第二章 知性の実(グノシア・フルーツ)

第6話 期待と恐怖



 ハイネガルに着いた頃には、時刻は夜半を回っていた。

 冒険者ギルドで討伐の報酬を受け取り、三人で均等に分配する。

 本来ならこれで今日の仕事は終わりだが、道中で厄介な存在と出会った。

 俺の兄貴――ライル・カーマインの仲間という女騎士アイラ。


 音信不通だった兄貴の生存が確認されたが、

 どうやら厄介事に巻き込まれそうだ。 

 とは言え兄貴の近況を知りたいのも事実。


 仕方なく俺は酒場の二階にある自室にアイラを、

 更にはエリスとメイリンを招き入れた。


 部外者であるエリスとメイリンには、

「関わらない方がいいと思うぜ?」と釘を刺したが、


「私もライル兄様の近況を知りたいです!」


「アタシもライルさんには世話になったから、気になる!」


 と言って帰ろうとしないので、仕方なく同行を許した。

 俺の部屋はそれはそれは簡素で何もない部屋だ。 


 木製のベッドと机。 

 それと衣装棚と両親のお下がりのタンスのみが配置された小さな部屋。

 四人も入ると狭苦しい。


 女騎士アイラがベッドに腰掛けると、少し離れてエリスとメイリンもちょこんと座る。 俺は自分の机の椅子に座りながら、目の前のアイラをジッと見る。


 アイラは俺の視線から目を逸らさず、正面を見据える。

 さて、どう切り出したものか? と俺が思い悩んでると――


「道案内してくれた上に回復魔法で治療までしてもらって、かたじけない!」


「いえいえ、私、女僧侶プリーステスですし、ライル兄様のご友人なら私の友人ですわ」


「……君もライルと親しかったのか?」


「エリスでいいです、こっちの魔法使いがメイリンですわ!」


「あ、よろしくです。 アタシもライルさんには色々世話になりました」

 と、人の部屋で一気に打ち溶ける女子共。 

 女子のコミュ力の高さに閉口する。


「コホン。 んじゃアイラ……さんだっけ? 詳しい話を聞かせてもらえるか?」


 俺は軽く咳払いして、アイラの言葉に耳を傾ける。


「……わかった。 我々『暁の大地』はニャンドランド王国の猫族ニャーマンの王族から猫族ニャーマン領にあるニャルララ迷宮の調査を依頼されていた。 何でも最深部から強い魔力を感じるから、調べて欲しい、と。 私とライル、そして『暁の大地』の団長ドラガン、魔剣士マルクス、盗賊ザインの五人でニャルララ迷宮へ向った。 すると迷宮の最深部に信じられない物があったんだ……」


「ふぅん、……で何があったんだ?」


「それは……」


 と、言い伏し目がちに隣を見るアイラ。

 要するにエリスとメイリンに聞かせたくないんだろう。


「……話したくないなら、話さなくていいよ。 でもそれじゃ俺も聞かないぜ? 

 ここは俺の部屋だし、エリスとメイリンは俺の友達だ。二人に話せないなら、

 俺も聞く耳を持つ気にはなれないなあ、……俺の部屋だし、それぐらいの自由はあるよね?」


「……」


 狭い俺の部屋が静寂に包まれる。

 エリスとメイリンが気まずい表情でこちらを見るが、俺も譲らない。


 そんなに他人に聞かせたくない話なら、俺も聞きたくはないからな。

 すると、アイラは観念したように

「わかった、だが他言はしないでくれ」と呟いた。


「了解、んで何があったんだい?」


「……神の遺産ディバイン・レガシーにあたる希少な物だ」


「……神の遺産ディバイン・レガシー!? ――マジかよ!?」


「……本当だ」



 俺は思わず喉を「ゴクリ」と鳴らせた。

 神の遺産ディバイン・レガシーとは簡単に言えば神々の遺産のような

 超レアな代物を指す。 それは聖剣であったり、古代の謎を解き明かす

 貴重な遺跡、現代では封印された禁呪など、冒険者なら一度は

 夢みるくらいスケールのデカい話だ。



「……そして神の遺産ディバイン・レガシーを目の当たりにすると、仲間であったマルクスとザインが裏切り、神の遺産ディバイン・レガシーの一部を奪い取った。 奴等はこちらを殺すつもりで挑んで来たが、我々も必死に抵抗して逃げ失せた。 恐らく奴等はエルフ領へ渡ったであろう。 そして神の遺産ディバイン・レガシーをエルフ族に売り込むつもりだろう。 そうなれば最悪戦争が起きかねない……」


