第24話 ニャルララ迷宮(後編)


「我は汝、汝は我。 我が名はエリス。 レディスの加護のもとに

 ――彷徨う魂に安らぎを! 『セイクリッド・レクイエム』!!」


 彷徨う不死生物アンデットを、眩い光を放って広範囲に渡り浄化するエリス。

 先ほどから俺達は連戦に連戦を重ね、

 かなりの数の不死生物アンデットを浄化していた。

 

 その戦いの殆どが不死生物アンデットとの戦いであり、

 改めて僧侶プリーストの有り難味を痛感した。 

 神聖魔法万歳。 僧侶プリースト様々って感じだ。


 だが流石のエリスも疲労の色を隠せない。

 白い法衣の袖で額の汗を拭いながら、魔力回復薬マジックポーションを飲むエリス。

 魔力回復薬マジックポーションのストックにはまだ余裕があるが、

 正直、不死生物アンデットとの戦いがここまで大変だとは思わなかった。


「……エリス、大丈夫か?」


「だ、大丈夫よ。 このくらい何ともないわ」


 俺の言葉にニッコリと微笑むエリス。

 だけど幼馴染の俺には分かる。

 彼女がこう言う時は結構無理してるという事を。


「……すまんな。 無理させてしまって」


「だ、だから平気だってば! 私、本当に無理してないからね!」


 こちらが気遣えば、更にこちらを気遣うのがエリスという女の子だ。

 だからここはあえて彼女に頼るしかない。 

 それが少々申し訳ない気分になる。


 その後も順調に迷宮を進み、俺達は長い階段を降りて、第四階層に辿り着いた。

 最終階層は五階。 ならば間違いなくこの四階層でも敵との交戦がある筈だ。


 あの女死霊使いネクロマンサー以外にどんな敵が待ち受けているのか。

 俺は乾いた唇を舌で舐める。


「……四階層か。 俺がマルクスならここに仲間を配置して、仕掛けさせるな」


「そうだな。 こちらは六人、相手にしてみれば一人でも多く仕留めたいだろう」


 兄貴の言葉に同意するアイラ。


「……相手もこちらが僧侶プリースト持ちと気付いただろう。 

 となるとエリスが狙われる危険性が高い。 回復役ヒーラー

 狙うのは基本戦術だからな」


 と、ドラガンが後ろに振り返りエリスを見る。


「わ、私なら大丈夫なんですぅ! まだまだ戦えます!」


「いや既に君は充分やってくれた。 だからここは素直に護られてくれ。 

 ――アイラ、ラサミス。 お前達二人でエリスを護れ!」


「「はい」」


「……ドラさん、一ついいッスか?」


「……どうした? メイリン」


「いえ敵が仕掛けてくるなら、視界を良好にしてた方がいいッスよね? 

 ランタンの灯りだけじゃ広範囲は見渡せないっしょ? 

