サヨナラ思い出また来て春

束白心吏

サヨナラ思い出また来て春

 小学校時代。私は臆病な性格からいじめの標的にされた。

 物を隠されたり無視は日常茶飯事で、酷い時は暴力を受けたりもした。

 暴力沙汰となれば教師も止めに入る。けど私はよく中心人物になっていたため教師からの覚えは悪かっただろう。


 そんな日常に転機が訪れる。それが小学校四年生の一学期の初日。心音こころねさとる君という男子が転校してきたこと。

 彼は隣の席で、私は先生から慣れないうちの補佐的な役回りをお願いされた。

 しかし私はいじめられっ子。「近づくな」と忠告がされれば、彼も私を無視しだすだろう。そう思っていた。けれど彼はそうしなかった。

 その日の放課後。彼はクラスメイトからの誘いを断り、堂々と私に声をかけたてきた。


「ねえ、校内の案内してくれない?」


 今でもその言葉は鮮明に覚えている。久しぶりの同級生との会話ということで舞い上がり、二つ返事で承諾した。

 そして悟君と校内を巡っていると、人気のない二階の図書室の近くで悟君が口を開いた。


「お前、いじめられてんの?」


 荒い口調ではあったけど、的を射ていたその言葉に私は咄嗟に嘘で誤魔化そうとした記憶がある。


「そんなじゃないよ」

「なら避けられてる理由はなんだ?」

「それは私が暗い性格をしているから……」

「ふーん?」


 それ以降その日の会話はなかった。

 しかし翌日、その翌日も、悟君は何故か私に話しかけて来た。

 話題は規則性がなく、しかし私にいじめの存在を認めさせようとするものが多かった気がする。それでいじめの主犯の子に目をつけられていたけど、彼はどうにかして一蹴して、以降も私に構っていた。

 さすれば彼もクラスから孤立するのは必然だった。

 だけど彼は動揺する素振りも見せず、寧ろ転校当初に群がってた人がいなくなって「静かになった」と笑って、私に話しかけてきていた。

 悟君が転校してきた週の金曜日、帰り道が同じだった私は、勇気を振り絞って彼に聞いてみたことがある。


「どうして私に構うの?」


 すると悟君は笑って答えた。


「お前の傍が一番静かだから」


 当時の私にとってその言葉は救いに思えた。

 同時に、彼は聞いてきた。


「お前、やっぱいじめられてるだろ」


 そう言われて私は首を縦に振ってしまった。

 翌週。学校に行くとなんだか違和感を覚えた。

 授業の内容が突然難しくなったとか、先生の性別がまるっきり変わったとかではない。ただ、いつもと同じ筈なのにいつもと違う感覚を覚えた。

 その違和感の理由はその日の内に気が付いた。

 いじめがなかったのだ。

 朝、無くなっていることの多い上履きは奇麗な状態で下駄箱に入っていて、休み時間中に席を外すと無くなっていることの多い教科書ノートや筆記用具類は無くなっていなかった。

 私は下校の道で悟君に聞いた。


「悟君が何かしたの?」


 そう聞くと彼は「えらく直球だな」と笑いながら頷いた。そして更に「明日は更に面白いことが起こるぜ」と楽しそうに言われ、釣られて私も楽しい気分になって久々に心の底から笑った。

 その翌日。悟君はいつものように、私に漫画の話題を振って来た。

 親の影響で漫画好きだった私は、彼と話が合うことが嬉しくて、いつも以上に話をした。すると女子が一人、私に話しかけて来た。勿論、漫画の話題を耳にして。

 面白いこと……ふと昨日の悟君の台詞が甦って、彼の方に視線を向ければ、ニヤリと悪戯の成功した子供のような笑みを浮かべていた。

 それから段々と私に話しかけて来る人は増えていった。最初は女子が多かったけど、少年漫画も読んでいることが露見すると男子も話しかけてくるようになり、一週間後にはクラスの中心人物となっていた。


「──ありがとう。悟君」


 GW前の金曜日の帰り道。どうにか彼と二人きりになった私は、時間を惜しんでそう話しかけた。


「別に。俺はきっかけを作っただけだ」


 まるで鼻にかける様子もなく淡々と返した彼は「それにしても──」と言葉を続けた。


「俺が来た頃は教室の一角で丸まってたお前が、今や高嶺の花かー」

「やめてよ高嶺の花なんて……悟君のお陰なんだから」

「そりゃないな」


 からかうような口調からまた一転、悟君は微笑みを浮かべて、再び淡々とした口調で続きを紡ぐ。


「お前が優しいからだよ」


 大きく心臓が跳ねた。

 ズルいと思う。とてもとても、その表情でその台詞はズルいと思う。

 高鳴る鼓動を抑えるように手を胸に当てて先に歩く背中を眺めていると、悟君が立ち止まって私のことを待った。


「悟君の方が優しいと思うけどなぁ」

「俺のはズルだから」

「?」


 ズル……言葉の意味はわかるけど、何故それが今出て来たかまではわからず、私は休みの間に遊ぼうと悟君と約束してその日は別れた。


 その翌々日、私は悟君から誘われて遊ぶことになった。待ち合わせ場所は私の家の前。

 まるでデートみたいだと電話が来てから思いっきりはしゃいでいたら母にからかわれたりしたけど、服装は母の意見を交えて薄緑のワンピースと薄手のブラウスを選んだ。

 時間の十分前に外に出るとすぐに、「それ、まだ寒くないか?」と声がかかった。悟君だ。

 彼は別段オシャレはしてないけど、普段から着慣れているのかジャージのズボンとパーカーという小学生らしくない組み合わせはとても似合っていた。


「じゃ、お邪魔するか」

「うん!」


 悟君を我が家へと招き入れる。今日はお家デー……じゃなくて、一緒に漫画を読むのだ。

 とはいえ家の漫画は大体読み切っている私は、悟君の真剣な読書をしている時の表情を見ていたりするわけだけど……こんな時間も悪くない。寧ろずっと続いて欲しいとさえ思った。

