第20話 王都ニャンドランド


 猫族ニャーマンの王都ニャンドランド。

 俺達は約二日間ほど馬車で揺られた末に、この地に辿り着いた。


 元が猫の為に猫族ニャーマンは総じて怠け者の傾向があり、

 向学心も労働意欲もあまり高くない。だが資源に恵まれ、

 領土内の到る所で、金、銀、プラチナ、ミスリル、魔石などの

 鉱物資源が採掘され、それらの鉱物資源の輸出の利益で国と民を支えていた。


 猫族ニャーマンも他種族同様に他種族との交流を好まなかったが、

 非力な猫族ニャーマンでは鉱山の採掘作業もままならない。

 

 故に採掘場周辺に限って、他種族の鉱夫を雇っており、

 一攫千金を目論む者達が各地から採掘場に押し寄せていた。


 だがそれ以外では基本的に怠惰で温和な性格の猫族ニャーマン

 ここ数百年の間、他種族とも争いらしい争いを行ってない。 

 彼らの行動原理は基本食う、寝る、遊ぶ。


 故に平和で怠惰な生活を好み、争いを好まない種族と云われている。

 王都ニャンドランドの建物はカラフルな色彩で彩られ、

 その構造もお菓子の家のようにユニークな作りであり、

 独特の景観と雰囲気を保っていた。


「ヤバい、ヤバい! 見渡す限り猫族ニャーマンばかり! ここが楽園か!」


 周囲をキョロキョロ見渡しながら、テンションを上げるメイリン。


「うん、うん。 スゴいんです! 選り取り見取りなんです!」


 と、ニコニコしながらエリスが相槌を打つ。

 見渡す限り猫、猫、猫。 収穫物が入った篭を持ち運ぶ農民。 

 ロバに箱を背負わせた商人。 路上で音楽を奏でるリュート弾き。 

 冒険家、剣士、船乗りなどの荒くれ者。 路上で遊ぶ子猫達。 

 様々の種類の猫族ニャーマン達が街中を闊歩する。


 メイリンがニコニコしながら、路上で遊ぶ子猫達に手を振るが――


「ニャー!? ヒューマンだニャ! 逃げるニャ!」


「ヒューマンに捕まると大変だニャ! ヒューマンは悪者ばかりだニャ!」


 と、悲鳴を上げながら子猫達は一目散に逃げ出した。


「あ、あう……アタシ、悪いヒューマンじゃないよ……猫大好きよ……」


 子猫達の反応にメイリンは涙目になる。

 子猫達だけでなく、商人、農民、荒くれ者などの猫族ニャーマン

 俺達の顔を見るなり怪訝な表情をする。 

 どうやら俺達ヒューマンはあまり歓迎されてないようだ。

 まあヒューマンと猫族ニャーマンの歴史を考えれば無理もないか。


「王都の猫族ニャーマンは普通の猫同様に警戒心が強くて、人見知りが激しい。 だから気にするな。 それに今回の目的は観光じゃないんだ。 さっさと目的地へ向うぞ」


 と、ドラガンが顎をしゃくり上げて「付いて来い」と目配せする。

 やや気まずい空気の中、俺達はドラガンの後を付いて行く。


 市場を越えて、俺達は三十分程歩いて、

 立派な門構えの大きな城の前に辿り着いた。 

 金銀、黒曜石や大理石をふんだんに使ったと思われる猫族ニャーマン

 居城ニャンドランド城は遠目から見ても、キラキラと眩く輝いていた。


「コイツはスゲえや! 超立派な城じゃん! めっちゃキラキラしてる!?」


 という俺の言葉に――


「ニャンドランド周辺で色々な鉱石が取れるからな。 

 猫族ニャーマンの建築物はそういう鉱石を

 惜しみなく使ってるから、基本的に豪華なんだよ」


 と、ドラガンが説明してくれた。

 俺だけでなくエリスもメイリンも目を丸くしていた。


 ドラガンは城門の門番に歩み寄り、懐から何かを取り出して手渡した。

 門番はドラガンから受け取った物を見るなり、敬礼のポーズを取る。


「どうぞ、お通りくださいニャ!」


 ガラ、ガラ、ガラ。 大きな城門が開かれて俺達は城内に入る。

 城門を潜ると大きな広場となっており、様々な木々や花が綺麗に咲いていた。


 その光景にエリスやメイリンが目を輝かせる。

