6話 嗚呼、妹よ
「塩寺…なんであんな顔を……」
俺は自分の部屋の天井を見つめ、呟く。
今日、塩寺はたしかに泣いていた。
「俺、あいつに何したんだ……」
「どうしたんです士郎さん?」
ちなみに今は霊池さんによる金縛りの真っ最中だ。全身からほのかに感じる正体不明の重みが俺の体をベッドのシーツに縛り付けている。
そして、霊池さんはタンスから俺秘蔵の本たちを取り出した。
「いや、今日学校で少し気になったことがありまして──って何やってんすか」
「んー」
霊池さんは窓を開け、手際よく紐でまとめた本を庭へ投げ捨てた。
「もしかして、ご友人と何かあったんじゃないですか?いつも寝る前にご友人のお話をされるのに今日はしませんでしたよね」
そう言って、どこからか取り出したライターをポンと窓から落とした。
「あの霊池さん?それ、放火という罪なのですが……」
「考え事をしているのを見るに、士郎さんには身に覚えのない”何か”がある。そして、その”何か”がお友達の方を怒らせた、と言ったところでしょうか?」
「すんごい燃えてるんですが……」
霊池さんの背後、窓の外でパチパチと音を立てていた火が炎へと姿を変え、ゴウゴウと音を立てる。
外では爺ちゃんの護衛たちがカチコミかと騒ぎ出し、すぐ消火活動と乱闘の準備を始めているようだ。
「何が原因か分からない以上は下手に動いてはダメですよ?士郎さんは鈍感ですから、ぜっっっったいに『俺何かした?』って聞いちゃうでしょうから今のうちに釘を刺しておきます」
「ははっ流石に言いませんよ……」
──ヤバい。俺、どうしたんだよとか聞いちゃったよ……。
「兄貴!!火事だ!早く逃げないと!」
「あらあら大事になってしまいましたね~」と、他人事のように笑う霊池さん。
「サイコパス!?」
俺がそう叫ぶと霊池さんは頬をむっくりと膨らませ、そっぽを向いた。
「だって私という婚約者がいながら、あんな不埒な本を読んでいるなんて酷いじゃないですか!これは妻として正当な行為です!」
「ほっぺ膨らせてもダメ!ってかなんで結婚確定してるんすか……」
「ちょ!!?これお前の仕業か幽霊!」
花が驚きと怒り、両方が百パーセント詰められた声を上げる。
「はい!」
「いや、そんな満面の笑みで答えないでください。なんでちょっとドヤ顔なの」
「何してくれてんだぁ!?うち燃えちまうじゃねーか!!?」
「それはそれで好都合です。死んでも士郎さんとはあの世でまた会えますし」
「はぁ!?」
「だからサイコパスかって!」
****************
あれから組員の迅速な消火活動により、霊池さんが起こしたボヤは世間にバレることなく夜の闇に消えた。
あと、バレると面倒なので花には霊池さんが犯人であることを黙っててもらった。──代わりに駅前の高級チョコを花の友達の分まで買わなければいけなくなったのだが。
そして現在、伊里宮組は厳戒態勢に入っており組員が敵の襲来はまだかと若い衆らが息を潜め、我が家を取り囲んでいる。
「それで?なにがあったの兄貴」
「花……実は──」
それから、花に今日の出来事を話すと、花はなんとも不満げな顔を俺に向け、唾を吐くように言い捨てた。
「んなもん、分かりきってんだろ」
「え?」
「女に言わせてるようじゃ兄貴の器も大したことねえな」
霊池さんがうんうんと頷き、腕をくむ。
「士郎さんはそういうところありますよね~。鈍感というか、女心を一ミリも知らないというか……」
「それな!しかも今回のに関しては分かんねえのかなりヤバくないか?どんだけ鈍いんだよ」
言いたい放題だな!?君たちいつからそんな仲良くなったの。
それに俺もそこまで鈍くない。大方、察しはついている。
「やっぱり、あいつ好きなのかな……?俺のこと」
「んだよ分かってんのかよ。そんな分かりやすい態度だったんなら確定だろ。何悩んでんのさ」
花はそう聞き、小首を傾げた。
「あいつに……塩寺に好かれるようなことをした記憶がビックリするくらい無いんだよ……」
そう言うと霊池さんが一つ溜め息をつき、フワフワと俺の周りで浮かぶ。着ている純真無垢な白の服もふわりとたゆたう。
「恋っていうのは案外理屈じゃないところがありますから。
おこちゃまで未経験の士郎さんには難しいかもしれないですけど~」
「え、なんで今煽られたの」
「と~に~か~く。兄貴はその子をどう思ってるの?」
「どうって……」
塩寺は良い奴だ。困っている人を放ってはおけないくらい優しいし、悪事を人一倍嫌い学校内からイジメを撲滅したヒーローのような行動、所作。しかし、いくら人より優れていようと嫌われるような『リスク』が目の前にあると人は足が竦み、逃げ出すもの。
なのに、塩寺は逃げなかったのだ。真正面から恐怖へと立ち向かう気高く清い精神。彼女が他の人間に見せる太陽のような笑顔に、俺といる時の月光を思わせる雅な表情。
俺は……そんな塩寺を……。
「この感情が好きというものなのかは分からない。ただ、俺は……あいつに嫌われたくはない。
心が……他の人間にどれだけ嫌われたとしても……あいつにだけは嫌われたくないと言っているような気がするんだ……」
「めんどくさ~」
「おい」
「まあつまり嫌ではないのね。よし、兄貴!」
花が親指を立て、ニコリと笑った。
「その喧嘩、私が仲直りさせてやる!」
俺にだけ冷たいイケメン女子と俺のことが大好きな悪霊どっちと付き合うって?~チェンジってないですか~ ねぎマイト @negima3839
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