第三章 種族の坩堝(るつぼ)

第11話 中立都市リアーナ


 様々な種族が集まる中立都市リアーナ。

 澄んだ湖と、緑にも恵まれたこの街は街中の到る所に水路が張り巡らせていた。


 街を彩る建造物は木造建築から赤いレンガで造られた家。 

 お菓子のようにカラフルな色彩の建物。 

 質素で味気のない建物、と様々である。


 ヒューマン、猫族ニャーマン、エルフ、竜人。

 そのそれぞれの種族に適応した建築物が街の到る所で見受けられた。


 中立都市リアーナは異様にわきたっていた。 

 商談が繰り返され、物見高い群衆がつどい、様々な種族が集まった

 喧噪の中には様々な顔ぶれがある。 


 一攫千金を夢見る冒険者や傭兵達、大声で客に呼びかける商人、

 白い法衣を纏った巡礼者の一団、ベールをつけて肌を露骨に

 露出させた各種族の商売女など。 


 種族の坩堝るつぼと呼ばれるだけの事はある。 

 商売人の客引きも凄まじい。

 俺達が物珍しげに店を覗いていると、突如声が掛けられた。



「お客さん、お客さん。 この街は初めてかニャ? 

ならリアーナ名物の猫饅頭ねこまんじゅうがお勧めですニャ。 

隠し味の魔タタビが絶品なんだニャ!」


 そう声を掛けてきたのは二足歩行をしている

 体長四十セレチ(約四十センチ)くらいの猫だった。 


 まん丸の可愛い瞳。 見た目は普通の猫だが、ちゃんと言葉を喋っている。

 これが、リアル猫族ニャーマンか! スゲえマジで喋ってるじゃん!


「リアル猫族ニャーマンキタアアアァァァ――――――!!」


「本当にネコさんが喋ってるのです!! スゴいです!!」


 リアル猫族ニャーマンを前にして、

 目をキラキラと輝かせるメイリンとエリス。

 すると目の前の商売人の猫族ニャーマンが僅かに口の端を持ち上げた。


「可愛らしいお嬢さんが二人も居るニャ! 

 お嬢さん、この猫饅頭は美容にもいいんだニャ。 

 美白効果、魔力回復効果もあるんだニャ。 

 そっちのトンガリ帽子のお嬢さんは魔法使いだニャ? 

 ならこの猫饅頭の詰め合わせがお勧めニャ! 

 今ならたったの三千グランだニャ、お買い得なんだニャ!!」


「美白効果に魔力回復効果、ゴクッ……これは買うしかない」


「なら買うニャ! 買って欲しいニャ! 美少女魔法使いのお嬢さん!」


「買う、買う、買う! はい、三千グラン!!」


 メイリンが自分の財布から三千グラン金貨を取り出して、猫饅頭を購入。


「ありがとニャ! いつでも来てニャ、待ってるニャ!」


「来る、来る、何度でも来る!」


 と、メイリンが鼻息を荒くする。 

 エリスもその後ろで「ウンウン」と頷いている。

 だが俺は確かに聞いた。 


 商売人の猫族ニャーマンが「ヒューマンはチョロいぜ」と小声で呟いたのを。   まあでも当のメイリンが満足そうだから、いいとするか。



「おっ、そこのイケメンのお兄さん! 

 猫饅頭もいいけど、ウチのドラゴンバーガーもお勧めだよ! 

 肉汁もたっぷり、筋力増加効果もあり、日持ちもするお得な土産だよ!」


 イケメンという言葉に吊られて、俺は声の主の方向へ向いた。

 するとそこには頭部に漆黒の二本の角を生やした、

 身長二メーレル(約二メートル)を超える褐色の肌の男性の姿があった。 


 間違いない。 ――竜人だ!


「竜人……! デカくてカッコいいじゃん……」


「いやいやお兄さんもイケメンだよ! 

 あんな美女三人も引き連れて、羨ましい限りだよ、このこの!」


 随分と乗りが軽いな、この竜人。 でも悪い気はしない。


「いやあ……まあそれほどでもないよ。 アハハハ」


「お兄さん、観光かい?」


「いやちょい仕事絡みでね。 ハイネガルから来たんだよ」


「へえ、ハイネガルかい。 もしかしてお兄さん、冒険者?」


「ん? ああ……一応そうだよ」


「ならこのドラゴンバーガーはマジでお勧めよ! 