「……戦争? 穏やかな話じゃねえな。 ……一体何を見つけたんだよ?」


「……このウェルガリアの勢力図を塗り替える危険性があるものだ」


「……何だよ、それ? 超スゲえ聖剣? それとも超ヤバい禁呪か?」


「……知性の実グノシア・フルーツだ!!」


「「「知性の実グノシア・フルーツ!!!」」」


 俺だけでなく、エリスとメイリンも声を上げた。

 これには流石に驚いた。 

 あの神話に出てくる知性の実グノシア・フルーツかよ!


 人間を楽園から追放し、猫族ニャーマンを産んだといわれる禁断の果実。

 その禁断の果実を食べると、不老長寿を得る、

 どんな難病も治る、とかいう逸話がある。


 それは神話やお伽話とぎばなしの世界の話だけでなく、

 ハイネダルク王国の国教であるレディス教の経典にも


猫族ニャーマンというヒューマンに匹敵する新種族を生み出した危険性からヒューマンは地上に残っていた知性の実グノシア・フルーツのなる木々を伐採、焼き払った」 


 と記されている。


 少なくとも今現代――ウェルガリア暦1600年では

 知性の実グノシア・フルーツなんて代物は存在しない、存在しない筈……である。


 仮に存在したと仮定するだけで、色々な問題や災厄が起きかねない。

 ただの猫を人間と同等、あるいはそれ以上の存在にした禁断の果実。


 もし仮に誰かが気まぐれで犬や兎にその禁断の果実を与えようものなら、

 新たに犬族、兎族なんかが誕生する可能性、危険性を秘めているのだ。


 犬や兎ならまだいい。 

 エルフや竜人辺りが自分達の配下にすべくモンスターの類に

 知性の実グノシア・フルーツを与えるという話も有り得るのだ。


 実際レディス教の経典でそういった類の話を連想させる記述がある。

 平和主義及び楽天主義の猫族ニャーマンは別として、自らを至高の存在と信じてやまないエルフや竜人なら種族の繁栄の為にやりかねない。


 たった四種族ですら、何十年、何百年という血を流してきたという歴史がある。

 それが一つ、二つ増えるだけで種族間の勢力図が変わりかねない。


 だからこそヒューマンは知性の実グノシア・フルーツの木々を焼き払ったのであろう。 

 その禁断の実から受ける恩恵よりも危険性を恐れたゆえの所業。

 俺は乾いた唇を舌で舐めながら、アイラの顔を凝視する。

 アイラは真剣な眼差しで俺を見据えている。 嘘……ってわけじゃないそうだ。


「……ヤバい、かなりヤバい話だな。 

 にわかには信じがたいが、本当にあの禁断の実なのか?」


 俺の言葉にアイラが頷いた。


「ああ、我々はニャルララ迷宮の最深部で魔力に満ちた実のなった若木の苗を採取した。 我々は最初はそれが知性の実グノシア・フルーツとは知らなかった。 強い魔力を帯びていたから、さぞ希少な一品と思ってね。 皆で持ち帰ってみようと結論に達した。 とはいえ得体の知れない実を食するのは誰も好まない。 そこで仲間……だった魔剣士のマルクスが自分のペットであるブルードラゴンの赤ん坊にその実を食べさせた。 するとブルードラゴンの赤ん坊はしばらくすると、我々の言語を理解して自分の意思で喋りだしたのだ……」


 喋るドラゴンか、少し見てみたいかも? 

