放課後の教室で好きな女子の笛をペロペロ作戦

佐藤いふみ

放課後の教室で好きな女子の笛をペロペロ作戦

「これは人の気持ちを味わえる飴だ!」


 じいちゃんは発明家だ。夢で見た未来の技術を使って発明している。と、本人は言っている。


 今回の発明は、舌にある味を感じる器官「味らい」で人の気持ちを感じられる飴らしい。


「名付けて『未来の味らい』。さあ裕紀よ。これを舐めてから、お前の好きな袴田の里江ちゃんを舐めれば、気持ちが一発で分かるぞ」


「本当に効果あるの、これ?」


「失敬な。既に実験済みだ」と、じいちゃんは胸を張った。


「でもさ、じいちゃん。舐めるのはハードルがたけぇよ……」



 ◆◆◆



 翌日、夕日に赤らむ教室にこそこそと忍び込む影ひとつ。


 ――俺だ。


 例の飴を舐めながら、袴田里江ちゃんのロッカーを開ける。


 中には教科書と一緒に黒い長方形のハードケースが入っている。クラリネットのケースだ。


 俺と里江ちゃんは吹奏楽部で出会った。だから、ここに里江ちゃんがクラリネットをしまっていることを俺は知っている。


 そう——「放課後の教室で好きな女子の笛をペロペロ作戦」である。


 体を舐めると気持ちが分かるとはつまり、体液を舐めてその成分から気持ちを読み取るということだ。


 それならば、体を直接舐めずとも体液を舐めればいい。この場合はつまり、唾液だ。


 頭いいぞ、俺。


 次は、どうやって体液を舐めるかだ。飲み終わったジュースの缶、汗を拭いたタオルなど色々考えたが、人目のない所で確実に実行可能な作戦として本作戦を採用した。


 ケースを開け、クラリネットを取り出し、ふるえる唇をマウスピースにつける。途端に、気持ちが流れ込んでくる。


(スキスキスキスキスキスキスキスキスキスキ……)


 おおおおお! やっぱり里江ちゃんも俺を!?


 一緒に流れ込んでくる俺の笑顔のイメージ。心なしか鏡で見るより爽やかだ。


 喜びのあまり、さらに深くクラリネットを咥えこむ俺――とその時、教室の扉がガラリと開いた。


「なに……してるの?」


「はふぁまら(袴田)⁉」


 ご本人の登場だ。


 放課後の教室で女の子のクラリネットを目一杯くわえている同級生男子――これで引くなというほうが無理である。


「ち、違うんだ……その……」


 言いわけを口にしかけた俺の唇とクラリネットのマウスピースは、キラキラ光るヨダレで繋がっていた。


「……ひっく、ぅぅうううう」


 里江ちゃんは泣き出してしまった。


 ああ、俺は何をやっているんだ。


 じいちゃんの発明を使ってこそこそ人の気持ちを調べて、挙句の果てに好きな女の子を泣かせちまった。


 こんな俺を見たら、里江ちゃんの気持ちは裏返ってしまっただろう。自業自得だ。


「ごめん!」


 俺は、床に額を擦り付けたまま5メートル滑走する勢いで土下座した。


 こんなもんで許して貰えるとは思っちゃいない。が、とにかく誠意を示したい。そんで——。


「そんで……好きだ……大好きだああああ!」


 誰もいない教室にこだまする裏返った俺の叫び声。


 やべえ、やっちまった——ええい、ままよ。もはや、失うものはなにもねえ。こうなったら、いちかばちかだ!


「え?……え……ひ……ひぇぇぇぇぇん」


 すすり上げる程度だった里江ちゃんは、いまや号泣だ。


 ふっ、終わったな——消えるとしよう。俺に彼女を慰める資格はねえ。


 この上まだ恰好をつけたがる自分に寒気を感じつつ、俺は立ち上がった。ふるえる足を叱咤して反対側の出口に向かう。夕日がやけに赤いぜ。


「ま、待って……」と、里江ちゃんが言った。


 時折しゃくり上げながら、うつむいて、それでも近づいてくる。


 優しいんだよ、この子。


 俺は言った。「ごめんな、袴田。このクラリネットはちゃんと洗って返すから——いや、新しいの買って返すからがぼぅっ——⁉」


 いきなり、口に何かを突っ込まれた。これは——クラリネットだ。


(スキスキスキスキスキスキスキスキスキスキ……)


 誰かの気持ちが流れ込んでくる。


 でも、誰の——?


 里江ちゃんの、いつも通りの可愛らしい笑顔のイメージが頭に広がる。それと一緒に俺の爽やか笑顔も——。


 里江ちゃんは、手に持っていたクラリネットケースをかかげた。俺のクラリネットケースだ。


 ——え? は? なに、どういうこと?


「裕紀くんのおじいちゃんに飴をもらったの。舐めてから、その……体……を……舐めれば……気持ちが分かるって……。だから、あたし……」 


 ……じいちゃんよ、里江ちゃんを実験台に使ったな。なんてことすんだよ。


 でも今回は、グッジョブ!




   了

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