 そ・こ・でアタシに名案があるッス!」


 そう言いながらメイリンが右手の人差し指をピンと立てた。


「――『ライトボール』」


 メイリンがそう叫ぶと、彼女の右手の人差し指に眩い球状の光が生まれた。

 そしてメイリンが眉間に力を篭めると、

 眩い球状の光がふわふわと天井に上った。 

 すると眩い球状の光は更に輝きを増して、俺達の周囲を広範囲に照らした。


「……なるほど、これは便利だな。 やるな、メイリン」


「うふふ。 ドラさん、いい感じでしょう?」


 両腕を組みながら、ドヤ顔のメイリン。

 ドヤ顔がややウザいが、これで視界が広がったのも事実。 

 だからあえて良しとしよう。


 俺達は警戒しながら、神経を研ぎ澄ませ、迷宮の奥へ奥へと進んで行く。

 見渡す限り平らな床と壁。 

 そんな画一で無味な空間をマッピング通りに進む。

 だが不思議な事にモンスターや敵の気配がない。



「……おかしいな。 どうにも静かすぎる。 そのわりには邪気や

 瘴気の数値は前の階層と大差がない。 どういう事だ?」


 ニャーグル越しに周囲を見渡しながら、首を傾げるドラガン。


「相手はマルクスだ。こちらの手の内はバレてるという事だろう。

 となると奴の知らないラサミス達の働き次第で明暗が

 分かれそうだな。期待してるぞ、ラサミス」


「い、いや兄貴。 過度な期待は困るぜ。 でも全力を尽くすよ」


「ふふふ、ライルさん。 ラサミスは駄目でもアタシには期待してください!」


「フッ……その自信はメイリンの長所だ。 大切にしろよ」


「うふふ、褒められた!」


 半分は皮肉だよ。 

 でもこいつのポジティブ思考はこういう時には頼りになる。

 そうこう軽口を叩いてるうちに、俺達は部屋状の広い空間に辿り着いた。


 正方形に形作られた広間は随分と広い。 

 薄茶色の壁面と床だけが広がる空間は閑散とした雰囲気だ。 

 俺達は部屋の入り口付近で立ち尽くし、周囲を見渡した。


「……この先に確か最深部へ続く階段がある。 となると敵が仕掛けて来るなら、ここが絶好の場所だな。 皆、警戒を怠るなよ。 ――戦闘準備に入れ」


 兄貴に云われるまでもなく、全員が神妙な表情で身構える。

 メイリンの光の玉が天井から周囲を照らしつくすが、

 見る限り怪しい部分はない。 


 だがそれが逆に怪しい。 ――その直後だった。

 ブオン、と。 ブオン、ブオン、と低い音が周囲に響き渡る。


 静まり返っていた広間の中央付近で、

 黒い扉のようなものが突如現れて中が開いた。 

 そしてその黒い扉から五体の武装した二足歩行の骸骨が現れた。


「マルクスの暗黒魔法シャドウ・ゲートだ。 皆、気をつけろ! 

 他にもゲートが開く可能性があるぞ。 

 更にはこれが陽動の可能性が大だ。 本命は別と思え!」


 兄貴が即座に指示を飛ばす。


「だろうな。 本命はエリス狙いの筈だ。 

 アイラ! エリスを護りきるぞ!」


「ああ、君こそ油断するなよ!」


 俺の言葉にそう返すアイラ。


「――ハッ!! 我は汝、汝は我。 我が名はドラガン。 

 猫神ニャレスよ、我らに力を与えたまえ! 

『ライトニング・フォース』ッッ!!」


 ドラガンが再び光のフォースを発動させた。

 俺達が手にする武器の切っ先に光のフォースが再び宿る。

 それと同時にメイリンが手にした魔法の杖をくるくると回転させた。


「先手必勝! 我は汝、汝は我。 我が名はメイリン。 

 ウェルガリアに集う炎の精霊よ、我に力を与えたまえ! 

 ――行くよ! ……『スーパーノヴァ!!』」


 するとメイリンの杖の先からメラメラと燃え盛る紅蓮の炎が生み出された。

 紅蓮の炎が激しくうねりながら、標的に目掛けてを駆け抜ける。


「ヴ……ヴ……オオ……オ――――――ッッ!?」


 紅蓮の炎が激しく燃え盛り、五体の骸骨を包み込んで、足止めする。

 この絶好の機会をエリスは逃さない。

 俺とアイラに護られながらも、中間距離からエリスは――


「我は汝、汝は我。 我が名はエリス。 レディスの加護のもとに

 ――彷徨う魂に安らぎを! 『セイクリッド・レクイエム』!!」


 エリスは銀の錫杖を振りかざし、神聖魔法を詠唱する。

 今日何度目かわからない魂の浄化が繰り返される。


 瞬く間に五体の魂を浄化。 

 だがその時、黒い影のような物体がこちらに迫り来る。


 ――来た! 恐らくあの女死霊使いネクロマンサーだろう。


 アイラが前に出て、その黒い影の前に立ちはだかる。

 すると先ほどのように黒い影の中から、あの女死霊使いネクロマンサーが現れた。

 そして銀製の両手杖を前方に突き出して、

 呪詛のような呪文を素早く詠唱する。



「我は汝、汝は我。 我が名はシリア。 傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、

 色欲、暴食、怠惰……七つの大罪を暗黒神ドルガネスに捧げる!

