第25話 迷宮の最深部


「ブグウウウゥゥゥッ――――――――!!」


 銀の閃光が走り、頭の天辺から股下まで一直線に刻まれた剣線に、豚頭のモンスター『オーク』は絶叫しながら、地面に倒れ伏せた。


 黄色い肌に豚頭。 革製の防具を上下に装備しており、手には棍棒などの鈍器を持つ身長二メーレル(約二メートル)を越す大型級のモンスター。 ゴブリンやコボルトと違い中級クラスの強さを持ち、オークを倒せるかどうかが、脱初心者、中堅冒険者の分かれ目と言われている。


 だがそのオークも兄貴やドラガン、アイラの手にかかれば雑魚として葬られる。

 凄まじい剣戟を放った兄貴は、銀の長剣を軽く振り、切っ先を地に下ろす。

 俺達の周囲には様々なモンスターの亡骸が横たわっていた。


 敵の死霊使いネクロマンサーを倒した為か、最深部五階層には不死生物アンデットは現れなかったが、オークをはじめ、キラービートル、ジャイアント・ビーなどの中級モンスターが徘徊しており、俺達は最低限の戦闘を繰り返しながら、先へ進んだ。


 だがどうやら迷路の到る所でモンスターを引き寄せる樹液か、何かが塗られていたようで、一度戦闘すると他の場所からモンスターが駆けつけてきた。 


 連戦に次ぐ連戦。


 エリスが魔封状態の為、メイリンとアイラが彼女を護り、俺が回復役ヒーラー兼サポート役。 兄貴とドラガンが攻撃役アタッカーを務め、次々と沸いてくるモンスターを撃退。 結果、死屍累々と周囲に散らばるモンスターの亡骸だけが残った。


「……そろそろ最深部だな。 マルクスは強いぞ。 奴は魔剣を自由自在に操り、暗黒魔法にも長けている。 俺と同等か、あるいは俺以上の剣士と思って戦え!」


 兄貴はモンスターの墓標の中心で、

 銀の長剣を鞘に収めて俺達の所に近づいてきた。 

 

 その時、上空から「ブーン、ブーン」と羽音を鳴らしながら

 巨大蜂『ジャイアント・ビー』が降下してきた。 

 こいつは通常の蜂より数倍デカい上に強力な毒性を持ち、

 刺されると強い麻痺症状が出るので、冒険者泣かせのモンスターだ。


 兄貴が振り返り、再び鞘に手をかけるが、

 その前に俺がハンドボーガンを構えて巨大蜂向けて矢を発射する。

 

 一発目で羽を打ち抜き、片羽を失った巨大蜂はバランスを失う。

 そこから俺は猛然とダッシュして、銀の戦斧を振り上げて――


『――喰らえ! 『兜割り』っ!!』


 と、スキル名を叫んで、巨大蜂を頭部を叩き潰した。

 頭部が砕かれた巨大蜂は力なく地面に倒れて、

 ピクピクと痙攣して絶命する。


「――やるじゃん、ラサミス! 見事な速攻だったわよ!」


「うん、見事な動きだったわ。 凄いわ、ラサミス」


「いやぁ。 兄貴達の戦いに触発されてね。 ちょい張り切りました」


 メイリンとエリスに褒められて、後頭部を掻いて照れ笑いする俺。


「……助かったよ、ラサミス。 この旅の間でお前はどんどん成長しているぞ」


「そ、そうかな? ん? あっ、レベルが上がったみたいだ」


 兄貴の言葉に少々照れくさい思いをしながら、冒険者の証に目を通す。

 レンジャーのレベルがレベル23に上がっている。 

 スキルポイントが四加算されていた。


 一応俺も何匹かモンスターを倒したから、

 いつの間にかレベルが上がった模様。

 さて、加算されたスキルポイントを何に割り振ろうかな?

 と、俺が思案していると、


「レンジャーなら投擲スキルに振るのも有りだぞ。 さっきのあの女死霊使いネクロマンサーへの一投は見事だった。 アレがなかったら、俺も危なかった。 お前は自分の事を器用貧乏と嘆いていたが、充分に戦力になってる。 ――だから自信を持て!」


