第18話 光と影

 

 そこで夢から覚めた。

 野営用テントの隙間から日の光が差し込んで来る。

 

「……チッ、嫌な夢だったぜ」


 捨て去った過去を思い出して、不快そうにマルクスは舌打ちする。

 するとマルクスの傍で抑揚のない声が聞こえてきた。


「オハヨウ、マルクス。 ヨク寝ムレタカ?」


 声の主はペットであるブルードラゴンの赤ん坊のブルーであった。


「まあな、ブルー。 お前は眠れたのか?」


 マルクスの問いにブルーはコクリと頷いた。


「そいつは良かったな。俺が寝ている間、異常はなかったか?」


「特ニナカッタ。デモ伝書鳩ガ今朝方辿リツイタゾ」


「そうか。ならば早速確認しよう」


 黒いタートルネックのシャツに黒いズボンという

 格好でマルクスはテントから出た。 

 すると近くの木々の枝の上に伝書鳩がとまっていた。

 その足元に綴られた紙片を広げて目を通す。


 ――ザイン敗れたり。 ライル達に協力者が現れたる模様


 とだけ書かれていた。


「やはりザインでは奴等の相手は荷が重かったか。まあ構わん、元々奴は捨て石。だが気になるのはライル達の協力者だな。 どういう連中か探るようにまた情報屋に命じておこう。 とにかくこれでライル達も俺に対して本気になるだろう。それこそが……」


 と、途中で口を噤むマルクス。

 マルクスは「ライルの協力者の情報を求む」とだけ記した紙片を伝書鳩の足元に括りつけて、掌に魔力を溜めて暗黒魔法『追跡トラッカー』を詠唱する。 暗黒魔法『追跡トラッカー』は指定した対象を自身が過去に行った事がある場所や座標に誘導して、それから使用者の魔力を追跡して使用者の許に戻す魔法だ。 


 こうすれば伝書鳩が指定した場所へと羽ばたき、確実に戻ってくるのだ。

 リアーナにはマルクスの息のかかった情報屋やマフィアなどが多数存在した。


 様々な人種が集まるリアーナでは、そういった人種との人脈は大切だ。 いつ何が起こるかわからないから情報という存在は非常に大切である。 『追跡トラッカー』を受けた伝書鳩が木々から飛び立ち、大空へ羽ばたく。


「マルクス、起きてたのか?」


 と、背後から体格の良いエルフの男が声をかけてきた。

 そのエルフの男は金髪金眼でオールバックの髪。 


 端正なマスクの所有者だが目つきは悪く非常に鋭い。 

 黒装束を纏い、肌は白く、身長は174セレチ(約174センチ)と

 エルフにしてはやや低いが、非常に均整の取れた筋肉が

 体中についており、いたる所に刀傷や生傷がある。 

 それだけで男が堅気の人間ではない事を物語っていた。


「ダニエルか。リアーナに派遣した仲間がやられた。 敵――『暁の大地』に協力者が現れたようだ。 恐らく奴等はニャンドランドへ向かうだろう」


「そうか、アンタは最初からこうなる事を見越して、俺達を雇ったのかい? それと何故連中の行き場所がわかるんだい?」


 と、ダニエルと呼ばれたエルフの男が顎に指を当てて尋ねた。


「まあな。 団長のドラガンと副団長のライルはリアーナでも名の通った冒険者だ。 奴――ザインでは勝てないのはわかっていた。 だがこれで奴等も本気になるだろう。それと俺は奴等の事をよく知っている。 だからまずは依頼者である猫族ニャーマンの王に報告して、指示を仰ぐだろう。奴等は真面目だからな」


「ふうん。 アンタ、連中に恨みでもあるのかい?」


「ん? 何故そう思う?」


 と、逆に問うマルクス。


「いや、まるでこの状況を愉しんでるように見えてね。 ふと思ったのさ」


「……そうかもしれんな。ドラガンもライルも凄腕の冒険者だ。

 奴等を戦うと思うと自然と身が引き締まる。だからお前達の協力が不可欠だ」


 そう言ってマルクスはダニエルに視線を向けた。


「まあ俺としては大金で雇われたから、

 命令には従うさ。 シリア、お前もだろ?」


 と言いながらダニエルが後ろに振り向いた。

 後ろには銀製の両手杖を持ったフード付きの

 蒼いローブを纏ったエルフの女が居た。 


 身長は170前後、フード越しに見えるその顔は非常に整っているが、

 表情は暗く全体的に陰気な雰囲気。 


 銀髪碧眼で体系は非常にスリム、というか痩せ過ぎだ。 

 だが胸の辺りだけは大きく膨らんでおり、同性から嫉妬を買いそうだ。 

 か細い手足を手にした銀製の杖で支えている姿が妙に暗い印象を周囲に与える。


「……契約を結んだからには命令には従うわ」


 と、低い声で答えるシリアと呼ばれたエルフの女。


「だそうだ。俺も基本的にアンタの命令には従うよ。 何故仲間を裏切ったとか、戦いたがるとかも気にしない。 俺は暗殺者アサシン、シリアは死霊使いネクロマンサー。 アンタ同様影の世界の住人さ。だから大金を貰えば誰にでも従うよ。 ただ仕事のやり方に関しては、俺達に任せて欲しい」


