第41話 羞花閉月
アシェリアが真っ白なイブニングドレスを着ている。胸元が大胆に開いて、肩が露出してる。
華奢だがスタイルのいい彼女に、とても良く似合う。
アシェリアが地球に来て、四日が経過していた。
これから迎賓館赤坂離宮で、総理主催の晩餐会が行われる。半ば押しかけるように来日した各国要人や、新世界調査委員会のメンバー、ヒカル達も招待されている。
「どう?」
アシェリアはファッションモデルのフルターンのように、くるりと回転する。
「綺麗だよ」とヒカルは言った。花も恥じらい月も隠れるほどの美女とはよく言ったものだと思う。自然が作り上げた最高の芸術とは、層理や数式ではなく彼女なのではないかとさえ思う。
「神だわ……」と先輩が呟く。
アシェリアは自分を抱きしめるように肩に腕を回す。
「こういう服、ずっと着てみたかったんだよね」
エミルが黄金の胸飾りをアシェリアにつける。
細い金細工に、素朴にカットされた大粒のルビーが散りばめられていて、その赤は時折見せる彼女の秘めた激情のように鮮やかだ。
エミルとルメンも、胸飾りをつける。
彼女らは青色のバレリーナのようなドレスを着ている。胸元も開いておらず、デザインはアシェリアに比べて控えめだ。
その代わり、胸飾りにはアシェリアのものを凌ぐくらいの大粒のサファイアが、惜しげもなく使われている。
ボグワートの女性らしく、二人とも宝石が大好きなのだ。
三人のドレスはこちらで既製品を買ったものだが、装飾品はイシュタルから持ち込まれたものだ。
ヒカルはアシェリアの腕輪を借りて、光に照らす。
角度によって輝きが違って見える。よく間違えられるスピネルやガーネットではない。本物のルビーだ。
ずっと気になっていたことがある。ボグワートに持ち込まれる宝石の多さだ。
世界中にある程度普遍的に存在する金と違い、結晶の成長に温度・圧力などの複雑な条件が必要な宝石には、明確な産地が存在する。
ルビーもサファイアも鉱物としては酸化アルミニウムの結晶、コランダムに分類される。
造山運動の賜物だが、日本の属する環太平洋造山帯や、アナトリアの属するアルプス・ヒマラヤ造山帯のアルプス側からはほとんど産出しない。
アナトリアの周辺では、ヒマラヤ山脈周辺やアフリカ東部が主な産地だ。
宝石の価値が地球と近いなら、という前提だが、これだけの宝石をメラハンナの数人単位の集団が、はるか東方から
鉄の武器と国家を持つイラハンナに奪われるのがオチだ。
イシュタルに着いたら、
「ヒカル」
アシェリアがヒカルの顔を覗き込んでいる。
いつの間にか髪のセットも終わっていた。編んだ髪をアップにまとめていて、うなじに目を奪われる。
アシェリアがヒカルの腕を取る。
「エスコートしてね」
屈託のない笑顔に、ヒカルは返事も忘れて見惚れた。
今日の夕方、二国間の基本合意がなされ、総理とアシェリアの共同声明が発表された。
それに合わせるように、アシェリアの細胞の特殊性についても発表があった。
国立基礎生物学研究所をはじめ、二十の大学や研究所で再現性の確認が行われた結果、そのどれもが、アシェリアの体細胞にテロメラーゼの活性化と分化全能性の再獲得が起こることを示していた。
「今後も、アシェリアの協力により、細胞の提供を受けることになっています。これは、私とアシェリアの個人的な友情によるものです」
総理はぶら下がり取材に、『個人的な友情』を強調して言った。
体細胞が受精卵の如き全能性を再獲得するなら、その個体は生物学的には不死となる。自らのクローンを作り出せるのと同義だからだ。
体細胞のテロメラーゼが活性化するなら、その細胞はがん細胞の如き不老不死性を手にしたことになる。
不老不死。その可能性を示したアシェリアの肉体に、世界中の注目が集まっている。
そのせいだろう、海外メディアがホテル前に群がっている。
アシェリアは悠揚迫らぬ姿で、ゆっくりと歩く。
彼女とヒカルは、腕はもう組んでいない。両親には感謝しているが、アシェリアの横に並ぶには遺伝的な容姿が足りない。
「アシェリアちゃん可哀想。腕組んてあげればいいのに」
ボソリと先輩が言う。
「月の横に並んでテレビに映りたいと思うスッポンがいると思いますか?」とヒカルは小声で言った。
ホテルの車寄せには、高級車が二台停まっている。
先輩に促されて、ヒカルはアシェリアと同じ一台目に乗った。
ほかの三人は二台目だ。
カメラに捉えられているのがわかる。
きっと小学校の卒業文集を公開されたり、実家に取材が行くのだろう。
早くイシュタルに行きたいとヒカルは思った。
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