 『ファントム・フィアー』ッ!!」


 本能的にヤバい、と悟った俺はエリスの前に立ち塞がりながら――


「我は汝、汝は我。 我が名はラサミス。 レディスの加護のもとに

 ――我が友を守護したまえ! 『ガーディアン・ミスト』!!」


 と、レンジャーの職業能力ジョブ・アビリティを発動させた。

 すると周囲の仲間に白い霧状のバリアが張られた。

 この『ガーディアン・ミスト』はレンジャー専用の職業能力ジョブ・アビリティだ。


 一度だけなら敵の状態異常系攻撃、魔法を防ぐ事が可能である。

 敵の女死霊使いネクロマンサーの魔法は邪念、

 邪気などの負の感情を思念波として飛ばし、

 対象者を一時的に状態異常にさせるタイプの魔法と俺は予測した。


 その俺の読みは見事に当った。


 銀製の両手杖の先から禍々しい黒い思念波が放たれて、俺達を包み込んだ。

 だが俺の『ガーディアン・ミスト』の発動が半瞬遅れた為、

 完全に仲間を護る事は出来なかった。


 黒い思念波に包まれたドラガンと兄貴が苦しそうに悶える。 

 俺とアイラとエリス、メイリンは何とか魔法の発動が

 間に合ったようで、特に体調の異常はなかった。


 だがこれで終わりではない筈だ。 

 次の手が必ずある、俺はそう確信した。

 しかし周囲を見渡しても、新手の敵の姿は見当たらない。


 あのシャドウ・ゲートという黒い扉が現れる気配もない。

 目の前の銀髪碧眼の女は少し意表を突かれたように、硬直している。


 ――この機会に敵を一人でも減らすべきか、このまま静観すべきか。

 その判断に一瞬迷いが生じる俺。 それはアイラ達も同じようだった。

 そして次の瞬間、銀髪碧眼の女が再び銀製の両手杖を振りかざした。


「クッ……あの女は私が食い止める。 ラサミスはエリスを護れ!」


「お、おう!」


「――させるかあぁ! 『シールド・ストライク』ッ!!」


 アイラがそう叫びながら、手にした盾を突き出して敵に迫る。

 このスキルは盾で攻撃する以外にも対象者をスタンさせる効果もある。

 だがその瞬間、銀髪碧眼の女が口角を吊り上げた。


「――単純ね、貴方達。 でも嫌いじゃないわ、そういうの。 

 だけど戦いにおいてはそれは欠点になるわ。 

 ――『シャドウ・ムーブ』!!ッ」


 そう口にした瞬間、女は黒い霧状の影となり、地面の影に吸い込まれた。

 アイラの突き出した盾が見事に外れて、黒い影が遠ざかる。


 思わず俺も「クソッ」と舌打ちしながら、遠ざかる影を目で追った。

 その油断が命取りになった。


 俺が視線を戻すと、目の前に見知らぬ金髪金眼、

 黒装束姿のエルフの男が立っていた。


 どういう事だ!? 気配を完全に感じなかったぞ!?

 金髪金眼のエルフの男がニヤリと笑う。


「――『魔封刃ブレード・オブ・アンチマジック』ッ!!」


「キャアアアァァッ!」


 男の振りかざした鍵爪状の刃がエリスの左肩を抉った。


「エ、エリス!? メイリン、エリスを頼む! ――この野郎!」


「わ、わかったわ!」


 と、エリスを支えるメイリン。


「……俺は暗殺者アサシンのダニエル。 我が隠形ステルスのスキル

 さえあれば、このように気配を完全に消して、不意打ちが可能だ。 

 これで俺を倒さない限り、その僧侶プリーストの少女は魔封状態だ」 


「て、てめえっ……許さねえ!!」


 俺は怒りに任せて右拳を男の顔面に突き出す。

 バシッ! 男は造作もなく俺の拳を左掌で受け止めた。


 力を篭めてもまるで動かない。 

 俺は奥歯を強く噛み締めて力比べする。

 だが逆に強い衝撃が俺の腹部を襲った。 

 思わず片膝を地面について俺は悶絶する。


「……お前等がライル達の助っ人か? だが大した事ないな。 

 戦いにおいて一瞬でも集中力を切らすのは未熟の証。 

 せいぜい後悔して死んで行くがよい」


 そう言いながら、暗殺者アサシンの男は鍵爪状の刃を振りかざした。

 だがその前に男の背後からアイラが全速力で襲い掛かった。


「――させるか! 『シールド・ストライク』ッ!!」


「フン! 芸のない戦術だな、ハッ!」


 アイラの盾が直撃する前に、男は高く飛翔して

 後方に回転しながら、床に着地する。 

 なんだよ!? コイツのジャンプ力異常だよ! 大道芸人かよ!!


 そして逆にアイラの背後を取るダニエルと名乗ったエルフの男。

 即座に両手の鍵爪状の刃を振るう。 


 キィィィン! という耳障りな音が響き、

 アイラの背中の装甲が切り裂かれた。 

 「うっ」と呻き声を上げてよろめくアイラ。

 兄貴とドラガンは黒い思念波を振り払ったが、まだ動くのは無理そうだ。


 ――ここは俺が戦うしかない!


