第6話 普通の探偵
「これを使って反応を見ます」
大河を逮捕する前日。始は木虎達に彼をどう逮捕するかを説明していた。始が手に持っていたのは黒い時計だった。
「それは?」
「吉山さんが住んでる部屋の時計と同じものだよ」
「へぇ、それをどう使うの?」
「僕の予測だけど、これがアリバイ工作に使われた。時間をずらす事で真弓さんに嘘のアリバイを証明してもらうんだ」
「それより、共犯の可能性の方が高くない?」
「それは、万に一つもあり得ないよ」
木虎はキッパリとそう言い切った彼に驚いた。もし、始が犯人でないのなら、次点で吉山夫妻だと考えていたからだ。始は時計を見つめて、こう言った。
「あの二人の愛は本物だからね」
そんなことを思い出しながら、木虎真白は、吉山大河を警察署に連行するためにパトカーに乗せた。よもや、ここまで上手くいくとは思わなかった。ただ、この夫婦の問題も丸く収まって良かったと思った。ようやく全てが終わった。大きくため息をついて疲れを発散させる。
大河を連行しようと自分もパトカーに乗ろうとした時、彼女は何処かへ向かう始を見つけた。その彼の顔は、事件が解決したのにもかかわらず、暗く沈んでいた。気になった真白は、大河を轟に任せて彼を追いかけた。
「始、どこいくの」
「真白ちゃん……別に、ちょっと疲れただけだよ」
見つかった彼は、バツが悪そうにそう呟いた。真白は、幼馴染み故か、刑事の勘か、或いはその両方か、彼の異変に気がついた。
「それより、なんでここに?仕事はどうしたの」
「え、あぁ……と」
その質問に、木虎は少し考えてから、頰に指をそわせて目を逸らしながら小声でこう答えた。
「心配、だったからよ……」
「え?」
「あんたを見かけて心配だったからよ!悪い?」
聞こえなかったからか、予想外の答えだったのか、素っ頓狂な声を出した始を、真白は顔を赤くしながら怒鳴りつけた。そんな彼女に気圧されて、始は肩をびくりと上げて目を瞑った。目を開けた彼は、少し混乱してパチクリと瞬きした。
「あぁ、うん。そうだったんだ。ありがとう。でも、本当に大丈夫だから」
そう言って始は立ち去ろうとしたが、その手を真白ががしりと掴んで引き止めた。
「なにさ」
「何年一緒にいると思ってんのよ。あんたがそんな顔して大丈夫って言ったら、それは大概、大丈夫じゃないってことよ」
「……かなわないなぁ」
そう言われた始は、観念したように逃げるのをやめて、真白の方を向いた。
「僕が思っていることは、今更どうにかなることじゃない。けど、もし本当に心配してくれてるなら、僕の愚痴に付き合ってくれないかい?」
「もったいぶらずさっさと言いなさい。それで少しでも気が晴れるなら付き合うわ」
優しい声でそう言う真白を見て、始は、本来は彼女はとても優しい人物だと言うことを思い出した。再会してから叱られてばかりだったので忘れていた。彼女は困っている人間がいたら放っておけず助けようとする。
彼女が警察になったのは、その性格故だ。始は、彼女を目の前にしてどこか安心して笑った。しかし、その表情もすぐに険しいものに戻った。
「……ぼくは、自分自身が許せない。大河さんと真弓さんとはここに住み始めた頃からの付き合いだ。それだけ長く一緒にいたのに、気がつかなかった。大河さんが苦しんでることも、木山が彼を苦しめてたことも、全部だ。もし僕が気がつけてたらこんな事にはならなかった。そのくせ、事件が起きてからしゃしゃり出てきて正義の探偵気取りだ。馬鹿げてる!」
始は近くの壁を、ひ弱な拳で殴った。拳から嫌な音がして、擦りむいた指から血が出ている。
「もう、終わった事を嘆くのは仕方ないってわかってる。わかってるけど、ずっと考えちゃうんだ。もっと何かできたはずだって、あの二人を救えたはずだって……だから」
「こらっ」
まだ何かを言おうとしていた始を、真白がチョップをして止めた。小柄な始は自分よりひと回り大きい真白を見上げた。涙目の彼に対して、彼女は呆れ返ったような表情をしていた。彼女はため息を一つついてから始に話し始めた。
「まさかあんたからそんな言葉が出るなんてね。ほんと、いつからあんたはそんな立派な人間になったのかしら」
「……どういうこと」
「そのままの意味よ。あんたの、自分ならもっと完璧にできたはずだって言い分。絶対に昔のあなたからは出てこないわ。ドジで間抜けで、自分になに一つ自信がなかったあんたからはね」
