第21話 決意を固めて


 王との謁見が終わり、俺達は旅の疲れを癒す為に王都の宿屋で一泊する。

 結局、知性の実グノシア・フルーツが奪われた件は不問にされ、

 ニャルララ迷宮の再調査を命じられた。 

 更には知性の実グノシア・フルーツの所有権を託された。 


 これには少なからず驚いたし、ドラガンや兄貴達も

 どうするか少々頭を悩ませていた。

 とはいえ誰かに譲渡する事も出来ない。 考えてみたら厄介な代物だ。


 冒険者の俺達でこれなんだから、

 国王という立場で保有したらもっと大変だろう。 

 ガリウス三世はそれを理解していたから、あえて俺達に託したのかもしれない。


「……さてどうしたものか?」


 ドラガンが宿屋のロビーのソファーでくつろぎながら、そう呟いた。


「……俺に考えがあるんだが聞いてもらえるか?」


「何だ、ライル。 妙案でもあるのか?」と、アイラ。


「妙案かどうかはわからんが、俺に考えがある。この禁断の実は正直俺達冒険者には手が余る代物だ。かといってマルクスのように各種族の王や支配者層に売りつけるなんて真似は当然しない。 だから本音を云えばこんな物は今すぐ燃やしたい」


 兄貴が神妙な表情でそう言う。


「……そうだな。 私もそう思う。 こんな危険な物は焼却するのが一番だろう。 確かレディス経典にもヒューマンが過去にそうしたという記述があるしな。 それが一番賢明だろう。 とてもじゃないが冒険者風情の手に収まる代物じゃないからな」


 アイラが顎に指を当てながら、兄貴の言葉に同意する。


「ああ、だが焼却処分はいつでも出来る。 だから俺個人としては今回の騒動が終わってから、我々の手でこの禁断の実を燃やそうと思うんだ……」


「ちょっと待てよ、兄貴。 それって結構危険じゃねえか?」


 俺は思わず横から口を挟んだ。 

 どうせ燃やすなら早い方がいい。


 最悪またマルクスに奪われる危険性もあるんだからな。 

 それだけは避けたい。


「もちろん理解してるさ。 ただこれは俺自身の冒険者としての拘りなんだ。 良くも悪くも今回の騒動の発端の原因は俺達『暁の大地』にある。 裏切りという形だが、我々の内輪もめからこんな事態になった。 だから俺は奴と――マルクスと完全に決着つけてから、禁断の実を処分したいんだ。 俺の我侭という事は百も承知だ。 だからお前達の意見が聞きたいんだ……」


 という兄貴の言葉に皆が沈黙する。

 兄貴の気持ちは俺にも分かる。 俺だって冒険者の端くれだ。


 自分で蒔いた種は自分でケリをつけたい。 

 そういう気持ちは男として痛いほど分かる。


 だがものものだ。


 万が一またマルクスに奪われて、また他種族の手に渡ったら目が当てられない。

 それだけは絶対に避けなければいけない。 それは俺達に課せられた責務だ。


「ライル、お前の気持ちは拙者もよく分かるぞ。 どういう形であれ火種の原因は我々『暁の大地』にある。 拙者も団長として誠に遺憾である。 だから自分の手で決着をつけて気持ちの整理をつけたい。 というわけだな?」


 ドラガンの言葉に兄貴は「ああ」と小さく頷く。


「心情としては拙者もお前と同じだ。 だが王から依頼された冒険者としての立場では、お前の案をそのまま呑むわけにはいかんな。 だからこうしよう。 この禁断の実はラサミスに所有させよう」


「お、俺っ!?」


 ドラガンの言葉に俺も思わず自分で自分を指差した。

 だがドラガンは至極真面目な表情で――


「ああ、マルクスも拙者か、ライルが禁断の実を所有していると思うだろう。 だから万が一奴に負けそうになったら、ラサミス。 お前がすぐ禁断の実を燃やせ。 そうすればリスクはグッと低くなる。 どうだ、頼まれてもらえるか?」