「――調子に乗るんじゃねえ!」


 そう叫びながら、銀の戦斧を振り上げて俺は全力ダッシュする。

 互いの距離が狭まった所で突貫して、俺の振る戦斧と

 鍵爪状の刃が激突し、火花が飛び散った。 

 破壊力に満ちた斬撃を繰り返すも、技とスピードで躱すダニエル。


「――悪くない動きだ。 だが俺の敵ではない!」


「――余裕かましてんじゃねえよっ!」


 俺は、ダニエル目掛けて突進して、戦斧を頭上に振り下ろす。 

 軽快な足さばきで躱すダニエルだが、俺も強引な攻めを続ける。 

 力任せの無秩序な攻撃だが、空を切る風圧だけで、ダニエルの銀髪がなびく。 


 だが目の前の男は冷静だった。 

 無駄な動きは一切せず寸前の所で俺の攻撃を躱し、常に一定の距離を保つ。 


「ハアハアハアッ……」


 ――コイツ、強い! 息が切れて肩で呼吸する俺。

 それを待ちかねていたように一気にダニエルが攻勢に出る。


 銀の戦斧と鋭利な刃が激しく交錯する。 

 体力を消耗していたが俺も懸命に防戦するが

 ダニエルの放つ怒涛の打ち込みは苛烈を極めていた。 

 打ち返すどころか、受け止めるだけで精一杯な俺は後退するしかなかった。



「――ま、負けねえっ!」



 俺は気力を振り絞り、雄叫びをあげ捨て身の特攻をかけた。

 ダニエルはこの瞬間を待っていたと言わんばかりに

 軽く後方に跳躍して、身を屈めながら俺が全身の力を込めた一撃を躱す。 

 再び戦斧を振り上げる俺。


 だがその前に鍵爪状の刃が俺の脇腹付近を切り裂いた。

 兄貴から貰ったこの幻獣のベストは下手な鎧より、

 高い防御力と耐久度を誇るが、ダニエルの鍵爪の前には

 綺麗に切り裂かれた。 俺の脇腹付近から鮮血が流れ落ちる。


 だが俺は歯を食い縛り、痛みを耐えて頭を大きく振り上げた。

 そしてダニエルの額に目掛けて勢い良く垂直に振り下ろした。


 ガチン! という鈍い衝撃と共にダニエルが後方によろめく。

 更に俺はもう一撃頭突きを食らわせた。 「ごふっ」と鼻血を流すダニエル。


 まだだ! もう一撃食らわせてやる! 

 俺は脇腹の痛みを耐えながら、更に前進して、三発目の頭突き。


 今度はダニエルの顎に命中! 

 歯と歯で舌を噛んだダニエルが苦悶の表情を浮かべる。

 そこから素早く銀の戦斧を振り上げて――


「――くたばれ! 『兜割かぶとわり』っ!!」


 斧スキル『兜割り』の技名を叫びながら、敵の頭部に振り下ろした。

 命中すれば絶命の一撃。 だがダニエルも素早くサイドステップして躱す。

 俺とダニエルの視線が交差する。 

 ダニエルの表情も先ほどまでの余裕はない。


 頭突きという喧嘩殺法で相手を怯ませるのは、

 レンジャーらしくないが、ある意味俺らしい。 

 俺は器用貧乏のラサミス。 なら勝つ為には器用に臨機応変に戦う。 

 それが俺の唯一の取り得であり、諦めの悪さが一番の武器だ。


「……無茶苦茶な戦い方だな、お前。 

 だがお前の頭突きは利いたぜ」


 と、手の甲で鼻血を拭うダニエル。


「俺には見栄もへったくれもねえからな。 

 だが一度食い付いたら離さないぜ!」


「フン、まるで狂犬だな。 だが狂犬とやり合うのは賢明じゃないな」


 そう言いながら、ダニエルは後方に一度、二度と飛んで間合いを取った。


「……ナイスだ、ラサミス! 後は俺に任せろ!」


 と、ようやく再起動した兄貴が銀の長剣を握り締める。 

 ドラガンも身体を震わせながらも、一歩、一歩と歩んで刺突剣を構える。 

 アイラも剣と盾を構えてエリスを護る。


 形勢逆転! 