 けれど無情にも別れの時間は押し寄せて来る。5時の鐘が鳴るのと同時に、悟君は漫画を閉じて片付けを始めた。

 私も手伝って、およそ二十冊もの漫画本を本棚に戻すと、「今日は楽しかった」と微笑みを浮かべて言ってくれた。


「私も楽しかったよ」

「本当かぁ? 俺の顔めっちゃ見てた気がするけど」

「き、気のせいじゃないかなぁ」


 しらばっくれてみるけど、悟君は「じゃあそれでいいや」と一切信じてはいなそうに笑って、帰り支度を済ます。

 玄関まで送ると言ったら「ちょっと外で話そうぜ」と返され、私は悟君と共に日が暮れて薄暗くなり始めた外に出る。


「今日は本当にありがとうな」


 玄関のドアを閉めてすぐ、悟君はそんなことを言った。


「いいよ。私達友人でしょ」

「そうだな……」


 どこか気まずそうに言葉を吐いた悟君は、一度深呼吸をして私の目を見た。


「──俺さ、転校することになったんだ」


 そのはどんな言葉よりも私の心に刺さった。今でもその時の会話は覚えているくらいだ。

 悟君の息遣いも、震えるような声音も、どこか私に気を使っての笑みも覚えている。だからこそ、本当なんだということさえわかってしまい、悲しみでどうにかなりそうだった。


「……何時、なの」

「GW中には引っ越すってさ」

「それじゃあ……」


 ──私はまた、一人ぼっちになっちゃう。

 そう言う前に、彼はまるで思考を読んだかのように「んなわけねぇよ」と優しい口調で言う。


「お前が得た友は俺を介して得た友じゃねぇ。お前の実力で得た正真正銘お前の友だ。だからいじめはもう起きねぇよ」


 断ずるように、諭すように、悟君は私の目を見てはっきりと言った。何故か目元が熱くなる感覚を覚えた。

 いじめはもう起きない……そう言われて嬉しいはずなのに、何故か悲しみで涙が出そうになった。


「泣くなって。別に死ぬわけじゃないし、生きてりゃまたどっかで会うかもだろ……」


 彼は困惑した様子で泣いてる私の頭を撫でた。

 その撫でかたは壊れ物を扱うような繊細で、怖々とした様子の触り方はとても優しくて暖かかった。


 どれくらい泣いていたかはわからない。だけど辺りは夜闇に包まれかけ、遠くの空の茜色が真っ黒になる少し前には落ち着いた私がくしゃみをして、彼が風邪を引くからと解散することを示唆した。

 心配はとても嬉しかったが、私は最後なら──と勇気を出して、悟君にお願いした。

 

「ねえ、私の名前を呼んでよ」

「……呼ばない」

「え?」

「何度も言うけど別に今生の別れじゃないんだ。その覚悟に免じて俺がお前の名前を呼んでみろ。お前の性格だと一生引きずるぞ」


 性格を見透かしたような言葉に、明確な拒絶の言葉に、私はショックで何も考えられなくなった。

 そんな私を慮ってか、悟君は「だから──」と言葉を続けた。


「呼んでも名字だ……またな、小笹こざさ


 そう言って帰っていく彼の後ろ姿を見ていたら、また涙があふれてきそうで、私は逃げるように家の中に入った。

 それ以降、休みの間に悟君と会うことはなかった。そしてGWが終わった5月の始め、彼が転校したことがクラスで発表された。




 ──それが私の初恋の話。この頃になると思い出す、とても短い幸福な時間。

 また彼に会いたい……会って、ずっと秘めていたこの想いを告白したい。

 悟君は言ったのだ『生きていればまた会える』と。

 私はもう一度悟君に会いたい。だから絶対に会えるように行動するし、会った時恥ずかしくないように自分磨きは欠かさない。

 本当、悟君は今何をやってるのかなぁ。


「──自分磨きを欠かせない心優しい少女の横で入学式に参加してる」

「そうなんだ……え?」


 右隣から、まるで思考を読んだかのような言葉が呟かれる。

 確認するよりも早く、隣の新入生の名前が呼ばれ、私は更に驚くことになった。


『──心音こころねさとる

「──っっ!」


 思わず、入学式であることも忘れて叫びそうになった。

 だって仕方ない。5年以上片想いしている彼が、私の横にいたのだから。


『──小笹こざさ穂波ほなみ

「はい! ……あ」


 咄嗟に返事してしまったが、別にする必要はないのだ。

 私は咄嗟に下を向いて、だけど少し気になって右隣に何度も視線を向ける。

 よく見ればどことなく彼の面影がある。同姓同名ではなく、正真正銘の彼なのだろう。


「……こっち見過ぎ」

「──っ」


 耳まで熱を帯びたのを感じた。

 それと共に、高校生活がとても楽しいものになるという予感が私の胸中に宿った。

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