始は彼女の言葉を聞いて昔の自分を思い出した。
そのには弱い自分がいた。何をやっても失敗する、運動音痴、人と話すのが苦手……例を挙げていけばキリがない。
「僕だって少しは変わるよ」
「えぇ、確かに変わったわ。誰かに慕われてたり、あんな風に誰かの役に立てるようになったり。……でもね、そこまでよ。あんたは決して「名探偵」になったわけじゃない」
「名探偵って、そんなこと思ってないよ」
「口ではそう言ってるけど、あなたはさっき完全を求めた。誰も死なない、誰も不幸にならない、完璧なハッピーエンドを。……あんたは根本的な勘違いをしてるのよ」
始の手は何故か震えていた。名探偵ではないと指摘された時、口から出たことは同意の声だったが、それと同時に、彼の中では声を大にして否定したい気持ちがあった。
本当は自分は完璧な名探偵だと思っていたのではないか。ここまで上手くいっていたせいで、弱い自分とは決別したと思っていたのではないか。口では謙遜していても、本当は傲慢にも自分は名探偵だと自負していたのではないか。そう考え始めた時、彼の思考は出口のない迷路へ迷い込んだ。
「……僕は、傲慢だったのかな」
「そうかもね。だけど、もしそうだとしてもあんたの傲慢ってのは、いい傲慢さよ」
「え?」
「自分の力を過大評価して、それでもそれに見合った成果を出さないといけないっていう責任感があんたにはあった。だけど、あんたは完璧を求めなくてもいいのよ。だって、あんたは物語の中の名探偵じゃない。普通の探偵なんだから」
その瞬間、壁が崩れた。彼女が気付かせた迷宮は、彼女自身の言葉で破壊された。「普通の探偵」そのフレーズは始にとって不思議と心地よく、そしてよく似合った言葉だと感じた。
「普通の探偵……か」
「そうでしょ。そんなあんたにしては今回はよくやったんじゃない?」
「そう、かな。結局あの二人は……」
「確かに今は辛いかもしれない。だけど、あの二人ならいつか幸せになれる。時間はかかるけどね」
その言葉を聞いた始の表情が柔らかくなったのを見て、真白は手を腰に当てて満足げに微笑んだ。
「ありがとう、真白ちゃん。おかげで大切なことに気付けたよ」
「感謝しなさいよね」
「うん。じゃあこれあげるよ」
そう言って始はポケットから一枚の紙を取り出して、真白にそれを渡した。
それは名刺だった。だが、その肩書きが真白を驚かせた。金田探偵事務所 探偵 金田始。そう書かれた名刺を見て真白は勢いよく顔を上げて始を見た。それを見て始は不思議そうな顔をした。
「本職だったの!?」
「え?そうだけど。もしかして気付いてなかったの?僕はてっきり真白ちゃんが探偵探偵って言ってるから気付いてるものだと思ってた」
「いやいや、探偵ってのはあくまで例えよ!」
「あっ、そうだったんだ」
「……で、これをどうしろと?」
一通り騒ぎ終えたら、真白はこの名刺を渡してきた始の真意を確かめようとした。
「もし何かあったら連絡して。こんな「普通の探偵」でよかったら力になるよ」
「へぇー、普通の探偵なら刑事の方が優秀だから。あんたにはそうそう連絡しないわよ」
真白がからかうように笑いながらそう言うと、始は結構ショックだったのか少しシュンと縮こまった。だが、何かを思いついたように手を叩くと、すぐに立ち上がった。
「今、目標ができた」
「今度は何?」
「いつか「名探偵」になってみせる。事件が起きたら真白ちゃんでもすぐに頼りたくなるようなね」
「へぇ、良いじゃない。楽しみにしてるわ」
始は満面の笑みでそう語った。それに真白が笑い返した。始の悩みも解決し、ようやく大団円。全てが終わったと思い、二人がそれぞれの帰路につこうとした時、急に始が声を上げたと思ったら、手を押さえてうずくまった。
「ど、どうしたのよ」
「手、手がヤバイよ!痛い!すごい痛い!」
昂った感情が誤魔化していた、壁を叩いた時の手の痛みが、心が落ち着いたことで彼を襲ったのだ。熱を持ち始めたアスファルトの上でうずくまる彼を見て、真白はやれやれとため息をついてこう呟いた。
「これじゃ、名探偵にはまだまだ程遠いわね」
真白はとりあえずの応急手当をしてから、職場に連絡した後、始を病院に連れ行った。
名探偵を夢に見る SEN @arurun115
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