 と不謹慎な事を思いながらも、俺はアイラの言葉に耳を傾ける。


「まあそれからは見苦しいまでの仲間割れさ。 我々を裏切ったマルクスとザインは『これをエルフや竜人族に売り込めば一生遊んで暮らせるぜ!』と言い出したが、

 私やライル、団長ドラガンは『まずは依頼主である猫族ニャーマンに報告すべきだ!』と正論を返したが、奴等は聞く耳を持たず、口論の末、実力行使に出た。我々も必死に抵抗したが、私が負傷した隙を突かれ、奴等に実のなる苗木の一部を奪われた。もしあれがエルフ族や竜人の手に渡ったら……と思うだけで寒気がするよ、下手すればニャルララ迷宮に武力を持って侵攻するかもしれん。 そうなればお互い戦争は避けられないだろう……」


「確かに戦争が起きかねない代物だ。 今でこそ四種族は表向きは平穏と保ってるが、猫族ニャーマンを除いた三種族は隙あらば、他種族を出し抜き、自らが頂点の存在に立とうと目論んでるからな。 エルフや竜人だけじゃない。 俺達、人間ヒューマンもだ!」


「ああ、人は過ちを繰り返す生き物だからな。 そうなればまたウェルガリア全土に血の雨が降りかねない。 とはいえこんな話を他人においそれと漏らす訳にいかない。 正直依頼者である猫族ニャーマンですら、どう出るかわからない。 猫族ニャーマンは表向きは平和主義者だが、ヒューマンに虐げられた歴史を根に持っている節がある。 今では品種改良を加えた戦闘に長けた山猫やまねこの戦闘部隊もあるという噂だ。 正直、この話が公けになれば大惨事になりかねない。 とはいえ他の冒険者やヒューマンの王族や貴族も信用できない。 だから我々は自分達の連合ユニオンしか信じられなかったのだ。 だがライルが『もしかしたらハイネガルに居る俺の弟なら力になってくれるかもしれない、アイツももう冒険者になってるだろうからな』と溢した、それで私は――」


 アイラはそこで言葉を飲み込んで、その切れ長の瞳で俺を一瞥する。

 俺は再び喉をゴクリと鳴らした。


 事情は理解出来た。 そしてアイラが何を言わんとするかも分る。

 だがハッキリ言おう。 俺には無理だ。 俺には荷が重過ぎる。


 神の遺産ディバイン・レガシー? 知性の実グノシア・フルーツ

 何それ美味しいの? こっちは一人旅ソロで兎狩りしていたんだぜ?


 んで今日久々にパーティ組んでゴブリンやコボルト狩って喜んでるレベルだぜ?

 レベルが――スケールが違いすぎる。 

 無理、無理、俺には無理、絶対無理!


 そう思い何か口にしようとするが、アイラだけなくエリスとメイリンも

 こちらを窺うように俺の顔を見ている。 何? お前ら何期待してるの? 


 俺ただの器用貧乏な冒険者だよ? 

 何をやらしても中途半端で駄目な男よ? その俺に何を期待してんのよ?


 俺は「コホン」と小さく咳払いする。

 そしてアイラの表情を見る。 ついでにエリスとメイリンも。


 ……そういう目で見るなよ? 今まで俺に全然期待してなかったじゃん? 

 メイリン、お前散々俺の事を馬鹿にしたよな? 

 アイラさん、アンタとはほぼ初対面でしょ?


 その程度の仲で下手すれば、異種族間の戦争に発展しかねないトラブルに手を貸せと?  俺にどうしろと? 


 兄貴のピンチだから「俺が助けてやるぜ!」なんて一言待っているの? 

 無理だって! 無理! ――と言葉に出来たらどれ程楽であろう。


 俺がそう思いながら、苦渋に満ちた表情をしていると――


「……無理を言ってすまない。 勿論無理強いはしない。 君の意思は尊重するよ。 私はあのライルの弟ならきっと力になってくれる! と思って仲間の反対を押しのけて君のもとを尋ねただけだ。 だがこれでは一方的なお願いだな。 君には君の生活がある。 確かに君とライルは兄弟だ。 だがそれと同時に別個の人間だ。 君には君の人生があり、生き方がある。 だから私に気遣って返事を濁す必要はない……」


 アイラはそう言って押し黙る。 

 ――断るなら今だ、今しかない、今でしょ!!