 だがダニエルは動じる事もなく、両手の鍵爪状の刃を

 「カシャッ」と十字に交差させた。

 兄貴も手にした銀の長剣の柄を握りながら、

 ジリジリと間合いを詰める。


 ブレードマスターと暗殺者アサシンという上級職同士の戦い。

 無責任な立場からすれば、上級職同士の戦いには嫌でも

 興味を引くが、状況が状況だ。


 俺は「ゴクリ」と生唾を飲んで、二人の戦いを静観する。

 先に仕掛けたのは、ダニエルだった。


 リーチの長さを生かして、縦横に鍵爪状の刃を振るうダニエル。

 ダニエルの繰り出す攻撃は、瞠目するほどの威力と速度に満ちていた。


 だが兄貴は迫り来る刃を銀の刃で払う、弾く、斬るという剣術で華麗に捌く。

 ブレードマスターは全職業の中で一番剣術を得意とする職業ジョブだが、兄貴の繰り出す剣技は俺の眼から見ても、隙がなく、鋭利な太刀筋で様々な角度から迫るダニエルの刃をいとも簡単に弾く。

 

 キン、キン、キンという硬質な金属音が小刻みに響く。

 ダニエルがやや押される。 その間隙を突く兄貴。

 鍵爪状の刃を強撃で弾き飛ばし、ダニエルが後ろに下がる。 


 すかさず前へ出る兄貴。

 そして袈裟斬り、逆袈裟、薙ぎ払い、怒涛の連続攻撃を仕掛ける


 雷光のような速度で繰り出される剣技が、

 ダニエルの黒い衣ごと肌を鋭利に抉る。 

 ダニエルの身体の節々に秒単位で刀傷が刻み込まれる。


「クッ……なんて剣速だ! 流石はブレードマスター!」


「――貴様と遊んでいる暇はない。 喰らえっ!!」


 兄貴は床を蹴り、全身全霊の力を持って、ひたすら剣を振るった。 

 だがダニエルも必死だ。 


 やや強引な攻めにやや歯を食いしばりながらも、

 兄貴の繰り出す剣を懇切丁寧に躱し、払い、受け流す。 


 両者一歩も引かない。


 兄貴の繰り出す剣戟も凄まじいが、ダニエルもそれに勝るとも劣らず

 非常に機敏な動きで致命傷は避ける。

 流石の兄貴も一端後ろに下がり、呼吸を整えた。

 今度はダニエルが地を蹴り、両手の鍵爪状の刃を振りかざす。  


 左ッ、右ッ……後ろ!

 と、サイドステップ、バックステップで躱す兄貴。


 正方形構造の広いフロアで、壁際に追い込まれないように警戒して、

 攻撃を回避する。鍵爪状の四本の刃が上下左右から襲い掛かるが、

 その軌道を完全に見切ったかのように、兄貴は紙一重で避ける。

 ダニエルも強いが、兄貴はそれ以上に強い。


 長いリーチを誇る鍵爪状の刃は、どこからでも迫ってくるが、

 決定的な一撃は許さず、逆に相手に打ち込み、

 近づくことを許さず、常に自分の間合いを保つ兄貴。


「……いい動きだが、やや単調だな。それでは俺を捉えられんぞ。

 まあいい、これ以上ここで足止めされるわけにいかん。

 そろそろ本気を出させてもらうぜ!」


 そう口にするなり、兄貴は弾丸のような速度でダニエルに迫る。 

 条件反射的に鍵爪を振るうダニエル。 ダッキングして刃を躱す兄貴。

 ――相手の懐に入った。


「――ファルコン・スラッシュ!」


 下から上へ、飛翔する隼のような鋭い剣戟が繰り出されてた。


「グハアアアッ!!」


 右脇腹から左肩まで綺麗な直線の剣傷が刻まれ、

 ダニエルは弾かれるように後方へ飛んだ。 

 即死ではなかったが、傍から見ても手応えは充分だった。


 そして止めを刺す、と云わんばかりに頭を低くして前進する兄貴。

 だがその時、黒い影が弧を描きながら兄貴に猛スピードで迫る。


 あ、あの女死霊使いネクロマンサーだ。 

 完全な不意打ちだ。

 『ガーディアン・ミスト』で兄貴を護るか!? 

 いや呪文の詠唱が間に合わない。


 ――ならばコレだあぁっ!!

