第12話 兄貴との再会


 部屋に案内されて俺達は荷物を置いた。

 エリスとメイリンの部屋は質素だが清潔感のある部屋だったが、

 俺の部屋は少々狭くて汚れていたが、まあ男なんでこれは我慢しよう。 

 住めば何とやらというやつさ。


 コン、コン、コン。 

 俺の部屋のドアがノックされる。


「空いてますよ、どうぞー?」


 ガチャリとドアが開き、黒のタンクトップと赤のタイトスカート姿のアイラが入ってきた。 こうしてみると本当にスタイルいいよな。 正直ドキドキするぜ。


「どうやら君達はドラガンに気に入られたようだな。 ああ見えて彼は気難しい。 それをすぐ打ち解けてくれて、私としても助かるよ」


「ハア、でも彼なんか無理してない? 

 なんか無理に威厳あるように振舞ってる気がするんだけど……」


「ほう、意外と君は鋭いな。 まあ正直言うと素の彼は、もっとフレンドリーで親しみやすい。 だがライルの弟とその友人の前だから、舐められないように威厳あるように振舞ったのだろう」


 意外はよけいだよ。 

 途中から語尾に「ニャ」ついてたし、誰でもわかるって!


「……そういえば兄貴は何処に居るんだ?」


「ああ、今から案内しようと思ってたんだ。 

 私の後についてきたまえ」


 アイラの言葉に俺は「ああ……」と小さく頷いた。

 アイラの後を追い、部屋から出るとエリスとメイリンと出くわした。


「ラサミス、ライル兄様と対面するのね。 感動の再会ね!」


「ん? 感動かどうかはしらないが、三年ぶりの再会だな……」


 エリスの言葉に俺は適当に答えて、首筋を指で掻いた。

 正直いうと今の自分の気持ちがよくわからない。 


 確かに俺はかつて兄貴に憧れていた。 だがそれは俺が子供の頃だ。 

 あのくらいの年なら父親や兄貴を実像以上に大きくみるのは珍しい事じゃない。 


 でも今の俺は現実という壁にぶつかって、多少なりとも世の中を知った。 

 兄貴が昔言ったように冒険者という職業に対する憧れの思いも今はない。 


 なにせ自分自身が負け組の冒険者なんだからな。

 だがそれでも胸の何処かで何かを期待する衝動が存在する。


「アタシ達も後で挨拶に行くわ。

 とりあえずアンタ一人で感動の再会をしなさい」


「あいよ、んじゃエリス、メイリン。 ――後でな」


 と、適当に手を振り、アイラの後を追う俺。

 するとアイラは二階の一番隅っこにある部屋の前で

 足を止めて、ドアを数回ノックする。


「ライル、私だ。 君に会わせたい人を連れてきた。 

 ――今、大丈夫か?」


 すると中から――


「ああ、構わんさ。 鍵はかかってないから、入りたいなら好きにしろ」


「ああ、わかった」


 アイラが短くそう答えると、彼女が手招きして俺を呼び寄せた。

 このドアの向こうに兄貴が――ライルが居るのか。 


 俺は小さく深呼吸してから、ドアのノブを回して中に入った。

 部屋の中は俺の部屋と同じくらいの広さで狭いが、

 小まめに掃除しているのか、こざっぱりとしている。 


 小さな木のタンスと机。 

 それと木製のベッドがあるだけだ。


 そのベットの上に俺と同じ白銀色の長髪の男が腰掛けていた。

 肩口までかかる見事な白銀の長髪、秀麗な眉目だがその眼光は鷹のように鋭い。


 彫りが深くて、精悍な顔つき。 体格は細身だが、がっしりしており、

 肩幅が広く手足もすらりと長く、黒いシャツと青いズボンに

 真っ赤なネッカチーフを巻いていた。


 間違いない、俺の記憶の中にある兄貴――ライルと同じ姿であった。

 ベットに腰掛けたその長髪の男が手にしたナイフを研ぎながら、

 俺の顔を凝視する。 眼を大きく見開いてから、

 数秒ほどこちらを見据えて一言漏らした。


「……ラサミスか?」


「う、うん。 ……兄貴だよな?」


「……ああ。 そういうお前は大きくなったな。 ……見違えたよ」


「……そ、そうかな?」


「ああ、背丈ももう俺とそんなに変わらない」


「まあもうすぐ十六歳になるからね……」


「……そうか」


「……」


 何処となく会話がぎこちない。 無理もないなにせ三年ぶりだからな。

 兄貴は手にしたナイフをベッドの上に置くと、視線をアイラに向けた。

 その視線はやや険しい。 兄貴は頭を左右に小さく振った。


「アイラ、弟を巻き込んだな?お前の気持ちは嬉しいが、今回の件は本当にヤバいんだ。 確かに人手は要るが、よりによってラサミスを巻き込むとは……」


「す、すまない。 だが彼も承知の上で連れてきたんだ」


「……お前、ラサミスに喋ったのか?」


 兄貴の声がやや強張っている。

 アイラは少し動揺したように「ああ……」と返事する。

 すると兄貴が「ふう」と小さく嘆息する。


「お、俺がアイラに頼んだんだよ! 