 そうすればもうこんな厄介なトラブルとは無関係だ。 


 明日からまた適当にギルドのクエストして、

 適当に雑魚モンスターを狩って適当に暮らせばいいんだよ。


 だが何故か俺の心臓が「ドクン、ドクン」と波打つ。 

 何だコレ? 緊張してるからか? いや何か身体も熱い。 何だよ、コレ?



 ……もしかして俺、興奮しているのか? 

 おいおい、嘘だろ? まさか、まさか、まさか! 

 この危険に満ちたトンでもない話に興奮してるというのか!!

 


 ――今更冒険者としての可能性に興奮しているというのかよ!?



 確かにガキの頃の俺は兄貴に――ライルに憧れていた。

 兄貴みたいになりたいと思い、兄貴のような冒険者になると決めていた。


 でもそんなのは子供なら誰でも夢見る浅はかな、はかない夢だ。

 ――だが現実はそんなに甘くない!!


 自分が冒険者になって、それを嫌という程思い知らされた。

 ぶっちゃけ今の俺は中卒の負け組・冒険者だ。 それが現実だ。


 正直高等学院くらい通っていたら良かった、と今では後悔している。

 死ぬような思いや怪我して、得られるのは僅かな賃金。 

 

 財宝? 秘境? 何ですか、それ? 俺には関係ないんですけど……

 そう思い現実を受け入れて、自分の可能性に見切りをつけていた。

 でもそれで心の何処かでは――心の片隅ではこうも思っていた。



 ――こんなの現実じゃねえ。 こんなの本当の俺じゃない……と。

 ――俺も、俺だって……いつかは――いつかきっと!!



 そう俺は変わりたかったのだ。 自分を変える機会チャンスを待っていたのだ。

 そしてそれは俺が憧れた兄貴――ライルの窮地を救うという絶好の機会チャンス


 ……どのみちこのままじゃ俺の冒険者人生も人生自体も知れている。

 地位や名声の問題ではない。 俺自身が自分という存在を信じず、

 見限っている。 

 そんな燃えカスみたな負の感情に身を包んでこの先も生きて行くのか?



 ……嫌だ、嫌だ。 カッコ悪い。 そんな負け組思考に満ちた人生は嫌だ。

 でも自分で何かをして傷つくのも嫌。 だからずっとずっと機会チャンスを待った。

 そして確実に自分を変えてくれるであろう機会、イベントが舞い込んで来たのだ。


 正直死ぬ可能性もある。 なにしろスケールがデカすぎる話だ。 

 神話に出てくる知性の実グノシア・フルーツが絡んでいるんだ。

 人が何人、何十人、何百人死んでもおかしくない話だ。



 でも生きて、逃げて、その先に何がある。 ――答えは何もない。

 ならばせめて自分で自分を変えてみようじゃないか、

 逃げるのは止めようじゃないか。勿論、俺なんか何もできないであろう。 


 なんせただの器用貧乏野郎だ。

 でも大切なのは何かをするのではなく、何かをしようという気持ちなんだ。



 俺は唇を噛み締め、一文字に結んだ。

 そして――



「なあ今の兄貴――ライルは……どんな奴だ? どんな冒険者なんだ?」



 と、俺は口にしていた。

 アイラは少し驚いたような表情で目をパチクリとさせた。

 だがしばらくすると落ち着いた表情で――



「……そうだな、強くてカッコいい冒険者――おとこだよ……」



 と、だけ漏らした。



「……強くてカッコいい冒険者? ……おとこ?」


 俺はアイラの眼を見て、そう問い返す。


「ああ、ライルの冒険者としての実績は一流といって過言はない。 ルビン文明遺跡の発掘。 数々の金脈や銀脈の発掘。 悪名高い盗賊や海賊を次々と壊滅。 彼の冒険者としての活動は非常に幅広く制限はない。 だが何よりも凄いのはその不屈の精神さ!」


