暖かい雪

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『本日は暖かな雪が降り積もる予報です。急激な雪解けにより山間部では雪崩の発生が予想されますので十分にご注意ください。また、平野部でも.....』

 朝のニュースをカーナビで聞きながら私は軽四のハンドルを握り街中を走っていた。見渡す限りの銀世界。山も、家々も、道も、景色の全てが真っ白だ。

 ここは雪深い北国の小都市で、連日降り続いた雪は積雪1mを越えていた。

 もともと大雪が降るこの街ではあまり珍しい積雪量でもないが、やはりなんの影響もないわけでもない。街は連日連夜除雪車が走り回り、日中も人々が除雪に明け暮れ、割とみんなてんてこ舞いだった。

 いつもの冬でいつも通りに煩わしい思いをみんなしていた。

 しかし、今日でそれも終わるだろう。

 私は走らせた軽を街の一角に停める。

 駅前の繁華街の外れ。この地方都市の名前ばかりの繁華街の外れ。ビルなんてせいぜい3階建てがやっとで、規模も小さいなんてものではなく、夜の人通りだって都会のそれからすれば比べるべくもない。しかし、確かにこの街の人間の心の寄りどころとなっている飲み屋街、そこにある数少ないコインパーキングに車を停めた。

 この繁華街も雪がうずたかく積もっている。ビルは真っ白で、今停めたコインパーキングも除けられた雪が奥で大きな山になっていた。

 私は車を下りて外に出た。休日の朝の繁華街は人通りはあまりなかった。そして、雪が降り始めていた。空からチラチラと白いものが舞い降りてくる。それもかなりの密度だ。大雪になりそうだった。

「なんや、きたんか」

 車を降りた私に声がかかる。視線を向けるとそこにはこじんまりした女性が立っていた。スニーカーにジーンズに厚手のパーカー、その上からダウンジャケットを着込んでいる。

 ニコさんだった。

 関西に住んでいたことがあるこの辺の人でインチキ関西弁で話す人である。なんの仕事をしているのかは良く知らないし、正直何歳なのかも良く分からない(見た目だけなら中学生にも見えるが精神的には30代くらいに感じられるのだ)がいつも私に付き合ってくれる頼もしい姐さんである。

 住所不定だが、大体この辺で活動しており私が車で来るとどこからかそれを見つけて顔を出すのである。

「はい、来ました。暖かい雪が降るって聞いたからニコさん忙しくなるかと思って」

「まぁなぁ。人手は欲しかったな。それで手伝いに来てくれたんか。暇なんか?」

「暇ですね」

「仕方無いやつやな」

 私とニコさんは繁華街を歩いていく。そんな私達の頭に雪が降り積もる。しかし、それは冷たくはない。

 暖かかった。暖かい雪だ。

 これは数年に1回くらい降るもので、なんで降るのかは良く分かっていない。大昔からそうだというのだから私にどうこう言うことは出来ない。

 ただたびたび降る変わったものである。普通の雪と違って冷たいものに触れると消えてしまう、そういう雪である。

 私達の目の前、足下では今しんしんと降りしきる暖かい雪が元からあった雪に触れてそれを溶かしている。1mある冷たい雪を暖かい雪がどんどん溶かしている。

「助かるわぁ。これで毎日毎日しとった雪かきからも解放されるわ。今日で綺麗さっぱり消えるやろ」

 ニコさんはどこでなのか全然分からないが毎日雪かきに明け暮れていたらしい。

 私もそうだ。この土地に住んでいる限りそれからは逃れられない。

「さて、始めよか」

 そうして、私とニコさんはやってきた。ニコさんの知り合いのものだというビルの屋上に。そこには早くも暖かい雪が1cm程積もり始めていた。

 元からあった冷たい雪はなかった。

 代わりにテントがあった。ニコさんのものである。ニコさんは今日はここを拠点にするらしい。

「暖かい雪が降るて聞いたから先に冷たい雪はよけといたんや」

 ニコさんは得意げに言った。準備万端だったということだろう。

 およそ20℃ほどあるという暖かい雪が降り積もり、屋上は冬の屋外なのになんだか暖かい。

 そして、私達は作業に入る。すなわち、暖かい雪を集める作業に。

 なんのためかと言えば、ニコさんのテントの暖房用である。テントは暖房らしい暖房もない。なので、ニコさんは暖かい雪を集めて暖を取るのである。数年前降った時もニコさんはそうして暖を取っていたのを思い出した私はこうして参上したわけである。

 普通の雪と同じように私達はスコップを使い、スノーダンプを使い、雪を一カ所に集めて山にしていく。まだ大して降ってはいないがそれでも少しずつ集め、小さな山が出来る。

 私達は休憩がてらそれに手を当てた。

 ちょっとした石油ストーブのように、暖かい雪の山は私達の手を暖める。

 不思議なものだ。見た目は雪なのに冷たくなくて暖かい。視界で得る情報と手から得る情報があべこべで頭が混乱しそうになる。

「都会やったら見世物にして売る奴とかいるんや。まぁ、あっちやと数十年に一度のイベントやからなぁ。こっちでもこれを観光業に出来ればいいんやろうけどな」

「その日の朝にならないと降るかどうか分からないですから。簡単に観光業には出来ないでしょう」

「オーロラとか蜃気楼よりまだ出るかどうか分からんもんなぁ。一儲けできんかと思ったけど無理か」

 ニコさんは難しい顔をしながら暖かい雪に手を当てていた。

 それからニコさんは暖かい雪山からバスケットボールくらいの大きさに雪を丸めそれを毛布に包んだ。こうして保温してゆたんぽ代わりに使うのである。

 あとは一斗缶に詰め込んでこたつの中に入れれば電力なしで暖かくなる。

 雪山も大きくしておけば暖かい雪同士の熱で消える時間を伸ばすことが出来る。

 全てニコさんが編み出した技である。

「よう降るなぁ」

 暖かい雪は灰色の空からしんしんと降り続ける。私達は積もっていくそれをせっせと集めていく。時刻はすっかり昼前になっていた。

 私とニコさんは額に浮かんだ汗を拭う。山は結構大きくなっていた。

 そこでふとニコさんは眼下の街へと目を向けた。

「そういえば、駐車場は大丈夫なんか? ちゃんとしたとこ停めたんか?」

「ああ、はい。ちゃんと高いところに停めました」

「なら、ええけど。この有様やと大変やからなぁ」

 私も眼下に目を向ける。街の雪はもはやすっかり暖かい雪によって溶けてしまっていた。しかし、積もっていた雪は1m。それがこの短時間で丸々溶けてしまったということは。

「半分洪水やなこれは」

 街は溶けた雪が水となり、流れとなり、川となっていた。排水溝は溢れかえり、歩道まで水が迫っていた。

 冷たい雪が積もった後に暖かい雪が降ると必ず街は水浸しになる。

 雪が一気に消えるのは嬉しいのだが、こればっかりはどうしようもない。街の機能は止まり、明日辺りまで除雪業者の代わりに役所がてんてこまいになるのだろう。

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暖かい雪 @kamome008

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