 そして広場を越えると、堂々とそびえ立つニャンドランド城の入り口が見えた。

 するとドラガンがまた入り口の前に立つ門番に話かけて、何かを手渡す。


 しばらくするとまた門番は「少々お待ちくださいニャ」と大きな声で答えた。

 待つこと十五分。


「どうぞ、お入りくださいニャ!」


 という言葉と共に俺達は入り口の扉を開き、中に入った。

 すると俺達の到着を待ち構えたように、

 多くの執事と侍女が一斉に迎えてくれた。


「お待ちしておりました、ドラガン様。 国王陛下がお待ちかねです。 

 玉座の間までご案内しますので、お連れ方と一緒について来てください」


 黒い礼服を着た執事っぽい初老のソマリの猫族ニャーマンが慇懃な口調で告げた。


「ああ、ありがとう」


 ドラガンはそう礼を言い、俺達は促がされるまま執事の後を付いていく。

 二階、三階と階段を登り、城の上部にある豪奢な部屋に辿り着いた。



「この先が玉座の間であります。 ではくれぐれも王にご無礼がないように」


「うむ。 ラサミス、エリス、メイリン。 王の御前だ。 礼を失するなよ?」


 と、ドラガン。


「「「はい」」」と、声を揃える俺達。


「うむ。 では行こうか」


 玉座の間の扉が開かれて、俺達はゆっくりと中に入った。

 真紅の豪華な絨毯。 キラキラと輝くシャンデリア。 

 歴代国王の肖像画。 数々の価値ある美術品などで装飾された部屋に

 圧倒されながら、俺達は真紅の絨毯の上を歩く。


 猫族ニャーマンにしては、

 随分と大柄な白銀の鎧を着た騎士らしき連中が左右対称に縦一列に並び、

 国王が座する玉座まで長い一本道が出来上がっていた。


 途中通り過ぎた騎士らしき連中が、俺達を見て鋭い視線を浴びせる。

 敵意、警戒心、それと僅かな好奇心に満ちた視線を

 浴びながら、俺達は玉座の前へ進む。


 金の王冠を被った豪奢な赤いガウンを羽織った王と思われる初老のコラットの猫族ニャーマンが右手を上げると同時に、俺達は前一列にドラガン、兄貴、アイラ。 

 その後ろに俺、エリス、メイリンと横に並んで深々と頭を下げてから、恭しくその場に跪いた。 すると王の傍に立つ大臣らしき黒いタキシードを着込んだシャム猫の猫族ニャーマンが鷹揚な口調で語りかけてきた。


「よく来たな、冒険者ドラガンとその仲間達よ。 

 こちらが猫族ニャーマンの国王ガリウス三世陛下であらせられる。 

 此度こたびの謁見の理由は何だ? 申してみよ!」


「はっ! 先日陛下から拝命された任、ニャルララ迷宮の調査報告であります!」


 と、慇懃な態度で応じるドラガン。


「うむ。 そうだったニャ。 確かにちんがそなたに命じたニャ。 

 ……でどうだったニャ? ドラガン・ストラットよ!」


 国王ガリウス三世がやや緊張感の欠ける眠たそうな声で言った。 

 というか語尾にニャついてるじゃん。 大丈夫か? この王様。


「それが……いささか厄介な事態になりました」


「ふむ。 何があったニャ? 包み隠さず申してみるニャン!」


「はっ……迷宮の最深部で神の遺産ディバイン・レガシーに該当する代物を発見しましたが、我々の仲間が急遽裏切りその一部を奪われました」


 ざわ ざわ ざわ ざわ。 ドラガンの言葉に周囲がざわめく。

 大臣も訝しげな表情で俺達を見据える。 国王は特に表情の変化はない。


神の遺産ディバイン・レガシーだと!? しかもその一部を奪われただと!? なんたる失態!! 陛下、ですから私はこのような者達に任せるべきではないと申し上げたのです!」


 と、怒りを露わにする大臣。

 だが国王は大臣の言葉を遮るように右手を上げて制した。


「大臣、そう怒るニャ。 この者達に命じたのは朕ニャ! だからこの者達を責めるニャ。 それと起きた事態を嘆くより、現状を改善する方が大事だニャン。 ……で肝心のブツはなんだったんだニャン?」 