 普通の食事としても美味しいけど、

 戦闘前に食べると筋力増加効果もある優れ物よ。

 今なら一個たった五百グランだよ!」


 五百グランか。 まあそれぐらいなら買っても損はないな。


「んじゃ一個ください……」


「毎度あり! いつでも来てね、イケメンのお兄さん!」


 五百グランと引き換えにドラゴンバーガーを受け取る俺。 

 とりあえず小腹が空いていたので、一口かじってみたが、まあ悪くない味だ。 

 五百グラン分の価値はあるな。


「見て、見て、ラサミス! 猫さんだけじゃなくて、エルフに竜人さんも居るわ!」


 と、子供のようにはしゃぐエリス。


「おお、噂通りエルフは美形だな。 竜人は男女問わずデカい!」


 高貴で上品な美形のエルフの男女。 

 頭部に漆黒の二本の角が生えた体格の良い竜人。 

 愛くるしい猫族ニャーマン。 うーん、活気があるなあ。


「フフフ、楽しんでるようだな。だが土産物はほどほどにしておけ。

 彼らは一つ商品を売れば、二つ目、三つ目と延々と売り続けるぞ、

 ここの商人は逞しいからな」


 と、アイラが微笑を浮かべて話掛けてきた。


「だよな? エリスとメイリン、

 完全に猫族ニャーマンのカモにされてるぜ? 