「あ、ありがとう、兄貴。 そ、それじゃ投擲スキルに振るよ」

 兄貴の言葉に従い、投擲スキルに四ポイント全部割り振った。

 すると投擲スキル『軌道変化』を習得。


 確か一度だけ投擲の軌道を変化できるスキルだ。 

 これは使えるスキルかもしれない。


「……そろそろ最深部だ。 皆、準備はいいな?」


 と、言いながらニャーグル越しに前方を見据えるドラガン。

 俺達は目でドラガンに合図をして、迷宮内の奥へと進んだ。


 しばらく進むと目の前には長い回廊があり、今までと違う景色と地形が見えた。

 五メーレル程度だった天井の高さが、少なく見ても十五メーレルはある。


 迷宮の壁面や床にも苔が生えており、長い回廊を越えると地面も短い草の生えた草原のような風景になっていた。 そしてその草原の中央に肌越しでもわかる強い魔力が帯びていた。 


 魔力が強すぎて、霧のように白いもやとなっている。 

 それでも俺達は足を止める事なく前へ前へ進んだ。 

 すると視界が開け、前方の光景が目に飛び込んできた。


 草原の中央部分には何やら強い魔力を帯びた大きな円陣があり、その中心部に腰掛ける漆黒の甲冑を着込んだ褐色の肌の男が居た。 男の頭部に二本の角が生えている。 ――竜人りゅうじんだ!


 ――間違いない、この男がマルクスだ。


 俺達の視線に気付いたマルクスと思われる男はニヤリと微笑を浮かべた。


「――待っていたよ。 思ったより時間がかかったな」


 その声はまるで仲間に語りかけるような温和な口調であった。

 だが兄貴やドラガン、アイラ達の表情は自然と強張る。


「……マルクス! 貴様の下らない企みももう終わりだ!」


 と、アイラがいきり立ちながら、怒声を飛ばす。


「……アイラ。 俺はお前に興味はない。 だからお前はもう喋るな」


 マルクスはアイラに目線すら合わせない。

 「なっ」と呻き、アイラは一瞬呆然とするが、すぐに我に返り右拳を握り締める。 だが兄貴が制するようにアイラの前へ出て、視線をマルクスに向ける。


「……お前の目的は俺か?」


 と、低い声で問う兄貴。

 その言葉にマルクスは「ククク」と笑い、その場で立ち上がった。

 そしてその鋭い双眸を兄貴に向けて、淡々と語りだした。


「なあ、ライル。 なんでこんな場所に禁断の実グノシア・フルーツがなっていたかわかるか? この魔結界は大昔に設置されたものだ。 この最深部の地下に眠る物を護る為に作られた強力な結界さ。 これは俺の勘だが、この最深部の地下にはまだ隠された秘密がある。 いうならこの迷宮はその秘密を護る為に作られたのかもしれん」


 兄貴はマルクスの言葉に無言で耳を傾けている。


「……その秘密がわかるか? わからんだろうな、なにせこの迷宮は猫族ニャーマンが誕生する以前から存在する。 そしてこの結界は猫族ニャーマンではなく、ヒューマンが大昔に設置したものだ。 そしてそのヒューマンが人目に触れぬように隠したかった物がこの地下に眠っている。 ……それが何かわかるか、ライル?」


「……わからんな。 是非賢い貴様にご教授してもらいたい」


「……恐らくこの地下に世界樹が眠っている」


「……世界樹だと!?」


 マルクスの言葉に思わず声を上げる兄貴。

 その言葉に兄貴だけでなく、俺達も思わず固唾を呑んだ。


 世界樹。


 それは世界の中心に存在すると云われ、その葉で死人を生き返らせる事ができるといわれる伝説の巨木。 だが現代のウェルガリアにおいて世界樹の存在は明らかにされていない。 少なくともこの広いウェルガリア全土を見渡しても、世界樹に該当する存在はない。


 しかしもし本当に世界樹なら知性の実グノシア・フルーツが実るのも頷ける。 レディス教の経典でもヒューマンが世界樹になる知性の実グノシア・フルーツを食した事で、知性を得て楽園から追放されたという記述がある。


 もちろん全ては憶測である。 

 だが現に知性の実グノシア・フルーツがこの場に存在する。 

 更にはこのニャルララ迷宮はちょうど世界の中心地点にある。


 あながちマルクスの云う事が法螺ほら話だとは思えない。

 だがもし本当に世界樹がこの地下に眠っているとなると、大問題だ。


 死者を生き返らせるという世界樹の葉の話が本当ならば、

 四大種族がこぞって世界樹を巡って争うだろう。 


 これは神の遺産ディバイン・レガシーどころの話じゃない。

 このウェルガリア全土の歴史を変えかねない存在だ。


「……正直俄かには信じがたい話だな。 ……全ては貴様の憶測だろ?」


 憮然とした表情でマルクスを一瞥する兄貴。


「まぁな。 だが現に過去の遺物とされた知性の実グノシア・フルーツがこの場で採取された。 それは動かぬ事実だ。 既にエルフ、猫族ニャーマンもこの事実を知っている。 大切なのは本当に世界樹が存在する事でなく、各種族がこの世界のパワーバランスを変える可能性があると認知する事だ。 その可能性さえあれば人はいともたやすく悪魔に魂を売る。 ヒューマン、エルフ、竜人だけでなく、猫族ニャーマンさえその可能性を前にすれば、どう転ぶか分からない。 違うか?」


