第6話 はじめての、夜
身体を揺さぶられ、目を覚ます。
馴染みのない景色。フクロウと虫の鳴き声。
ハッと身を起こす。暗闇の中、誰かがいた。
人種が違いすぎるせいか、ボグワートの人々の顔はヒカルには見分けが付きづらい。おまけにほぼ真っ暗だ。月はまだ出ているようだが、ここまで届く光はほとんどない。
白いシルエットにロング丈のベスト。多分、エミルだ。
彼女は何かを言いながら手を差し出した。
カラカラと音がする。木皿を持っているようだった。匂いで干し肉とナッツのようなものが載っているのではないかと思う。
受け取ろうとするが、何度か空を掴む。
エミルの手が添えられて、ようやく木皿を受け取る。
手掴みで食べようとしたところ、手を叩かれた。
エミルに手を添えられて、合掌のように手を合わせる。
「ラメ、アシェーリア」
彼女は聖句のように唱えた。
促されて、ヒカルもラメ、アシェーリアと言う。
ナッツを口にする。空腹が思い出したかのように襲ってくる。
ナッツを口に入れすぎて、むせたところに、水音のする何かが渡される。それは瓢箪で、ヒカルは夢中で水を飲む。
彼女は随分と夜目が利くようだった。
昼間に男たちがフードを被り、遮光器をつけていた事を思い出す。
ボグワートの人々は夜に適応しているのだ。亜種か種レベルの違いなのかはわからないが、明らかにホモ・サピエンスとは違った進化を遂げている。
瓢箪を返したヒカルの右手を、エミルの両手が包みこむ。
導かれた先で、暖かな何かに触れる。それがエミルの乳房だと気づいたとき、ヒカルは咄嗟に手を引っ込めた。
次の瞬間、エミルのそよ風のような体重がヒカルに覆いかぶさる。
エミルがヒカルの耳元で何かを囁く。
香草を噛んでいるのか、その息はベルガモットのように芳しい。
マズい……
さすがにヒカルは全力で逃れる。
エミルをほとんど突き飛ばすように引き剥がし、壁まで後退る。何がまずいのかは自分でもわからない。
そうだ、法律だ。エミルは明らかに未成熟な子供だ。
「落ち着こう」ヒカルは言った。「とにかくいったん落ち着いて、そうだ、話をしよう」
その言葉に、エミルは激怒した。
声にならない叫びを上げると、胸元から何かを取り出して、ヒカルに振りかざす。
ヒカルは彼女の手首を抑えるが、思った以上に強い力に身動きが取れない。
月明かりに照らされて、それがメノウのような石でできたナイフだと知る。門番の老シャーマンが持っていた槍と同じ素材だ。
巫女。神聖娼婦という言葉が浮かぶ。
エミルはネコ科の動物が威嚇するときのように大きく息をし、肩を怒らせていた。
宗教的な尊厳を瀆された怒りが、そこにはあった。
ヒカルの人生にはこれまで存在しなかった怒りだ。
やがて彼女は涙を流す。
エミルの声がする。
怒りと懇願と弁明が混ざった啜り泣きだ。
ヒカルは力を抜いた。
エミルの声が和らぐ。
彼女の手がヒカルの胸をまさぐり、もう片方の手が服を脱がせようとしてまごつく。ジッパーがうまく下ろせないらしい。
ヒカルはパーカーを脱ぎ、ズボンのボタンを外した。
エミルの背中に手を伸ばして服を脱がせる。
香油を塗っているのか、きめ細やかな肌が暖かく濡れている。
ヒカルも吹き出るように汗をかいていた。思考がぐるぐると定まらない。
さっき食べた中に、なにか興奮作用のあるものがあったのだと思うが、どうでもよく感じる。
暗がりの中、僅かな月明かりを凝縮したように彼女の肢体は白く光っていた。
エミルの体が途方もなく美しく見える。
その美しさがアシェリアに重なって見えて、背徳感で胸がざわついた。
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