始めた。

 こ、これで大丈夫なのか? というかこの状況で寝てるよこの御方!


 もしかして魔タタビの副作用か? ……いずれにせよ、只者じゃないな。

 俺はボロボロになったドラガンを両手で抱えて、エリス達の所まで運んだ。

 エリスとメイリンも心配そうにドラガンを見たが――


「コレ……魔タタビ酔いで熟睡してるわ。 ……多分大丈夫よ」


「マジッスか!? この状況で熟睡とはドラさん、パネえ!」


「ふぅ。 とりあえず二人で様子みてやってくれ。 俺はアイラの加勢をする!」


「ラ、ラサミス! 無理しないでねぇ!!」


 エリスの言葉に俺はニッカリと笑い、再び戦斧を手にして前線に戻る。

 正直無理せず勝てる相手とも思えん。 


 兄貴とマルクスの戦いも膠着状態のようだ。

 ここで俺が踏ん張らなくちゃ戦線は瓦解する。 

 だからここが勝負の分かれ目だ!


「うおおおおおおっ……アイラ、加勢するぜ!」


「ラサミス、助かる! 二人でコイツを食い止めるぞ!」


 俺は雄叫びを上げながら、手にした銀の戦斧を斜めに振り下ろした。


「フン! さっきの狂犬野郎か! 上等だ、相手してやる!」


 ガキンッ! 鍵爪状の刃で銀の戦斧を払うダニエル。 

 だが腹部と右足を負傷してる為か、その表情は冴えない。 

 ならば徹底して下半身を狙っていく。 


「アイラ、足を狙え、足を! あの傷ではそう長くは持たないはずだ!」


「――了解だ。 行くぞ、『ダブル・ストライク』!」


 技名をコールすると同時にアイラが強力な二連撃を繰り出した。

 一発目は鍵爪で弾かれたが、二発目でダニエルの右肩を抉った。


 黒装束が切り裂かれ、ダニエルの右肩から鮮血が飛び散る。

 ダニエルが「うぐっ!」と唸って後ろに後退する。 

 ――効いている、効いている。


「――たたみかけるぞ!」


 と、俺は叫んで戦斧を振り上げて、前進する。

 そこからは強引に乱打ラッシュ乱打ラッシュ乱打ラッシュ乱打ラッシュの連打。 

 力任せに銀の戦斧を縦横に振り回して、ひたすら乱打ラッシュ


 ダニエルも歯を食い縛りながら、

 俺の乱打を弾き、払い、躱すがその表情に余裕はない。

 更に隙を見ては負傷した右足にローキックをお見舞いする。 


 ローキックが決まる度にダニエルが「うっ」と悲鳴を漏らす。 

 もうそろそろ足が限界だろう。 

 でも容赦はしない。 くたばるまで止めない!


「……こ、この野郎! 舐めやがって……ぶっ殺す! 『ライガー……』」


「――させるかあ! 『鉄壁アイアンウォール』ッ!!」


 ダニエルが技名をコールする前にアイラが俺の前に出て

鉄壁アイアンウォール』を発動する。 

 抉り込むように縦横、水平にダニエルの鍵爪スキルが繰り出される。


 だがドラガンに喰らわせた時のような勢いはない。 

 ガン、ガン、ガン! 盾を前にしてダニエルの乱撃に耐えるアイラ。


 だがダニエルも必死だ。 

 目を大きく見開き、狂ったように『ライガークロー』の連打を止めない。 

 アイラの鉄の盾が殴打、無残に引っかかれて次第にボロボロになる。


 だがアイラも攻撃に耐えながら不動の構えを解かない。

 十五秒程、壮絶な攻防が繰り広げられたが、とうとうアイラが粘り勝った。

 そして疲労困憊で呆然と立ち尽くすダニエル目掛けて――


「――『シールド・ストライク』ッ!!」


 ボロボロになった盾でダニエルを殴打、殴打、殴打、殴打の嵐。

 次第にダニエルの顔がボコボコと腫れ上がり、目の焦点も合わなくなる。

 そしてアイラはその華麗な金髪を翻して――


「――とどめだ! 『ダブル・ストライク』!」


 再び強力な二連撃を繰り出した。

 一発目で胸部を切り裂き、二発目でダニエルの首を水平に切り裂いた。


「――ぐあぁっ……!」


 声にならない声をあげてダニエルは首を押さえながら、悶絶する。

 大きく開かれた目は白目となり、

 その首筋から噴水のように赤い鮮血がだらりと流れる。

 

 そして口をパクパク開きながら、

 前のめりに地面に倒れて数秒後に動かなくなった。 

 返り血を浴びたアイラは甲冑の篭手で血を拭い、呼吸を整える。


「……ハアハア、これでエリスの魔封も解けたはず。 

 残りはマルクス一人。 全員で奴を食い止めるぞ。

 ラサミス、エリス、メイリン! ライルに加勢をするぞ!」


「おう!」「はい!」「はいッス!」


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