 俺を兄貴の所へ連れてってくれってさ、

 だからアイラは悪くないんだ!」


「……そうか。気持ちは有り難い。

 だが俺としてはお前を巻き込みたくなかった」


「で、でもよ。 困ってるんだろ? アイラはわざわざハイネガルまで俺を訪ねにきたんだ。 それも兄貴やドラガンを想っての事だろ? そ、それに俺も兄貴の力になりたかったんだよ。 だからアイラを責めるなよ」


「……だがな、今回の件は本当にヤバいんだよ。 

 お前にもしもの事があったら、親父や母さんはどうする?」


 カチン。 俺の頭が急に熱くなる。 胸の鼓動も高まった。


「お、親父やお袋は関係ないじゃねえか! だ、大体三年も音沙汰なしで親父やお袋の話を都合よく持ち出すなんて卑怯だぜ!」


「……そうだな。確かに卑怯な言い草だったな。

 それに関しては謝る。 すまん」


「……それに俺もアンタに……兄貴に会いたかったんだよ……」


 と、俺はそう小声で言って、兄貴から視線を逸らした。

 よくわからない感情が俺の中で渦巻く。 


 ムカついてるのか、イラついてるのか。

 それもわからない。 もしかしたら俺は拗ねてるのか?


 兄貴の役に立ちたいと想って、遥々リアーナまで来たのに

 素っ気無く扱われたのが悔しいのか。 


 あるいは子供扱いされてる事に拗ねてるのか?

 だが兄貴は動じた様子も見せずに、

 俺を見据えながら、ゆっくりと口を開いた。


「そうか。 俺もお前に会えた事は嬉しいよ。 背丈も伸びて、顔つきももう一人前の男だ。 ……もうお前も冒険者なんだろ?」


「ああ、でも負け組冒険者だよ。 兄貴みたいに剣術の才能はねえし、どの職業を選んでも中途半端、取り得なんかありゃしねえ。 何もかも中途半端な器用貧乏野郎さ。 なにせこの間まで一人旅ソロで兎狩りしてたくらいだからな……」


 俺はやや自虐的に笑いながら、そう告げた。

 だが兄貴は笑う事も蔑む事も、同情する事もなく

 俺を真っ直ぐな視線で見据える。


「ラサミス、お前が冒険者になってどれぐらい経つ?」


「え? もうそろそろ一年だけど……」


「なら自分が負け組とか決めつけるなよ。 

 たった一年で何がわかる?」



 そういう兄貴は真剣な眼差しで俺の顔を凝視する。

 だが俺にも言い分がある。 俺は胸の中にある感情を吐き出した。


「でも現実なんだよ。 世の中努力とかではどうにもならない事があるんだよ。 俺だって最初の頃は『絶対諦めない』と自分の可能性を信じて、頑張ったよ。 でも戦士ファイターに始まり、拳士フィスター、魔法戦士、レンジャーと四職やったけど、何もかも中途半端なんだよ! 俺は兄貴と違って才能がないんだよ!」


「才能? お前は一年やそこらで自分に才能がないというのか?」


「だってエリスやメイリンは今じゃいっぱしの僧侶プリーストと魔法使いだぜ!それ比べて俺は……俺は……」


 俺は思わず言葉を詰まらせた。 

 正直自分でもかっこ悪いと思う。


 でもこれが俺の本音だ。才能がなくても夢を諦めず、

 努力しても報われない器用貧乏野郎の悲痛な叫びだ。

 もちろん普段ならこんな事を他人に言うわけがない。


 だけど久しぶりに会う兄貴を前にすると、俺の心の中の感情が激しく渦巻いた。

 だが兄貴は俺の言葉に真剣に耳を傾けている。 


 ――そして


「……決めつけるなよ」


「え?」


「自分で自分の可能性を決めつけるなよ。 お前の人生の主役はお前なんだ。 

 だから例えどんなに他人が眩しくみえても、惑わされるな。 

 お前の人生――物語の主役はお前なんだから……」


 兄貴の言葉が俺の胸にズシリと重く圧し掛かる。

 それは憐憫でも侮蔑でもなかった。 でも嘘偽りのない誠実な言葉であった。


 俺は何か言い返そうとしても、良い言葉が浮かばない。

 そんな俺を兄貴は真剣な眼差しで見据え、俺の言葉を静かに待つ。


「……俺だって出来るものなら主役になりてえよ、だけど、だけど……」


「ラサミス、別に主役だからといって華々しい脚光を浴びるわけじゃない。 もちろんそういう人間も居る。 だけど大切なのは自分に何が出来て、何をするかが大事なんだ。 他人から見たらつまらなくて地味な作業でも、与えられた役割をきちんと演じる事が大事なんだ。 だからお前はお前のやれる事をやればいいんだ」


