第19話 何かの前触れ


 ――ザイン達との戦いから二日が経過した。


 兄貴とドラガンはリアーナの治安警察に重要参考人として

 事情聴取されたが、正当防衛という事で一連の騒動は治まった。 

 自決したザイン以外の襲撃者は命に別状はなく、

 そのままリアーナの拘置所に収監される事となった。 


 奴等には正直今でもムカついてるが、死んで場逃れするより、

 生きて罪を償う方がこちらとしても溜飲が下がる。


 ザインは最低のクソ野郎だったが、

 そんな奴でも目の前で死なれると後味が悪い。 

 俺ですらそうなんだから、兄貴達の心情は複雑であろう。


 だが兄貴やドラガン、アイラは特に何も語る事無く、沈黙を押し通した。

 とりあえず旅芸人一座『暁の大地』はしばらく公演を休止する事となった。


 観客には入場料の全額返済という形で詫びを入れた。 

 これでどうにか収まった。

 だがこれには少々俺は納得がいかなかった。


 だって被害者はこちらだぜ? 

 なのにどうして兄貴達ばかり損するんだよ。

 実家もそうだけど、客商売って時々理不尽だとつくづく思う。


「ラサミス、これが俺のお古の装備だ。シルバーアックスと鉄のブーメラン、

 ハンドボーガン。それと防具にはこの幻獣の皮で出来たベストとズボンがいいだろう」


 そう言いながら、黒のインナーの上に、紅い魔法の軽鎧ライトアーマー

 着込んだ兄貴が冒険者ギルドの預かり屋から受け取った装備を俺に手渡す。


 事情聴取で一日潰された兄貴とドラガンが解放された翌日に、

 俺達は事の発端の依頼者である猫族ニャーマンの王に一連の流れを

 報告する為にニャンドランド行きを決意。



 魔法戦士のドラガン。 ブレードマスターの兄貴。 聖騎士パラディンのアイラ。 魔法使いメイリン、女僧侶プリーステスエリスという豪華な面子となった為に兄貴の薦めもあり、俺は拳士フィスターからレンジャーに転職クラスチェンジした。


 火力は充分足りてるから、エリスのサポート役として攻守のバランスが

 取れたレンジャーがいいとの話。 

 断る理由もなく俺は承諾して、手渡された装備を装着する。


「うん、なかなか似合ってるぞ、ラサミス」


「そ、そうかな? まあレンジャーが一番レベル高いからちょうど良かったよ」


「うん、うん。 カッコいいわよ、ラサミス」


「悪くないじゃない。 でもその装備は兎狩りのラサミスには勿体なくない?」


 兄貴とエリスは素直に褒めるが、一々水を差すメイリン。


「ほっとけよ! どうせ俺は只のラビットハンターだよ!」


「でも拳士フィスターの時は活躍してなかった? 

 リザードマンとのガチバトルでも力押しで勝ったし、

 一昨日の襲撃にも機敏な動きで何人かやっつけたじゃん!」


 と、落とした後で持ち上げるメイリン。


「そういやそうかもな。 闘気オーラの使い方を理解したら、

 なんか戦いのバリエーションが増えた気がする。 

 まあ気のせいかもしんないけど……」


「いや気のせいでないと思うぞ。 確かに私が助言したが、

 センスがなければあそこまで闘気オーラを自由自在には使いこなせないぞ」


「ああ、闘気オーラの扱いは案外難しい。 

 俺の眼から見てもなかなかだったぞ。 

 そういや母さんの現役時代は拳士フィスターだったな。 ……血筋かな?」


 そういやそうだった。 

 ガキの頃、叱られた時に食らったお袋のビンタはマジ痛かった。


「要は慣れと経験さ。 多様な職業ジョブをこなせるのは間違いなく才能だ。今まではそれを生かす道がなかっただけだ。 現に今お前がレンジャーになってくれたおかげでバランスの取れたパーティになった。 だからもっと自信を持て!」