 というかあいつ等代金受け取った瞬間、微妙にわらってるんだけど……」


「ふふふ、そういう君も竜人やエルフに見惚れたじゃないか」


「いやそこは外せないでしょ? やっぱ一度は見ておきたいじゃん!」


「このリアーナを気に入ってくれたようで、何よりだ。 

 だが観光ならいつでも出来る。 

 とりあえずまずは我々『暁の大地』のホームへ向おう。 

 そこでライルが待っている」


「そうだな。おい、エリス、メイリン!買い物は後でしろ!目的を忘れるな!」


「はーい」「はいはい」



 猫饅頭などの土産物を抱えながら、エリスとメイリンは

 ホクホク顔で喜んでいた。 こいつ等、乗せられやすいな。 

 確かに猫族ニャーマンは可愛いが、あいつ等その愛くるしい見た目を

 利用して、商売してるぞ。 猫族ニャーマン、侮れないぜ。


 アイラの後をプラプラと歩きながら、俺やエリス達はその辺の屋台で

 買った焼き鳥の串焼きを手に、キョロキョロと周囲を見回していた。


 あらゆる場所に水路が張り巡らされて、随分と清潔そうな街並み。 

 緑も豊かだ。


 市場の喧噪を越えて、俺達は街はずれのカラフルな

 色彩のお菓子のような館の中に入った。


「ここが我々『暁の大地』の拠点ホームだ。 

 見ての通り団長が座長を務める旅芸人の一座もここに住んでいる。 

 ウチの連合ユニオンはどちらかというと冒険者というより、

 彼らのような旅芸人、また生産職で生計を立てる職人が多い」


「へえ、なかなか立派じゃねえか。そういう所帯じみた雰囲気も悪くねえじゃん」


「ふふふ、そう言ってもらえると助かる。おい、シンシア。団長は居るかい?」


 受付のカウンターで緑のワンピースを着た煙管を吹かすチンチラシルバーの猫族ニャーマンに問うアイラ。 シンシアと呼ばれた猫族ニャーマン

「プワァ」と口から紫煙を吐いた。



「あら、アイラ。 帰ったのかい? そちらの三人は?」


「彼がライルの弟のラサミスだ。 彼女らはその友人のエリスとメイリンだよ」


「へえ、ライルの弟ね。 何処なく顔つきが似てるわね」


「ははは、ラサミスです。 よろしくお願いします」


 煙管を吹かせたシンシアと呼ばれた猫族ニャーマンはジッと俺達を見る。


「まあ来る者拒まず、去る者追わずがここのルール。 

 いいでしょう、あんた達を歓迎するわ。 

 ――ドラガン、ドラガン! お客さんだよ!」


 と、振り返り大声で呼ぶシンシア。

 奥の部屋のドアがバタン、と開く。


 そして体長六十セレチ(約六十センチ)くらいの黒猫の猫族ニャーマン

 ゆっくりとこちらに歩いて来た。 愛くるしいまん丸の緑の瞳。 

 利発そうな顔つき。 


 身に青いコートをまとい、頭上に白い羽根飾りのついた青い帽子を

 かぶり、首から眼装ゴーグルと小さな小瓶をぶらさげて、

 腰には細身の刺突剣を帯剣している。 


 恐らく彼が『暁の大地』の団長ドラガンであろう。

 ドラガンは俺達をジッと眺める。 どうやら品定めしているようだ。


 目が合うとエリスとメイリンがニコリと笑うが、ドラガンは表情を崩さない。

 そしてしばらくの間、俺の顔を視線を逸らさず、眺めて「フム」と呟いた。



「――お前がラサミスか?」


「そうだよ、……じゃなくてそうです!」


「フム、なかなかふてぶてしい顔つきだな」


「ハア、それはどうも……」


 ドラガンは「コホン」と咳払いしてから、自己紹介を始めた。


「アイラから話を聞いていると思うが、

 拙者が『暁の大地』の団長ドラガン・ストラットである。 

 こう見えて冒険者としても経験豊富だ。 職業は魔法戦士。 

 レベルは38だ。 猫と思って侮らないようにな」


「「「はい」」」と口を揃える俺達三人。


 ドラガンは顎に指を当てて、満足そうに頷いた。


「ここに出向いたという事は君達もアイラから事の用件を聞いたであろう。 

 正直に言うおう。 我々『暁の大地』はピンチに瀕している。 

 君達の助力を心から感謝する。 詳しい事は後で説明するから、

 今日の所は旅の疲れを癒してくれ」


 そう言ってドラガンは顎をしゃくり「付いて来い」と合図する。

 俺達はゆっくりとドラガンの後ろを歩く。 


「二階に空き部屋がある。 三部屋を貸す余裕はないから、そっちのお嬢さん方は相部屋で頼む。 ラサミスは特別に個室を与えてやるよ」


「ハア、お心使い感謝します」


 俺達は螺旋状の階段を登り、二階へ進む。

 途中、大きな部屋で職人らしき人達が、懸命に裁縫仕事に従事する姿が見えた。


「彼らもウチの団員だ。 ウチは冒険者より生産職人の方が多くてね。 

 総団員数は二十名以上だが、冒険や戦闘に向いてない団員が多い。 

 だが彼らが作る商品は顧客にも好評で連合ユニオンを支えてくれている。 

 まあ冒険や戦闘ばかりが連合ユニオンの形じゃない。 

 ウチの連合ユニオンや旅芸人一座を支える貴重な戦力さ」


 と、ドラガンは何処か誇らしげに言った。


「あのう、ドラガンさん」


「なんだね、トンガリ帽子のお嬢さん?」


「あ、アタシはメイリンと言います。 見ての通り魔法使いです。 

 こっちが女僧侶プリーステスのエリスです。 

 それでアイラさんから聞いたんですが、

 ドラガンさんは旅芸人の座長も勤めてるというのは本当ですか?」


「うむ、事実だニャ……じゃなく事実だ」


 するとメイリンは目をキラキラを輝かせ始めた。


「じゃあじゃあ、猫族ニャーマンのサーカスのチケットは手に入りますか?」


「ああ、入るニャ、じゃなくて入るぞ。 メイリンは芸事に興味あるのか?」


「はい! リアーナに来たら、絶対生で猫族ニャーマンのサーカスを見たいと思っていました! 多少値が張っても、チケットが欲しいです。 座長のコネでオナシャス!」


「ちょ、ちょっ……顔が近いニャ、鼻息が荒いニャ!」


 なんかドラガンの語尾にニャが付いてるぞ。 もしかしてこっちが素?


「流石に今日の今日では無理ニャ、……無理だ! 

 でも今夜ウチの一座が広場で公演するから、良かったら招待するだニャ! 

 と、とりあえず落ち着くんだニャ!」


「おおー!今夜公演があるんですか! 是非招待を!エリスもお願いしなさい!」


「お、お願いします! 是非、ドラガンさんの芸が見たいのです!」


 美少女二人に迫られて、ドラガンも少し気を良くする。


「ふむ、なかなか好奇心旺盛なお嬢さん方だ。 

 コホン、いいだろう。 我らの芸をとくと見せてやろう。 

 とりあえず部屋に荷物を置こう。 話はそれからだ」


「「はーい」」と元気良く返事するメイリンとエリス。

 


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