「あ、兄貴……」


「…………」


 狭い室内に静寂が広がる。

 だが何故か俺のどんよりした気持ちは晴れて、熱い何かが込み上げてきた。


 そうか、俺は……俺は誰かに自分の気持ちを、

 やりきれない心境を聞いて欲しかったのだ。 

 とはいえエリスやメイリン相手に言えるわけがない。 

 友人相手とはいえ重い話だし、聞く方も労力を必要とする。 


 俺にもそれぐらいわかっている。 

 だから自分の感情を押し殺して、「器用貧乏」と馬鹿にされても、

 ヘラヘラと笑い平静を装った。


 でもやはり心の何処かでは不満はあったし、「こんなの俺じゃねえ」と思った。

 だから俺は変わるきっかけが欲しかった。


 そして兄貴の危機を救うという絶好の機会が訪れた。

 だから俺は遠路遥々リアーナまで来て、兄貴に会いに来た。


 そして兄貴は俺に同情する事もなく、真剣に俺の言葉に耳を傾けてくれる。

 そうか、結局俺も自分の話を誰かに聞いて欲しかったんだな。


 俺は思わず「ふう」と大きく溜息をついた。

 なんてこったい、我ながら恥ずかしいぜ。 でも多分これで良いんだと思う。


 カッコ悪いところも、ダサいところも、都合よく他人に

 擦り寄るところも含めて俺なんだ。 

 ならばその現実を受け入れて、俺は初めて前へ進める。


「な、なら俺はやっぱり兄貴の力になりてえよ! もちろん俺に何が出来るかはわからない。 ただの役立たずで終わるかもしれない。 でもアイラから話を聞いた時、俺は真剣に兄貴の力になりたいと思ったし、兄貴に会いたいと思った。 この気持ちには嘘偽りはねえんだ。 最近何してもつまらなくて、無気力で怠惰な生活を送っていた俺が人の為にそこまで思えたんだ。 だから頼む、兄貴! 俺にも手伝わせてくれ!」


そう言うと俺は兄貴の前で大きく頭を下げていた。


「……ラサミス、お前……」


 と、兄貴も上手く二の句が継げない。

 兄貴は口を開こうとしては、閉じる。 何を言うか悩んでるようだ。

 だがしばらくすると、観念したように髪の毛を乱暴に掻きながら――


「……わかった。 お前の好きにしろ。 正直言えば猫の手を借りたい程、人手不足なのは事実だ。 ただし、俺やドラガンの指揮下に入ってもらう。 正直今回の騒動はお前が思ってる以上に危険なんだ。 最悪死も覚悟しろ。 だが俺はお前を死なせるつもりはない。 やるからには必ず勝つし、この危機を乗り越える! だからどんなに苦しくても弱音を吐くな。 最後の最後まで諦めるな。 それが無理なら今すぐハイネガルに帰れ!」


「ああ、弱音も吐かないし、絶対に最後まで諦めないよ! ここに誓うよ!」


「……男と男の約束だぜ?」


「ああ、わかった。 兄貴やドラガンの命令にも従う。 

 そして本当に邪魔になったら、遠慮なく戦力外通告してくれ。 

 そしたら俺も素直に従うよ……」


「ならとりあえず今は旅の疲れを癒せ。 

 夜にドラガンの旅芸人一座の公演があるから、

 気が向いたら見物に来てもいいぞ。 

 俺も端役はやくで出演するからな……」


「あ、兄貴も出演するのか!?」


「ああ……まあただの端役はやくだがな。 でも演劇というのも悪くないぞ」


「ならエリスやメイリンと必ず観に行くよ!」


「……エリスやメイリンも来たのか? ふぅ、まあよかろう」


「それじゃ兄貴、時間まで俺は休んでいるよ」


「ああ、そうしろ」


 俺はそう言葉を交わして、ドアノブに手を回した。

 すると背後から兄貴が「ラサミス!」と呼び止めた。

 条件反射的に振り返る俺。 すると兄貴は僅かに口の端を持ち上げて――


「ありがとうな。 わざわざハイネガルから尋ねに来てくれて……」


 と、だけというと少しだけ気恥ずかしそうに視線を逸らした。

 この言葉だけでリアーナに来た甲斐がある。 そう思える言葉だった。

 俺も照れくさくなり、頭を掻きながら自分の部屋へ戻り、暫しの休息についた。

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