第39話 一年くらい会えなくなるかも

「いぎなし、なしたっと?」

 次の週末に実家に帰ると電話で告げると、母は驚いた。普段はあまり出ない仙台弁が出る。

「いや、ちょっと家族の顔が見たくて」

「あんべ悪いの?」

「そんなんじゃないよ」


 久々に見る両親は、心なしか老けた気がした。

 家族四人で夕食なんて、いつぶりだろうかと思う。ヒカルの両親は仙台市内で洋食店を営んでいる。幼い頃から、夕食は作り置きが常だった。中学に入ってからは、ヒカルが料理を作った。

「店、大丈夫なの?」とヒカルは尋ねた。

 最近は随分人に任せるようになったと、母は言った。

「もう年だっちゃ。それよりめんこい娘さんとTV映ってたん、ヒカルよね?」

「んだ」

 母の言葉に、父にビールを注ぎながら答える。

「お兄ちゃん、やっぱり姫と知り合いなの?」と妹のミサキが言った。

 姫はアシェリアを指すネットスラングだ。誰かが日本の神風に、アシェリア比売命ひめのみことと呼び出したのが始まりらしい。

 新世界とアシェリアのインパクトは凄まじかった。ショックと言っていい。

 緊急の国連総会が開かれ、資源価格は暴落し、科学者たちは頭を抱えた。報道は新世界とアシェリアのことしか伝えなくなり、検索エンジンで『A』や『あ』と入力するだけでアシェリアがサジェストされた。

 当然、新世界の第一発見者である男女大学生(ここの情報は歪んでいる)について、ネットでは様々な噂が飛び交っていた。

 ヒカルはまた、んだ、と言った。

「新世界の発見者って俺だよ。めんどくさいから、まだ誰にも言うなよ」

 ミサキは口をあんぐり開けて、ヤバとだけ呟いた。

「そんなことより、あとで勉強みてやるよ」と高校三年生の妹にヒカルは言った。

「いらない」とミサキは素っ気なく言った。


 食事後、妹に頼み込んで部屋を見せてもらう。

 二十歳までヒカルが使っていた部屋だ。妹の高校受験に合わせて、ヒカルは部屋を譲って家を出た。

 捨てられていなければ、クローゼットの奥に衣装ケース一つ分の私物が眠っているはずだ。

「勝手に触ったら、殺すから」

 ミサキが仁王立ちで監視している。

 その物言いにアシェリアを思い出す。

「なにニヤけてるのよ、変態」

 ヒカルが使っていたときは雑然としていた部屋は、丁寧に片付けられ、よくわからない男性アイドルの写真で溢れていた。

 全体的にピンクっぽい。

 それでも、ヒカルが暮らしていた時から変わらないものある。

 壁を殴った傷。ポスターの画鋲の跡。眠れなくて数えた天井のシミ。

 一つ一つの思い出に、大事に育てられていたと、あらためて思う。

「お兄ちゃん、彼女は出来たの?」

 突然にミサキが尋ねる。

「彼女はいないけど、好きな人はいる」

「それって片思い?」

「たぶん、違う」

 ふうんとミサキは言った。


 翌朝、一年ぐらい会えなくなるかもしれないと両親に告げる。

「体、大事にしてけさいね」

 父はそれだけ言った。

 ヒカルは、父と母を見る。

「育ててくれて、まんずありがとう」

「なんだべ、変なこと言って」と母は言った。


 ひと月後、アシェリアが地球に到着した。

 先輩からのLINEで、ヒカルはホテルのテレビを付けた。アパートはもう引き払い、トランクひとつ分の身の回り品しか手元にない。

 ワーム・ホールの開くタイミングが不明なので、三日前からヒカルは東京のホテルにいた。

 TVに緊急生中継の文字と、十和田湖南岸の国道103号線が映し出される。

 しばらくして、アシェリアが悠然とした歩みで現れる。二人のボグワートの女性が付き従っている。

 二人の顔が大写しになる。一人はエミルだ。緊張しているのだろう、動きがぎこちない。

 もう一人はよく知らない。ボグワートの女性の年齢や顔は、非常に分かりづらい。キャスターは二人の少女と言っていたが、目尻などから二十代だろう。目に聡明そうな光が宿っている。

 三人に無遠慮なフラッシュが焚かれる。エミルたちは、怯えた表情を見せる。アシェリアが報道陣を睨む。

『いま、アシェリア陛下が、こちらを見ました』

 キャスターの女性が大げさな声を上げる

『何か、日本人へのお言葉はあるのでしょうか』

 アシェリアはエミルたちの手を取ると、瞬間移動で姿を消した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る