 マルクスの問いに兄貴は沈黙したままだ。

 正直いってこの事実が知れ渡れば、

 マルクスの云うとおりになる可能性は大きい。


「ふっ、否定できんよな。 良くも悪くも俺達は人の汚い部分を見て生きてきた。 だからこそお前等はせっかく見つけた禁断の実を黙って所有したり、売却せずに依頼主に報告したんだろ? 正直俺達の冒険者の出る幕じゃない。 それにその方が楽だ」


「……何が言いたいんだ、お前は?」


「要するにこのニャルララ迷宮はウェルガリアの火薬庫という事さ。 

 火種一つで大爆発しかねん脆くあやうい存在さ。 

 さぁ、ライル。 この事実を知ってお前はどうする? ――言ってみろよ?」


 マルクスは何処か芝居がかった口調でそう告げた。

 だが兄貴は眉一つ動かさず、冷然と言い放った。


「――まだるっこしいぞ、マルクス。 要する貴様は世界中に悪意をばら撒きたいのだろ? ならば俺は――俺達は全力でそれを阻止する。 貴様がどういうつもりかしらんが、そんな馬鹿げた遊びに付き合うつもりはない。 だから――」


 そう言って兄貴は鞘から銀の長剣を抜剣して、切っ先をマルクスに向けた。


「――剣士なら剣で語れ!」


 するとその言葉にマルクスが満足したように頷いた。


「ふふふ、お前らしいよ、ライル。 俺はそういうお前が羨ましくもあり、妬ましかった。 お前やドラガンは何処までも真っ直ぐだ。 だが俺は違う。 俺は地を這い、泥水を啜って生きてきた。 だがそんな俺でも、そんな人生でも正面から否定されたくはないんだよ。 もちろんお前等の方が正しいし、俺の方が歪んでるんだろう。 でもどうしようもないのさ。 だから俺はこうしてお前と戦いたかった……」


 マルクスも鞘に手をかけて、漆黒の長剣を抜剣する。

 剣身一メーレル(約一メートル)はゆうに超す長剣だ。 


 もしかしたら魔剣の類かもしれない。

 その黒光りする長剣を手にしながら、マルクスが摺り足で間合いを詰める。


「ライル、一騎打ちでいいのか? なんなら六人全員でかかってきてもいいぞ」


「……お前が一騎打ちを望むんだろう? せめてそれぐらいの要望は応えてやる」


「ふふふ、流石元仲間だ。 俺の性格をよくわかってるじゃないか」


「もっともかないそうにないなら、全員で貴様らを叩き潰す。 

 これは決闘ではない。 貴様の狂った凶行を止める為の戦いだ。 

 だから恥も外聞も捨てて、貴様を倒す」


「それが賢明だな。 ――ダニエル! お前はドラガン達の相手をしてやれ!」


 後ろに振り返り、そう口にするマルクス。

 すると数秒ほどすると、隠形ステルスのスキルを解除したダニエルが現れた。


「……やれやれ、アンタがその男と戦っている隙に何人か減らそうと

 思ってたんだがな。 まあ雇用者の要望なら仕方あるまい。 

 残りは俺が引き受けよう」


 肩を竦めてダニエルはおどけると、右手の鍵爪状の刃を

 軽く一、二回振り、ゆっくりした歩調でこちらに近づいてきた。 

 それと同時にドラガンが前に歩み寄る。


「アイラ、ラサミス! 拙者達三人でこの暗殺者アサシンを倒すぞ。 

 メイリンはエリスを護りながら、後方支援を頼む!」


「いいわ!」「了解」「了解ッス!」


 ジリジリと間合いを詰める俺達だが、その前に兄貴達の戦いが始まった。

 やや水がさされた感じで、俺達は兄貴達の戦いに思わず刮目かつもくする。

 目の前のダニエルも二人の戦いに興味があるのか、視線をそちらに向けている。


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