「……不屈の精神?」


「ああ、彼は例えどんな困難な難題やクエストでも絶対に最後の最後まで諦めない。 そして自分の頭脳と能力を最大限に発揮して、常に自分自身と限界に挑戦している。 そして何も特徴的なのはその瞳だ。 飽くなき冒険心、そして二十歳はたちを過ぎた今でも少年のように澄んだ瞳で、秘境、財宝、幻獣を求めて世界を飛び回っている……」


「……カッコいいじゃねえか」


 俺は思わず自然とそうこぼした。


「……だろ? 私はそんな彼に惹かれて、『暁の大地』に入団したんだ……」


 そう言ってアイラは何処か遠くを観るような目で虚空を見澄ました。

 この眼……アイラはもしかして……いや詮索はやめておこう。


「そうか、兄貴の奴変わってねえんだな、いつまでも少年の気持ちを忘れず、夢と浪漫を求めて世界へ羽ばたくか、……俺もそんな風に、兄貴みたいに成りたかった。 でも現実の俺は何もかも中途半端な器用貧乏。 だけどそんな俺でも『いつかきっと! 本当の俺は……』なんて心の何処かで夢を捨てなかった、捨てられなかった……」


「……そうか、君もまた夢に魅せられた冒険者の一人なんだな」



 アイラの言葉に俺は小さく頷いた。



「だが夢を見るだけなら誰でも出来る。 大切なのは結果でなくて、挑戦する意思なんだ。 だから俺は……俺は兄貴に会う、会いたい。 兄貴の窮地を救いたい。 だから俺をリアーナへ、兄貴の所へ連れてってくれ! 頼む、アイラさん!」


 気がつくと俺は頭を下げて、アイラに懇願していた。

 アイラだけでなく、エリスとメイリンも目を丸くして俺を見ていた。


 でも気にしない。 上辺だけの格好なんてもうどうでもいい。 

 見栄や虚勢よ、さらば! 例え馬鹿にされても、笑われても何もしないよりいい。 

 だから俺は……俺は!

 もう一度自分を信じて、兄貴の前でカッコつけてみせる!



「……本当にいいのか? 頼んでおいて何だが苦しい戦いになると思うぞ。

 最悪死の危険性もあるし、もっと悪ければ兄弟揃って死ぬ、

 という最悪のケースもある」


「だろうな、でもあの兄貴が困ってるんだろ? 

 正直猫の手でも借りたい状況だろ? なら俺が手を貸してやるぜ、

 荷物持ちでも見張りでも囮役でも何でもやるぜ!」


「……ラサミス、ありがとう。 君はやっぱりライルの弟だ」


 そう言ってアイラは微笑を浮かべた。

 すると突如「パン!」という手を叩く音が室内に鳴り響いた。

 ギョッとして音の方向へ視線を向けると、

 メイリンが目に涙を浮かべて拳を握っていた。


「……いい話だなあ。 麗しき兄弟愛。 兄を慕う弟、夢を忘れない兄。 

 そしてその兄の窮地を救おうとする弟。 ううう、なんていい話なの。 

 あのラサミスが、ラサミスなんかにこのアタシが泣かされてる。 

 し、信じられないわ。 でもマジで泣けるわ……」


 と、メイリンは両眼からポロポロと涙を溢していた。

 やや照れくさいが、何がラサミス如きだよ! 

 こいつ何処からも上から目線だな!


「わ、私も感動したわ。 やっぱりラサミスはライル兄様に憧れてたのね」


 エリスも目を輝かせながら、俺を見てくる。 ヤバい、マジで恥ずかしい。


「ま、まあな」と返して、俺は首筋を掻いた。

 そしてまた「パン!」と手を叩く音が響いた。 いうまでもなくメイリンだ。

 メイリンはドヤ顔で(平原のような)胸を張りながら――



「この話、アタシも噛ませて頂戴。 大丈夫、アタシはラサミスと違ってマジで戦力になるから! 何を隠そう、ハイネガル一の美少女魔法使いとはこのメイリン・ハントレイムの事なのだ! 幸い魔法学校ももう夏休み、時間ならたっぷりあるわ。  今なら超格安で雇われてあげるわ! だからアタシもリアーナへ行くわ!」



 と、最大限に自画自賛。 自己アピールする。 ウザいの通り越して呆れるレベル。

 アイラも閉口していたが、やがて落ち着きを取り戻して――



「……君には直接関係ない問題だが、手を貸してくれるなら正直助かる」


「でしょ? でしょ? 報酬はお友達価格にしておくわ。 あ、回復役ヒーラーも必要ね。 エリス! アンタも神学校はもう夏休みでしょ? だからアンタも来なさい!」


「えええぇぇぇ!? わ、私も!?」


 思わず声を上げるエリス。 


「うん。 アンタもライルさんとは顔なじみでしょ? 

