5話 勘違い
「……花……ミキサー……ふなっしーは絞っちゃダメだよ!!?」
飛び跳ねるように起きると俺は自分が保健室にいることに気づいた。なんか体の節々が痛いな……。あの後、相当揉みくちゃにされたのかな。
「どんな夢よ……」
「うおっ!?ビックリした……んん?なんで塩寺が?」
ベッドの横にはなぜか呆れ顔の塩寺がいた。ギャルゲーならさっき助けた女の子が傍らで泣いているはずじゃ……。あ、そういやこの世界ってギャルゲーみたいに出来てないんだった。多分、まだ頭が混乱してる。
「いやなに、そこにいる佐藤ちゃんのついでに連れてきたんだが、保健室の先生の息子さんが急に熱をあげたらしく、しょうがないので僕が見守ってあげることにしたのさ」
隣のベッドではその佐藤ちゃんがスヤスヤと寝息を立てていた。ひとまず、そこまで深刻なものではなさそうで一安心だな。
「いやいや……他の先生に任せなさいよ……。授業サボる必要もないだろうに」
時計を見るにもう次の授業が始まっている時間だ。そこまでする必要もないし、先生がそれを許可するものか?そんなことバレたらPTAに……ってそっかPTAはもうこいつの虜だった。
「君と違って僕は優等生なのでね。ある程度なら許されるのさ」
ある程度の解釈広すぎない?
「あわわわ!!?プリンスが喋って……」
俺の隣のベッドで寝ていた佐藤ちゃんが、塩寺の声に気づいたのか目と口を大きく開き、こちらを──プリンスを見ている。
俺はアウトオブ眼中ですかそうですか。いいもんね別に!
「いやいや、こいつだって喋るだろ。珍獣じゃねーんだから──ぶっ!」
塩寺がスパンと頭を引っ叩く。いてぇ。
「佐藤ちゃん」
俺と佐藤ちゃんの間に座っていた塩寺は佐藤ちゃんの方へ向き直り、彼女の顔に手をそっと添えた。
その姿形は完全に姫と王子そのもの。誇張しているかもしれないが、ありきたりな保健室が宮殿の一室のようにも見えた。
「僕のせいで君には申し訳ないことをした」
「そんな!プリンスは悪くありません!これは私が鈍くさ」
彼女が自虐をする前に塩寺は彼女の話を遮った。
「君は優しいね。ありがとう」
これもテクニック、なのか?流石だなぁ。
「それに比べて君は」
ん?俺?
塩寺が俺に不思議な視線を向ける。
「いくら彼女のことが好きだったとはいえ」
は?
「自分が気絶しちゃ元も子もないじゃないか。本当に変なやつだな全く」
んん?俺が彼女のことを?言っている意味が良く分からないんだが。
「二次元に行こうとしていたあの気持ちの悪かった君に三次元の好きな人が出来るとは。明日は槍でも振るんじゃないか?いやもしかすると今日なのかもな。ああ、すまない。別に佐藤ちゃんのことを──」
そしてなぜお前はそんなにまくし立てている。
「な、なあ」
「おっと!すまない。僕は先生に報告しにいかないといけない。急に二人にされるのはあれかもしれないがこれにて私は失礼するよ」
「お、おい!ちょっと待っ──行っちまった……なんなんだ?」
意味の分からないことをベラベラ喋って嵐のように去る塩寺の背中がなぜかいつかの女の子と重なった。訳の分からないことが連続しすぎだ。まだ俺は夢を見てるんじゃないか?
それに一瞬。本当に一瞬だがあいつ泣いてなかったか?
「あ、あの……伊里宮君……」
「ん?ああ、大丈夫。安心してくれ。君のことは何とも思ってないから」
それはそれで酷いか。
「な、なんだぁ」
安心されるのも中々キツイぜ佐藤ちゃんよ。
それにしてもやはり気になるな。
いつも俺に毒を吐く塩寺だが、今日は妙に俺の傷口が浅い。いつもはこう、最もグサッとくるはずなのだ。
「ちょっと俺誤解解いてくる。その方が佐藤ちゃ、さんも都合が良いでしょ?」
**********************
どうして僕はあんなことを!?二人の邪魔になるだろう、このバカバカバカバカ!
僕は早歩きをしながら、こぼれ出た涙を拭った。
「そうだ。彼がどこの誰を好きになろうと僕には関係ないじゃないか。そうさ。僕がなんで涙を」
しかし、この胸が裂けそうな感覚はなんなんだ。言葉を出せば出すほど何もかもが嫌になる。この感覚が恋なのか?
それなら私は、
「恋なんてしたくはなかった……」
こんなの辛いだけじゃないか!何が恋は尊いものだ!これのどこに尊さがあるというんだ!?
「う……ううう……」
涙を押し殺すのは得意なはず。なのに大粒の涙がポロリポロリと落ちていく。
あまりの胸のもどかしさに、胸元をギュッと握り込む。
まあでもこれは当然の結果なのかもな。
「うう……」
僕は女の子らしくない。胸も大きくなければ、身長は高い。蝶ちゃんだって一緒に遊びに行った時は女の子らしい姿だった。
僕はといえば普段着も男性のような服。
「ううう……グスっ」
これでどうやって男の子と付き合うというんだ。
「……グスっ、お姉ちゃんに謝らないとなぁ」
「──おい!」
その声に心臓がビクリと跳ね上がる。
僕は目に残っている涙を拭い、毅然と歩く。
「おい、待てって!どうしたマジで!」
僕の手を握り、静止を促す彼。
「君こそどうしたんだい。まさか、今更告白するのにビビっているのかい?そこまでチキンだったとはね。確かに君は、顔に自信がないみたいなことを昔言っていたが、そんなことよりも周りの評価がそれを上回っているから心配は」
僕は彼の顔を見ずに話す。今、顔を見たら僕はきっと泣いてしまうから。
「だからそれは違うんだって!」
「どう違うっていうんだい!?彼女が倒れそうなのをステージの上から見つけて、倒れる前に彼女を救い出したのが偶然だとでも?あの人混みの中で見つけたならまだしも、ステージの上から都合よく見つかるわけがないだろう。例えば、その子を目で追っていないかぎり!!」
僕は思わず声を荒げてしまった。
「だーから違うって!俺は人が集まってるから誰か怪我をするんじゃないかって。あの子とはロクに喋ったこともないから好きなはずないって」
「そうだった。君は生粋のお人好しだったね。だけど、恥ずかしがらなくていい。一目惚れは別に恥ずかしいことではないよ」
「だー-!!まず、あの子を俺が好きってところから離れろ!あの子が迷惑だろうが!ホントにどうしちまったんだよ?塩寺らしくないぜ?」
「君のせいだろうッ!?」
僕は彼の発言が頭にきて、彼の顔を見てしまった。きっと僕は今、ひどい顔をしているだろうな。
「……もう離してくれ」
「え、あ、いや」
「離してくれ」
彼はすんなりと僕の手を解放してくれた。
そして、僕は彼に背を向け、教室へと向かった。
もう涙は流れなかった。やっぱり父さんの言いなりの僕が恋なんて出来るわけがなかったのだ。
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