 と、ドラガンがフォローしてくれた。

 こう言われると悪い気はしない。 

 俺は気持ちを切り替えテンションをやや上げた。


 とりあえず目的地は猫族ニャーマンの王都ニャンドランド。

 このリアーナから馬車を使えば、

 大体二日ぐらいでニャンドランドに着くらしい。


 今の時間はちょうど正午を迎えた頃。 

 今から行けば、野宿するのは一日で済むだろう。


 馬車の待合所に向かい、俺と兄貴とドラガン。 

 アイラ、エリス、メイリンというグループに分けて、

 俺達は料金を支払い馬車に乗り込んだ。


 小さめの馬車だが、御者台と一体になった乗客席の後ろに、

 荷台部分が接続されていたので、俺達は必要最低限の荷物だけ持って、

 残りの荷物を荷台に置いた。


 馬車がガタゴトと揺れて、ニャンドランドへ向けて出発する。

 俺と兄貴が並んで座り、俺達の正面にドラガンが座った。


 馬車の横手には小さな窓がついており、

 俺はそこから外の風景を眺めていた。

 兄貴は腕組みしながら、無言で何やら考え込んでいる。


 ドラガンも特に何も語らず、会話がないまま時が流れる。

 多分隣の馬車ではメイリンが窓の景色を眺めながら、

 キャーキャー騒いでるだろう。


 それに微笑みながら相槌を打つエリス。 苦笑するアイラ。 

 見なくてもわかる光景。 一方こちらは野郎三人で無言状態。 

 やや重苦しい空気の中――


「なあ? 少し質問していいかな?」


 と、俺は沈黙を破るべくそう尋ねた。


「なんだ? 言ってみろ」と、ドラガン。


「いやさ。 なんで兄貴達は王族とコネクションがあるんだい? 

 やり手の冒険者は貴族や王族からも依頼を受けるらしいけど、

 兄貴達もその口なのか?」


 俺は前から疑問に思っていた事を言葉にする。

 兄貴達が凄腕の冒険者なのは素直に認める。 


 だが『暁の大地』で冒険、探索向きの冒険者は、

 ドラガン、兄貴、アイラに限られる。 


 連合ユニオンとしての規模も精々中規模。 

 そんな連合ユニオンをなんで王族がわざわざ選んで依頼したのであろうか。

 それにどの種族問わず王族に会うには、色々と面倒な手続きや前準備が多いという。 という俺の疑問に、ドラガンが「ほう」と興味深そうに双眸を細めた。



「ラサミス、お前やっぱり馬鹿じゃないな。 

 意外と細かい所に神経が行き届いてるな。 

 そういう嗅覚は冒険者として貴重だから、大切にしろよ?」


「はあ、忠告ありがとうッス」


「……でお前の疑問だが、答えは肯定だ。 確かに我々……いや正確には

 拙者は猫族ニャーマンの王族にそれなりに太いコネクションを持っている。 

 理由は簡単だ。 拙者が現国王ガリウス三世の血を受け継いでいるからだよ」


「へえ、国王の血をねえ。 ……ってそれじゃアンタは王子様ってわけか!?」


 思わず素っ頓狂な声を上げる俺。 

 だがドラガンは落ち着いた声で俺の問いに答える。


「いや正式な王位継承権はない。 拙者は所謂、寵姫の子だ。 

 まあ幼年期は何不自由ない生活を送っていたが、

 宮廷という所はまるで蜘蛛の巣のように欲望と陰謀が渦巻いている。

 こちらにその気がなくても、王位継承権を持つ王子や王女からすれば

 拙者は目障りな存在。 だから何度も命を狙われたよ。 

 正直それに嫌気がさしてね。 国王に頼んでリアーナに移住したわけさ。

 ただ王としては気がかりなのか、父親としての情か知らぬが、

 拙者との関係を完全に絶ちたくないらしくて、

 時々依頼という形で相まみえる事があるのさ」


 ドラガンの言葉に俺は思わず「へえ」と言いながら、驚いた。

 こういっちゃなんだが結構波乱万丈な生い立ちだな。

 でも確かにドラガンには妙な貫禄があり、ドッシリと腰を据えた所がある。


「……なるほどね。 そういう話ね。 納得したよ」


「だがこの件に関しては内密で頼む。 エリス達には言うなよ?」


 俺は黙って頷いた。 

 メイリン辺りが知ると「キャー、キャー」騒ぐのは目に見えてる。

 そういうのが煩わらしいから、

 ドラガンは王都からリアーナへ移住したのだろう。


「でも今回の騒動の発端はニャルララ迷宮で

 知性の実グノシア・フルーツを見つけたからだよね? 

