とある朝の出会いと別れ
ボソボソさん
とある朝の出会いと別れ
僕には毎朝のように出会うやつがいる。
もう長い付き合いになるはずなのに、僕にはアイツのことを全然わかってあげられていない。
僕は朝ご飯を食べ、スマホを見る。まだアイツは来ないのか、今日は来ないつもりなのか。
僕はいつものように家を出る。
これから会社に、電車、バスと乗り継いで。
少し混んだ電車に揺られながら、吊り革につかまりいつものアプリを立ち上げる。なんとなくアイツが来る気もする。次第にスマホを持つ手にも力が入ってくる。
駅で一旦落ち着くべきか、バスにそのまま乗ってしまうべきか。
家にいる頃に会えればもっと落ち着いて対処してやるのに。スマホを睨みつけるがアイツはまだ来なそうだ。
僕はバスに乗り、いつもの奥の席に座る。
バスが動き出し、お気に入りの音楽でも聴きながら、一眠りしようかとスマホをいじり出した時――
遂に、やっぱりアイツは来た。
脂汗が滲み出てくる。バスの中で決着をつけるのは避けたい。
家にいる時に来てくれればいいのに、会社に早めに着いた時に来てくれればいいのに、アイツはたいていなぜか移動中に現れる。
僕は、忙しなくスマホ上でフリックを繰り返す。
僕は『アイツ』の調子をレベル1〜5に分類している。
アイツが弱っちい時はレベル1、悶絶レベルの強さの時はレベル5といった具合に。
今日のアイツは……なんてことだ。まさかのレベル5……
何日振りのこの気持ち、この感情……強い、強すぎる。他のことなんて、1ミリも気にしてられない。
レベル5は……さすがにまずい。
全集中をしない限り、アイツには勝てないだろう。
バスは酔いやすいから、寝ていたいのに、そんなことアイツは許してくれない。
途中で降りるにしろ、アイツと戦える場所は限られている……意思決定するなら早くしないといけない。
僕は、スマホを握りしめながら、前傾姿勢になりつま先に力を入れ、戦闘モードに入る。
いいだろう、レベル5だろうがなんだろうが、会社で迎え撃ってやる。落ち着いて対処すればお前なんてものの数秒で駆逐できるんだから。
しかし、バスが1つ2つとバス停を進んでいく度に僕の戦意はどんどん失われていく。
やはり駅で迎え撃つべきだったか、途中で降りるべきだったか、来る予兆はあったのに……!
いや、ここまで来たら、もう腹を括るしかないんだ。
あと10分くらいのはず。
1秒が……1分が……永遠とも思えるこの10分は、まるでタンタロス状態だ。
会社の前のバス停につき、僕はゆっくりと降りる。
急ぎたい気持ちもあるが、そんな余裕はない。アイツは僕の心をいっときも休めてはくれない。
スキなんて見せたら、僕は社会から抹消される、2度と日の光を見ることなんてできないだろう。
僕は、なんとか会社について辺りを見回す。
なんてことだ、一番乗りじゃなかった……この人数の中アイツと戦うのは、良作とは言えない。僕のプライドが許してくれない。
でももう無理だ。今を逃したら、もう僕はこの人たちに顔向けできなくなる。
もはや、薄っぺらい僕のプライドになんか構っている余裕はないんだ。
僕は着替えるふりをしながら、他の人たちが話しはじめたのを右目に素早くトイレに入り、ドアを閉める。
手が震える、足踏みも止まらない、あと少し……あと少しなんだ。
僕は、便座に座りこみ耳をそばだてる。
他の人たちは、なんか盛り上がってるようで、笑い声が聞こえてくる。
――今だ!
ボトボトボトン。
僕は、深く息を吐き出しながら、今年最大の脅威に別れを告げる。
僕は、お尻を拭き、手をよく洗う。
そして僕は思うんだ。
やっぱり、深夜のカップラーメンはやめよう。
とある朝の出会いと別れ ボソボソさん @bosobosonovel
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます