第23話 君を助けるために、僕は戻った

 空に浮かんでいるような気がする。

 大地が燃えている。

 十和田火山が噴火したのか。

 誰かが呼んでいる。

 ヒカル? 僕の名か?


「ヒカルくん! ヒカルくん!」

 先輩がヒカルの肩を揺すっている。

「ぼーっとしないでください。お願いだから」

 深い森の中だ。薄っすらと木漏れ日が差している。昼間なのか。

 ここは……イシュタルだ。

「ほら、あそこ」

 感慨深く思う間もなく、先輩が指差す方を見る。

 50メートルほど離れた場所に、アシェリアがいた。

 懐かしさに胸が一杯になる。でも、様子がおかしい。

 赤い胸甲に、槍を手にしている。

 彼女は十人ほどの迷彩服の集団と対峙していた。

 集団は円陣を組み、四方を警戒しているようだ。

 号令のような声とともに、再び銃声が鳴る。

 アシェリアの姿がかき消える。次の瞬間、彼女は迷彩服たちの真上に現れると、槍の穂先と柄で二人を殴り飛ばした。

 アシェリアの身体が真っ白に輝いている。

 叫び声、銃声。男たちは吹っ飛び、近くの巨木に叩きつけられる。

 銃弾を受けたアシェリアの身体も飛ばされるが、空中で姿勢を戻すと、手近な巨木の枝の上に降りた。

 槍を構え直して迷彩服たちを見下ろす。

 アシェリアが傷ついている様子はない。白い光が銃弾を防いだのだ。

 美しいと思った。残酷な暴力がなされているのに、アシェリアの姿は舞うように美しかった。

 しかし、止めなければ。

「やめろ!」

 ヒカルは大声で叫ぶ。迷彩服たちとアシェリアがこちらを見る。

 双方の顔に驚愕と戸惑いが浮かぶ。

『ヒカル!』

 頭の中でアシェリアの声がする。

 彼女が目の前に姿を現す。

 次の瞬間には三人の姿はその場から消えていた。


「うわ!? おわわわわ??」

 瞬間移動を繰り返している間、ずっと先輩は妙な声を上げていた。

 ボグワートの草原に到着しても、肩で息をしている。

「あ、あでが、じゅんがんいどうっでやづえすか?」

 顔がこわばっている。

「先輩、落ち着いてください」

「落ち着けるわけないでしょ!! これ。ヤバすぎですよ。認識バグりますよ。こちとら量子じゃないんですよ。人間ですよ。なんでテレポーテーションできるんですか。人生観変わりますよ? マジで。これ、この子のしわ……ざ……」

 先輩がアシェリアの肩を掴む。

 そのまま先輩は硬直する。黄色い悲鳴が上がる。

「ウソでしょ!! これ現実ですか? CGじゃないですよね? 脳に加工アプリ入れられてないですよね? 顔ちっさ。ウエストほっそ。足なっが。絶対空間が歪んでますよ。神さま酷いですよ。この子だけちゃんと作ってズルい。絶対あたしなんて適当に作りましたよね? この子の顔面だけでどんだけ時間かけたんですか?」

 アシェリアが困惑してるのが伝わってくる。知らない言葉の嵐に理解が追いつかないようだ。

 アシェリアに視線を向けられ、ヒカルは先輩を強引に引き剥がした。

 先輩は相変わらず不平等だとか差別だとか、神への呪いを吐いている。

 アシェリアも神なんだけどなと、ヒカルは思った。

「この人は誰?」

 アシェリアが尋ねる。

「前に話した、大学院の先輩だよ。前に話したよね。肉丸先輩」

「ちょっと、ヒカルくん! 苗字で呼ばないで」

 先輩が抗議の声をあげる。「アシェリアちゃん。あたしのことはアヤって呼んでくれた嬉しいな」

 戸惑いながらアシェリアは頷いた。

 それから彼女はヒカルを真剣な目で見つめ、

「お願い、ヒカル、助けて」と言った。

「わかってる」とヒカルは言った。「僕は君を助けるために、イシュタルに戻ってきた」


 アシェリアによれば、あの集団は一週間ほど前に現れたという。

 最初は、緑色の服を着た二十人くらいの人と、彼らに護られた五人の男がいた。

 調査隊と護衛の自衛隊員だろうかとヒカルは思う。

 彼らは木を切り、天幕を張った。

 ボグワートの人々はそれを見つけて激怒した。彼らの宗教では、森はアシェリアと一つであり、神聖なものなのだ。

「人格神崇拝と自然崇拝が並立してる」と先輩が言った。

「わたしがそう教えたんだ。イラハンナ……ホモ・サピエンスに一本の木を切らせると、やがてすべての木を切る。だから、一本も切らせてはならない」

 ボグワートの男たちは、自衛隊に槍と弓で挑んだ。彼らの信仰に則り、森を侵すものは皆殺しにするつもりだった。

 自衛隊員は鎧も着ていないし、弓も槍も持っていない。容易く屠れるかに思えた。

 結果は悲惨なものだった。緑色の服を着た男たちは、不思議な箱を持っていた。そこから打ち出された呪いによって、二人が重症を負い、一人はボグワートに戻るまでに死んだ。

 彼らはアシェリアに祈った。

 アシェリアは祈りに応え、傷を癒やし、同じように二人の自衛隊員に重症を負わせた。

「運が良ければ二人共生き延びる。運が悪ければ二人共死ぬ」

 アシェリアは顔色一つ変えずに言った。

 その後アシェリアは対話を試みた。

 大人しく地球に帰れ。帰るための協力はする。

 日本語で話しかけたが、自衛隊員の態度は頑なだった。

 報復を果たし、彼女は遺恨のない状態だと思っていた。

 しかし自衛隊員はアシェリアの姿を見ると警戒し、近付くと銃撃を受けた。

 アシェリアは仕方なく、彼らを無力化することにした。

 積極的に接触し、銃弾が無力であることを示しているが、自衛隊員は抵抗をやめない。

「このままだと、みんな殺すしかない」

 アシェリアは言った。「どうしたらいいか、わからない。助けて」

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