第8話 五本の指で測る地球
そのことをアシェリアに話すと(セックスのことは話していない)、彼女は吹き出した。
ヒカルに手のひらを見せて、それから手を閉じる。右手で1、2、3、4、5と数え、次に左手で1を刻む。
それからまた右手を閉じてまた5まで数える。
その次に左手で2を作る。
6進法なのだとヒカルはようやく気がつく。
6進法の24は……。
ヒカルは考えるのをやめた。
6進法は、ヒカルにある確信をもたらした。ここが少なくとも地球と全く違う異世界ではないという確信だ。
6の倍数というのは、地球を現すのにとても都合がいい。
一年間で月は12回満ち欠けするし、その間隔はおよそ30日だ。
そして6進法は、五本指と相性がいい。
宇宙のどこかにヒトに似た知的生命体がいたとして、全体的なシルエットが似るのは収斂進化で説明が付くとして、五本指である可能性は限りなく少ない。
例えば地球でも、ヒトの指のような機能を持つタコの足は八本だ。
この場所の植生も、種まではわからないが、クヌギの仲間、スギの仲間くらいまでは地球に似通っている。
あとは、月の存在(衛星として、月は極端に大きい)、重力や気圧の一致(あくまで体感ではあるが)、24時間に近い自転周期。(惑星の自転周期としてもっとも多いのは、公転周期と自転周期が一致した潮汐ロックの状態だ。そこでは惑星は永久に同じ面を恒星に向け続ける。ちょうど、地球と月のように。)
決定的なのは、アシェリアがどう見てもホモ・サピエンスに見えるということだ。
見えるというのは、形態学的に非常に重要で、二十世紀の後半までヒトは地球のありとあらゆる種を形態学的に分類してきた。
分子生物学が発展したこんにち、その分類の殆どが正しかったことが証明されている。
要するに、ここが異世界と考えるより、地球のどこかだと考えるほうが妥当なのだ。
地球なら、帰る手段はあるはずだ。
まずは、ここがどこなのか知る必要がある。
ヒカルは一本の枝を草原に立てた。
日時計の概念もあるようで、アシェリアはすんなりとヒカルの提案を許してくれた。
まず、日照を遮るもののない場所に、垂直に棒を立てる。
逐次影の長さを測定し、最も短くなった時が南中だ。
もちろん、一日ではわからない。
南中を過ぎて初めて南中時だったとわかるからだ。
ヒカルは南中時をスマホで確かめる。
19時20分。
大事なのは表示された時刻ではない。間隔なのだ。
翌日の南中時刻は19時28分だった。
日時計の誤差を考えれば、24時間といえる。地球と同じ自転周期だ。
ちなみに南中時の太陽の高度を測ると、簡単な計算でだいたいの緯度が割り出せる。
伸ばした腕の先の拳一つを約10度として計測する。
計算結果は40度付近。もし北半球なら、青森とほぼ変わらない。
「自転周期というのは、この星が一回転するのに必要な時間なんだ」
地面に太陽と地球の絵を描きながら、ヒカルは言った。
「知っている」とアシェリアは言った。
ヒカルと会って3日目には、アシェリアはもうだいぶ日本語を喋れるようになっていた。簡単な日常会話が支障ないレベルだ。
アシェリアは地球と太陽の間に2つの丸を描いた。水星と金星。
ヒカルは地球の外に3つの丸を描く。火星、木星、土星。4つ目の天王星も彼女は知っていると言った。
ヒカルは驚く。
肉眼で容易に観測できる木星までと違って、天王星が発見されたのは近代になってからのはずだ。
もしかしたら、近代文明との接触があるのかもしれない。
イシュタル=地球仮説が現実味を帯びる。
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