第42話 我々と同じ神話に連なるもの
走り出した車の前後に警護の車が並ぶ。やはり随分物々しい。
すぐに迎賓館に着く。正門を抜け玄関前に停まる。
真っ白な正面玄関を抜けると、市松模様の床に真っ赤な絨毯が敷かれたホールで、ダークスーツ姿の総理が出迎えた。
「ようこそ、アシェリア。素晴らしいドレスですね」
「ありがとう、カクミチ」
アシェリアは総理の案内で階段を上っていく。
「皆様はこちらへ」
先輩やエミルたちと合流したヒカルを、職員が別の場所に導く。館内の豪華さに圧倒される。
「お久し振りです」
職員が振り返って笑う。
どこかで見た顔だと思ったら、内閣府の植村だった。
「植村さんも招待されていたんですか?」
ヒカルは尋ねる。
「まさか、ただの手伝いです。今日は案内係。皆様に会いたくて、立候補しました。迎賓館は内閣府の管理ですからね、割と潜り込むのは簡単でしたよ」
植村はスーツの胸元の赤い花飾りを示してみせた。他のスタッフの胸元にも、同じような飾りがある。
アシェリアは合意文書の交換のために、ヒカル達とは別の部屋に向かう。
「谷さん、更迭されたんですよ」
植村はヒカルと先輩にだけ聞こえる声で言った。
一瞬誰のことかわからない。三歩歩いて、内閣府でアシェリアに特殊部隊をけしかけた傲慢な男だと気づく。
「あの方の
「そんな人が、どうして副大臣なんかやってたんですか?」と先輩が尋ねる。
「三代続く大物議員のお子さんですから。そういう方は多いんですよ」
アシェリアの言葉を思い出す。自覚はないだろうが、この国にも貴族はいる。迎賓館の宮殿のような廊下を歩きながら、ヒカルは思った。
体育館程もある広い部屋に案内される。もちろん豪華さは比べ物にもならない。
「羽衣の間。舞踏室として作られましたが、舞踏会は一度も開催されなかったそうです。晩餐会の時間まで、ここでお待ち下さい」
植村はそう言い残して去った。
既に五十人ほどの人が部屋にいた。椅子はあるが、立食形式らしく、グラスを手に何かを話している。
「おお、古谷君と肉丸君」
内田がいた。話していた相手に断りを入れて、こちらに来る。
「内田先生」
先輩が嬉しげに声を上げる。
今の内田はヒカルたちの上司ということになる。国立新世界研究所が発足すれば、所長に就任する予定だ。
「君たちなら大丈夫だと思うが、まずは新世界で一年、無事を祈る」と内田は言った。
ありがとうごさいます、と二人は言った。
会場のスタッフから酒のグラスを受け取る。
「この子には、アルコールの入っていないものを」
ヒカルはエミルを示して言った。
「この方達が新世界側の留学生かね」
エミルたちは、ドレスの裾を摘んでカーテシーのようにして名乗る。
「新世界研究所準備室長の内田です。一年間、あなた方と一緒に学ぶことになり、光栄です」
内田は、膝を曲げて名乗った。
「それにしても驚きだ。新世界でボグワートの男性を見かけたが、こうも大きい性差があるとは……」
内田はまじまじと、ルメンとエミルを見る。顔が近い。エミルが戸惑った表情を浮かべる。
「おっと失礼。不躾でした」と内田は詫びた。
「この子は年若く、動じやすい。お気になさらずに」
ルメンがゆっくりと言った。発音はぎこちないが、都ことばのように優雅に聞こえる。
「ワーム・ホール観測装置の開発は順調ですか?」とヒカルは尋ねた。
「順調だよ。まだ試験段階だが、だいぶ正確に観測できるようになってきた。明日、十和田で驚くだろう」
「楽しみです」と先輩は言った。
「出現頻度には、一定のパターンがあることもわかってきた。サーカリズムや天体運動のように、複数の周期の組み合わせのようだ。まだまだデータ不足だがね」
「新世界での観測データも期待しててください」とヒカルは言った。
「頼んだよ。あと例の新世界の神話。古い友人に、神話学をやっているのがいてね。確認したんだが、面白い話を聞かせてもらったよ。創造神話というのは、比較的新しい神話だそうだ」
「新しい、ですか?」
「世界中の神話を比較、系統化すると、二つの系統が見出せる。一つはホモ・サピエンスがアフリカを出る前から保持していた神話。これには創造の物語はない。この神話の系統には、現在の
内田は一旦言葉を切って、手持ちのグラスの酒を飲み干す。
ちょうどエミルにソフトドリンクを持ってきたスタッフに、内田は空いたグラスを手渡した。
「もう一つの系統は、古代エジプト、メソポタミア、日本、北欧、アステカなどが含まれる。おそらく3から5万年前に、中近東あたりで生まれたものだ。古い神話と比較すると、高いストーリー性、世界の創造や終末、半神半人の英雄の活躍、神々の系譜などの物語を含むことを特徴とする。新世界の神話、あるいは新世界そのものが、この系統の特徴を強く持つ」
「全地の神アシェリア。神グリファによって神になったもの……」
ヒカルは呟く。
内田は大きく頷いた。
「そうだ、彼女こそ、まさに神々の系譜を受け継ぐ、半神半人の英雄だ。これは偶然だと思うかね?」
ヒカルはグラスを飲み干す。
ずっと、ヒカルもそう考えていた。
「イシュタルと地球は……」
ヒカルの言葉に、内田は大きく頷く。
「そう、かつて一つだったのかもしれない」
晩餐会の時間になり、建物の反対側に移動する。
羽衣の間と同じくらいの広さの部屋に、いくつもの円卓が置かれている。アシェリアは総理と同じ真ん中の席に、すでに座っている。
彼女はヒカルと目が合うと、ほんの僅か顔を綻ばせた。
何人かの外国人に、アシェリアは話しかけられる。
「主要国の副大統領や外務大臣がざらにいますね」と先輩が言った。
先日開かれた国連総会で、通称新世界条約が採択されていた。
新世界での領有権の主張や、侵略を禁止する内容だ。そこでは地球は新世界に対して、二十一世紀の倫理や自制心をもって向き合っているように見えた。
眼の前の光景は、アシェリアと各国要人は軽い挨拶を交わしているに過ぎない。
しかし要人の背後で、国家というに怪物がイシュタルに対して舌なめずりをしているように、ヒカルには思えた。
インカの皇帝アタワルパと対峙したスペインのピサロと、現代のホモ・サピエンスは、本質としては何も変わっていないのかもしれない。
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