第71話 決戦

 翌朝、夜明けとともに都市メネル上空にアシェリアは現れた。

 ヒカルは一睡もしていない。

 哨戒中の兵士が声を上げ、兵士たちが集まってくる。

 赤い鎧を身に着け、槍を手にしたアシェリアは、かつてないほど白く輝いていた。

『ヒカル』

 心のなかで声がする。次の瞬間、アシェリアが隣に現れた。

 彼女はヒカルの手を取ると、広場の日本人たちの中心に瞬間移動する。広場には既にナイフを手にしたエミルと総理がいた。日本人たちの拘束はすでに解かれている。夜目の効くエミルの案内で、未明のうちから潜り込んでいたのだろう。

 すぐに黒い兵士に包囲され、小銃が乱射される。しかしアシェリアの白い光が日本人たちを覆い、弾丸を通さない。

 神殿の中から、谷が走り出て来るのが見えた。オーシュルージェスの側近たちは、神殿を幕営にしているようだ。

「待て! その女に銃は……」

 谷が俗語で叫ぶ。

 アシェリアが腕を振り上げる。同時に小銃は全て酸化鉄の塊となり、兵士たちが昏倒する。

「拳銃を奪え!」

 アシェリアが叫び、自衛隊員が倒れた兵士から武器を奪い取る。

「アシェリアァ!!」

 谷が怨念を込めた声を上げた。

「谷さん」

 総理は谷に近づくと、肩に手を置いた。「あなたのお父上には大変お世話になった。こんなことになって残念です。あなたは、日本の法律により、然るべき裁きを受けてもらいます」

 自衛隊員に拳銃を突きつけられ、谷は力なく膝を付いた。

「日本に、帰れると思っているのか?」

 神殿の奥から、オーシュルージェスが悠然と現れる。古代語だ。

 エミルが総理の耳元で日本語に翻訳する。

 オーシュルージェスと従者のように付き従う神が二柱。五人のクローンアシェリアもいる。

「日本国内閣総理大臣、藤原角道です。我が国は、貴国と敵対するつもりはない」

 クローンアシェリアが翻訳した内容を、オーシュルージェスは一笑した。

「悪しき神とよしみを通じた時点で、貴様らは敵だ。我が国の奴隷としてのみ、生きることを許す」

 ヒカルはアシェリアと繋いだ手に力を込める。知っていることを、全てアシェリアに伝える。

『水爆にわたしのクローンか。やっかいだね』

 心の中でアシェリアの声がした。悲壮感のまるでない口調に、ヒカルは少し安心する。

 ずっと考えていたことをアシェリアに伝える。

『一緒に逃げよう。何もかも捨てて』

 アシェリアはほんの一瞬だけ歓喜を浮かべたあと、表情を曇らせる。

『わたしにそれが出来ないこと、ヒカルが一番知ってるでしょ』

 何かを言わなければならないと思う。けれど、うまく言葉に出来ない。

「大丈夫。そんな顔をしないで」

 アシェリアはいつもの屈託のない笑顔を浮かべた。繋いだ手が解かれ、小指が差し出される。

「わたしは必ず帰ってくる。約束だよ」

 短い指切りが終わったとき、アシェリアはもう笑っていなかった。

 アシェリアは槍を構える。その堂々たる明眸に、大気すら畏れたように張り詰める。

「オーシュルージュ・ヴォ・オーシュルージェス。場所を変える。こなたとて、そなたの兵を巻き込みたくはない」

 オーシュルージェスが無言で片手を上げる。クローンアシェリアたちの全身が光り、手榴弾や砲弾が降り注ぐ。アシェリアの白い光は、それらを全て防いだ。

「この程度では、牽制にすらならんか。化け物め」

 オーシュルージェスは、吐き捨てるように言った。

「いいだろう。貴様の好きな場所に行け。そこが悪しき神、アシェリア・グリーファ・イル・イシュタルスの死に場所だ」


 アシェリアは都市メネルを背にするように、エーゲ海に向いて浮かんでいる。

 オーシュルージェスたちは1キロほど離れた場所で、逆にエーゲ海を背にしている。

 都市メネルにはまだオーシュルージュの兵士たちが残っているが、襲ってくる様子はない。もっとも、近衛兵とでも言うべき黒い兵士はさっきアシェリアが倒してしまったので、残っているのは雑多な軍装の歩兵たちだ。銃も手にしていない。

 彼らは固唾をのんで、主の戦いを見上げている。

 オーシュルージェスを中心に、属国の王が脇を固め、その後ろに一人一台ずつの荷車を浮かせた五人のクローンアシェリアが控えていた。

「古谷さんも、念のため着てください」

 自衛隊員にボディアーマーを渡される。兵士たちから剥ぎ取ったものだ。すでに総理たちは皆、ボディアーマーを身につけていた。

『始める』

 ヒカルにしか聞こえないアシェリアの声がする。

 アシェリアの姿が消える。オーシュルージェスの背後に現れ、槍を振り下ろす。

 傍らの二人の神が同時に距離を詰め、剣で槍を防いだ。オーシュルージェスは衝撃波のようなものを放ち、アシェリアはクローンアシェリアたちの白い光の塊に突っ込む。

 アシェリアとクローンアシェリアの白い光は反発せず、アシェリアの身体は荷車の一つに叩きつけられた。

 オーシュルージェスたちが姿を消す。残っているのは、アシェリアとクローンアシェリアの一体、それと荷車一台だけだ。

 距離を取った。まさか!

「神殿へ! 水爆だ!」

 ヒカルは叫ぶ。日本人たちは我先に神殿に入り込むが、ヒカルはアシェリアから目を逸らすことが出来ない。

 早く瞬間移動して逃げてくれ。君なら、助かる。

 アシェリアは白い光で荷車とクローンアシェリアを包んだまま、それらと共に上方に瞬間移動した。1万メートルも上れていない。二柱の神の力がせめぎあい、アシェリアの本来の力を発揮出来ていないのだ。

 アシェリアは何度か瞬間移動を繰り返し、そして、光と熱に包まれた。

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