1話 愉快な伊里宮家

 俺の名前は伊里宮士郎いりみや しろう。特殊な家系の長男として生を受けた高校二年生。絶賛、学校で孤立中だ。

 さっそくで悪いが、今から愉快な我が家の住人たちを紹介していこうと思う。

 まずは一人目。


「元気に憑りつきますね!士郎さん!」


 この子は霊池楓たまいけ かえでちゃん。家族の墓へ高校に入学したことを報告しに行った日からなぜかずっと俺に憑きまとう死んでなければ超好みの女の子だ。


「今日こそ死んで、一緒にあの世で幸せになりましょう!えいえい、おー!!」


 最近気づいたが幽霊と俺たちの価値観は違うらしい。サイコパス発言を無視して次に行こう。

 二人目は俺の爺ちゃんだ。


「うおぉぉぉ!カオリちゃぁぁぁん!!」


 テレビの前でアイドルを応援しているこの白髪の人が俺の爺ちゃんだ。右目の大きな傷跡が痛々しいが、30年も前の傷だそうで、これでもだいぶマシになったらしい。


 あと、今年で齢80歳だというのに老いを感じさせないヲタ芸には流石の俺も引いている。


「うっせーんだよジジイ!医者に激しい運動すんなって言われてんだろうが!」


 そして、この口調の荒い金髪の可愛い女の子が中学二年生の俺の妹だ。世界一可愛い


「こら、はな。そんな言葉使ったらダメだろ?」


「てめーもだよクソ兄貴!早くその幽霊なんとかしろや!夜中に話しかけられんのうぜーんだよ!」


「もー!なんでそんなこと言うんですか花さん!花さんが変なお札握って『ごめんなさいごめんなさい』って震えてたからお姉さん心配になって」


「ふ、ふるえてねーよ!あれはお前を除霊しようと……と、とりあえず!さっさとなんとかしろよな!」


 花は顔をりんごのように赤くして二階へ行ってしまった。

 それにしても、花が反抗期を迎えるとは感慨深いものだ。昔はあんなに、おにいおにいって言いながら後ろを付いてきてたのになぁ……。


「士郎さん……私、花ちゃんに悪いことしちゃいましたか?」


「まあ、霊池さん仮にも幽霊ですからね。最初は誰だって怖いですよ。なに、時期に仲良くなれますから気にしないでください」


 ぶっちゃけ、俺も慣れた。というか、毎日金縛りとかされれば誰だって慣れる。


「はぁはぁ……おお、帰ったか士郎」


「ただいま爺ちゃん」


 爺ちゃんが振り向き、大きな傷跡が残る右目で俺を見据えてきた。爺ちゃんは眼力が強いので幼い子供が今の爺ちゃんを見たら泣いてしまうだろう。


「今日は……はぁはぁ、集会がある。おめぇも来るか?」


「俺は……遠慮するよ」


 集会というのは組の運営に関する報告会のようなものだ。そう、うちはヤクザだ。


 ──伊里宮組。この辺りをシマとして活動している暴力団であり、反グレ共を使ってホストに闇金、薬物の売買や銃の密輸まで黒色に近いことしかしていない激ヤバ集団だ。

 俺は爺ちゃんと血が繋がっていることもあり、次期若頭として組全体から注目を浴びている──って、ふざけんな!


 俺はそんな奴らと関わりたくはない。なんだったら俺の夢はそんな奴らを刑務所にぶち込む人になることなのだ。こんなふざけた家業を継ぐなんて死んでもごめんだね。


というか、そのせいでボッチなんだよね……。どこから情報が漏れているのか必ず俺の行った場所では俺がヤクザの家の人間だとバレる。

迷惑なことをしてくれる人間がいたものだ……。


「そうか。まあ気が向いたらでええ。たまに顔出しゃそれでええんじゃから」


「……分かった」


「お爺様お爺様。この方はどなたなんです?」


 霊池さんがテレビを覗き込み、そう言うと爺ちゃんが興奮気味に説明しだした。


「お、この子が気になるんか。そうかそうか。そうじゃな、まずはこのデーブイデーを見なさい。ほれ、この──」


 おっとマズイ。爺ちゃんのヲタクスイッチが入った。俺は急いで霊池さんの耳元で注意する。


「霊池さん……あんまり爺ちゃんを刺激しないでください……これ二時間コースですよ?」


「何言ってるんですか士郎さん。まずはご家族との外堀から埋めていくのが結婚の前段階ですよ!」


 うーん、いい笑顔でとんでもないことを。


「あはは……そ、それじゃあ俺、上にいるから二人で楽しんでくださいね~……」


 俺は逃げるように自分の部屋に転がり込んだ。興味のないアイドルの話を永遠にされるってなんて苦行よ?俺はひとつ溜め息を吐き、机の前に座る。


 まあ、とはいえ俺もヲタクなもんで、これから俺は推し活に勤しむことになる。


「は~……今日も可愛いな……ソルちゃん……」


 俺の推しのソルちゃんとは神対応で有名なメイド喫茶のメイドさんのことだ。

 数少ない友人の一人に連れられ、嫌々店内に入ると彼女が俺の接客をすることになった。

 

 その時に俺は彼女の銀色に輝く美しい銀髪とハスキーな声に心が一瞬で奪われたのだ。


 そして、彼女は自分が男っぽいのではと気にしているが、そこがとんでもなく可愛いポイントで、俺がこの子を推そうと思った瞬間だった。

 たしかに長身で。男よりもイケボだが、甘いものを食べている時やお気に入りのぬいぐるみを説明している時なんて完全に乙女のそれだ。あれを見て、好きにならない男は男じゃない。


 今日は彼女の週に二回のライブ配信で、いつも通り投げ銭をして彼女の配信を訪れたことを知らせる。


 *こんにちわ!


『ん!白さんこんにちわ~今日も来てくれてありがと~』


「うおぉぉ……かっわ……」


 こういう時に、俺は爺ちゃんの孫なんだなぁとつくづく思ったりする。


『それでね?今日、バレンタインじゃないですか~だから、私もチョコあげようと思ったんですよ』


 *もらう人いいな~

 *今度お店に行ったとき頂戴!

 *え!?好きな人とか?


「いやいや……好きな人だったらこんなところで言わんでしょ」


『えっ!?いやいやいやいや、好きな人ではないですよ~。

 その人には恩があるのでどうしてもそれを返したいだけで……。

 でも、私緊張しちゃって渡すきっかけが上手く作れなかったんです……。

 皆さんはなんて言われて渡されると嬉しいですかね?』


 *ソルちゃんからもらえたらどんな感じでもいい!

 *好きですって言われたら嬉しい!


「なんか……参考にならなそうなコメ欄になってるし……最近ファンの反応おかしくないか?ソルちゃん何とも言えない表情になってるし……」


 とはいえ、俺も大した助言が出来ない。凡人なりに考えた結果、無難な回答に辿りついた。


 *個人的には気持ちを素直に伝えられたら嬉しいです!


 あ、やべ。変な予防線張っちまった。個人的にって言葉いらなかったな……コメント消してもう一回送ろう。


『気持ちを素直に……そうですよね。それが一番ですよね……よし!頑張って伝えてみます!』


「マジか!?なんか納得してくれた!これもだいぶクソコメだよ!?いいのソルちゃん!!?」


「兄貴うるさい!!!」

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