第7話 夜明けとともに朝食を
まだ薄暗い中、エミルに再び起こされる。
肉を焼く香ばしい匂い。たくさんの人の声、歌も聞こえる。
彼女はきちんと服を着て、髪も結い直されていた。お下げに編み込まれている花はさっき摘んだばかりのようだ。
エミルはヒカルにボグワートの男性が着ているような服を手渡す。
着替えろということらしかった。
戸惑いながら服を脱ごうとしたヒカルを、彼女は真っ赤になって大声で制した。
慌てて出ていくエミルに、昨夜のことが幻に思える。服に残ったベルガモットの残り香と香油の染みが、昨夜が現実だったことを告げていた。
倫理観が全く違う社会でのこととはいえ、今になって罪悪感が酷い。
エミルは手拭いのようなものと、水の入った瓢箪も置いていってくれていた。
濡らして身体と顔を拭く。
亜麻のような繊維でできた手拭いは、思っていたよりずっと肌触りが良かった。服も同じ素材で出来ている。飾り気のないシンプルな服だ。
エミルやアシェリアの着ている真っ白い服は綿だろうか。
着替え終わったところに、エミルが現れる。タイミングが良すぎる。どうやら隠れて様子を伺っていたようだ。
エミルはヒカルを集落の真ん中に連れて行った。木の間隔がそこだけ広く、広場のようになっている。
あちこちで焚き火が炊かれ、串刺しにされたり、吊るされた肉が焼かれている。
昨夜の狩りの獲物のようだ。
火に焚べられた大きな土器では、粥やスープが煮立っていた。ナンのようなものもある。木皿と石器のナイフが、ご自由にお取りください的な無造作で置かれている。
多くの人々が集まって、彼らはそれぞれ好きに食材を取り分けては朝食を食べていた。
ヒカルはエミルに勧められた鳥肉と粥を食べた。
食べる前にはもちろんラメ、アシェーリアと祈る。
美味しい。鶏肉は香草が多く使われ、塩味も効いているし、粥は麦のようなものをミルクで煮込んだものだった。
これはもう少しあとでわかるのだが、ボグワートの人々の習慣では、夜明けとともに朝食を一同に会して食べる。
そのため、なにか重要な会合も、朝になされる。
昼と夜は決まった食事を取らず、朝食の余りのパンやチーズ、ナッツ類などを作業や採取の合間に食べて済ませる。朝食の帰り際、食材を持って帰る人々が多いのはそのためだ。
ヒカルは朝食を食べながら人々を観察した。アシェリアの姿はない。
黒い毛織物を着た少女が、エミルのほかに8人いた。彼女らはエミルを見つけると、笑顔で手を振った。彼女らも神聖娼婦なのだろうか。昨夜のことについて考えてしまう。
対価を求められたわけではないので、娼婦という呼び方は違うのかもしれない。むしろ、あれは儀式だった。
では、なんの?
例えば、ボグワートは血縁による部族社会で、部外者を受け入れる際には、擬似的な結婚によって血縁者とみなされる必要がある、などと考えることはできる。
それにしても、と無邪気に手を振り返すエミルを見て思う。本当は彼女は何歳なのだろう。
エミルはケバブのような肉料理を平らげて、スープを手にしていた。豆が嫌いなのか、スープを飲み干しても豆だけが5つ残っている。
「エミル、指数えは出来る?」思いついてヒカルは言った。
きょとんとした顔で彼女はヒカルを見返す。
ヒカルは左手で豆を指差しながら、右手でいち、に、さん、し、ご、と数える。
彼女はすぐに意味を理解して、閉じた指を開きながら、「イ、ウ、エ、オ、ア」と言った。ここでも指数えはあるようだ。
「そうそう、こっちが一の位で、こっちが十の位」
じゅう、にじゅう、さんじゅう……とヒカルは左手で数える。
「ボ、ヴォ、モ……」とエミルも数えた。
「そうそう。それで僕の年なんだけどね、23歳」ヒカルは自分を指差して、左手で2を、右手で3を作る。「エミルは何歳?」
理解した様子でエミルも自分を指差して、2と4を作った。
え? 24歳? まさかの年上とは。女の歳ってわからないもんだな……
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