第30話 神とヒトと世界の起源

 雨が降り続いている。

 アシェリアは自衛隊が木を切ったせいで、広場のようになった場所の上空に浮かんでいる。

 今日地球に帰る予定の残りの二人が、その下に座っている。

 ヒカルたちはレインウェアを着て、様子をうかがっていた。

「この目で見ても、いまだに信じられんよ、自分の目が」

 内田が感動したように言った。

 八時間が経過していた。既に重症の隊員とその介添、植村の三人が瞬間移動していた。

「騒がなければ、会話は問題ない。もう三度目だから、随分慣れた」と宙に浮かぶ前にアシェリアは言った。

 それでも口を開くものはまばらだ。

「彼女の力、随分と制限が多そうだね」

 内田は誰にでもなし、といった感じで言う。

 ヒカルは驚いて内田を見た。幸い、他に聞こえてはいないようだ。

「誰にも言わんよ。だがすぐに皆気づく。全能ではないとね。梶くんはもう気づいているはすだ。外見はヒトで間違いない。サイキックと言ったところかね。私も見るのは初めてだが」

「内田先生はどうして、アシェリアを疑わないんですか?」

 雨音でワーム・ホールを探知し、その近くに瞬間移動させると聞いたとき、内田は少しも疑わなかった。

「君は、バチカンで奇跡が認定される際の手続きを知っているかね?」

 いいえとヒカルは答えた。

「徹底的に科学的な検証を行うんだよ。奇跡的な力で病気が治ったとする。カトリックなら奇跡だと思うだろう。しかしバチカンは容易に認めない。最初は二人の独立した医学者が鑑定する。そこで医学の常識の範囲外だと判断されても、まだ奇跡ではない。医学者からなる委員会にかけられ、そこでも科学的に説明がつかないと判断されれば、ようやく教会が介入する。委員会のメンバーも常に入れ替わる。私も大学や政府で様々な委員や会議のメンバーをやってきたが、よほどバチカンのほうが科学的だ。日本ではすぐ政治が介入してくるからね」

「つまり、先生は今アシェリアを鑑定しているというわけですか?」

「不思議かね? オカルトバスターなんぞと呼ばれているわたしが、こんなことを言い出すのは」

「いいえ……」

「遠慮はいらん。私はね、今とてもワクワクしているんだ」

「わくわく、ですか?」

「そうだ。少年のようにワクワクしている。少年のころ、私はオカルトが大好きだったんだ。魔術、霊魂、神。ところが大人になってみればどうだ。科学的には何一つ再現性がないニセモノだらけだ。私は今、生まれてはじめて実在する超自然を目にしているんだ」

 アシェリアが白く光を放つのが見えた。座っていた委員の一人が消える。

「元々はオカルトは神智学の一つだった」 内田は、目を細めながらアシェリアを見ていた。

「しんちがく、ですか?」

「神の叡智と書く。その目的は、神とヒトと世界の起源を知ることだ。今の我々と同じくね」

 神とヒトと世界の起源。ヒカルは心の中で繰り返す。

 知りたい。ヒカルはそれを知りたいと、どうしようもないほど思った。

「彼女を研究できる科学者がいたら、科学者冥利に尽きるだろう」

 内田は呟くように言った。

 瞬間移動の記録動画を撮っていた先輩がこちらに戻ってくる。

「僕たちはワーム・ホールを今後も観察する必要があると思っています」

 先輩の到着を待ってヒカルは言った。

「同意見だ」と内田は言った。

 先輩が観測装置のアイデアを話す。

「アイデアは悪くない。だが私なら上方からカメラで撮影して画像解析するがね。画像処理で赤外線と可視光に分ければ、霧とワーム・ホールの位置を同時に観測出来る」

「そのアイデアも悪くないですね」

 先輩が悔しそうに言った。

 三人の科学者は少し笑う。

「出来れば、こちらと地球で同時に観測することが望ましい」と内田は言う。

「僕も同意見です」とヒカルは言った。「アシェリアは嫌がるだろうけど、あとで彼女に話してみます。もっとも、この会話は彼女にも聞こえているでしょうけど」


 全員を地球に帰すのに、三日かかった。それでも当初の予定よりペースが早い。

 その間、日が昇るとアシェリアは雨を降らせ、日没とともに雨を止ませた。

 順番の最後は梶三佐だった。伊藤陸士長の遺体とともに、彼は地球へ帰る。

 日が沈みかけていた。アシェリアは地上に降り、梶に手をかざしている。

「伊藤の遺体を、信じられないほど痛みの少ない状態で地球に帰してやれるのは、アシェリアさんのおかげです」と梶は言った。

「この者が生き残ることを祈っていた」とアシェリアは言った。「もうひとり、わたしが腕を切り落としたものは、まだ生きているだろうか」

 心配ないだろうと梶は答えた。

「今頃入院して治療を受けているはずです。地球でも腕を生やすことは出来ないが、なんとか生活していくことは出来る」

 梶は深々と頭を下げた。

「女神よ、北アナトリアの国民を傷つけたこと、木を切ったこと、数々の無礼な振る舞いを謝罪します」

 気にすることはないとアシェリアは言った。

 次の瞬間、梶の姿はかき消えた。

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