第31話 掛け声とともに地球へ

 アシェリアが正座を崩したような、いわゆる女の子座りでへたり込む。肩で息をしている。

「さすがに、疲れたよ……」

 雨はしばらく前から上がっていた。雨を降らせることや、宙に浮かぶことを惜しむほど、彼女は消耗していた。かわりに彼女は風の音を聞き、ワーム・ホールのだいたいの位置を掴めるまでに熟練していた。

 ヒカルもしゃがみ込み、アシェリアの頭を撫でる。サラサラした髪が気持ち良い。

「頑張ったね」

 アシェリアの頭がコクリと下がる。そのまま彼女は動かない。寝息が聞こえた。

 ヒカルたちはアシェリアが濡れないように寝袋を敷いて、その上に彼女を寝かせた。

「軽いですね」

 アシェリアの身体を支えながら先輩が言う。

「本当に華奢。この身体で背負うには重すぎるものを背負ってますよね、この子」


 アシェリアは2時間ほど眠っていた。

 日が沈みきり、星が見える。

 アシェリアには眠った自覚がなかったらしく、彼女は飛び起きた。

「ごめん、寝てた」

「疲れてるんだから、もっと寝てていいのに」とヒカルは言った。

「そういうわけにはいかないよ。神だから。休むわけにはいかない」

 アシェリアはブラック企業の社員みたいな物言いをした。

 アシェリアは寝袋の上に座禅のような姿勢で座る。

「少し回復した。でもまだ足りない。だから、ヒカルの耳を貸して」

 戸惑いながらヒカルは頷く。

「ヒカル、座ってわたしの手を取って」

 言われたとおり、ヒカルはアシェリアの左に座って手を取る。

 繋いだ手を通じて、温かな何かが伝わってくる。ヒカルの身体もうっすらと白く輝く。

 今まで聞こえなかった音が聞こえてくる。鳥の声、葉擦れ、風鳴り。聴覚が研ぎ澄まされているのを感じる。

 ヒカルは目を閉じた。

 鯨類のエコーロケーションのように、音を通じて、あたりが見える。木の生えている場所や、動物が移動するのがわかる。

 ふと、風の生まれる場所があることに気づく。ほんの小さなそれは、すぐに消えてしまう。ワーム・ホールだ。

 やがて繋いだ手の感覚が消える。皮膚の境界がわからなくなり、一つの温もりとなる。心が満たされていく。

 アシェリアの心が流れ込んてきている、とヒカルは思った。

 悲しみと、限りない優しさが混ざったアシェリアの心に、ヒカルは知らずに涙を流していた。

 先輩がそっと涙を拭いてくれるのがわかった。

 どのくらいそうしていただろうか。

『開いた』

 頭の中でアシェリアの声がした。

 ヒカルは目を開く。スイッチが切れるように音が止む。

 瞬間移動の感覚。

 すぐ目の前の地面が光っている。瞬間移動の精度が上がっている。三人は手を繋ぐ。誰からか、せーのと声を上げて、三人はワーム・ホールに飛び込んだ。


 地の果てまでが燃えている。大地には巨大な悪魔の長い舌のような灰色の塊が伸びている。火砕流が山火事を起こしているのだ。

 饅頭のような溶岩ドームが見える。形が歪だ。一部が吹き飛んでいる。それが火口となり、溶岩を吐き出している。

 火口からは噴煙も上がり、灰色の火山灰が上空の雲を覆い隠していく。噴煙には、あちこちで蛇が巻き付くように紫色の雷が光っている。

 既に火山爆発指数VEIで6を超える大噴火だ。

 しかし、この噴火はまだ始まったばかりだ。

 大地の下にはさらに膨大なマグマがあるのが

 本格的な噴火が始まれば、火山爆発指数VEI8の破局噴火と呼ばれる規模になるだろう。

 噴煙のはるか上、雲よりも高い場所には一組の男女がいた。その表情には驚きと絶望が浮かんでいる。

 ヒカルは確信する。これは神だ。

 女神はアシェリアか? 似ているが違う。

 その姿をよく見ようとヒカルは目を凝らした。

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