2話 がんばれソルちゃん

「それじゃあ皆さん!今日はありがとう~。またお店で会おうね~」


 僕はそう言って画面に手を振り、配信のスイッチを切った。


「ふー……」


 僕は深く息を吐き、配信終わりに決まって飲む緑茶をグイっと飲み干す。程よい苦みが暖かさと調和して胃に流されていくのを感じる。


「終わったの?」


 鎖骨まで伸びた栗色の髪、低身長、あどけない表情を見せるチャーミングな顔。そんな、男性が好む要素をこれでもかと詰め込んだ、僕の理想の女性像である彼女は姉だ。


姉の江里えりが僕の部屋に入ってくる。


「うん」


「お疲れ~。しっかし……いいね~その男の子は。あたしが男だったら蓮に『あたちぃ、あなたのことがちゅきなんですぅ』なんて言われたら超嬉しいよ~」


「もう、姉さんまで!……そんなんじゃないって」


「アハハ!ごめんごめん。でも、気になってはいるんでしょ?」


「……」


 気になりは……している。だが、これまで僕は色恋とはかけ離れたところにいたからだろう。この感情が恋というものなのか、自分でもよく分からないのだ。


「大人しく告っちゃいなよ~。断わられることは絶対ないって」


「でも、迷惑かも……」


「迷惑って言ってきたらそいつは蓮とは釣り合わなかったってこと。もちろん、蓮よりも下ね」


 お姉ちゃんが僕の背後から抱き着いてくる。


「蓮、大丈夫。あなたは魅力的よ?

父さんの言うことは……もう、気にしないで。あんたはあんたらしくすればいいの。困ったことがあれば、あたしがいつでも相談乗るから……ね?頑張ってみよ?」


「……うん」


「よし!」


 1日遅れだがきっと彼は受け取ってくれるだろう。見ず知らずの僕を救ってくれた伊里宮くんなら、きっと……。


「あ……お姉ちゃん」


「ん?」


「チョコ……もう一回手伝ってくれない?」


「いいわよ。それじゃ、下行きましょ。今日は父さんいないからゆっくり作れるわね。それに……あんたとその子の馴れ初めもう一回聞きたいし」


 僕とお姉ちゃんは台所に向かい、チョコづくりの準備をした。

 まず、クッキングシートを10×10の正方形の折り、ホッチキスで型を留める。


 そして、ボウルにカカオ51%のチョコと55%のチョコの2種類をボウルに入れて60℃の湯煎にかけ、ゆっくり溶かすのだ。


「それで?」


「それでって?」


「あんたとその伊里宮君の出会いってやつよ。あたし、その話好きなのよね~」


 僕と彼の出会いは高校入学前のことだ。

 父の仕事の関係でこの辺りに高校入学を期に引っ越してきた僕は街を少し散歩していた。新しい土地ということもあり、最初は緊張していたが、街を見て回る内に楽しくなった。


 しかし、そこでそれは起きた。

 僕がショーケースに飾られた可愛い服に目を奪われていたところ、男性とぶつかってしまった。その際に男性の持っていたコーヒーが服にかかってしまい、男性は激昂した。僕もとんでもないことをしたと思い、何度も何度も謝った。


 そして僕が──弁償する、と言おうとしたら、男性の周りにいた人に路地裏にまで連れ込まれた。

 そこで僕は気づいた。その人たちは普通の人たちではなかった。


「なんど聞いても漫画みたいね~……あっ、それ鍋ゆすって。そうそう全体溶かす感じ」


 僕は、そもそも僕が前を見ていればこんなことにはならなかったと、反省した。だけど、そんなことはその人たちにはどうだっていいことだ。


 男性たちはひどくイラついた様子で僕の顔をビンタした。そこで一人の男が僕の胸に偶然触れると僕が女だと気づいた。

 面白がった彼らは実際に確認してやろうと笑いながら僕の服を剥ごうとしてきた。


「うんうん」


「お姉ちゃん、生クリーム入れといたから混ぜててくれる?」


「ほーい」


 そして、いとも容易く僕は服を脱がされた。せめてもの抵抗で見られたくない胸や大事な部分は隠したけど、それも時間の問題で、もうダメだと思った。


 ──そこで伊里宮君は現れた。


 伊里宮君は路地を見張っていた男を殴り、僕のそばにいる男たちを一蹴した。

 呆然とする僕に、彼は自分の羽織っている服を着せてくれた。彼の温もりを肌で感じるのと同時に時間差で襲ってくるレイプされる直前だったという恐怖が波を寄せて僕に迫ってきた。

 涙でグチャグチャになった視界で彼は僕の頭に手を置いた。


「それで言ったの『怖かったね。もう大丈夫』って」


 それから彼は『女に手だしてんじゃねーぞ!』と言って、男たちをばったばったと倒していった。

 最後の一人が全員を連れて逃げていくと、警察のサイレンが聞こえてきた。伊里宮君はサイレンの音を聞くや僕に、『俺は今日ここにはいなかったことにしてくれ』と言い残し、どこかへ行ってしまった。


 僕はその後保護され、約束通り彼のことは一言も警察には話さなかった。

 そして、高校に入学して彼と再会した。あの時、僕の心臓の鼓動がこれまでにないほど速くなったのを今も覚えている。


「んで、あんたのバ先にも来てっと……。もう運命じゃん!?何で告んないの!?まったくもう……とりあえず完成したわね」


「うん。ありがとねお姉ちゃん」


「いいのいいの。可愛い妹のためだもん。また頼って」


お姉ちゃんはウィンクをして自分の頬についたチョコを舐めた。


「あ、お姉ちゃん。今日の分、一緒に食べない?」


「おお!いいね!食べよ!」


 昨日作ったチョコレートはとても甘かった。伊里宮君……甘いの苦手かな?大丈夫だよね?


 伊里宮君は僕のことに気づいてないけれど、明日、それを伝えてみよう。それで感謝の気持ちを伝えるんだ。

 頑張るぞ……。

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