「ああ、それは任せるよ。 お前等の腕を信じてるからな」


「ありがとうさん。 しかしアンタ本気かい?」


「……何がだ?」と、マルクス。


 ダニエルは冷笑を浮かべて答えた。


「アンタがエルフの王に何を売りつけたかは、冒険者の間でも噂になってるぜ。エルフの俺が言うのもなんだが、エルフは尊大で傲慢な種族だ。 しかも相手は王だぜ? 恩は忘れても恨みは忘れないのが奴等の本質だ。 だから色々気をつけた方がいいぜ?」


 ダニエルの言葉に思わず苦笑するマルクス。


「忠告ありがとうよ。だが俺もそれなりに覚悟は決めている。 神の遺産ディバイン・レガシーに関わればどのみちただでは済まん。食うか、食われるかだけさ」


「へえ、やっぱり神の遺産ディバイン・レガシーを王に売りつけたんだ。

 アンタも神経が太いね。 場合によっては種族間の戦争が起きかねない代物だぜ?」


「ああ、だから俺は仲間を裏切り、それを奪い王に売りつけた。 どの種族も表向きは平穏を保っているが、隙あらば裏をかくことを考えている。そういう意味じゃ格好の材料だったな。

もっとも後の事は知らん。俺は金が欲しかっただけさ」


 マルクスの言葉にダニエルは双眸を細めた。


「……ホントに金だけが目的なのかい?」


「……余計な詮索はするな」


「それもそうだな、んじゃ準備が出来次第出発しようぜ」


 と、肩を竦めるダニエル。


「ああ、――ではシャドウ・ゲートを開くぞ」


 そう言ってマルクスは眉間に力を込めた。

 するとマルクスの掌から禍々しい魔力が練りだされる。

 そして数秒ほどすると、マルクス達の前にシャドウ・ゲートが現れた。


「……行き先は何処だい?」と、ダニエル。


「それは着いてからのお楽しみだ。 とりあえずお前等二人が先に行け」


「……了解、それじゃお先に!」


 と、言いながらダニエルはシャドウ・ゲートの中に入った。


「……お先に」


 続いてシリアもゲートを潜る。

 ブオンという鈍い音と共に二人の姿が視界から消えた。

 それを眺めながら、マルクスは指をパチンと鳴らせてブルーを呼び寄せた。


「マルクス、ドウシタ? 後ヲ追ワナイノカ?」


 相変わらず抑揚のない声のブルー。

 ブルーの問いにマルクスは答えず、しばしの間、立ち尽くしていた。


 結局、知性の実グノシア・フルーツの苗木は

 約束通り後金一億でエルフに売りつけた。

 その金でダニエルとシリアを雇い、ライル達が必ず来るであろう

 ニャルララ迷宮で彼らを迎え撃つ、それがマルクスが描いた絵図である。 


 本音をいえば金なんかどうでもいい。


 エルフに売った知性の実グノシア・フルーツは恐らく今後の火種になるだろう。 王が自身で食するか、あるいはドラゴンなどの強力なモンスターに食べさせて何かを企むかもしれない。 だがそんな事はマルクスの知った事ではない。


 エルフがどうなろうと、それ以外の種族がどうなろうと知ったことではない。

 ただそのきっかけを自分が作ったと考えると、歪んだ笑みが自然と浮かぶ。


「フッ、俺もつくづく歪んでいるな……」


 と、自嘲気味に笑うマルクス。

 思えば自分が幼少の頃から周囲に翻弄されて生きてきた。


 時に悲しみ、時に苦しみ、時に絶望する。

 無力な自分を呪い、力を求めた。 だが力を手に入れても満たされなかった。


 だがそんなマルクスが初めて居心地の良さを感じたのが『暁の大地』である。

 ドラガンの事は嫌いでなかったし、それなりに敬意の念を抱いていた。


 一座の芸を見て癒される事もあった。 

 そしてあの男――ライルと過ごした時間はマルクスに奇妙な感情をもたらせた。 


 何処までも真っ直ぐで好奇心と冒険心に満ちたライルはマルクスに

 とって眩く、そして遠い存在であった。 初めて他人に嫉妬心を抱いた。


 ――俺も出来るものならこの男のようになりたい


 だがそれは適わぬ願い。 

 光と影。 それがライルとマルクスの関係。


 ならば影としては光に一矢を報いたい。 

 それが日陰者の最後の意地。適わぬならせめて光と本気で

 真っ向正面から戦いたい。 それがせめてもの望み。


「ふふふ、我ながらどうしようもない」


 その時、マルクスは軽い眩暈を感じた。

 そして次の瞬間、彼の右手がふるふると震えだした。


 眩暈だけでなく、妙に身体が熱い。 

 そういえば知性の実グノシア・フルーツを食した

 ヒューマンの王が不老長寿を得たが、練り出される強力な魔力に

 肉体がついていけず、最後には発狂して、自ら命を絶ったという

 昔話を聞いた事がある。 肉体とは魔力を蓄える容器のような物。


 その貯蔵力を上回れば、当然魔力は容器から溢れ出す。

 自身の魔力抵抗より上回る魔力を保有するのは想像する以上に苦痛である。


「ふふふ、これは長くないかもな……」


 と、自嘲気味に笑うマルクス。

 だが後悔はない。 自分には後悔するような物など持ち合わせていない。


 どのみちあの日から――竜騎士の最終試練の日から自分の精神は死んだも同然。

 どうせおまけの人生。 ならば精々派手に踊って、散ってみせるか。


「マルクス、遅イゾ、早ク二人ノ後ヲ追エ!」


 ブルーの言葉にマルクスは肩を竦めながら、ゆっくりとシャドウ・ゲートを潜った。



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