 と、国王が温和な声で問う。 


「……知性の実グノシア・フルーツでございます、陛下」


 ドラガンの言葉に大臣が「なっ」と言葉を失い、

 周囲の者達も唖然とするが、国王だけは「ほう」と興味深そうに双眸を細めた。 


 ……さてどうなるやら。


「ふぉっ、ふぉっ、ふぉっ。 あの知性の実グノシア・フルーツと申すのか? 我々猫族ニャーマンを生み出す土壌となったあの禁断の果実。 ……それは誠か?」


「誠であります、陛下。 裏切り者に一部奪われましたが、ここに知性の実グノシア・フルーツみのる苗木があります。 どうか受け取りください、陛下」


 そう言ってドラガンは懐から禁断の実がなる苗木を取り出し、

 前方に差し出した。 周囲の騎士達がざわめき、大臣がやや表情を

 強張らせて、ドラガンから苗木を受け取る。

 そして大臣は王の許に歩み寄り、その苗木を手渡そうとするが――


「――いらないニャン。 そんな物!」


 と、国王は手で払い、苗木が床に落ちた。

 玉座の間が水を打ったようにシンと静まり返る。 

 大臣も驚き固まっている。


 そういう俺もこの反応は予想外だ。 

 確か猫族ニャーマンの平均寿命は普通の猫同様、二十歳前後らしい。 

 ヒューマンが六十歳から八十歳。 竜人がおよそ百歳。 

 エルフは百歳から三百歳までと他種族よりかなり長寿だ。


 他種族に比べて猫族ニャーマンはかなりの短命である。 

 不老長寿の効果もあると云われる知性の実グノシア・フルーツ

 国王という立場からすれば垂涎の一品のはず。

 だが目の前の国王はまるで興味のない玩具を見るような眼でこう言った。


「こんな物があったから、我々猫族ニャーマンは知性などという要らない物を得てしまったんだニャ。 まったくヒューマンも余計な事をしてくれたニャ。 フン!」


「へ、陛下。 しかしこの禁断の果実によって我ら猫族ニャーマンは知性を得て、こうして独自の文明を築きあげて、今日こんにちの栄光があるのですぞ? それにこの苗木が本物なら、色々と有効活用できましょうに、どうして拒むのです?」


「大臣。 お前はアホニャン!!」


「あ、阿呆!?」


 国王の予想外の言葉に身じろぎする大臣。

 だが国王は容赦なく大臣に罵声を浴びせた。


「大臣。こんな物があったから我々は普通の猫でいられなくなったニャ。所詮猫は猫。 怠け者で気分屋で飽きっぽい。それは猫族ニャーマンも変わらないニャ。 確かに我々は知性を得た事により、様々な恩恵を受けたニャ。だがそれと同時に様々な知性の代償も受けたニャ。このウェルガリアは欲望に満ちた大地ニャ。ヒューマン、エルフ、竜人。 どいつもこいつも腹黒くてせこい連中ニャ。そんな連中を相手に猫みたいな貧弱な生き物がやり合うんだニャ。これだけで一苦労ニャ。 しかもそれが未来永劫続くんだニャ。 そう考えるだけで朕は胸が痛くなるニャン!」


 この言葉には周囲の猫族ニャーマンだけでなく、俺達も思わず固唾を呑んだ。

 正直いってこの国王をただのボケた老猫と思っていたから、予想外の言葉だ。

 もしかしてあえてボケたふりして周囲の様子を見てるのか? 


 ……考えすぎか。


「へ、陛下。 そのような弱気な事を申されては困ります。 我々猫族ニャーマンは今やれっきとした四大種族の一種族でありまする。 確かに知性を得た事で様々な代償を払いましたが、それ以上の恩恵も受けております。 大切なのは過去でなく、今でございましょう。 故に今後我らがどうするかが大切でございましょう」