 俺は懐から鉄製のブーメランを取り出して、黒い影目掛けてなげうった。


クルクルと高速回転する鉄のブーメラン。

黒い影から蒼いローブを着た女の姿が現れた。


女は右手に短剣を握っている。

兄貴はまだ気がついてない。 

女が短剣を頭上に振り上げる!


「な、なっ!?」


 と、思わず呻き声を上げる女死霊使いネクロマンサー

 その女の右腕に見事なまでに鉄製のブーメランが突き刺さった。


 自分でも信じられないくらい綺麗に決まった。 

 そして兄貴の視線が女に向く。

 兄貴は装備する銀の長剣を逆手に取り、


「『ピアシング・ブレード』ッ!!」


 と、得意とする剣技の名前を叫んで、女目掛けて剣戟を放った。


「き、きゃああああああぁぁ……あああっっ――――――!!」


 一発目に腹部、二発目に胸部、三撃目に首筋を抉った。

 女はこの世の終わりのような悲鳴を上げながら、藻掻き苦しむ。


 女死霊使いネクロマンサーはブルブルと震え仰け反ったかと

 思うと、力尽きたようにばたりと床に倒れ伏せた。 

 そしてピクリとも動かなくなった。


 すると心なしか周囲の空気が澄んだような気がする。

 少なくともこれでもう不死生物アンデットと戦わなくて済むだろう。

 エリスが魔封されている状況では、不死生物アンデットとの戦闘は正直避けたい。


「ライルさん、凄いっ! ラサミスもアシストナイス!」


 後方でエリスを抱えながら、メイリンがそう叫ぶ。


「これで邪魔な死霊使いネクロマンサーは死んだ。 

 後はそこの暗殺者アサシンとマルクスを倒すだけだ! 

 ライル、そいつにも止めを刺すんだ!」


 アイラの声に応じるように、兄貴は再び銀の剣をダニエルに向ける。

 ダニエルは首を左右に振り、肩を竦めておどけた。


「……コイツは少々厳しいな。 まあそこの女僧侶プリーステスを魔封した時点で俺の役目は終わり。 ここは無理せず逃走させてもらうぜ。 我は汝、汝は我。 我が名はダニエル。 エルフの神エルディスよ、我に力を与えたまえ! 『隠形ステルス』ッ!」


 ダニエルがそう叫ぶと、次の瞬間――彼の姿が完全に視界から消えた。

 ざっ、ざっ、と床を踏む足音だけが聴こえるが、ダニエルの姿は見えない。


 見事なまでの隠形だ。 これなら気配を完全に消して暗殺も可能だ。

 しかしこの隠形ステルスのスキルにも発動条件と維持する法則がある筈だ。


 いくら何でも無条件でここまで完璧に姿を消せるわけがない。

 その時、完全に復活したドラガンが


「……皆、前方に向けて弓を構えて矢を放てっ!」


 と、言いながら、おおゆみを構えて矢を放つ。


「そうか! 奴の隠形の発動条件を探るんだな。 ――行けっ!」


 ドラガンに相槌しながら、兄貴もおおゆみを構えて前方に矢を放った。


「――なら俺も!」


 俺は兄貴から譲り受けたハンドボーガンを構えて、連続して矢を放った。

 五秒後。 矢が当った感触はないが、僅かに地を蹴る足音が聴こえる。

 それを聴いてドラガンが「なるほど」と納得したように、頷いた。


「ん? ドラさん、どういう事ッスか?」


 俺と同じ疑問を質問するメイリン。 


「多分、奴の隠形ステルスのスキルが発動している間は、他のスキルや魔法は使えないし、攻撃も出来ない筈だ。 もしスキルや魔法が使えたなら、姿を隠したままエリスを襲う方が効果的だ。 あえて姿を晒したという事はそうしないと攻撃やスキルが使えないという事だ。 少々厄介なスキルだが、いきなり暗殺されるという心配はなさそうだな」


 と、ドラガンが丁寧に解説してくれた。


「おお、確かに! 流石ドラさん、凄いッス!」


「だが危険なスキルには変わりがない。 恐らく奴は最深部の

 マルクスの許に行っただろう。 だから最深部に着いたら、

 一時たりとも油断するなよ」と、アイラ。


「ああ、だがこれで残すは最深部のみ。 敵の数はわからんが、

 皆で力を合わせてマルクス達を倒すぞ。 そうすれば全てに決着がつく!」


 兄貴の言葉に全員が大きく頷いた。

 そして俺達は先を進み、長い階段を降りて最深部五階層へ辿り着いた。

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