4話 伊里宮、撃沈する

 体育館ってどうしてこう熱気がこもるくせに冬になると寒くなるんだろう。


「へいパスパース!」


「そこ無理!動け動け!」


「ディフェンス甘い!詰めろ~!」


 全員が指示を出し合い、経験者や素人など関係なく全員が本気で体育を取り組む。このクラスのそういう熱意が俺は結構好きだったりする。


「今日も休んでるんですか伊里宮君」


 体育の先生がステージの上に座る俺の横に座った。


「すいません和子先生」


「……私はそろそろ参加してもいいと思いますけどねぇ。伊里宮君は優しいですから一緒にやってる内に皆気づくと思いますよ?」


「いえ……俺がいると皆遠慮しちゃいますって。それに、点のために何回か参加しましたけど活気無くなっちゃったじゃないですか~」


「あ~あれね~。なんかお通夜みたいでしたね~」


「あの時は本当に誰か死んだのかと思いましたよハハハ」


 うーむ、自分で言いながら傷ついちゃってるぜ。我ながら良いパンチラインだ。

 まあ、見るのも楽しいし、和子先生の気遣いで数回出るだけでそれなりの点数はもらえるので見学自体は悪くないな。


「きゃー!プリンスー!!」


 お、塩寺がスリーポイント決めた。にしても、プリンスとは……。あだ名がどんどん凄い方向になっていくな。この前は貴公子だったっけ?


「塩寺は相変わらずだね~」


「あいつって逆に何が出来ないんすかね」


「やっぱり女の子だし、力仕事は出来ないでしょうね。実際、あの子運動神経はいいけど握力とかはちょっと低いしね」


「あの……和子先生、あんまり生徒の個人情報言わん方がいいっすよ。今の時代、何言われるか分かったもんじゃないっすから」


「あらやだ私ったら」


 力……。やっぱり女性と男性だと力の差はあるものか。

 そういえばいつぞやの女性はどうなったかな。エグいトラウマになっているのだろうか。


「プリンス~!格好いい~!」


「ちょっ!高橋邪魔!」


「ええっ!?」


 高橋……可哀そうに。


「こらこら君たち」


 哀れな高橋を野次る女子生徒たちを宥めるためにプリンスが試合を中断した。その行為は果たしてプリンスなのか?


「僕の試合を見たい気持ちは凄く伝わったよ。でも見るなら皆で見た方が良いと思わないかい?」


「「はい!思います!」」


「あのあの……そうなると先生すっごい困っちゃうんですけど~」


「よしよし。良い子たちだね」


 塩寺は笑顔でファンの少女たちの頭を撫でた。汗で手が濡れていてもファンからすればどうでもいいことらしく、体育館は歓喜の声に包まれた。

 和子先生……ドンマイ。


 ダムダムとボールが床にぶつかる音を、何度もスーパープレイを繰り返す塩寺への大音量のコールが塗りつぶす。

 一瞬、ジョニーズのライブ会場と勘違いしてしまうほどの大歓声に頭がクラッとしてしまう。


 そして、白熱していく女子同士の戦いは、うちのクラス自慢の第二のイケ女──胡桃坂蝶くるみざか あげはと最強のイケ女──塩寺蓮の一騎打ちにもつれこんだ。


「今日こそ蓮に勝つ!!」


「残念だけど、僕の子猫ちゃんたちのためにも負けられないんだ。勝ちは譲れないな」


「きゃー--!!!」


 なぜか始まった王子同士の戦いに体育館の熱気が更に増す。

 そして、和子先生が涙を流しているのにも関わらず、バトルの火蓋が切って落とされた。


 初めにボールを持っている塩寺が仕掛ける。

 フェイントを間に入れ、蝶を翻弄する。蝶も負けじと食らいつき、行くてを阻む。

 パスはいつでも出せる。しかし、出さない。これは一騎打ちなのだから。


「やるね!でも……甘い!」


 華麗にボールをスティールした蝶はそのまま真っすぐにゴールへと進む。


「くっ!!」


 それになんとか追いついた塩寺はボールを取り返そうと頑張る。しかし、そう簡単に返したりはしない。


「頑張ってプリンス~!」


 興奮したのか、女の子がフィールドの中に入ってきた。それに続くように周りの人間も次々に入っていく。

 大丈夫だろうか。ガヤが興奮する気持ちも分かるが、集まりすぎだ。いつか怪我をする生徒も出てくるんじゃ……。


「やぁぁ!」


「はぁぁぁ!」


「……っ!?おいおいおい」


 人の波に押しつぶされそうになっている女子を見つけた。周囲はそれに気づかず、どんどんと波の厚みが増していく。

 俺はステージから降り、彼女を助けようと波の中へ飛び込んだ。


「大丈夫か?」


 そう言って彼女の手を掴んだ。あ、やべ。最悪これ叫び声上げられるんじゃ……。


「っ!?う、うん」


 案外そんなことはなかったが、女子生徒の顔は辛さを物語っていた。上気した頬がほのかに赤く染まっていて、目も焦点が少し合っていない。


「とりあえずここから出よう。ごめん──ちょっとそこ通して」


「あ、ああ。大丈夫か?」


「ええ?大丈夫?皆空けて空けて」


「いった!?誰だよ足踏んだの!!」


 軽いパニックが起きた波の中を俺は女子と手を繋ぎ歩く。


 すると、急に視界がグワリと歪んだ。──なんだ?思考もうまく纏まらない。

 遅れて顎に痛みが走ってきた。おそらく、パニック状態の中でだれかの腕が顎にクリティカルヒットしたのだろう。


「あっ……く……」


 なんとか歩こうとするが、完全に足の感覚が掴めない。まずい……。段々と意識も……。

 そこで俺の意識は完全に切れた。

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