「い、いやでも責任重大じゃない? それに俺やエリス達は正式な連合ユニオンメンバーじゃないしさぁ。 正直荷が重いというか、気が引けるというのが本音だよ……」


 思わずしどろもどろな受け答えをする俺。


「……何を云う。もう我々は仲間だろう。連合ユニオンのメンバーとか関係ない。 私は君を信じてライルの許へ連れていった。そして君は見事に期待に応えた。だから私達はもう仲間なんだ。 だから我々は君を信じる。 それが仲間というものさ」


 と、熱の篭った声でアイラ。


「……アイラの云うとおりだ。 俺はお前を信じる。 だからお前も俺達を信じろ。 俺は必ずマルクスを倒して、この騒動に決着をつける。 お前に禁断の実を預けるのは云わば保険だ。

 だからこそ俺達は安心して戦える。 だからラサミス……」


 兄貴がそう言って、真剣な眼差しで俺を見据える。

 ここまで言われたら俺も逃げ出すわけにはいかない。 

 俺も男だからな。


 そうさ、俺は兄貴の力になりたくて兄貴の許に訪れたんだ。 

 今こそその絶好の機会だ。


 ――よし、俺も兄貴達を、そして自分自身を信じよう。

 バシン! 俺は気合を入れる為に自分の顔を両手で叩いた。 


「……わかった。 そこまで信頼されて逃げたら、男としても、冒険者としても終わりだ。 だから俺がその役目を引き受けるよ。 俺も兄貴達を、そして自分を信じるよ!」


「ああ、頼む」と、兄貴。


「期待してるぞ、ラサミス」


 と、ドラガンが俺の肩を叩いた。


「やはり私の眼に狂いはなかったようだ」と、アイラ。


「うん、うん。 私も出来るだけフォローするね」


 ニコニコしながらエリスも俺に熱い視線を向ける。


「まあいざって時はアタシに任せなさい。アタシの火炎魔法ですぐ禁断の実を燃やしてあげるから、アンタはドッシリと構えてなさい。アタシ達、仲間でしょ!!」


 と、メイリンも続く。

 どうやら皆の思いが一つになったようだ。

 ならば後は全力を尽くし、自分の役割を果たすだけだ。


「ありがとう、皆。 俺は皆を信じる。 だから皆も俺を信じてくれ……」


 俺の言葉にドラガン、兄貴、アイラ、エリス、メイリンも小さく頷いてくれた。

 ちょっと照れくさいが、こういうのも悪くない。 


 結局、俺は自分が傷つきたくないから、

 気楽な一人旅ソロをしていたが、本当はこういう仲間との絆を求めていた。


 誰だって一度は自分自身に嫌気が刺す事があるだろう。

 だけど、その弱い自分、裸の自分と向き合えてようやく人は成長出来る。


 今の俺に失う物はない。 見栄も虚栄心も邪魔な自尊心も捨て去った。

 あるのは俺自身のみ。 だから俺はもう逃げない。 

 逃げずに自分と向き合う。


 そう決意して俺は口を真一文字に結んだ。

 皆もそういう俺の姿を見て、微笑んでくれた。 それだけで俺は救われる。


「よし、皆。 決意は固まったな。 明日からが本番だ。 厳しい戦いになると思うが、絶対に最後の最後まで諦めるな。 仲間を信じろ。 そして自分自身を信じろ。 それが敵――マルクスになくて、我々にあるものだ。 だから我々は負けない。 必ず勝つ!」


 と、凛々しい声でドラガンが叫んだ。

 その言葉に皆が大きく頷いて、右手を頭上に突き出して「おおー」と答えた。


 ――目指すはニャルララ迷宮。


 そこで全ての決着をつけて、最後には皆で笑って過ごしたい。

 だから俺は戦う。 俺自身の為に。 

 皆の為に。 仲間の絆の為に俺は戦う!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る