 王様は迷宮に知性の実グノシア・フルーツがあると知ってたのか?」


 俺がそう質問すると、兄貴が首を左右に振った。


「それはまずないだろう。 今回の依頼はあくまで迷宮の地質調査だった。 

 何でもここ数年で迷宮内の魔力数値が跳ね上がったとの事だ。 

 そのせいでモンスターも活性化して、調査が困難になり、

 冒険者の俺達に依頼したというわけだ」


「へえ、なんで迷宮内の魔力数値が跳ね上がったんだろう。 

 でもそういやハイネガル周辺の洞窟やダンジョンでも

 モンスターが活性化してたな。 これも関係あるのかな?」


「……あるかもしれん。 どうもここ数年の間に各地でモンスターの動きが

 活性化しているらしい。 詳しい原因は究明されていないが、

 今回の件と無関係とは思えんな。 ニャルララ迷宮に

 知性の実グノシア・フルーツが現れたのも何かの前触れかもしれん」


 と、兄貴。


「……何かの前触れね。 あともう一つ質問いいかな?」


 俺の問いにドラガンと兄貴が無言で頷く。


「……マルクスってどんな奴だったの?」


 俺の問い掛けに二人はしばらく押し黙る。

 もちろん俺もマズい話題という事は承知してる。 

 だがこれから戦う可能性がある相手の事を知っておくのは必要だと思う。 

 それを悟ったようでドラガンが口を開く。


「……そうだな。 掴みどころのない奴だったよ。 

 いつも冷淡で感情を表に出さない男だった。 

 だが事戦闘においては非常に頼りになる奴だった。 

 どんな苦境にも動じず、最後まで諦める事無く、

 懸命に戦い、仲間を守っていた。 

 寡黙な奴だったが悪い奴ではない……と思っていたんだがな」


 何処か苦々しげに語るドラガン。


「ふぅん、話を聞く限り、無口だけど頼れる男って感じだね。

 でもそんな奴が金だけが目的で仲間を裏切るかな? 

 どうにもピンとこないんだよなあ」


「それは俺も同感さ。ザインは別として、マルクスがああいう暴挙に

 出るとは思わなかった。だがどういう理由があれ、

 奴は裏切り者、今は敵だ。 それが全てだ」


 と、兄貴が諭すように言った。

 兄貴の言う事はわかる。 でも俺の中で何かが引っかかる。


「そういえば奴もライルにだけは心を開いてたような気がするな」と、ドラガン。


「……そうか?」と、問い返す兄貴。


「ああ、戦闘でもライルと組む事が多かったし、

 お互いに阿吽の呼吸で相性も良かった。 

 ライルと話してる時はアイツも少しだけ笑ってたような気がする」


「自分ではよくわからんな。 でももう過去の話さ。 

 今の奴は我々の敵で知性の実グノシア・フルーツをエルフ族に

 売りつけた裏切り者だ。 そして俺達は奴の悪行を阻止して、

 これ以上火種が広がらないようにするだけだ。 

 だからもう余計な詮索はするな」


 兄貴の言葉に俺も「うん」と頷いて、これ以上の詮索はやめた。

 確かにこれ以上相手の事を知ると戦いにくくなる。 


 少なくとも今の状況ではマルクスの企みを阻止して、

 知性の実グノシア・フルーツがこれ以上悪用されないように

 するのが最善の策。 そう思いながら俺はいつの間にか

 うとうとしながら、軽い眠りについた。

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