3話 生涯バカ

 バレンタインでチョコがもらえずとも、学校は今日もあるので登校しなければならない。

 ──しかし。


「霊池さん……どいてもらえる?」


「嫌です!!」


 幽霊に金縛りにあった場合はそうもいかない。しかも、この金縛りの厄介なところは、かけられた人間が金縛りとは別に動きたくなくなるという点にある。

 その正体とはポロリである。


「み……見え……おお……」


 彼女が俺に跨ることで、彼女のたわわに実った2つの巨峰が俺の前にブラブラと揺れる。これによって俺の理性くんは欲望ちゃんに完全敗北を喫した。

 右に、左に揺れる荘厳な山の先端にある突起が少し見えた日には学校を休もうかと思ったくらいだ。


 そして、実はもう金縛りは解けている。二度寝したい欲求とシンプルな性欲が切磋琢磨して俺をベッドに縛り付けているのだ。


 ……分かってる。格好よく言ってはいるが、純粋に俺がおっぱいを見たいだけだ。


「今日こそ死にましょう!!」


「これだったら結構いいのかもしれない……って、嫌ですよ!?」


「どうしてですか!?」


「死にたくないからですって!もう100回は言ってますけど!?」


 俺は彼女を押し退け、下へ降りていく。下では妹が朝食の準備をしていた。

 爺ちゃんはまだいないようだ。


「おせーよ!バカ兄貴!」


「ごめんごめん」


「あたしだって学校あんだから早く起きろよな!」


 グレた妹だが、きちんと毎日学校に通っているあたり、根は真面目なのだ。うーん、可愛い。食べてしまいたいくらいだ。


「兄貴、今キモイこと考えたな?」


「ハハハ。まさか、そんな」


「むっ!士郎さん!メっですよ?」


 おっと、いけない。俺も遅刻しそうなんだった。

 俺は急いでテーブルに置かれたご飯、みそ汁、卵焼きを胃に流し込む。味は相変わらず美味しい。やはり自慢の妹だ。


「ごちそうさま、花」


「お粗末さん!片付けはあたしやっとくから。ほら早く!遅刻すんぞ!これ終わったらあたし先行くかんな!」


 俺は自分の部屋に急いで戻り、制服に着替える。ちなみに、うちの制服はブレザーだ。

 支度を終えた俺は玄関へ向かい、靴を履く。


「それじゃ行ってきますね。あっ!霊池さん、一応爺ちゃんの様子見ておいてもらえますか」


「分かりました!いってらっしゃいませ、旦那様!」


「……毎日逞しいっすね」


 好みの女性に旦那様と呼ばれるのは悪くはないな、うん。

 俺は愛車のシルバーママチャリに跨り、学校へ向かった。今日は天気もよくスズメがチュンチュンと鳴いている気持ちのいい朝だった。

 こんな良い日には川柳でも読みたくなるな。読めないけど。


「おはよう、士郎くん!」


「おーおはよう」


 信号待ちをしていると後ろからあいさつをされた。

 彼は俺の数少ない友人、たちばなくんだ。中学の頃、女の子ような見た目から虐められていたところを助けてから、俺を普通の人として扱ってくれる親友だ。

 しかし、虐めていたやつらは見る目がないな。彼は俺が見てきた人間の中で最も漢と呼べる人間なのに……。


「今日は傷、ないみたいだね」


「俺はしたくてしてるわけじゃないよ……喧嘩なんてダサいこと」


「アハハ」


 喧嘩はダサい。そんなことをするくらいなら俺は友達作りに勤しみたいのだ。だが、それを血の繋がりが許してはくれない。

 毎日のように帰り道に現れるイキった反グレもどき達から逃げ、どうしても無理な時は、サンドバックになる。こんなバラ色には程遠いこの青春の終わりを俺は切に願う……。


「あっ!そういえば昨日のバレンタイン!どう」


「あーあー!聞こえなーい!」


 俺はペダルの回転を速め、橘から距離をとる。こいつは可愛いから、大人のお姉さま方からの人気がある。さしずめ、それの自慢だろう。その前に俺は、逃げる!!!


「待ってよ~」


「ウハハハハハ!」


 逃げている内、あっという間に学校へ着いた。遅刻は……うん。途中で道変えたのが悪かったか。

 校門の前で


「よう伊里宮。今日はよく眠れたらしいな!」


「げええ……毒島ぶすじま……」


「毒島だ。今日も遅刻たぁいい度胸だ。この間言ったよなぁ……次やったら放課後に俺との楽しい反省文づくりが待ってるってよぉ?」


「う”……せ、先生!ですが、今回は橘くんも遅刻しています!」


「うわ!友達売りやがった!やっぱ君ってクズだよな!」


 うるせー!死なば諸共じゃ!俺は橘を前に出した。


「橘は初犯だ」


「同じ罪では!?」


「初犯よりも常習犯の方が罪は重いだろ?」


「そうだよ!諦めなよクズ」


 ちくしょう……ぐうの音もでねぇ。

 橘がベロを出してこちらを煽る。

 俺はそれでも認められず強行突破しようとしたが、毒島の屈強な腕には歯が立たず、悪さをした猫のように首根っこを掴まれ。なくなく教室へと連行された。


和子わこ先生、このバカまた遅刻しました。頼みますよ……ほんと」


「ああ、毒島先生!申し訳ないですうちのバカが」


「これにこりたら友達は売るなよな。それじゃ、またな!バ~カ」


「あんたら……人をバカバカと……」


 橘がニコニコと俺の頭を叩き、自分の教室へと向かっていった。──決めた。あいつ、あとでスマ〇ラでボコして泣かしてやる……。


「ほんっとバカ……」


 ──おい聞こえたぞ塩寺。俺が視線を送ると塩寺はパッと目を逸らした。

 そして、俺は観念して反省文を書くことを誓い、椅子についた。

 和子先生が朝のホームルームの続きをしているとひそひそ声が後ろから聞こえた。


「また……遅刻?」


「どうせまた喧嘩でもしてたんでしょ。あいつヤクザの孫なんだよ?」


「うわっ!こっち見た。お前らあんま喋んなって」


 俺のクラス内の評価はかなり下だ。クラスのために美化委員に入り、学校全体の美化活動に努めていても、だ。

 しかし、彼らの言い分も分かる。俺だって彼らの立場でヤクザの人間が美化委員をしたぐらいで評価を変えることはない。むしろ、美化委員に何の目的があって入ったのかと、勘ぐってしまうだろう。


 実際、そう勘ぐった彼らが導きだした考察は俺が同じ美化委員の塩寺を狙っているというものだった。俺はそっちの方に苛立っている。俺を貶めるのならまだしも、身も蓋もない噂に彼女を巻き込むのは違うだろうに。


「それじゃあ、朝はこのくらいで。日直、号令お願いします。あ、あと言い忘れてたけど今日の帰りに配布物あるからすぐ帰らないで、以上」


「きり~~つ」


 気だるそうな号令に合わせて、各々がバラバラに立ち上がる。

 さて、ヤクザの孫という不名誉な称号は無理でも、バカという称号ぐらいは払拭できるように真面目に勉強するとしよう。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る