 と、狼狽しながらも国王に意見する大臣。


「ふぅ。 もちろんそれは理解してるだニャン。 

 ……ドラガンよ、奪われた知性の実グノシア・フルーツ

 どうなったかわかるかニャン?」


「……噂ではエルフ領に持ち込まれたとの事です」


「な、なんですと!? よりによってエルフ族の手に渡ったというのか!?」


 ドラガンの言葉に大臣が驚きを露わにする。


「ふむ。 それは少し厄介ニャ。 最悪エルフがニャルララ迷宮に軍隊を派遣する可能性もあるニャン。 大臣、エルフ領の国境付近に山猫騎士団オセロット・ナイツを派遣せよ! ただし絶対にこちらから先に手を出してはいけないニャ。 ……よいニャ?」


「ははー、直ちに山猫騎士団オセロット・ナイツを派遣します!」


「……ドラガン及びその仲間達よ。 そなたらは今後どうするつもりニャ?」


 国王の問いにドラガンはしばらく間を置いてから――


「陛下のお許しが出れば、もう一度ニャルララ迷宮に向かい、

 知性の実グノシア・フルーツが出現した原因を究明したいと思います。 

 それと敵――我々を裏切った魔剣士マルクスも恐らく再びニャルララ迷宮に現れるでしょう」


 ドラガンの言葉に国王は「ふむ」と大きく頷いた。


「どうやらそなたらと魔剣士マルクスとやらには因縁があるようだニャ。 

 卿はどうして敵が再びニャルララ迷宮に現れると思うのだ? 

 申してみるニャン」


「……具体的な理由はありません。ですが奴は基本的に他人を信用しない男です。

 故に我々と決着をつけるべく、もう一度ニャルララ迷宮に現れると思われます」


 と、ドラガン。


「……そうか。 ならばその件に関してはそなたらに任せるニャン」


「へ、陛下。 この非常事態にこのような者達に大任を任せるのですか!?」


「大臣、黙れニャン! これは朕の命令である! この者達は

 神の遺産ディバイン・レガシーを見つけても、正直に我らに話したニャ。 

 だから朕はこの者達を信じるニャ。 

 例え王族とはいえ依頼者に対して、礼を尽くすのが礼儀というものニャ!」


「……わかりました。 陛下がそこまで仰るなら私も従いましょう」


 渋々と従う大臣。


「ふむ。 それとこの禁断の実はそなた達に返すニャン。 

 このような代物は災いの種にしかならないニャ。 

 だから卿らの手で燃やすなりしてくれニャン!」


「へ、陛下! お気は確かですか!?」


 だが国王は大臣の言葉を遮り、高らかに宣言した。


「だから朕はこんな物いらないニャン! かといって大臣……お前に渡しても、どうせ良からぬ事を企むニャン? だから朕は信頼できるドラガンに託すニャン。 この者達なら変な悪用する事はないニャ。 というか朕はこんな物より魔タタビが自国領で採れる方が嬉しいニャ。 禁断の実など百害あって一利なしニャ! そんな事よりタビだ、タビ、タビ。 というわけでドラガンよ、魔タタビの採取地を発見すれば褒美をつかわすニャン」


 これには大臣だけでなく、俺達も思わず閉口する。

 よりにもよって神の遺産ディバイン・レガシーよりただの嗜好品に過ぎない魔タタビの方が優先順位が高いだと!? 

 この王様、どういうメンタリティしてんだ?


 と思う反面、王だからこそ見える光景、思考というものがあるのも理解出来る。

 現に王は大臣に渡すと悪用されると看破している。 


 禁断の実を猫族ニャーマンが保有するといずれは

 大きな火種になる事も予想しているのだろう。 

 だから王自ら拒む姿勢を見せる事によって、

 災いの種を事前に摘んでいる……のかもしれない。


「……陛下。 本当に我々が手にしてよろしいのですか?」と、ドラガン。


「うむ。 本当に悪巧みする奴等ならわざわざ我々に報告もしないニャン。 

 だから朕は卿を、卿らを信じる。 だからニャルララ迷宮の再調査も頼むニャン。大臣、お前もそれでいいニャ?」


「……陛下がそこまでおっしゃるなら私も陛下のお言葉に従います」


 やや不満の表情だが、渋々と従う大臣。


「……わかりました。 このドラガン・ストラット。 

 必ずや陛下のご期待に沿えるよう力を尽くします」


 ドラガンはそう言い深々と頭を下げる。 それにつられて俺達も頭を下げた。


「うむ、期待してるニャン! では今日はこれで終わりだニャン、解散ニャ!」

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