 それに負け犬根性に満ちていたあのラサミスがやる気出してるんだよ? 

 ここは幼馴染のアンタが支えてあげる時でしょ! 

 まあラサミスなんかどうでもいいなら、話は別だけど!」

「い、いやどうでもいいわけじゃないけど、急に言われても……」


「お、おい! メイリン、やめておけ! エリスが困ってる!」


「ラサミスはどうなの? エリスに来て欲しいの? どうなの?」


 人の話聞けよ、何処までマイペースなんだよ、コイツ。


「そ、それは……エリスの意思に任せるよ。 あとな、メイリン。 

 お前も簡単に話に乗るなよ? これそうとうヤバい話だぞ? 

 もう少し考えてだなあ……」


「そんなのわかってる! だからこのアタシがわざわざ手を

 貸してあげるって言ってるんでしょ?

 アンタ一人じゃお荷物確定じゃない! 感謝なさい、感謝!」


 ……なんか疲れてきた。 だが一人より二人。 実際メイリンは戦力になる。


「……そいつはありがとよ。 嬉しくて涙が出るぜ」


「でしょ、でしょ! もっと感謝しなさい! 感動しなさい!」


 コイツには嫌味が通じないようだ。 この超ポジティブ思考は少し羨ましい。


「はいはい、でもエリス。 お前は無理しなくていいぞ? 勿論来てもらえたら助かるんだが、正直ヤバい話だ。 何がヤバいかというと、どれくらいヤバい事態になるかも検討がつかないヤバさだ。下手すりゃ種族間の争いに巻き込まれる危険性もある……」



 そういって俺はエリスを見る。 

エリスは俺から目線を逸らせてモジモジしていた。



「……私もライル兄様の力になりたいわ。 後、ラサミスはどうなの? 

 私に着いて来て欲しい? ……どうなの?」



 エリスがやや熱い眼差しで、そう問いかける。

 うう、そんな目で俺を見るなよ。 仕方ない、ここは場の空気を読もう!



「き、来て欲しい。 い、一緒に兄貴を助けようぜ!」


「ホント! なら私も行くわ!」


「お、おう! ありがとうな、マジ助かるよ……」



 こう喜ばれては悪い気はしない。 でも正直少し気恥ずかしい。

 メイリンが「ウンウン」と頷いている。 アイラも微笑を浮かべいた。



「どうやら君は良い仲間に恵まれたようだな。 そう言う所もライルに似てるな」


「そ、そうかな? こ、こいつらとはただの腐れ縁だよ……」


「腐れ縁も縁さ。 それは私とライルも同じだ。 でも今日はもう遅い。 

 詳しい話はまた明日にしよう。 悪いが一晩だけ泊めてもらえないか?」


「ん? ああ……兄貴の部屋が空いてるから、そこで寝るといいよ。 両親には俺から話を通しておくよ、んじゃ今日はひとまず解散な、んじゃお疲れ様でした!」


「「「了解」」」と、三人は声を揃えて返事する。


 やれやれ、こうなったら引き返せないな。 

 メイリンはともかくエリスも巻き込んでしまったな。 


 だが胸の鼓動の高まりは収まらない。 期待と恐怖。 

 どっちも同じぐらい比重を占めているが、

 こんなに胸が高まったのはいつ以来だ? 


 正直、予想がつかない事態が待ってるだろう。 だがそれを含めての冒険だ。 

 俺に何が出来るか、わからねえ。 でも何もしなくても後悔するだろう。 

 ならやって後悔すべきだ、うん、そうしよう。


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