黄金時代
第44話 君と同じ夢を見ていた
空に浮かぶ男女が、何かを話している。
ヒカルの知らない言葉だ。イシュタルの言葉とも違う。
しかし、言ってる内容は不思議とわかる。
彼らはこの噴火について話していた。
溶岩ドームの成長から、爆発までは一日と経っていない。驚異的なスピードだ。
彼らの中には、このあとの明確な噴火のイメージがある。
凄まじい量の溶岩、全てを焼き尽くす火砕流、噴出した火山砕屑物は空を覆い尽くし、急速な寒冷化と何千年もの寒い夏をもたらす。
やがて崩壊する山体。
彼らはそれを体験している。
何千年もの氷期を、体験?
それだけではない。噴火によって、やがて、大地の底が裂ける。そこから無限に等しい溶岩が溢れ出す。
それは彼らにとっても未知の現象のようだ。しかし、優れた認識力で、それが起こることを確信している。
我らの子は耐えられまい。
彼らが話している。
ヒカルはその現象の名を知っている。
洪水玄武岩。通常の噴火とは違い、裂けた地殻から、マントル由来の極めて流動性の高い溶岩が噴出する現象だ。
通常の噴火と比較にならないほどの膨大な量の溶岩が、数百万年の間噴出し、文字通り地上を覆い尽くす。
インドのデカン高原や、中央シベリア高原に広がる玄武岩の大地がその痕跡だ。
この天災を、ホモ・サピエンスはおろか、原人も含めたホモ属は一度も体験していない。
もし起こっていれば、我々は生きてはいないだろう。今起こっても、間違いなくホモ・サピエンスは絶滅する。
2億5千万年前のシベリアの噴火では、9割の種が絶滅し、古生代は終わった。地球史上最大の大量絶滅として知られている。
絶望の表情を浮かべていた二人は、やがて決意したように互いに頷くと、離れていった。
ヒカルは目を覚ます。
アシェリアが心配そうに顔を覗き込んでいる。
その後ろに深い緑が見える。イシュタルだ。
「夢を見ていた」
ヒカルは呆然と言った。
「夢?」
アシェリアが怪訝そうな顔をする。
ヒカルは頭を押さえながら体を起こす。
開いた寝袋に寝かされていた。
前回、自衛隊が木を斬った場所のようだ。
チェーンソーの音が響いている。手順通り、梶たちが森を切り開いている。
「そう。噴火。デジャール」
アシェリアの顔色が変わる。
「わたしも、見た……。同じ夢かもしれない」
どういうことだ? ヒカルは訝る。
「お願い、教えてヒカル。どんな夢を見たの?」
ヒカルは夢の内容を必死で思い出しながら、アシェリアに話す。
空に浮かぶ男女。火砕流。これから起きようとする破局噴火。
思い出せるのはここまでだ。破局噴火の先が思い出せない。
破局噴火に、その先などあるのだろうか?
トバ事変のように、氷期が来るのか?
「わたしも、うまく思い出せない」
苦悶するようにアシェリアは言った。
「毎回なんだ」とヒカルは言った。
「ワーム・ホールを通るたび、同じ夢を見ている気がする。すごく長い夢の一部みたいな感覚」
「わかるよ。もどかしい。全部を見たいけど、見てはいけない気がする。絶望的な結末しかないとわかる」
アシェリアの言葉に、ヒカルは頷いた。
「どういうことだろう。二人で同じ決まった夢を見るなんて」
アシェリアはややあって、
「これは、神託かもしれない」と言った。
神託とは、天の神が与える啓示だという。地上に天の神が現れ、何かを告げる。
アシェリアはこれまでに二度、神託を受けたことがあるという。
「一度目は神になったとき。溶けた鉛を飲まされて死にそうだったわたしの前に、天の神が現れた。その姿は、わたしにしか見えていなかった。二度目は三百年前、
その天の神は、王の命乞いをした。アシェリアが許すと、瀕死の王を助け、その天の神は消えた。その時は王である神も、同じ神託を見ていた。
「今回の一連の夢が神託だとすると、何を伝えようとしてるんだろうか」とヒカルは言った。
「わからない。明確なメッセージは何もない」
地球でも、古代や中世の人々は、しばしば神からのビジョンを受け取った。夢の中だけでなく、覚醒中においてもだ。
ジャンヌ・ダルクは生まれ故郷のドンレミ村で、大天使ミカエルの姿を見て、声を聞いた。彼女は何度も天使や聖人の姿を認識し、啓示を受けた。
使徒ヨハネも、同じようにイエスの導きで終末のビジョンを見た。ヨハネの黙示録として知られるそれは、一般に世界の終末についての物語だとされているが、内容は難解で、解釈には様々な説が存在する。
「世界の終末……わたしたちの夢も、大いなる災いについての神託なのかな」
黙示録の話を聞いたアシェリアが言う。
「でも、神の力って未来予知は出来ないよね?」とヒカルは尋ねる。
「出来ない。天の神はしばしば神託で未来を予言するとされているけど、ただの夢を主観で捻じ曲げているだけだと思う。予言を受けたという人は多いけど、当たったり、当たらなかったりするから」
「じゃあ、ただの警告? ワーム・ホールを通るなという意味なんだろうか?」
ヒカルは首を捻る。
先輩がこちらに近づいてくるのが見えた。
長袖のシャツの袖をめくっている。作業に参加していたようだ。
「目が覚めたんですね」
先輩は額の汗を拭った。
メリハリのある体に汗に濡れたシャツが張り付いて、かなり過激な格好になっている。
「心配かけました。すんません」とヒカルは言った。
「無事ならよかったです。でも真剣な顔して、なんの話してるんですか?」
「夢です」
「夢?」
「前に話したじゃないですか。火山と浮かぶ男女。今回も見たんです。アシェリアも同じ夢を。前回も」
先輩は訝るように眉を顰めた。
「アシェリアちゃんは精神感応みたいな力がある……。その力の影響で、ヒカルくんが同じ夢を見たってことは?」
「先輩は、見てないんですか?」
見ていないと先輩は言った。
ヒカルはワーム・ホールを通ったときのことを思い出す。過去五回。いつも同じ夢を見ていた気がする。
「アシェリアと出会う前、最初にワーム・ホールを通ったときも、同じ夢を見ていたんです」
三人は顔を見合わせた。
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