第13話 空を飛べ得るなら

 ヒカルはスマートフォンの電源を入れる。

 残り60%。思ったより残っている。 

 金糸をしっかりと巻きつけ、ストラップ代わりに右手首に固定する。

 金糸はエミルがくれた。細くて頑丈な糸が欲しいと言ったヒカルに、エミルは山のような種類の金糸を持ってきた。

 どうやら『頑丈』と『豪華』が勘違いされたらしい。『森の言葉』をヒカルも学びつつあったが、まだうまく使いこなせない。もともと、複雑なことを表現できない言語なのかもしれない。

 金は巫女たちにしか許されていない色らしく、エミルの顔が誇らしい。

 ボグワートの男性はあまり興味がないようだが、女性は宝飾品に目がない。手先も器用で、ミサンガのようなものを編んだり、遮光器に文様を刻んでいる姿をよく見た。

 ヒカルは革に金箔を巻きつけたものを選んだ。ほんとは革だけで良かったのだが、とっておきのコレクションらしきものを提供してくれたエミルの好意を有り難く頂く。


 アシェリアは先に草原に到着していた。巫女たちが、身支度を手伝っている。

 アシェリアはいつもの白いワンピースではなく、白いシャツとドロワーズのような下着に、赤い革製の胸甲とスカートのような鎧を着けていた。だいぶ動きやすそうだが、まるで戦いの女神だ。

 ヒカルも十日ぶりにトレッキングパンツにパーカーという格好に戻っている。

「準備はいい?」

 アシェリアが微笑む。

「ばっちり、と言いたいところだけど、ドキドキしている」

「わたしも」とアシェリアは言った。「人間と飛ぶなんて、初めてだよ」

 ヒカルが唯一の模範だから、アシェリアの日本語はだいぶ中性的だ。

 空から地上を見てみたいというヒカルの頼みを、アシェリアははじめ断った。

「もしかして、そんなに高くは昇れない?」

「どこまでも昇れるよ」

 ちょっと拗ねた感じのアシェリアも可愛い。 

「昼でも真っ暗で、星が見える場所まで昇れる。でも、あまり気安く強い力を使いたくないんだよ」

 彼女の話が本当なら、最低でも成層圏のかなり上のほうまで到達できることになる。生身の人間が、生きて帰れる場所ではない。

 興味から空を飛びたいと願うものは多いらしい。彼女はそういう願いは無視していると言った。

 ヒカルは好奇心からではなく、海岸線、山、島のかたちなどを確認したいからだと説明する。

 緯度経度からの位置の測定を諦めたヒカルは、もっと原始的な方法を思いついた。地形から位置を判断するのだ。

 航海術で言うところの地文航法に似たことを、ヒカルはやろうとしていた。

 幸いヒカルのスマホには地図アプリが入っている。ネットが繋がらないと詳細は表示できないが、だいたいの海岸線なら世界中を見られる。

 なにより、アシェリアは飛べるのだ。彼女に空に連れて行ってもらえれば、かなり正確に地形を把握することが出来る。

 神の力を借りて、航空撮影をしようというわけだ。

 そのことを話すと、アシェリアは俄然協力的になった。

「それで、イシュタルが地球かどうか、わかるんだね」

「絶対に、とは言い切れない。けれど、試してみたい」

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